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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.07 オルノーブル編

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15 切り札の高等魔法


「そんな、馬鹿な……」


 驚愕に目を見開いたユーグ。その腹部へ突き刺した魔法剣を、俺は素早く引き抜いた。


 闇夜へ鮮血が(ほとばし)る。この血に混ざり、ユーグの命までも零れ落ちればいい。これまでの怒りを力に変え、魔法剣を振り上げた。


「消え失せろ」


「おのれ……」


 ユーグが向けてくる恨みの視線を跳ね除け、渾身の力を込めて剣を振り下ろした。その一閃が、背中を丸めた魔導師の首筋を捉えた。


 確かな手応えが両腕に伝う。刃は肉と骨を断ち、闇までも斬り裂いたように見えた。そして、ユーグの頭部が地面へ静かに転がる。


 魔法剣、恒星降注(レセトール・エフィス)。アランさんが手掛けたこの剣の仕上がりが素晴らしいお陰だが、本当に呆気ない幕切れになってしまった。


 生にすがって足掻くユーグを、とことんまで追い詰めた末に倒せると思っていた。それが、こうもあっさり終わるとは拍子抜けだ。


「そんなことは後回しか」


 シルヴィさんとマリーを助けた後で、ゆっくりと余韻に浸ればいい。みんなで酒を酌み交わし、あの時は大変だったと笑い合おう。


「そういえば、あいつは……」


 ユーグにばかり気を取られ、モニクのことがすっかり疎かになっていた。煙が薄れてきた視界の先には、二体の不死者が倒れていた。


 シンザラスが産み出したこいつらを逆利用して、モニクの魔法で遠隔操作を行ったのだ。白煙が立ち込める中、俺たちの身代わりに使うという急場しのぎの作戦だったというわけだ。


 その不死者たちは灰のように変わり果て、跡形もなく消滅してしまった。それは奥に見えていたシンザラスの巨体も同様だ。


「即興にしては効果覿面だったわね」


 声は背後から。いつの間にか、音もなく着地したモニクが立っていた。

 相変わらず油断のならない女だ。


「俺はエミリアンを探しに行く」


「あらそう。彼はカンタンの屋敷よ。奴隷を買って闘技場の殺戮劇を見た後は、毎度あそこで傭兵に守られて、もてなしを受けるの」


「ありがたい情報だ。助かる。ところで、あんたはどうするつもりなんだ」


「どうしたらいいと思う? ユーグも死んじゃったし、神竜剣の在り処は聞けず仕舞い。力づくで聞き出そうとしたのは失敗だったわね。ボウヤは何か知らないの?」


「俺は知らないな。もしも知っていれば、この魔法剣を使ってるわけがねぇ……と言いたい所だけど、ここからはあんた次第だ」


「どういう意味?」


 モニクは興味津々という顔を見せた。やはり、神竜剣は是が非でも欲しいということか。


「エドモンを開放してくれたら、剣の在り処まで案内してやってもいい」


 だが、剣は地底湖に沈んだ。取り戻す方法があれば俺が知りたい。


 エドモンを生きて取り返せればそれでいい。もしもあいつが命を失い、フェリクスさんが事の顛末を知れば、俺とマリーの力を確実に欲しがる。パーティを抜けるつもりだが、あの人がどんな手を使ってくるかわからない。エドモンは、俺にとっての身代わりだ。


「やっぱり知ってるんじゃないの。素直じゃない子にはお仕置きが必要ね。私に言うことを聞かせようだなんて十年早いわ」


 モニクが魔導杖(まどうじょう)を持ち上げた時だ。俺たちをぐるりと取り囲むように魔力球が現れた。


「なんだ!?」


 恐らく、爆発属性を持った光の魔力球。それが一斉に迫ってきた。


 しかし、それ以上取り乱すことはない。竜臨活性(ドラグーン・フォース)のお陰で、動体視力までも強化されている。対処は十分に可能だ。


 素早く周囲を見渡すと、前方と背後から三つずつ。上空からひとつ飛来している。


 取り囲まれる前に、俺は一気に前方へ駆けた。三つの内のひとつを斬り裂き、魔力球の包囲網からいち早く脱出。背後では、切り裂かれた魔力球がたちまち爆発を起こした。


 爆風に煽られながら背後を伺うと、モニクは杖を構えて魔法の詠唱へ移っていた。


魔壁創造(ラクレア・ミュール)


 お椀をひっくり返したような漆黒の半球。それがモニクの体を瞬時に覆い隠した。


「防護結界か」


 その強度は使用者の魔力に依存するが、あれだけの使い手ともなれば相当なものだろう。この数を防ぎきれるのかという心配はあるが、まずは攻撃の出所を突き止めるのが先だ。


 暗闇の先へ、魔力灯が照らし出す人影を認めた。残党かと思ったが、事態はそれほど単純ではなかった。


「どういうことだ?」


 言うと同時に舌打ちが漏れた。眼前の状況が理解できない。


 相手が身構えるより、俺の接近速度の方が早い。石畳を踏み砕く勢いで駆け抜け、裂帛(れっぱく)の気合と共に剣を横薙ぎに払った。


 肉を斬り、骨を断つ確かな手応え。刃は敵が纏う黒の長衣を斬り裂き、体を断った。ふたつに裂かれたその姿を目にして尚、すべてが夢を見ているようで実感がない。


「確かに仕留めたはずだ……」


 二度目となるユーグの遺体を見下ろしていると、背後で光が弾けた。いくつもの爆発音に混ざり、モニクの悲鳴が聞こえた気がした。


 胸を不安が覆い尽くしてゆく。見えざる手からあの世へ手招きされているような恐怖感を拭い去れずにいる。


 直後、幾本もの真空の刃が迫ってきた。再び駆け出し、それらを次々とかいくぐる。立ち止まってはならない。すぐ様、狙い撃ちにされてしまう。


 周囲の全方向へ攻撃する手段がなければ、この攻撃は防げない。


 咄嗟の判断で、半壊した建物へ飛び込んだ。しかし、見えざる手は直ぐ側に迫っている。

 呼吸を整え、耳を澄ませた。壁に当たる衝撃から、その数を割り出そうと努める。


 体へ伝わる振動には僅かな間隔があった。斬撃の数は六。それが一度に放てる最大数だ。


「すぐにあぶり出してやるよ」


 腰の革袋をまさぐり目的の道具を取り出す。建物が崩れたのは、それとほぼ同時だった。外へ飛び出し、手にしたそれを夜空へ放り投げていた。


 複数の閃光玉が一気に弾ける。小さな太陽を思わせるそれが、夜の歓楽街を僅かな間だけ昼間のように照らし出した。


「どうなってんだよ……」


 目を疑い、言葉を失った。俺を取り囲むのは六つの人影。正面に三人。後方にふたり。そして建物の屋根にひとり。だが、そのどれもが全く同じ姿。六人のユーグだ。


『んふっ。これが私の切り札』


 六人が同時に言葉を発した。鏡に写したように同じ動きを見せてくる。


「幻視の魔法、複体創造(ラクレア・スプリエル)。まさかユーグが、こんな高等魔法を使えるとはね」


 見ると、近くの街路樹へ寄りかかるモニクの姿があった。全身傷だらけだ。青緑だった長衣は血を含み、黒ずんでしまっている。


「幻視の魔法? どんな効果なんだ」


 そんなものは聞いたことがない。


「自分の複製体を作り出す魔法。増加させた人数分だけ、ひとりずつの力が弱まってしまうのが難点と言われているけど、私も古文書でしか見たことがないから何とも。だけど、分裂してもこの威力……とんでもない力を隠していたわね」


「複製? ふざけやがって」


 これまでの俺との戦いでは力を抑えていたということだろうか。それとも俺の竜臨活性(ドラグーン・フォース)のように、限定条件があるとでもいうのか。


 何にしろ、手をこまねいている場合じゃない。俺にとっては時間との勝負だ。


「この中のどれかが本体よ。本物のユーグを仕留めれば複製体は消える」


「それなら話は早い」


 モニクの言葉が終わらないうちに、俺は再び駆け出した。狙うは前方に控える三人だ。密集していれば当たる確率も高く、狙いやすい。


斬駆創造(ラクレア・ヴァン)!」


 俺の接近に気付いたユーグは、風の魔法で複数の竜巻を生み出してきた。こちらの動きを完全に封じるつもりだ。


 しかし、この程度では俺を止められない。竜の力を甘く見られたものだ。

 走りながら、剣先へ魔力を収束させる。碧色の刃へ魔力球が生まれる。


「ボウヤ。一点集中のその技じゃ、ユーグを倒すことなんてできないわ!」


 モニクの言葉が耳障りだ。そんなことは言われなくてもわかっている。


 襲い来る竜巻を素早く避けると、即座に背後を振り向いた。俺が狙うのは、屋根の上から攻撃を続けているひとりだ。


竜牙天穿(りゅうがてんせん)!」


 剣先から、大型の魔力球が飛んだ。


 ユーグは魔獣をけしかけて、それを眺めて楽しむような男だ。そんな性格なら、俺を直接狙うような危険は冒さない。となれば、この中でも最も安全な場所にいるあいつこそ本体に違いない。


 俺の不意打ちが功を奏し、魔力球は見事にユーグの体を飲み込んだ。


「よし!」


 だが、喜びはほんの一瞬。背中を激痛が襲い、青白い電撃の矢が腹部を貫通していた。


 焼けるような熱さに加え、痛みと痺れが全身を駆け巡る。激痛で声にならない。


 よろめきながらも踏ん張っていた所を竜巻に弾き飛ばされ、石畳の上を無様に転がることしかできなかった。

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