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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.07 オルノーブル編

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13 肉人形、シンザラス


 歓楽街から逃げてくる人波に逆らい、みんなとは逆方向へ進み続ける。


 それにしても、よくこれだけの人がいたものだ。飲み過ぎて満足に動けない者は人並みに押し倒され、無残な光景が広がっていた。


 シンザラスと呼ばれていた肉人形は、カンタンの娼館だけを器用に飛び越え、通りで暴れ続けているようだ。六本の腕で周囲の建物を打ち崩し、あちこちに瓦礫が飛んでいる。


「あいつの狙いはなんなんだ」


 怪物へ近づきながら、忌々しく巨体を睨む。


「目的はないと思うよ。俺たちと戦わせるためだけに用意されたのかも」


「ドミニクへの見せしめか……」


 レオンの言葉に不快感がこみ上げた。ユーグは俺たちを手玉に取り、完全に(もてあそ)んでいる。


 ランクールの双頭狼に始まり、ムスティア大森林の植物魔獣、モントリニオ丘陵の触手馬、そして今回は肉人形。そのどれもが実験と称した、あいつの遊びだった。


「あの男だけは、どうしても許せねぇんだ」


 握りしめた拳に力がこもる。


「がうっ!」


 俺の気持ちに応えようと、左肩の上でラグが力強く吠えた。


「でも、どうやって戦うつもり。娼館を飛び越えるくらいだよ。運動能力は極めて高いと思った方がいい」


「そのために、おまえがいるんだろうが」


 呆気にとられているレオンへ笑いかけた。


 そうして俺たちは、ついに怪物の側へと辿り着いた。半壊した建物の影に潜み、暴れ続けるシンザラスの巨体を見据える。


「体中の目が反応すると見て間違いねぇ。動きを気取られないようにするのは無理だ」


 腰からスリング・ショットを引き抜き、左手へ握った複数の閃光玉をつがえた。


「行くぞ」


 怪物の眼前めがけ、それを一気に放った。

 闇夜へ炸裂する閃光。次々と解き放たれたそれが、攻撃の合図となった。


 二手に分かれた俺たちは、剣を手に駆ける。狙うは怪物の四本足。その動きを封じれば、後は恐れるに足らない。


「くらえ!」


 閃光に怯むシンザラスへ肉薄。横薙ぎの一線を思い切り振り抜いた。

 だが、刃が触れる寸前、怪物が四本の足へ力を込めているのがわかった。


 敵の姿が視界から消える。刃が、闇だけを虚しく薙いでゆく。


 俺は素早くレオンへ目を向けた。


「今だ!」


 手元へ隠していた魔法石をばら撒いた。それを追って、レオンの魔法が顕現(けんげん)する。


「静寂の水、生命の(あかし)。この身へ宿りて凍りつけ。氷結創造(ラクレア・コンジェ)!」


 俺が撒いたのは氷の魔法石。そこへレオンの魔法が加わり、眼前は局地的に凍りついた。


 冷気が押し寄せ、周囲の気温が一時的に急低下した。思わず身震いすると、絶妙の間で怪物が着地。狙い通りに足を滑らせ、その巨体が大きく傾いた。


 ここまではすべて計画通り。その好機を逃す俺たちじゃない。


 再び魔法剣を一閃。狙うは体を支える腕だ。


 地面へ突いた二本の左腕。その一本を手首から切断。もう一本も狙おうと、慌てて剣を引き戻した。


 直後、頭上から三本目の左腕が迫っていた。慌てて背後へ飛び退くと同時に、眼前へ巨大な拳が落下。石畳が情けない音を立てて砕け散り、細かな破片が飛散した。


 もう一撃加えたかったが、腕を一本封じただけでも良しとするしかない。


 レオンの様子を伺えば、奴なりに善戦しているらしい。さすがに短剣であるソード・ブレイカーでは巨体を切断できないが、敵の体に刻まれた深い傷跡が確認できた。


 満足のゆく成果にほくそ笑んでいると、怪物は全身を震わせ、突然に奇声を上げた。それは耳を覆いたくなるほどのおぞましい声。まるで死者が地獄の底から手招きをしているような錯覚がして、全身を悪寒が巡った。


 足がすくみ、俺もレオンもその場を動けずにいた。直後、怪物の体から複数の落下物があったことに気付いた。


「なんだ?」


「がう、がうっ!」


 目を凝らしていると、ラグが警戒の唸りを上げ始めた。それは不意に動き出し、二本の足で大地へ立ち上がる。


「人、なのか?」


 月明かりが照らし出したのは、腐敗し、体の一部が崩れ落ちた死体の群れだった。恐らく三十体はくだらないだろう。


「くそっ。どうなってんだ!?」


 剣を正眼に構え、向かってくる死体たちを見据えた。攫われたドミニクの部下だとしても数が合わない。もしかしたら、この怪物を作るための犠牲者たちかもしれない。


「あのインチキ魔導師め……」


 怒りに奥歯を噛みしめていると、レオンはすかさず炎の魔法を浴びせ始めた。だが、死体たちの歩みを完全に止めることはできない。


「やるしかねぇのか」


 覚悟を決めて死体へ斬り掛かった。


 最初の一体を袈裟懸(けさが)けに斬り伏せ、続く二体目へ向き合った途端、左足に違和感が生まれた。即座に視線を向けると、凍りついたように動けなくなってしまった。


 袈裟懸けに斬り、頭と右腕だけになった死体。それが動き、俺の足へしがみついている。


「鬱陶しいんだよ!」


 足を振っても振りほどけない。そうしている間にも二体の死体からしがみつかれ、完全に動きを封じられてしまった。


「邪魔だっての」


「碧色、避けろ!」


 身じろぎしている所へ、レオンの怒声が聞こえた。だが、気付いた時には既に手遅れ。死体どもの向こうに怪物の拳が迫っていた。


 巨大な拳は死体どもを薙ぎ払い、俺の体を直撃した。とてつもない衝撃に全身が悲鳴を上げる。そのまま浮遊感に包まれ、受け身もとれないまま後方へ弾き飛ばされていた。


「がっ!」


 倒壊した建物にぶつかったのか、背中と後頭部へ激痛が走った。地面へ崩折れながらも意識を保っていられたのは、抱きついてきた死体が衝撃を緩和してくれたお陰だ。


 だが、怪物の一撃が余りに重すぎた。加護の腕輪の魔力障壁(プロテクト)は黄色を示している上に、立ち上がることもできない。


「ふざけんな……」


 地面に座り込んでしまった体を引き上げようとしても、いうことをきかない。竜臨活性(ドラグーン・フォース)という奥の手はあるが、できればユーグと戦うまで温存しておきたい。


 視界の先で、怪物が身構えるのがわかった。俺に止めを刺すつもりなのだろう。ここまで追い詰められては、四の五のいっている場合じゃない。全身の痛みを堪え、膝の上にいる相棒へ視線を向けた。


「ラグ……」


 来い、と合図を送ればそれだけで済む。しかしその言葉を遮るように、夜空から赤い雨が降り注いできた。


 だが、それは雨などではなかった。先端へ油を染み込ませた布が巻かれた、炎を纏った燃え盛る矢だ。

 怪物シンザラスだけでなく、辺りをうろつく死体にまで次々と突き刺さり、炎を広げている。


「どうなってんだ?」


 赤い雨を呆然と眺めていると、腕を取られて引きずり起こされた。


「大丈夫かい、碧色様」


「なんであんたがここに?」


「なんでって、随分なことを言うねぇ」


 長弓を手にしたドミニクは、怪物から視線を逸らさずに笑みを浮かべた。


「決着をつけなきゃならんでしょ」


 ドミニクは瞳の奥へ悲しみと怒りを滲ませている。仲間を救えなかった無念と、ユーグへの怒りか。その言葉が気持ちを後押ししたように、闇の中へ男たちの雄叫びが上がった。


 武器を手にした者たちが戦場へなだれ込み、死体たちを次々と斬り伏せてゆく。


「あいつらは?」


 すると、ドミニクは不敵に微笑んだ。


「援軍、ってところかねぇ。副長であるサロモンの呼びかけに応じて、隊長さんのやり方に不満を持つ傭兵たちが決起してくれたんだよねぇ。六十人近くは集まったんじゃないの?」


「六十人!? こいつらを集めるために、わざわざ動いてくれてたのか」


「剣の腕だけじゃ生きていけないわけよ。頭と口も達者じゃないとねぇ。おじさんの知恵とでもいうべきかなのかねぇ」


 ドミニクのことを少しでも疑ってしまった自分を恥じた。こいつはこいつなりの信念を持って懸命に生きている。その事実は、俺の心を大きく奮い立たせてくれた。


「よし。あの怪物を一気に叩き潰すぞ!」


「随分と骨が折れるねぇ。勝算は?」


「やるしかねぇだろうが」


「当たって砕けろ、ってわけね」


 ドミニクが苦笑している向こうで、レオンが駆け寄ってくるのが見えた。


「ふたりとも意外にしぶといんだね。あの怪物は俺に任せて、そこで休んでるといいよ」


「随分と自信のある口ぶりだな」


「死者の邪魔がなくなればこっちのものだよ。あんな知能の低い怪物にやられているのは腹が立つんだ。そろそろ本気で行くよ」


 レオンはソードブレイカーを構え、怪物の巨体をきつく睨んだ。

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