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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.07 オルノーブル編

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05 秘密を知られた口封じ


 女神の膝枕。カンタンが経営するその娼館へ、侵入者が現れたということか。彼等がこれだけ焦る理由は、警護に失敗の可能性があるからなのか。それとも他の理由だろうか。


 副長のサロモンは焦りを浮かべて、ドミニクの顔を伺っている。そうしてすぐに、報告へ訪れた部下に視線を戻した。


「俺は膝枕へ急ぐ。おまえは隣の部屋から、手の空いている奴を連れてこい。こちらの客人に丁重な持て成しを頼む」


「承知しました」


「おやおや」


 ドミニクは話へ割り込むと、(おもむろ)に席を立った。そのまま報告に訪れた傭兵の腕を捻り上げ、テーブルへ顔を押し付ける。それと同時に後ろ蹴りを使い、扉を完全に封じた。


「どういうつもりだ」


 いぶかしむサロモンに、ドミニクは不敵な笑みで応える。


「随分とぞんざいな扱いですねぇ。先程までは、副長のあなたが直々に応対してくださると仰っていたのに」


「こんな状況だ、話が変わった。手短に商談を済ませて田舎へ帰ることだ。ここで見聞きしたことは今晩の内に忘れろ。娼婦との付き合いと一緒だろ? 儚い一夜の幻だ」


 鬱陶しいとでも言うように、途端に不機嫌な表情を見せて溜め息を漏らした。


「わかったら、そいつを離せ」


「いやいや。そうもいかんでしょ。部屋の外が騒がしいのはわかってるんだよねぇ」


 ドミニクは長衣の陰から毒牙の短剣を引き抜いた。その切っ先を、捉えた傭兵の喉元へ据える。


「おまえ、それをどこから」


「玄関で武器を回収するんなら、身体検査まできっちりやることだねぇ。詰めが甘いよ」


 サロモンは狼狽しているが、ドミニクの言うことは最もだ。俺の剣とエドモンの杖は取り上げられたが、本当に形式上のやり取りだった。門番役のふたりへ賄賂を渡していたことも功を奏したのだろう。


 ドミニクは、鋭い視線で副長を睨んだ。


「奴隷の買い付けには、俺の他に護衛はひとり。大方、こっちの戦力を分断した後で皆殺し、って算段だったんだよねぇ? あんたたちが奴隷の調達に一枚噛んでるのは知ってるんだ。秘密を知られた口封じってわけかい?」


 ドミニクの言葉に、乾いた笑みを浮かべる。


「言い掛かりはよしてくれ。これから奴隷たちの所へ案内する所じゃないか」


 ドミニクは押さえた傭兵の顔を覗き込み、喉元へ刃を押し付けた。傷口から赤い筋が零れ、首筋を伝い落ちてゆく。


「あの副長の言葉は本当かい? この扉の向こうには、武器を構えたお仲間さんが待ち構えてるんだろう」


「副長の言葉は本当です。あなたたちに危害を加えるつもりはありません」


「へぇ、そうなの。あんた、マリーを攫いに来た黒騎士のひとりなんじゃないの? 俺たちを見て、驚いた顔をしてたよねぇ」


 その問い掛けには俺も驚きを隠せなかった。部屋を訪れたあいつが目を見開いたのは、そういう理由があったからなのか。


「言い忘れてたけど、この短剣の刃には毒が塗ってあってねぇ。俺が持ってる解毒薬がないと……死ぬよ」


 ドミニクは、捻り上げていた男の右腕へ力を込めた。野太い悲鳴と共に、男の腕が有り得ない方向へ反り返る。


「お仲間の顔を拝みながら死にな」


 身を翻したドミニクは素早く扉を開け、男を廊下へ放り出した。その隙間から、武装した男たちの陰を確かに捉えた。


 脇に控えていたエドモンが、一握り分の魔法石を廊下へばらまいた。破砕音と共に、男たちの悲鳴が廊下へ響き渡る。


 ドミニクとエドモンは、扉を封じるために長机を掴んだ。それと同時に、俺はサロモンに向き直る。


 長机を踏み越えていた俺は、窓際へ後退した相手を追い詰めてゆく。天井から吊られた魔力灯の明かりが、対峙する男の姿を闇夜へ浮かび上がらせた。


「がうっ!」


 敵を牽制するように、ラグが一声吠えた。相手には聞こえるはずもないが、俺の心を奮い立たせるには充分だ。

 だが、サロモンの顔にはまだ余裕が見える。自分の腕に余程の自信があるのだろう。


「丸腰で勝てると思ってるのか。連戦連勝、負け知らず。双剣使いのサロモンとは俺様のことだ。言っておくが、剣速と手数の多さなら隊長よりも上だぜ」


「そいつは楽しみだ」


 相手との距離は大股で三歩ほど。一歩踏み込んだ瞬間、敵は両脇から剣を抜き放つ。逆手で構えられた刃を目にして、サロモンの腕から羽根が生えたような錯覚がした。


 相手は得物を持つなり、途端に狂気染みた笑みを溢れさせた。こちらの顔が本性なのかもしれない。


 こちらへ迫りながら、左右の刃が襲い来る。左手は下方から突き上げるように。そして右手は上方から鋭く振り注ぐように。


 体を捻り、あるいは逸らし、襲い来る刃を次々とかいくぐる。多少の斬撃は受けたが、冒険服を切り裂かれた程度だ。鎖帷子(くさりかたびら)のお陰もあり、致命傷にはほど遠い。


「避けてるだけじゃ勝てないぜ」


 確かに言うだけあって、剣捌きはなかなかのもの。しかしそれだけだ。動きが大きく、攻撃の端々に隙が多い。


 右方の刃を避け、敵の懐へ潜り込んだ。振り下ろされてきた敵の左腕を肘打ちで払い、無防備になった所へ掌底を打ち込む。


 顎を打たれたサロモンは、よろめきながら一歩後退した。その姿を目で追いながら、左手に隠していた閃光玉を投げ付けた。


 悲鳴と共に、目映い光が室内へ弾ける。敵が視覚を奪われたその瞬間に、俺は腰に差していた短剣を鞘ごと引き抜いた。


 館の入口では目に見える武器を押収されただけだった。短剣や革袋の存在に気付いていたのかいないのか。すべて押収されていたら、ここまですんなり運ばなかっただろう。


 闇雲に振り回される敵の刃を避けつつ、相手の顎を短剣で思い切り打ち抜いた。


 声もなく膝を付き、その場へうつ伏せに倒れるサロモン。その姿を眺め下ろし、床へ転がる双剣を取り上げた。


「残念だったな。おまえなんかより数段上の使い手が、仲間にいるんだよ」


 アンナの腕に比べれば、こいつの攻撃など中級冒険者程度にしか感じない。


 ドミニクとエドモンが長机を使って扉を封鎖してくれている間に、倒れた敵の両腕を後ろ手に縛り上げてやった。


 そうしてサロモンが目を覚ますと同時に、こいつを盾にして館の出口へ。さすがに、連戦連勝の副長を倒した相手へ挑んでくるような奴はいなかった。とはいっても、館に滞在しているのは五十人程度という話だ。襲ってきたとしても楽勝だ。


「今夜ここで起こったことは他言無用だ。無事に明日を迎えたいなら、朝まで大人しくしてるんだな」


 館を出た所でレオンと合流。門番から奪い返しておいてもらった武器を回収した。何かあれば屋敷へ踏み込んでもらう算段だったが、それも杞憂に終わった。


「で、マリーはどこにいるんだ? あいつを攫った目的は何だ?」


 戦意を喪失したサロモンの顔を伺う。


「おそらく、膝枕の地下室に運ばれた頃だろうな。そこで、カンタンさんが選別するんだ」


「どうしてあいつを狙ったんだ」


 軽量鎧(ライト・アーマー)の胸倉を掴んだが、サロモンに動じる様子はない。


「リアン。どけ」


 押し退けるようにレオンが隣へ立つ。すると、徐にソードブレイカーを引き抜いた。

 一切の躊躇(ためら)いもなく、それをサロモンの右上腕へ突き立てる。


「知っていることをすべて話したら? 右腕を切断した後は左腕だよ。その後は両足。女を抱くこともできなくしてあげるよ」


「待て! わかったから」


 苦しみに呻き、激しく頭を振るサロモン。


「隊長は、依頼を受けたって言ってたんだ。依頼人の情報を尋ねたんだが、相手はGっていう名前以外、素性は明かさなかったらしい」


「は!? Gだって?」


 こいつの話は意味がわからない。


「その依頼を受けたのはいつだ」


「最初の連絡は二ヶ月くらい前だ」


「どうなってんだ?」


 Gが死ぬ前に依頼をした可能性を考えたが、時期が微妙にずれている。その頃、奴はとうに死んでいる。


「死んだ男が依頼できるわけねぇんだ」


「Gの名を語る、何者かがいるのかも」


 レオンの言葉に、頷きで肯定を示す。


「考えられるとすれば、終末の担い手だけだ。依頼主の姿を見たことは?」


「ない。手紙が送られてきて、それをやり取りするだけの間柄だ。もちろん手紙も残っていない。読み終わると同時に焼き捨てる、というのが依頼主からの契約だったからな」


 そうなるとやはり、依頼相手は終末の担い手という可能性が最も高い。


「とにかく、膝枕とやらに案内しろ。おまえらの大将とカンタンもそこにいるんだろ」


 まずはマリーの救出が最優先だ。細かいことはその後で考えればいい。


 サロモンを急かし、俺たちは女神の膝枕という名の娼館へ向かうことにした。

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