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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.01 ランクール編

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11 約束の場所、女神の寺院

「シャルロット。おまえのせいだからな」


「やり過ぎちゃいました?」


 ぺろりと舌を出す彼女を置き去りにし、俺は打ちひしがれたままギルドを後にした。


 気持ちを切り替えたい。

 だが、胸の奥に残った違和感が、じわりと痛む。

 夕日がいつもより赤く滲んで見えるのは、きっと気のせいじゃない。


 これでセリーヌに嫌われたら。

 その時は、シャルロットを絶対に許さない。


「なんか、すげぇ小物っぷりだな……」


「がう?」


 首を傾げるラグに苦笑しつつ、人混みを掻き分けて進む。


 一歩一歩が、やけに重い。

 約束の場所に近付くほど、胸のざわめきが増していく。


 辿り着いたのは寺院だ。

 女神を祀る大聖堂に加え、病人や怪我人を受け入れる救急施設も併設されている。


 二日前に出会った母子と、ここで落ち合う約束をしていた。


「なんて言い訳すりゃいいんだ……」


 ランクールの街長には事情を伝えてある。

 見付け次第、早馬で知らせてくれる手筈だ。


 それでも胸の奥は重く、石畳の上で足が止まりかける。


「リュシアンお兄ちゃん!」


 入口脇から、小柄な影が手を振っていた。

 駆け寄ってくるのは、十歳の少年エリクだ。

 (けが)れを知らない笑顔が、胸に突き刺さる。


「おう」


 引きつる頬を誤魔化すように、手を挙げた。


 約束を守れなかったと知れば、この笑顔を曇らせてしまう。

 それが、何より怖かった。


「がううっ!」


 ラグは嬉しそうに飛び付いたが、相棒の体はエリクをすり抜けた。

 その光景を見ていると、ラグまで可哀想に思えてくる。


 エリクは相変わらず薄汚れた服装のままだ。

 それでも、瞳だけは宝石のように澄んでいる。


「お母さんはどうした?」


「ん? すぐ来るよ」


 丸い輪郭、くりっとした目、柔らかな髪。

 その顔に、母親アデールの面影が重なった。


 優しさの滲む母子を前に、二日前の光景が脳裏に蘇る。


 魔獣の襲撃で家を失い、逃走中にルーヴに襲われたオジエ一家。

 父親のコンスタンさんは家族を守り、重傷を負って寺院へ運び込まれた。


 着の身着のまま逃げてきた母子は、食べる物もなく、(いさ)ましき牡鹿亭(おじかてい)の裏口でうずくまっていた。


 イザベルさんの計らいで食事を振る舞い、事情を聞いた。

 逃走の際、コンスタンさんが命の次に大切にしていた短剣(ショートソード)を、ルーヴのリーダーに突き立てたことも。


『男なら大事な物は自分の手で守らなきゃダメだって。お爺ちゃんから貰った、大切な宝物なんだって。それを取り返したいんだ』


 擦り切れた膝。怯えきった瞳。

 それでも父を想って泣く、小さな横顔。


 あれを見せられて放っておけるほど、俺は薄情じゃない。


『任せろ。俺が、絶対に取り戻してやる』


 即答すると、エリクの目は輝いた。


「お父さん、元気になったんだよ!」


「そうか。良かったな」


 寺院には腕のいい司祭がいる。

 癒やしの魔法で、大抵の怪我や病は治療できる。

 事情を話せば、無償で診てくれるだろう。


 安堵する一方で、罪悪感は消えなかった。

 形見の短剣は、まだ戻ってきていない。


「あのな、エリク……魔獣は倒したんだけどさ。その……」


「うん、ありがとう! さっき、お父さんの宝物も戻ってきたんだよ!」


「は!? どうして?」


 呆然としていると、寺院の扉が開いた。

 姿を現したのは、母親のアデールさんだった。


「リュシアンさん! 先日は大変お世話になりました。本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げられ、こちらが慌てる。


「いえ、俺は何も。礼は女将(おかみ)さんに。それより、御主人の短剣が戻ったって……」


 アデールさんは、申し訳なさそうに眉を寄せた。


「実は……食事を頂いた際、息子が他の方にも話してしまったそうで……その方が、つい先ほど短剣を届けながら、主人の怪我まで治してくださったんです」


「怪我まで治した? いや、どういう……」


 理解が追い付かない。


「すごいんだよ!」


 目を輝かせたエリクが、俺の袖を強く引いた。


「お姉ちゃん、おっぱいが大きいだけじゃなくて、魔法が使えるんだ!」


「こら! また、大きいって……失礼だから止めなさいって、何度も言ってるでしょ」


 小突く振りをするアデールさんを見て、ひとつの顔が脳裏に浮かんだ。


 これはもう、あいつしかいない。


 答え合わせをするように、再び寺院の扉が開く。

 ひとりの男性と、噂のお姉ちゃんが姿を現した。


「やっぱり、そういうことか……」


「リュシアンさん!?」


 驚くセリーヌと目が合う。

 だが、驚いているのは俺も同じだ。


※ ※ ※


 セリーヌと並び、寺院を離れるオジエ一家を見送った。


 エリクを真ん中に挟み、手を繋いで歩くその背中は、どこか温かい。

 明日には住み慣れたランクールへ戻るらしい。

 セリーヌの寄付も考えれば、あの一家も手厚く保護されるだろう。


「まさか、セリーヌが関わってたとはな」


 溜め息混じりに、隣の美人魔導師を見た。

 牡鹿亭の女将、イザベルさんの言葉が蘇る。


『若いお嬢さんがね、定食の味に感動してさ。一人前に大金を払おうとしてきたんだよ』


 それがまさか、セリーヌだったとは。


 同じ魔獣を追い、同じ物を捜していた。

 どうりで、あの依頼に固執していたわけだ。


(わたくし)も驚きました。それならそうと、始めから仰ってくださればよろしかったのに」


「ランクAの冒険者が、子供の情に流されて必死になるなんて格好悪いだろうが。 どうせなら、美人にせがまれて、とかさ……」


 その瞬間、兄の顔が頭をよぎった。


『誰かのために動くことを、恥じるんじゃない』


 きっと、そんな風に言うはずだ。

 技巧派の兄とは違い、俺は不器用で勢い任せだ。戦い方も、生き方も。

 それでも、この街で出会った縁だけは、絶対に見捨てたくない。


「子供より美人ですか……やはり、スケベというのは本当なのですね」


 視線が痛い。

 大きく開いた胸元をそっと隠されたのが、地味に傷付く。


「いや、美人ってのは例えだから。それに、始めから言ってくれればってのはお互い様だろ。言えない、譲れないの一点張りでさ」


「エリク君と約束したのです。ふたりだけの秘密だからと言われ、どうしても……」


「どこまで真面目なんだよ」


 しゅんとするセリーヌに、つい吹き出してしまった。

 顔を見合わせて笑い合う。このやり取りが妙に心地いい。


「リュシアンさんのことを、少し見直しました。お優しい方なのですね」


「この街で世話になってから、街の人たちを放って置けなくてさ……魔獣に怯える殺伐とした時代だけど、夢を持つこと、夢を叶えることだけは諦めてほしくないんだ」


「夢を夢のまま終わらせるのか。素敵な言葉だと思います」


「口にされると恥ずかしいからやめてくれ」


「ですが、本当に心に響きました」


 セリーヌの笑顔が、夕日に照らされて柔らかく輝いた。

 胸が、じんわりと熱くなる。


「さっきは邪魔されたけど、探しものがあるんだろ? 手伝わせてくれよ」


「お手を煩わせるわけには参りません。 あれは、私が探し出さなければなりません」


 その横顔に、ふと深い影が差した。

 大切な何かを失った人間だけに宿る、あの陰り。

 過去の痛みを隠しているような気配。


「無理にとは言わねぇよ。助けが必要ならいつでも言ってくれ。それに、冒険者を続けるならパーティを組んだ方が効率もいい」


 本音を言えば、一緒にいたいだけだ。


「ありがとうございます。その際には是非、お力添えを……あっ!」


 口に手を当て、大きな声を上げる。

 驚いたラグが、俺の左肩から滑り落ちた。


「どうした!?」


 セリーヌは頭を抱えて固まっている。

 豊かな胸が強調されるものだから、目のやり場に困ってしまう。


「あなたとの行動はお断りさせて頂くと、言ったばかりなのに。私は、どうすれば……」


「やっぱり天然だな」


「何か、仰いましたか?」


「いや。なにも……」


「ですが、笑っていらっしゃいますよね」


「面白い奴だなって」


「私の何が、面白いというのですか?」


 夕日に染まる石畳を、並んで歩く。

 こんな穏やかな時間が、ずっと続けばいいと、ふと思った。


 だが、穏やかさの奥に、不穏なざわめきもある。


 ランクールを襲った、終末の担い手と名乗る男。

 蜘蛛に囚われた森という言葉。

 もしも奴の標的に、この街が含まれているとしたら。


 夕日の温度が、いつもより低く感じた。

 嵐の前触れのように、胸の奥がざわつく。


 不安を抱えながらも、足は自然と牡鹿亭へ向かっていた。

QUEST.01 ランクール編 <完>


<DATA>


< リュシアン=バティスト >

□年齢:24

□冒険者ランク:A

□称号:碧色の閃光

[装備]

古びた魔法剣

冒険者の服


挿絵(By みてみん)




< セリーヌ=オービニエ >

□年齢:23

□冒険者ランク:E

□称号:強欲の守銭奴(仮)

[装備]

魔導杖

蒼の法衣


挿絵(By みてみん)




< ナルシス=アブラーム >

□年齢:20

□冒険者ランク:C

□称号:涼風の貴公子

[装備]

細身剣

華麗な服


挿絵(By みてみん)



ラフスケッチ画:やぎめぐみ様

twitter:@hien_drawing

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― 新着の感想 ―
[良い点] ランクール編、一気読みさせていただきました。リュシアンが持つ力の謎はもちろんですが、セリーヌも何やら秘密がありそうで、ページがどんどん進んでしまいました。セリーヌの欠点が、汚い字という意外…
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