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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.07 オルノーブル編

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02 それぞれの葛藤


 レオンとエドモン、そしてマリーが乗ってきた三頭の馬を休ませている場所へと急いだ。しかし行動を共にしながらも、レオンとエドモンがドミニクの存在をいぶかしんでいる空気をひしひしと感じていた。


 彼等の気持ちもわからなくはない。むしろ俺自身、本当に彼を信じていいのか迷っている。改心したのだと信じたいが、不安を拭いきれずにいる。


 焦りと怒りを抱えたレオンは、仕方なくドミニクの言うことに従っている様子だ。確かに今は、彼が持つ情報以外に手掛かりがない。


 エドモンは相変わらずの大らかさで掴み所がない。何となく、ドミニクと距離を置こうとしているように見受けられる。


 左肩へ乗ったラグも、この空気を感じているのか落ち着きがない。頭をせわしなく動かし、周囲の三人を眺めている。


 ふたりがそれぞれの馬へ跨がったため、俺は自然と、ドミニクと同乗する流れになった。


「手綱は俺が握ろうかね」


「そうしてもらえると助かる。身体強化の力を使った後は、体がだるくて仕方ねぇんだ」


 この微妙な空気を察しているのだろう。自ら背を晒し、信用を得ようということか。


 そして俺たちはオルノーブルの街を目指して馬を走らせた。ここからなら明日の日中には辿り着けるはずだ。

 途中、幾度かの休憩を挟みながら移動を続け、ついに日没を迎えてしまった。馬の休憩も兼ね、川縁で野営をすることに決めた。


 俺はドミニクと共に薪を拾い集め、その間にレオンは森の中で狩りを行った。エドモンは見張りと料理番だ。


 エドモンは俺たちが集めてきた薪へ魔法で火を付け、積み荷から調理道具を用意した。そうして、狩猟された野兎を捌いてスープを作り、川魚を焚き火で炙る。アンナと料理番を任されているだけあって、その手際は馴れたものだった。一緒に行動していた間は俺も手伝わされたものだが、味付けに関してもみんなが認める腕前だ。


 ラグは食べられもしないのに鍋の中身を覗いたり、付近をせわしなく飛び回っている。


「本当に、ぐうたら魔導師をさせておくには勿体ねぇよな。飲食店でも経営すれば、絶対に儲かると思うんだけどなぁ」


 お椀の中から掬い上げたのは、ブツ切りにされて煮込まれた兎の肉。それを頬張りながら、焚き火越しに座っているエドモンを見た。

 俺の言葉に得意げな微笑むも、すぐにしかめっ面へ変わってしまう。


「繁盛するのは間違いないっス。けど、忙しいのも嫌っスから。魔導師として適当に稼ぎながら、悠々自適に暮らすのが一番楽っス」


 その返しに、ドミニクが吹き出した。


「もっともな意見だねぇ。せっかく魔導師としての才能があるんだ。どう見たって、そっちで生きる方が恵まれてるよねぇ。冒険者を辞めて要職に就けば、一生安泰だ」


「それはそうなんスけどね。誰かに使われるっていうのも面倒なんスよ。気の合う仲間とのんべんだらりしてるのが、オイラの性に合ってるんスよ。きっと」


「気楽なものだね」


 焚き火を囲んで右隣へ座っていたレオンが、軽蔑するような眼差しを向けた。


「そんなぬるい考えだから、いつまで経っても成長しないんだ。ランクSで二つ名持ち。その地位に、あぐらをかいているんじゃないの?」


「レオン。やめろ」


 注意に耳を貸すどころか、こちらを見ようともしない。


「俺がどんな想いで生き抜いてきたかわかる? 魔獣に蹂躙(じゅうりん)されて、街の人たちは惨殺された。生き残ったのは、地下室へかくまわれた数人の子どもだけ。魔獣への恨みを力に変えて、自分だけを信じてここまできた」


 その瞳へ、焚き火の紅が静かに揺らめいた。


「剣も魔法も、訓練所でがむしゃらになって身に付けた。これ以上ないほど自分を痛め付けても、俺の想像を超えた敵が立ちはだかってくる。どこまで強くなれば、俺の望む安息を手に入れることができる?」


 その言葉は痛いほどわかる。俺は堪らず、自分の想いを溜め息と共に吐き出した。


「そんな葛藤を抱えてるのは、おまえだけじゃねぇよ。俺だって同じだ。せめて自分の目が届く範囲だけでも守りたいのに、それすらも思うようにできねぇんだからな……」


 兄も見付からず、セリーヌにすら追いつけているかもわからないもどかしさ。今もこうして、マリーを危機に晒してしまった。

 手にしているお椀と一緒だ。すべてを捉えている気になっていても、スープの中身を、その底までを見通すことはできない。濁った椀の底で、助けを求めて声を上げている人がいるかもしれないというのに。


 手にした木製のさじでスープを掬うと、左隣に座るドミニクの咳払いが聞こえた。


「誰も彼も辛気くさい顔をするよねぇ。俺だってそんな奴を何人も見てきたよ。部下にだって似たような境遇の奴もいる。つらいのはみんな一緒さ。そんな世界でも希望を捨てず、どう生きていくかが大事なんじゃないの?」


「賊のあんたに説教されたくねぇよ」


 正直、同じ括りで語られるのは不快だ。


「酷い言い方だねぇ……俺だって、好きでこんな風になったわけじゃないよ。何事にも限度ってもんはあるんだ。そこに上手く折り合いを付けて、生きていかなきゃならんでしょ」


 寂しげに笑って、腰の短剣(ショート・ソード)を叩く。


「剣術もそう。こんな歳にもなってくると、頭ではわかっていても体が思うように付いてこなくてねぇ。本当、嫌になるんだわ。部下の命を預かる身として、こんな自分に何ができるか。それを日々考えてるってわけ」


「なんだか深いっスねぇ」


「まぁね。無駄に歳をくってる訳じゃないって所も見せておかないとねぇ」


 ドミニクとエドモンの声が、やけに白々しく聞こえた。ドミニクが抱える苦労のいくばくかは垣間見たが、このふたりとは抱えている重荷が決定的に違う気がしている。


「ひとつだけ、はっきりさせておきたい」


 レオンの鋭い目が俺を見据えていた。


「マリーを助けた後の話だ。これ以上、この旅に彼女を巻き込むのは賢明じゃない。ヴァルネットでもどこでもいい。彼女が腰を据えて働ける居場所を用意するべきだと思うけどね。それができないっていうのなら、俺がこのパーティを抜けるから」


「急にどうしたんだよ」


 話が飛躍し過ぎてついていけない。


「前々から考えていたことだけど。そのつもりで、あんたと離れていたこの数ヶ月、彼女へ魔法の指導をしてきた。ひとりでやっていけるだけの基本は叩き込んだつもりだよ」


「どうしておまえが抜けるんだよ。ずっと気になってたけど、そこまでマリーに執着する理由は何なんだ?」


「それ、オイラも気になってたっス。マリー嬢に毎日毎日、しごきのような特訓をしてたっスからね。あの子は何も言わずに従ってたっスけど、相当つらかったと思うんスよ」


 不安げな顔で、エドモンが割り込んできた。その顔を見て、レオンは小さく鼻で笑う。


「ここまで話したらもういいか……彼女は似てるんだよ。魔獣に殺された幼馴染みに」


 炎をじっと見据えるその目には、何が見えているのだろう。俺には想像もつかないような過去を乗り越えてきたに違いない。


「俺の目の前で、あの子を二度も失うわけにいかないんだ……俺は、養成所を覗きに来たフェリクスさんに拾われるまで、ずっとひとりでやってきた。理由がわかるか?」


 不安定に揺れる炎が、レオンの顔を照らす。そこには危うさと脆さが同居したような、形容しがたい雰囲気が漂っていた。


「ひとりの方が楽、ってわけかい?」


 答えに言い淀んでいると、助け船を出すようにドミニクの声が割り込んできた。


「まぁ、そんなところかな。失うことに怯えて生きるくらいなら、初めから何も持たなければいい。それこそが、俺の得た答えだよ」


 自虐的に微笑むレオンを見て、やるせない想いが込み上げてくる。


「心配いらねぇよ。どのみち、マリーとは別行動になる予定だ。あの子を連れて、霊峰で人に会う予定があるんだ。それさえ済めば、マリーはフェリクスさんに任せるつもりだ」


 これにはレオンだけでなく、エドモンまで意外そうな顔をしてみせた。


「もしくは、俺とマリーだけで別行動をするかもしれねぇ。もう一度、セリーヌに会う。それが俺たちの共通の目的なんだ」


「フェリクスさんは納得したの?」


「ダメだった。最後の手段として、無理矢理ぬけることも考えてる。そうなったら、レオン。おまえがこのパーティを仕切ってくれ」


「遠慮する。俺は強さを極めたいんだ。シルヴィさんと一緒で、人をまとめるなんて厄介事はちょっとね。でも、あんたがマリーを連れて行ってくれるなら、俺の心配はなくなる」


 レオンは持っていた椀をエドモンの足下へ置くと、外套(がいとう)を被って横になってしまった。


「このパーティはどうなるんスか?」


 不安げな顔をするエドモン。


「そもそも正式にパーティを組んでるわけじゃねぇんだ。リーダー不在となれば、フェリクスさんがまとめ直すだけだろ」


 俺の投げやりな言葉で話が途絶え、各々がやり場のない想いを抱えたまま夜の闇の中へと放り出された。


 三時間交代の約束で見張りを立てるも上手く寝付けず、朝までの長い時間を過ごす羽目になった。

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