18 囚われた聖女
「風じゃないのは確かだな」
レオンとエドモンの後ろ姿を見送りながら、側に置いていた魔法剣へ手を伸ばした。ひょっとしたら、獣人や魚人の生き残りかもしれない。
「動かないで。まだ治療が終わってないの」
「そんな場合か?」
真剣な顔付きのマリー。この生真面目さは、セリーヌと通じるものがある。ふたりが顔を合わせれば、意外と気が合うのかもしれない。
林の中へ向かうふたりを見ていると、横になっていたドミニクが低い呻き声を上げた。その目が、うっすらと開かれてゆく。
「ドミニク。気が付いたか」
「あの導師はどうなったんだい?」
「悪い。オルノーブルへ逃げられた」
「参ったねぇ……」
こいつが気にしているのはインチキ導師より、捕まった部下たちの存在だろう。その気持ちを思うと胸の奥が痛んだ。
いや。俺にそんな資格はない。導師の命を奪うことと引き替えに、こいつが助けたいと願っている人質までも消そうとしたのだ。
「傷が治り次第、すぐに追うつもりだ。あんたは仲間を連れて王都へ戻れ」
力なく空を見上げているドミニク。その横顔へ声を投げた時だった。
「がう、がうっ!」
ラグの鳴き声が響き、林の奥で閃光が弾けた。あれは恐らく電撃魔法だ。それに併せて、レオンとエドモンの悲鳴までもが聞こえた。
「何がいるっていうんだ!?」
正体不明の敵に備えて、すかさず身構えた。だが正直な所、体力が完全に戻っていない。どこまで動けるかは俺にもわからない。
「ここにいろ」
マリーを後ろ手に庇いながら、寝転ぶ三人の体を追い越した。そうして、レオンとエドモンが向かった方向へ近付いた時だ。
「イヤッハー!」
木々をすり抜け、甲高い雄叫びが上がる。
俺たちを挟み込むように左右へ展開したのは、黒い甲冑で全身を覆った馬乗りの騎士たちだった。その数は、およそ十騎。
瞬く間に、円を描いて包囲されてしまった。各々の手には長槍が握られている。このまま輪を狭められれば串刺しだ。
「くそっ!」
口を開いても悪態しか出てこない。俺ひとりならどうにかなるが、マリーと三人の怪我人を抱えている。この窮地を切り抜ける方法が見付からない。
騎士たちを睨み付けると、全員が同じ漆黒の甲冑をまとっていることに気付いた。だが、こんな鎧は見たことがない。どこかの国の兵士かとも思ったが、旗も紋章も見当たらない。
「てめぇら、何者だ」
油断なく剣を構えて言い放つと、円を描いて走る一騎が、手にした得物を持ち替えた。それは手綱よりも太い縄だ。先端が大きな輪になっており、素早く投げ付けられたそれに、両腕ごと上半身を締め上げられていた。
「くっ!」
「ちょっと!」
ラグが空へ羽ばたき、背中にはマリーの驚く声が飛んできた。直後、勢いよく体を持って行かれた。身動きの取れない俺は、馬に引きずられながら地面を引きずられていた。
両腕を塞がれ、抵抗できない。上も下もわからぬまま、跳ね上がった体が何度も打ち付けられ、全身を強い痛みが襲う。そこからは無我夢中だ。魔法剣を地面へ突き立て、どうにか減速させようと足掻いた。
「野郎共。撤収だ!」
どれだけ引きずられていたのかわからない。不意にそんな声が聞こえ、俺は縄ごと放置されていた。
どうにか顔を上げた時に見たのは、走り去って行く馬の後ろ姿。そして、中央の騎士が抱えるひとりの少女の姿だった。
「助けて!」
救いを求める悲痛な声が、鼓膜を通じて心へ入り込んでくる。抱えられて動けないはずの彼女。その見えない手が、俺の心を必死に掴もうとしていた。
口を塞がれ、涙に濡れるマリーと視線が絡み合った。瞬時に込み上げたのは屈辱と怒りだ。
助けたい。でも届かない。動けない。
「絶対に助ける!」
地面へ横たわりながら、その言葉を届けるのが精一杯だった。今の俺は、余りにも無力だ。
「くそっ! くそっ!!」
怒りのやり場を失い、額を草原へ何度も打ち付ける。
ようやくGの手から助け出したというのにこのザマだ。もしもマリーに何かあれば、俺はジョフロワに会わせる顔がない。大司教は、俺を信用して彼女を預けてくれたというのに。
「情けねぇ……」
地面へ額を付いていると、不意に助け起こされた。強く引き上げられた矢先、体へ巻き付いていた縄が手早く斬り落とされる。
咄嗟に顔を向けると、剣を収めたレオンが憤怒の表情を浮かべ、険しい目で睨まれた。言葉より何倍も強い怒りの波動が伝わり、背筋を悪寒が駆け抜けた。それと同時に冒険服の襟を掴まれ、頬を強い衝撃が襲う。
「あんたが付いていながら、どういうことだ! どうしてマリーを守れなかった!?」
「すまない……」
「謝って済む問題か!?」
冒険服の襟を握り続けるレオンの手。怒りに震えるその拳を、横から割り込んだエドモンが慌てて掴み取った。
「やめるっスよ! オイラたちだってやられてたんスから。リュシアンの旦那だけを責めるのは間違いってもんスよ!」
エドモンがそんな険しい声を出すのは珍しい。レオンは気まずそうな顔で鼻を鳴らすと、地面を思い切り蹴り付けた。
「だから嫌だったんだ……」
その言葉が意図している所はわからない。でも、こいつの背中が怒りと後悔のようなものを滲ませていることは容易にわかった。
地面へ転がった魔法剣を拾い上げ、素早く鞘へ収める。ぐずぐずしている暇はない。
「すぐにマリーを追うぞ」
彼女は聖者の指輪を身に付けているが、口を塞がれている以上、魔法の詠唱ができない。
この場で頼れるのはこいつだけだ。そう思いながら、エドモンへ視線を向けた。
「おまえは魔導書だけじゃなくて、歴史にも精通してたよな。あの黒い甲冑に見覚えはねぇのか? どこかの騎士団か?」
「さすがにわからないっスよ……王都の図書館で調べれば何かわかるかもしれないっス。ちょっと時間を貰えれば……」
「そんな悠長なこと言ってられねぇぞ。恐らく一刻を争うことになる。多分、あいつらは最初からマリーだけを狙ってた。Gの息がかかった奴等か、もしくは終末の担い手か……」
エドモンがわからないとなると、話が先へ進まない。シルヴィさんとアンナには悪いが、マリーの救出を最優先に考えるしかない。
「仕方ねぇ……今から王都へ戻って、図書館で徹底的に調べるぞ。期限は今日の夕方だ。さっさと目星を付けねぇと、マリーを見付け出すのが困難になる」
こいつらが乗ってきた馬を使えば、午前中には王都へ戻れるはずだ。
「夕方なんて無理っスよ」
「無理じゃねぇ。やるんだ」
弱気なエドモンに苛立ちが募る。いざという時に尻込みするのは、こいつの悪い所だ。
「お困りのようだねぇ」
俺たちの会話を遮り、のんびりとした声が聞こえてきた。そちらへ視線を向けると、ドミニクが体に付いた汚れを打ち払っている。
そうして目が合うと、奴は口元へ不敵な笑みを浮かべた。
「ようやく、俺の情報が役立つねぇ」
ドミニクは騎士たちが走り去った方角を見ながら苦笑を浮かべている。
「何か知っているなら、さっさと話したら」
「レオン!」
腰の剣へ手を添える仕草に、慌てて叫んだ。
「あいつらを知ってるのか?」
「おや。碧色様はご存じない? あの鎧、オルノーブルの傭兵団に間違いないねぇ。歓楽街の治安維持が仕事のくせに、どうしてこんな所まで来たんだか」
「どうして誰も彼も、あの街に絡んでるんだ」
まるで街に呼び寄せられているかのようだ。
「オルノーブルの傭兵団っスか。そういえば、歓楽街の警護のために雇われているって話は聞いたことがあるっス」
取って付けたようなエドモンの解説だ。ちらりと顔色を窺えば、気まずそうにしている。自慢の知識が賊に遅れを取ったという事実に落胆しているらしい。
まぁ、それはこいつ自身の問題だ。目的地ははっきりした。後はそこへ進むだけだ。
俺の気持ちを代弁するように、左肩へ降りて来たラグが、大きな鳴き声で吠える。
「だったら、俺も行くしかないねぇ。どのみち、魔導師を追わなきゃならんでしょ」
「ジョスとナタンはどうするんだ?」
「あいつらは、連絡ついでに街へ戻らせる。街道で馬車を拾わせりゃいいでしょ」
馬車と言えば、走り去ったびゅんびゅん丸も姿を見ていない。無事に正気は取り戻したはずだ。利口なあの馬のことだ。きっと今事はナルシスを探して走っているだろう。
そして、この場を立ち去ったラファエル一味。あいつが持つ、竜の力の正体を突き止めなければならない。次に会った時が本当の勝負だ。
「終末の担い手。待ってろよ……」
マリーの救出と、終末の担い手との決戦。加えて、シルヴィさんが追う失踪事件。やるべきことは山積みだが、ひとつずつ確実にこなしていくしかない。
QUEST.06 モントリニオ丘陵編 <完>
<DATA>
< リュシアン=バティスト >
□年齢:24
□冒険者ランク:A
□称号:碧色の閃光
[装備]
恒星降注
スリング・ショット
冒険者の服
光纏帷子
< シルヴィ=メロー >
□年齢:25
□冒険者ランク:S
□称号:紅の戦姫
[装備]
斧槍・深血薔薇
深紅のビキニアーマー
< レオン=アルカン >
□年齢:24
□冒険者ランク:A
□称号:二物の神者
[装備]
ソードブレイカー
軽量鎧
< アンナ=ルーベル >
□年齢:22
□冒険者ランク:A
□称号:神眼の狩人
[装備]
双剣
クロスボウ・夢幻翼
軽量鎧
< エドモン=ジャカール >
□年齢:23
□冒険者ランク:S
□称号:真理の探求者
[装備]
魔導杖
朱の法衣
< フェリクス=ラグランジュ >
□年齢:38
□冒険者ランク:L
□称号:断罪の剣聖
[装備]
聖剣ミトロジー
軽量鎧
< マリー=アルシェ >
□年齢:18
□冒険者ランク:C(仮)
□称号:アンターニュの聖女(仮)
[装備]
聖者の指輪
白の法衣
タリスマン
< ドミニク=ラポルト >
□年齢:40
□冒険者ランク:なし
□称号:なし
[装備]
毒刃短剣
革鎧
ラフスケッチ画:やぎめぐみ様
twitter:@hien_drawing





