13 まさかの共闘
「あいつらは何なんだ?」
あんな魔獣は見たことがない。いや、少なくとも人型をしている以上、魔獣と呼ぶような存在ではないのかもしれない。
前衛は、全身が濃い体毛で覆われた三十人ほどの集団。口には鋭い牙が並び、剣、斧、槍など近接用の武器を手にしている。古い書物で見た、狼男のような風貌だ。
そして後衛は二十人ほどの集団。全身を包むのは青緑色をした魚の鱗。長弓を手にしていることから後方支援の役割らしい。
全員が鎧も身に付けず、腰へ布切れを巻いただけという姿だ。
「獣人と魚人、とでも言うんだろうな」
葉巻を咥えたモルガンの口調はどこか楽しげだ。俺は改めて一団へ目を凝らした。
「あんな怪物を見るのは初めてだ」
さすがにランクSともなれば、彼等も戦闘経験は豊富なはずだ。後れを取るとは思えないが、どんな攻撃を仕掛けてくるかわからない。
「恐らく、天然の魔物ではない。魔術で生み出された特殊な存在であろう」
「魔術……」
グレグワールの言葉で浮かんだのは、インチキ魔導師の姿。大型魔獣すら操るあいつだ。人型程度なら統率を計ることも容易だろう。
「そんじゃ、俺は魚人を狙うかね。獣人どもは、ラファエルとモルガンに任せらぁ」
長弓へ矢をつがえたギデオンは、即座に臨戦態勢へ入っている。
ラファエルという名を耳にして、ようやく姿が見えない面々の安否へ思い至った。
頭上を旋回するラグの姿は確認できる。ラファエルやドミニクたちは倒木に分断され、離れた位置に上半身が覗いていた。足を痛めたナタンだけは、座り込んでいるのか姿が見えない。先程の癒やしの魔法も、あのタイミングでは傷を塞ぐ時間はなかっただろう。
残念だが、ナタンは戦力外と見なすしかない。それどころか、あいつを守りながら戦うのは相当に厄介だ。最悪は見捨てるしかないが、ドミニクが何と言うだろうか。
そんな不安に思いを巡らせていると、大剣を手にしたモルガンが数歩を踏み出した。
「ひと暴れと行くか。援護は頼むぜ」
「どうするつもりだ? この距離から詰め寄っても、魚人から射かけられるだけだぞ」
俺の言葉を、モルガンは鼻で笑った。
「簡単だろ? めった刺しにされる前に、魚人の懐へ潜り込みゃいいのさ。さもなきゃ、獣人をおびき出して盾にするだけだ」
言うが早いか、葉巻を捨てたモルガンは敵陣へ真っ向から突進。丘陵中へ木霊すような雄叫びを合図に、乱戦が始まった。
モルガンの後を追うも、想定通りに矢の雨が降り注いできた。これを避ける方法はひとつしか思いつかない。
腰の革袋から掴み取っておいた、いくつかの白い魔法石。矢の雨を引き付け、即座にそれを上空へ投げ付けた。
魔法石が弾け、風の魔法が展開。それを追うように後方からも二つの風の渦が顕現した。それらが、矢をことごとく撥ね除ける。
「あの力馬鹿と違って、機転は利くらしいな」
横をラファエルが駆け抜けてゆく。風の魔法のひとつはこいつが放ったものだろう。もうひとつはグレゴワールだ。
後れを取るまいと駆けながら、前方から迫る獣人の集団を見据えた。その奥で起こったのは大きな炎。数名の魚人が体を焼かれて身悶えている。
ギデオンが射かける矢に仕掛けがあるらしい。恐らく、先端に魔法石を埋め込んでいるのだろう。
狼狽えた魚人たちは隊列を乱している。炎の魔法は数十秒しか持たないが、敵を怯ませるには効果覿面だ。そこへジョスが加わり、後方部隊の殲滅が始まっている。
だが他人の心配をしている場合じゃない。眼前には手斧を振り上げた獣人が迫っていた。
「ふっ!」
気合い一閃。上段から振り下ろした一撃が、手斧を持つ手首を切断。返す刃で敵の喉元を斬り裂いた。
しかし、その後方から更に二体の獣人が迫っている。左右からひとりずつ、俺を挟んで襲うつもりだ。
喉笛を斬った遺体を蹴り当て、右方からの敵を転倒させた。左方の獣人が振り下ろしてきた剣を、すかさず魔法剣で受け止める。
頭上で鍔迫り合いを続ける互いの刃。金属が擦れ合う耳障りな音を聞きながら、両腕へ思い切り力を込めた。
半円を描くように剣を右方へいなし、敵の懐へ潜り込む。そのままの勢いで、獣人の喉元へ左肘を叩き込んだ。
仰け反った隙を逃さず、敵の心臓部へ刃を突き立てる。それを引き抜きながら、右方で転倒していた獣人へ向き直った時だった。
「がう、がうっ!」
ラグの鳴き声に目を向けると、眼前へ黒い影が迫っていた。なんとそれは、獣人が投げ付けてきた手斧だ。
咄嗟に剣で防いだものの、回転に巻き込まれた魔法剣を取り落としてしまった。
焦りが頭を埋め尽くす。そのまま飛びかかってきた獣人に押し倒され、右腕を押さえ付けられてしまった。
身動きが取れない。どうにか拘束から逃れようと必死に足掻くが、筋肉質な獣人の体はびくともしない。
血走った目と視線が交わり、敵の口から漏れる荒い息が鼻先を掠める。直後、牙の並んだ口が大きく開いて迫ってきた。
「くっ!」
即座に首を傾け、敵の牙をやり過ごす。だが首は守れたものの、相手の牙は俺の右肩を確実に捉えていた。
痛みを覚悟していたが、怯んだのは獣人の方だった。鈍い金属音がした矢先、敵は慌てて顔を上げたのだ。
そんな好機を逃す手はない。左手で獣人の喉笛を掴み、思い切り力を込めた。そのまま敵を引き剥がし、のし掛かられた体勢を入れ替えて馬乗りに。ようやく自由になった右手で、腰へ差した短剣を引き抜いた。
「くらえ!」
体重を乗せ、刃を敵の喉へ。痙攣する獣人の体を踏み越え、魔法剣を拾い上げた。
どうやら、貰ったばかりの鎖帷子に助けられたようだ。あれがなければ右肩を食い千切られていてもおかしくなかった。
安堵と疲労を感じながら、大きく息を吐いた時だ。直ぐ側で、負傷しながらも死にきれなかった一体の獣人が倒れ伏し、懇願するような目で俺を見上げていた。
「頼ム。殺シテクレ……」
思わず言葉を失った。獣人である彼等が、人の言語を操ることが信じられなかった。
「おまえ、言葉を話せるのか?」
「俺タチハ人間ダ……魔導師ノ男ニ騙サレテ、コンナ体ヘ変エラレタ……」
「魔導師?」
終末の担い手。それ意外に考えられない。以前も毒素を用いて賊を狂わせたあいつのことだ。ろくでもない方法で人の体を作り替えたんだろう。
だが、その一言は衝撃的な事実を突き付けてきた。こいつの言葉が真実ならば、ここにいるすべての魔物の正体は人間ということだ。
「あの野郎……」
とめどない怒りが溢れてくる。奴に会う度、犠牲者は増える一方だ。一刻も早く排除しなければ更に多くの命が失われてしまう。
「今、楽にしてやる」
奥歯を噛み締め、うつ伏せに倒れた獣人の元へ近付いた。せめてもの慈悲に、背後から一撃で首を刎ねる。
「人の命を何だと思ってやがる……」
胸の内へ渦巻くのは怒りと不快感。それらを吐き捨てるように地面へ恨みを投げた。
視線を上げた先では、ラファエルが華麗な剣術で魔物を払っている。モルガンが大剣を振るう度、千切れた魔物の体が中を舞い、ギデオンの矢は適確に相手の急所を射貫いている。後方からは、グレゴワールの魔法が炸裂。四人という少数ながらも、精鋭揃いで統率の取れたパーティだ。
そこに混じって、ドミニクとジョスも善戦している。ただひとり、足を痛めたナタンだけは、大木に背を預けて戦況を見守っている。
今更ながら、ラファエルたちがこの場にいてくれて本当に良かったと思える。俺たちだけでは全滅していたかもしれない。
そうして瞬く間に敵は数を減らし、残りは十人ほど。するとそれを待っていたように、洞窟の奥から再び触手が襲ってきた。
咄嗟に伏せてそれをやり過ごした時だ。耳に届いたのは男の悲鳴。慌てて視線を向けると、触手に弾かれたナタンの体が宙を舞い、地面へ叩き付けられた瞬間だった。
「くそっ!」
さすがに足を負傷したナタンでは避けきれなかったか。無事でいてくれることを願うが、あいつを気遣うだけの余裕はない。
上空や左右から襲う触手たちを避け、洞窟の奥へ目を凝らす。すると、そこから駆け出してくる一体の魔獣を捉えた。
見た目は馬型魔獣のカロヴァルだが、体の大きさは倍以上。背中に大きなコブを持ち、俺たちを襲う十本の触手が生えている。てっきり十本の足を持つ魔獣だと思っていたが、その正体は見たこともない異形の怪物だ。
「ようやくお出ましか」
コブへ腰掛け、手綱代わりに触手へ腕を絡める男の姿を認めた。
終末の担い手。今度こそ奴の息の根を止める。今は恐れより怒りの方が遙かに強い。





