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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.01 ランクール編

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10 碧色の名と、すれ違う胸の奥


 ヴァルネットへ戻ったその日の午後。

 三人で冒険者ギルドへ顔を出すと、泣き出しそうな顔のシャルロットが、勢いよく駆けてきた。


「リュシアンさん、怪我はなかったですか? 本当に心配したんですよ!」


「あぁ、問題ねぇ。おまえは衝立(ついたて)の具合だけ心配してくれればいい」


「ひどっ! っていうか、昨日のこと、まだ根に持ってるんですね」


「まぁな。俺は心が狭い男だ」


「そんなこと、自分で言わないでください!」


 軽口を叩き合いながらも、その声色に混じる安堵は隠しようがない。

 こういうところは、素直に可愛いと思う。


「とにかく、お帰りなさい。ささ、受付で討伐報告を済ませてください」


 談笑していたセリーヌとナルシスを呼び、報酬受領の手続きに向かった。


 報告されたルーヴの数が当初の想定より多かったため、ランクールの街長が追加報酬を申し出てくれた。

 だが、セリーヌは即座に首を振る。


『そのお金は、どうか復興にお使いください』


 あの柔らかな声でそう言われ、街長は目に見えて感激していた。


 しかも俺は見逃さなかった。

 彼女が人目を避けるようにして、そっと紙幣の束を手渡していたことを。


 冒険者登録の際に換金した宝石。それを、惜しげもなく寄付したのだ。

 豪胆というより、あまりにも自然体だった。

 気負いのない優しさが、ひどく眩しい。


 去り際、セリーヌとナルシスをそれとなく引き離し、街長とふたりで言葉を交わした。

 寄付を無駄にしないよう釘を刺しつつ、俺自身の目的についても伝える。

 あの街長なら、きっと上手くやってくれる。そう信じられた。


「結局、報酬は三万ブランか。ひとり一万ずつだな。セリーヌがランクDへ昇格するには、累計三十万ブランの功績が必要なんだ」


「このような戦いを、幾度も……。おふたりとも、大変な研鑽を積まれてきたのですね」


 長い道のりだ。

 だが、彼女なら必ず辿り着く。


「それから、今回は共闘になったけどさ。本来は、後追いで受けた依頼は先発者に討伐の優先権があるんだ。依頼達成なら、ギルドと先発者に手数料を払って報酬を分け合う。偶然の遭遇でも原則は同じだ……最悪、偶然を装った横取りも起こり得る」


 忠告しながら、ふと重要なことに思い当たった。


「ちょっと待て。ルーヴ・ジュモゥ……あの大型魔獣の報酬はどうなるんだ?」


 思わず身を乗り出し、カウンターの向こうで事務処理を進めていた女性職員に詰め寄る。


 ここぞとばかりに、ナルシスが割り込んできた。


「命を落としかけた、危険極まりない相手だったんだ。それに見合った報酬を頼むよ」


「おまえはダメだ。俺とセリーヌで山分けだ」


「待ちたまえ! 僕の閃光玉(せんこうだま)がなければ、君もやられていただろう」


「じゃあ百歩譲って、閃光玉の代金だけ払ってやる。それで我慢しろ」


「おふたりとも、少しは恥を知りなさい」


 セリーヌの叱責は、よく通る。


「山分けなんて、とんでもありません。ナルシスさんは一割。リュシアンさんは三割です。そして(わたくし)が六割を……」


 とんでもない守銭奴(しゅせんど)がいた。


 俺とナルシスは、同時に冷めた目を向ける。


「あの……冗談ですからね。そんな目で見ないでください……。仲良く三等分で、よろしいではありませんか……」


 顔を真っ赤にして俯く姿には、愛嬌があった。


「あの〜。ちょっと!」


 中年の女性職員が声を張る。


「大型魔獣については、正式な討伐依頼が確認できません。対象外ですので、報酬は発生しませんね」


「は? 冗談だろ。どう見ても討伐対象ランクAかSの相手だったぞ」


「私に言われても困ります!」


 この開き直り方。ベテランの貫禄だ。


「ってことは、泣き寝入りかよ……」


「ギルド本部の調査隊から、非常に稀少な個体だったと連絡が来ています。研究対象になれば報酬検討の余地はありますが……遺体の損傷が激しすぎる、と」


 一拍置き、彼女は言った。


「まるで、伝説に残る竜撃(りゅうげき)のようだ、と」


 心臓が、止まるほど跳ねた。


 天をも破壊すると言われた竜の一撃、竜撃。

 それは、俺の力の正体を示す言葉でもある。

 だが、そこに触れられるわけにはいかない。


「がう?」


 左肩でラグが首を傾げた瞬間、セリーヌが静かに近づいてきた。


「とにかく、危険な魔獣は退治できたのです。それで良しとしましょう。あまりにも嬉しいので、今夜は山盛りのボンゴ虫をいただきたい気分です。いかがですか?」


「いや。まったく……」


 顔が引きつる。

 そういえば、彼女は残念な人だった。


 助けを求めてナルシスを見る。


「竜撃とは、興味深いね」


「今はボンゴ虫の話だ」


「あいにく、僕は満腹でね」


 面倒な男が、妙なところに食いついてきた。


「まぁ、それはそれってことで。じゃあ、これにて解散だ」


「待ちたまえ!」


 逃げかけた腕を掴まれた。

 腕輪に巻いていた黒のバンダナが床に落ち、ナルシスの目が見開かれる。


「その腕輪……赤ライン。君のランクはAか!?」


「だから秘密にしてたんだよ。面倒だから」


「ナルシスさん、知らなかったんですか?」


「シャルロット。黙ってろ」


 なぜか誇らしげな彼女を遮ると、ナルシスは震える声を絞り出した。


「ランクA。そして剣が帯びる色……まさか君は、碧色の閃光!?」


「そうですよ」


「なんでおまえが答えるんだよ」


「うひぇぇぇっ!」


 ナルシスが派手に飛び退いた。


「有名なのですか?」


 セリーヌまで、興味津々といった表情を向けてくる。


「はい。ナルシスさんは史上最年少のランクC昇格者ですけど……リュシアンさんは、史上最速のランクA昇格者なんです!」


「余計なことを……」



「なるほど。さすがですね」


 セリーヌに認められるのは嬉しいが、照れ臭さがそれを上回った。


「気付いたら上がってただけだ。二つ名なんて、ギルドから勝手に付けられたあだ名みたいなもんだ」


「またまた。二つ名は、特別な功績を挙げた方にしか贈られないんですから」


 肘で突かれて、返答に困る。


「名誉なことなのですね。私もいつか、そんな二つ名がいただけるのでしょうか?」


「間違いねぇ」


 根拠はない。

 だが、確信はあった。


 規格外の美女。

 いや、破壊の申し子。

 それとも、強欲の守銭奴か。


 美人で、天然で、愛嬌もある。

 いずれ、名が轟くだろう。


「リュシアン・バティスト。君を超える冒険者になってみせる!」


 ナルシスは、涙目で拳を握る。


「その前に、名付けの感覚を磨け。共闘は二度としねぇけどな」


「覚えていろ!」


 三流悪役のような捨て台詞を残し、ナルシスはギルドを飛び出していった。

 その背を見送り、セリーヌが小さく笑う。


「楽しい方ですね。甘辛ボンゴ虫も、美味しい美味しいと涙を流して召し上がられて」


「あれを食わせたのか……」


 断れなかっただけだろう。

 あいつもあいつで、大変だったらしい。


 しかし、これでようやく一段落だ。

 俺の目的は道半ばだが、あとはランクールからの報せを待つしかない。


「依頼も終わったし、ここで解散か……セリーヌはどうするんだ?」


 別れが、胸の奥を小さくざわつかせる。


「しばらく、この街に留まるつもりです。探しているものが、近くにある気がするのです」


 その言葉に、ほっとする自分がいた。


「探しものなら、手伝わせてくれないか」


 気付けば、口が勝手に動いていた。


「あの〜。何の話ですか?」


 シャルロットが、険しい顔で割り込んでくる。


「こっちの話だ。詮索するな」


「ひどい……私という者がありながら、この人に手を出すつもりですか!?」


「は?」


 直後、セリーヌがゆっくり後ずさった。

 胸元を押さえ、危険人物を見るような目。


「嘘をつくな! 俺が、いつシャルロットに手を出した!? そんなことしたら、おまえの親父さんだって黙ってねぇだろ。怒りを買って、ギルドを除名されてるぞ」


 シャルロットは、セリーヌの前に立ちはだかり、両腕を広げた。


「気を付けた方がいいですよ。リュシアンさん、スケベで有名なんですから。今だって、あなたの胸ばっかり見て……」


 セリーヌは純白のコートを引き寄せ、胸元を覆い隠してしまった。


「誠実そうな方だと思っていたのに……」


「違うって言ってるだろ!」


「それ以上は近付かないでください。あなたとの行動は、お断りさせて頂きます」


 小さく、しかしはっきりと告げると、彼女はギルドの扉の向こうへ消えた。


 こんな終わり方があっていいのか。


 胸の奥が、鈍く沈んだ。

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