約束
朝食時、俺は日向達と一緒に食べていたテーブルでなく、前野さんが座る席の前に座った。
「‥‥‥‥」
挨拶を返さず、むすっとした表情で朝食を食べ続ける前野さん。
思わず俺もむっとした表情になりそうになる。
「(いかんいかん、こんなことでへこたれてはいけない)」
よく考えると、俺はこの子のことを何も知らない。
だったら直接彼女と話をする機会を作り、少しでも彼女のことを知っていけばいい。
その為にはコミュニケーションを取ることが重要だと思い、彼女の前に座ったのだ。
「前野さんはいつも1人で食べてるの?」
「‥‥‥‥」
「桜やクラスの人とは、一緒に食べないの?」
「‥‥‥‥」
俺の質問に前野さんは何も答えない。
そして食べ終わると、そのまま食器を片付けに行ってしまう。
「まいったな」
あそこまで拒絶されると、さすがにどうしようもない。
他の作戦を考えるしかないか。
「空先輩、いきなり距離を縮めすぎじゃないですか?」
「桜!?」
いつの間にか俺の隣の席に桜が座っていた。
「何でここにいるの?」
「先輩のことが心配で様子を見にきたんです」
そのまま朝ごはんを食べ始める桜。パクパクとおいしそうに朝食を食べ進める。
「クラスメイトと一緒にご飯を食べるんじゃなかったっけ?」
「それは夕食だけなので、朝食は対象外です」
そうだったのか。俺は初めて知ったぞ。
会った時の様子から、ずっと一緒に食べるものだと思っていた。
「そんなことより由姫ちゃんのことです」
「前野さんのこと?」
「適度に距離を縮めていかないとダメですよ。由姫ちゃんは繊細なんですから」
「繊細ね」
繊細と言うよりはただ単に俺のことを嫌ってるようにしか思えないけどな。
「会話をしたくない程嫌われてるし、俺あの子になんかしたっけ?」
「きっとあれは由姫ちゃんなりの照れ隠しですよ」
「そういうものなの?」
「そういうものです」
照れ隠しにしてはやけに辛辣だったけどな。
あれだけ無視されていたら、心が折れてもおかしくないぞ。
「やっぱりアプローチ方法を変えていくしかないか」
ただ手をこまねいていてもしょうがない。
こうなったら徹底的に、前野さんと話してみるしかない。
「先輩、あまりしつこくしすぎるとストーカー認定されますよ」
「大丈夫だよ。ちゃんとギリギリの線を攻めていくから」
「もう既に一線を越えているような気がするんですが」
失礼な。俺はまだ一線を越えていない。
現に前野さんには一言も口を聞いてもらえなかった。
あれ? 急に俺に原因があるように思えてきた。
「せっかくですから、あたしも一緒にご飯を食べてあげます」
「桜が!?」
「あたしが由姫ちゃんと先輩が仲良くなる橋渡しをしてあげましょう」
桜の申し出はありがたい。元々仲がいい桜が同席してくれる。これ程頼もしいことはない。
「だけど‥‥‥」
本当にそれでいいのだろうか。クラスメイト達にも心を開かなかった前野さん。
むしろ桜が同席することで、2人の仲が険悪になる恐れすらある。
「そっちの方が、スムーズに話し合いも行くんじゃないですか?」
桜が善意で言ってくれていることはわかる。
だけどこれは俺と前野さんの問題だ。今の桜に余計な負担をかけさせたくない。
「桜、お前の言っていることは正しいと思う」
「じゃあ」
「だが、今回は俺の問題だ。俺にやらせてくれ」
「先輩!!」
頬を膨らませ不満げな表情を見せる桜。
自分が前野さんとの関係構築に入れなかったのがよっぽど不満ならしい。
「絶対あたしが入った方が上手くいくと思います!!」
「その可能性もある」
「だったら‥‥‥」
「だけど現状クラスメイトにすら心を開いていないんだ。ここは俺1人で行動したほうがいい」
仲が良かったクラスメイトとすら一緒にいないんだ。
これは彼女に何かあったと考えた方がいい。
「桜が心配する理由もわかる。だけど、ここは俺に任せてくれないか?」
同じグループで前野さんと接する機会が多い俺だからこそ、なんとかできるかもしれない。
それに俺は日向よりもこの学校に関してのしがらみが少ない。
だからこそ、彼女が心を開いてくれる可能性もある。
「先輩がそう言うなら、しょうがないですね」
「わかってくれたか?」
「その代わり条件があります」
「条件?」
「そうです」
「無茶な問題でなければ、俺にできる範囲で何でもするよ」
桜の言う条件が無茶なものでなければいいな。
「まず1つ。毎日夕食後はあたしとお話する時間を作ってください」
「複数あるの!?」
「当たり前です」
まさかこんなにお願いをされると思わなかった。
あっても精々1つぐらいだと思っていたから、面食らった。
「それともう1つ。朝と夜の配膳の時は一緒に行きましょう」
「それでいいの?」
「はい。その2つを守ってもらえれば、全然かまいません」
てっきりもっと無茶な要求をしてくるものかと思った。
全て話し終えて満足したのか、ニコニコと桜は笑っている。
「それならかまわない」
「じゃあ決定ですね。約束忘れないで下さいよ」
「あぁ」
それだけ言い残し、桜は食べ終わった食器を返却しに行く。
その姿を俺はじっと見つめていた。
「やばっ!?」
話すことに夢中になっていて、朝食を食べるのを忘れていた。
俺も慌てて朝食を口の中に詰め込み、桜の後を追うのだった。
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