2日目の朝
朝日が登り始めた頃、小鳥のさえずりの音で目が覚めた。
膝の上が重いので目を凝らすと、そこには見覚えのある顔が俺のことを覗いていた。
「空先輩、きっとまだ寝てますよね?」
パッチリ開いた目に整った容姿。ぷっくりと膨れた柔らかそうな唇。
中学時代、毎日のように見ていた桜の顔がそこにあった。
「おはよう、桜」
「おはようございます、先輩」
笑顔で俺に挨拶をする桜。だが、目を覚ましたのに桜は俺の膝の上からどこうとしない。
むしろさっきより距離を詰めてきてないか?
「ちょっと桜、距離が近い」
「先輩、何を言ってるんですか? もう朝ですよ。起きないと」
「そんなのわかってるよ。俺はこの距離感が近すぎるって言ってるんだ」
今にも額がつきそうな距離で、俺と桜は話している。
どれくらいの距離かというと、どちらかが少しでも顔を前に突き出せばキスでも出来そうな距離だ。
「ふふふっ、空先輩。別にあたしにキスしたっていいんですよ」
「はいはい、そういうのはいいから。早く風呂入って着替えて来い」
「先輩のいじわる」
桜の肩を手で押し返すと、頬を膨らまして桜は不満そうな表情をしていた。
その頬を指先で軽く押すと「ふすー」という音と共にそのまま縮んでいった。
「空先輩、あたしで遊ばないで下さい」
「別に遊んでないぞ」
遊んではないが、だんだん楽しくはなっている。
頬を膨らませるのをやめたかと思うと、やっと俺の膝から降りた。
「もう、空先輩のバカ」
桜はそういい残すと、そのまま部屋を出て行ってしまう。
まぁ、こんな状況でも元気でよかった。昨日は寝る前に不安そうに話をしていたから心配していたが、この調子なら大丈夫だろう。
「全く、あいつはこんな状況になっても変わらないんだな」
それが桜のいい所だけどな。
こんな世界になったのに、普通にしていられるのは本当にすごいと思う。
「俺も下へ降りるか」
よろよろと下へ降りると、そこには朝食の支度をする三村がいた。
日向はどこにいるかといえば、ソファーでタオルケットをかけて寝ていた。
桜の為とはいえ2階の部屋を借りてしまったのだから、起きたら礼を言っておこう。
「おはよう、三村」
「山村君、おはよう。桜ちゃんは大丈夫だった? 怪我とか何もしてない?」
「大丈夫。特に怪我とかはない。水もらっていいか?」
「いいわよ。でも、それならよかった。ずっと1人でいたって聞いたから、心配だったのよ」
三村から水をもらいそれを一口飲む。
怒ってはいないようだが、三村の様子がおかしい。
昨日まで見せていた桜への敵意が嘘のようになくなっている。
日向の奴、三村に余計なことを言ってないといいんだけど。少し探りを入れてみるか。
「それで、日向からどこまで桜のことを聞いたんだ?」
「桜ちゃんは山村君の彼女だって‥‥‥‥って山村君汚い。水を吐き出さないでよ」
三村から予想だにしない言葉を聞いて、思わず水を吹き出してしまう。
何で俺と桜がカップルって事になってるんだよ。
何度か咳き込んだ後、睨みつけるように三村の顔を見た。
「誰が彼女だって? 俺と桜は付き合ってない」
「あら? 桜ちゃんが卒業式の日、貴方に告白したんじゃないの?」
「何でそのことを知ってるんだよ⁉︎」
「日向君が言ってたわよ。卒業式の日に桜ちゃんが山村君に告白したって」
あの時の話は誰にもしていないはずだ。
それを知っていたということは、きっと桜が日向に言ったんだな。
くそ、日向め。誤った情報を三村の奴に流しやがって。覚えておけよ。
「そんなに照れなくてもいいのよ」
「照れてないから!!」
三村の奴、俺が照れ隠しをしてると思ってにやにやしてやがる。
俺の予想通りだけど、こうなったらしょうがない。ちゃんと三村の誤解を解かないとな。
「何度も言うけど、俺は桜と付き合ってない」
「またまた、山村君のくせに嘘なんてついて」
「嘘じゃない。告白はされたが、ちゃんと断った」
俺の真剣な表情に三村はようやく、信じてくれたようだ。
俺のセリフを聞いた三村は目を見開いて驚いている。
「えっ? 嘘⁉︎ 聞いてた話と全然違う」
「違うってなんだよ、違うって」
日向のやつ、昨日三村に何を話してんだよ。
三村がこんなに驚いている所なんて、中々見ないぞ。
「あんなに可愛い子を振るなんて。山村君、あなたは1回地獄に落ちなさい」
「桜を振ったのってそんなに罪が重いの? 閻魔大王様もびっくりだぞ!!」
何で桜を振ったことが重罪になってるんだよ。正確には振ったというには微妙なラインではあるけど。
「全く、あんな可愛い子にはもっとイケメンな人や面白い人が彼氏でもおかしくないのに。よりにもよって何でこんな豪面のへたれやンキーを選んだのかしら?」
「豪面のへたれヤンキーで悪かったな」
不機嫌な顔をしながら朝ごはんを作り続ける三村。
確かに三村の言っていることはわかるし、俺も同じ事を今でも思っている。
何で俺なんかにあんなに可愛くて何でも出来る子が告白してきたのか今でもわからない。
「お風呂ありがとうございます。あれ? どうしたんですか? そんな所に立って?」
「何でもない。桜は気にするな」
「桜ちゃん、何でこんないかつい顔をしたへたれヤンキーを好きになっちゃったの? もっといい人いたでしょ?」
「直球すぎるぞ。初対面なのにいきなりストレートに物事を聞くんだな」
「だって気にならない? 近くに日向君っていう王子様がいるのに、山村君の方になびくなんて」
三村は興味本位で聞いてるんだろうけど、聞いていいことと悪いことがあるだろ。
桜を見てみろよ。びっくりしてるぞ。
「えっと、あたしが空先輩を好きな理由ですか?」
「うん、是非聞きたいなって。あっ、私は三村悠里っていうの。日向君とそこの豪面ヘタレヤンキーとはクラスメイトなの。宜しくね」
「はい、よろしくお願いします。あたしは木内桜と言います。空先輩と日向先輩の後輩です」
「うーーん、やっぱり桜ちゃんは可愛いわね」
どうやら三村は桜のことを気に入ったようだ。
最初はどうなることかと思ったが、これはこれで何より。
一つ注文があるとすれば、ついに三村は俺のことを名前で呼ばなくなったな。
豪面のヘタレヤンキーって‥‥‥確かにそうだけどさ。もっと言い方があるだろ? 言い方が。
「三村先輩、あたしが空先輩の事が好きな理由ですか?」
「うん」
「あたしが空先輩が好きなところは、面倒見がよくて優しい所ですね」
「へぇ~~面倒見がよくて優しい所ね」
「それに先輩のことをほっとけないんですよね。1人にすると危なっかしい感じがして」
「それはわかるわ。気づいたら鉄砲球として他の組に突撃しそうだもんね」
「俺は組に入った覚えはないからな」
全くこの2人は俺をヤクザと勘違いしてるんじゃないか?
今も2人して俺をいじって笑ってるし、ある意味息の合うコンビなのかもしれない。
「それよりもご飯が出来たから、食器を並べるのを手伝ってくれる?」
「わかりました」
「あっ、桜ちゃんはそこで座って待ってて。私はそこのヘタレヤンキーに言ってるから」
「そろそろ名前で呼んでくれ」
三村にうんざりしながらも俺達の為に朝ごはんを作ってくれているので、手伝いに行こうとする。
俺がキッチンに行こうとすると桜が俺の制服の袖を引っ張ってきた。
「どうしたんだよ? 桜」
「先輩、さっきのことですけど」
「さっきのこと?」
「先輩のいい所ですけど、あたしは日向先輩よりも空先輩の方が格好いいと思ってますから」
「そう言う余計なことは言わなくてもいい」
俺は照れた顔を隠すようにキッチンに向かう。
キッチンにいた三村が終始ニヤニヤしているのが、非常に気になったのだった。
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