空と桜
「疲れたな」
先程桜達と散々押し問答をしていて疲れた。
結局誰がどうするか順番は決まらず、明日摸擬戦をする前に決めることになった。
「お疲れ様です、空さん」
「お疲れ、桜」
「どうしたんですか? そんな疲れた顔をして?」
「誰のせいだと思ってるんだよ」
それもこれも桜達が変な争いを始めたのがきっかけだろ。
オークと戦っている時よりも精神がすり減らされたわ。
「そういう桜は嬉しそうだけど、何かいいことでもあったのか?」
「そう見えますか?」
「あぁ。顔がほころんでる」
「えへへっ」
うれしさを抑えられない照れている表情。
いつもの桜では絶対にしない表情だった。
「それじゃあわからないぞ」
「空さんはそんなに気になるんですか?」
「当たり前だろ」
むしろそんなにニコニコして黙っている方がストレスになる。
「わかりました。空さんがそこまで言うなら、特別に話してあげましょう」
「ありがとう」
「いえいえ。それよりもあたしがうれしかったことは空さんが変わってくれたことです」
「変わった? 俺が?」
「はい」
満面の笑みで話す桜。その様子は嘘をついているようには見えない。
「俺のどこが変わったんだよ。昔から何も変わってないぞ」
「いえいえ、空さんは変わりましたよ。すっごく変わりました」
「そうなのか?」
「そうですよ。今日ティナさんのお父さんと話している時にそう思いました」
「ティナのお父さんってことは、ラックスさんと話している時のことでいいんだよな?」
「そうです」
「その時に俺って何か言ったっけ?」
ラックスさんとの話し合いということは、さっきの商工会議場での話だろう。
そこで桜が喜ぶこと等特に言ったつもりはない。
「覚えてないんですか?」
「あぁ」
「本当に本当ですか?」
「そうだから。そんなに顔を近づけないでくれ」
額と額がくっつかんばかりの距離を桜は詰めてくる。
そんな至近距離で近づかれるとドキドキしてしまうからやめてほしい。
「空さんは言ってましたよね? オーク達の奴隷になっている人もいれば助けようって」
「確かに言っていたけど、そんなことなの?」
「そんなことですよ」
「俺はたいしたこといったつもりないけど」
「それでも昔の空さんなら絶対に出なかった言葉です」
「俺って昔はそんなに薄情な奴だった?」
「はい。だって中学時代の空さんって、人間に興味がなかったじゃないですか?」
そう言われれば確かにそうだ。正直自分以外どうでもよかった。
それが少しづつ変化して、自分の周りの奴等だけは守ろうと思ったのだ。
「まぁ、確かにそうだな。桜の言う通りだ」
「そうですよね。今の空さんって、凄く素敵です」
「ありがとう」
こんな風になれたのも桜がずっと側にいてくれたからだろう。
そうでなければ、俺は昔みたいなろくでなしのままだ。
「そう思ってるのはあたしだけじゃないはずです」
「えっ!?」
「由姫ちゃんにしてもティナさんにしても、クルルちゃんだってそうです。皆空さんのいい所をいっぱい知ってくれて、あたしは彼女として鼻が高いです」
「そうなのか?」
「そうですよ。そうじゃなければ、ティナさんも空さんに対してあんなに心を開きません」
確かにティナは以前俺達の仲間になって行動したいと言っていた。
その事に関係があると桜は言っているみたいだ。
「それにクルルちゃんに聞きましたけど、この前夜中にクルルちゃんと一緒にカップラーメンを食べていたんですよね」
「俺は食べてないぞ。クルルがお腹が減ってないから作っただけだ」
お湯を入れただけだから料理とは言えないけどな。
「そうやってなんだかんだ言って、人にお世話をしてあげている空さんのことがあたしは好きです」
「こら、そんなに近づくな」
気づくとベッドに座っているすぐ横にいた
そのまま俺の腕にしがみつき、上目遣いで俺のことを見る。
「どうしたんだ?」
「ダメですか?」
「何がだ?」
「それをあたしに言わせるんですか?」
唇を尖らせて、俺の方を見つめる桜。
桜が何をしたいのか、その姿を見ればよく分かった。
「‥‥‥わかった。ダメじゃない」
「やった」
うれしそうに俺の腕にくっつく桜。ここまではいつもの通りである。
大体いつもこの辺で何かしらのトラブルが起こるのだが、今日に限っては起こる気配がない。
「空さんがどんどん理想の男の子になっていくので、あたしはうれしいです」
「そんな桜はいつでも俺の理想の女性だけどな」
「空さん、はずかしいです」
言ってる俺も恥ずかしい。やがて桜は俺のことを見上げた。
「空さん、屋上でのこと覚えていますか?」
「屋上?」
「あの時は最後までできませんでしたけど‥‥‥」
そういって目をつぶり唇を突き出す桜。
それだけで桜が何をしようとしているのかわかってしまう。
「(ゴクリ)」
思わず生唾を飲み込んでしまう。
桜に向き直り優しく背中を抱きとめる。
「(あと数センチ)」
学校ではこの後すぐに金属音が鳴り響く音が聞こえてきて、甲冑騎士が学校に侵入してきたんだよな。
あれから結構な日にちは立ったが、今でもあの時のことは覚えている。
「クマクマクマ」
「グマグマ」
「こら、ライト、ムーン。静かにしないとばれちゃうよ」
なんだ? 何か声が聞こえるぞ。
「ティナ、そんなに押さないでくれ」
「そういう由姫こそ、もう少し下にいってよ。見えないでしょ」
どうやらお邪魔虫がいるようだ。よくよく見るとドアの隙間から5つの視線が俺達のことを見ていた。
「あいつ等‥‥‥」
きっと興味本位で俺達のやり取りを見ていたのだろう。
それでこんなことになったので皆集まってきたと考えた方がいいな。
「ここはあえて一喝するべきか」
「(ぐっ)」
「えっ!?」
桜の掴む力が強くなる。どうやらドアの外の人物たちは気にするなと言っているようである。
「(本当にいいのかよ)」
「(コクリ)」
当の桜がいいと言ってるんだから、しょうがない。ここは覚悟を決めるべきだ。
桜の顔にゆっくりと近づいていく。桜の顔が大きくなっていき、やがて距離が0になった。
「(柔らかい)」
初めて触れた桜の唇はそんな感触だった。
時間にすると数秒だが、その時間は1分以上の時間が経過しているように思えた。
「(もう少ししていたい)」
そうは思うが、そんな長くしているわけにはいかない。
ゆっくり桜から離れると桜が目をあける。そして俺にウインクをした。
「ごちそうさまでした」
「むしろそれは俺のセリフだ」
体はガチガチに固まり、正直めちゃめちゃ緊張した。
緊張したけど、俺の初めてのキスはこうして終わったのだった。
「空さんは初めてですか?」
「あぁ」
「それはよかったです。あたしも初めてなので、初めて同士ですね」
どうやら俺が桜の初めてを奪ってしまったんだな。
うれしい反面本当に俺でよかったのかと悩んでしまう。
「ありがとな」
「こちらこそ」
そこまで言うと今度は桜は視線を変える。
佐浦が見ているのはド隙間。その奥の方にいる5つの視線だった。
「さて、のぞき見していた子達にお仕置きをしないといけませんね」
「バレてたよ!? お姉ちゃん達‥‥‥って逃げないでよ!?」
「クルルちゃん、覚悟してくださいね」
「ひぇ!?」
「じゃあ空さん。あたしはクルルちゃんや由姫ちゃん達とお話することがあるので、また後で」
そういって桜は出て行ってしまう。
「まるで嵐のようだったな」
「クマ!」
「グマ!」
「お前達もいたのか」
残されたのは2匹の子熊達。子熊はベッドまで上ると俺の膝の上にちょこんと座る。
「悪いな、もう少しで桜が帰ってくるからそれまで我慢していてくれ」
「クマ」
「グマ」
こうして桜が出て行ってから2時間ぐらい部屋に帰ってこなかった。
その後部屋に帰ってきた桜は嬉しそうな顔をしており、この日はそのまま寝た。
次の日食卓で見た由姫やティナ達はげっそりとした顔をしているのであった。
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