第九十九話 会敵
ムルタブス神皇国皇都セスオワ。
神皇アラルメイルの崩御が発表された直後から、セスオワは物々しい雰囲気に包まれていた。
臨時に新設された大神官の地位に就いたアマド・ファギはアラルメイルの死はボーガベルと結託した改革派、それにそそのかされたクペル卿による暗殺と発表。
既に捕縛した首謀者のカナル・セスト及び改革派並びにそれを黙認したジャランチ・パルモ以下中道派の面々を後日神聖裁判の後に殉死させるとの触れを出した。
中央神殿前の広場には神聖騎士団約二千人が並ぶ。
白地に銀の文様の入った軽装鎧の騎士の整列はそれだけで一種の美しさを感じさせる。
だがその戦いは勇猛苛烈。
長い間、エドラキム帝国との戦いで鍛え上げられてきた高い技能は騎士団の技能では大陸随一を誇る。
彼等の前で壇上に立ったアマド大神官は甲高い声で激を飛ばす。
「諸君! 我らが敬愛し敬ってきたアラルメイル神皇猊下が崩御あらせられたのは、新帝国を名乗る成り上がり国家ボーガベルのダイゴ・マキシマの姦計に踊らされたカナル・セスト等改革派の仕業と判明した! カナルは自身の娘ウルマイヤをダイゴに送って関係を結ばせ、自身の野望の後ろ盾とし、更にはクペル卿を借財の弱みで脅し、猊下の暗殺に手を染めさせるという実に卑劣な所業を平然と行ったのだ! 何という悪逆! まさに鬼畜の所業! 」
事実とは真逆の事を平然と言ってのけるアマド。
「いやぁ、物は言いようもここまで来るとある意味芸術だな」
偵察型擬似生物からその模様をタンガラ湾上のアジュナ・ボーガベルで見ていたダイゴが呆れたように言う。
「ご主人様は酷い言われようですわね」
脇に寄り添っていたエルメリアが言う。
「まぁああ言うしか無いんだろうけどなぁ、それにしたってウルマイヤを送って関係って」
「いえ、元々はそのつもりでしたから」
エルメリアの反対側でダイゴに縋り付いていたウルマイヤが歌う様に答えた。
「すまんなウルマイヤ。結局こう言う事になっちまった」
事ここに至りボーガベルとムルタブスの激突は避けられない事態になり、ウルマイヤの望んでいた和平は破られる事になった。
ウルマイヤは静かに首を振る。
「ご主人様がお謝りになる事など何もありません。どうかご主人様のお心のままに」
「分かった、まぁ見ててくれ」
「はい、ご主人様」
熱を帯びた瞳でウルマイヤが頷いた。
「このダイゴ・マキシマなる者、ボーガベルを簒奪した身でありながら、我が国に対し自国の傀儡女王であるエルメリアを拉致したなどと言いがかりをつけ、友邦ガラフデに派遣していた我が国の第三船団を不当に攻撃したのに飽き足らず、ボーガベル各地で善意の活動を行っていた司祭達を追放し。いわれなき経済封鎖を行ってきた!」
ダイゴ達の目の前で新型の映像魔導回路で映し出されたアマド・ファギがなおも熱弁を振るっている。
映像魔導回路は元の世界で言う所のプロジェクターと同じ原理で、光を投影して画像を映し出す物だ。
念話による画像投影は眷属や擬似生物間でしか使えないので、眷属でないグラセノフやリセリ達に画像を見せる為に開発されたが、魔石に投影することでモニター並みの解像度が得られることから魔導戦艦ムサシのモニタに先行採用されている。
「まぁたあんな事言ってるわ、ほんとあのジジイ弁舌だけは人一倍だな」
ボーガベルは司祭に関しては追放はしておらず、経済封鎖の対抗としてアマド・ファギが保守派の司祭に帰国を命じた物だ。
ボーガベルに滞在しているクラベス司祭は帰国命令を無視してパラスマヤに留まり、今も治療活動を行っている。
「諸君! 斯様なボーガベルの卑劣な行動に対し、私は急遽大神官として国の指揮をとる事にした! 更に内々にアラルメイル神皇猊下より受けていた神よりの啓示により、近々に新たな新皇として即位することを宣言する!」
広場の観衆が大きくどよめく。
勿論これはアマド・ファギのハッタリだ。
本来ならば十二神官立ち合いの元神より受けた啓示が示されるのだが、アラルメイルは神から啓示を受けていない。
「その上で! 卑劣なるボーガベルに対し宣戦を布告し、同時にその傀儡であるガラフデに対し進攻を決意した! これはアラルメイル神皇猊下の弔い戦である!」
アマド・ファギが両手を広げて叫ぶ。
神聖騎士たちや観衆から歓声が沸き上がった。
沈痛な面持ちで手を挙げたアマド・ファギの口元が僅かに歪んでいるのをダイゴは見逃さなかった。
「あーあ、自分からぽっかり空いた地獄の口に飛び込んじゃったよ、このオッサン」
ダイゴが手を挙げると展望デッキに映っていた映像が消える。
「お、終わりか? ならば『魔法少女戦隊ハニキュアイレブン・ウルトラメガバースト』を観ても良いな?」
後方の長椅子で興味無さそうに寿司ネタの如く横たわっていたソルディアナが顔を上げた。
「構わんよ……ってかお前、ここんとこずーっとそれ見っ放しじゃねーか」
それとは女児向けアニメの魔法少女ハニキュアシリーズの事だ。
映像魔導回路の試験でダイゴがたまたま選んだこの作品を見たソルディアナが甚く気に入り、以来毎日毎夜ずっと見ている。
「良いではないか。今回はハニローザと悪の女幹部タカビシャーの一対一の対決なのじゃ」
「ああ、それな、ハニ……」
娘と一緒に見ていたダイゴはその悪の女幹部タカビシャーがハニローザとの激闘の末改心して助っ人戦士ハニバンダムになる事を知っていた。
「言うな! 言うんじゃない! 聞こえん! 聞こえんのじゃ! あーあーあー!」
ソルディアナは耳を塞いで大声を上げた。
「へいへい、じゃ皆ブリッジに移動」
そのまま唸りを上げているソルディアナ以外の眷属とダイゴはブリッジに転送する。
「ふう、行ったか。何度ご主人様にはネタバレをされた事やら……さて、ヒルファよ! 酒とつまみを持ってくるがよい!」
周囲をキョロキョロと見回したソルディアナは脇で控えていたヒルファに指示する。
「は……はい」
すぐにヒルファがワゴンに乗せた巨大な酒の瓶と芋を揚げた山盛りのつまみを持ってくる。
薄切りした芋を揚げて塩を振りかけた、要するにポテチは眷属の間で特に好評だった。
メルシャは早速これでひと儲けを企んでいる。
「おうおう、これよこれ……ん?」
ソルディアナは酒の瓶に何やら紙が張ってあるのを見た。
『タカビシャーはハニバンダムになる』
「ぎゃあああああああおおおおおおおおん!」
直後に七転八倒したソルディアナの悲鳴がアジュナ・ボーガベルに響き渡った。
「ご主人様~容赦ないです~」
ブリッジにまで轟くソルディアナの慟哭にメルシャが困り顔で言った。
「ああん? 俺は結末やネタバレ全部知ってからじっくり楽しむ派だからなぁ……まぁあの程度はネタバレにもならんよ」
ダイゴがひらひらと手を振って言う。
「ええ~、何でです~? 思いっきりネタバレじゃないですか~」
「俺のいた世界じゃ子供向け雑誌の表紙に事前に新戦士ハニバンダム登場! ってデカデカと出て、あれ? この顔どう見てもタカビシャーじゃんとか普通だったぞ?」
「でもソルディアナさんは毎話毎話本当に楽しみに見ていらっしゃるので、少し控えて頂いた方が……」
エルメリアの口調はあくまでも懇願だが、ダイゴにすら有無を言わせない圧力がある。
「うーん、まぁ分かったがまだ六作目だぞ? あと十二作もあそこに齧りついていられるのならさっさとネタバレかまして引導を渡してやりたい気もするが」
実際ソルディアナは展望ラウンジにある数多の眷属を生み出した少し大き目のサイズの長椅子が甚く気に入っており、隙あらばそこで寝そべってだらけている。
ダイゴ自身はソルディアナがいる事自体はどうと言う事は無いのだが、流石に延々と女児向けアニメ鑑賞に付き合わされる趣味は無かった。
「それは私の方でお部屋で見るようにお願いしてみますわ」
「なんかそれも引き籠りみたいでダメ竜に拍車が掛かりそうなんだが……まぁ程々に頼むよ」
さしもの地の竜であるソルディアナもダイゴ以外ではエルメリアには全く頭が上がらない。
ひとえにエルメリアの持つ暴爆龍・黒鋼がトラウマになっているせいなのだが。
「畏まりましたわ」
エルメリアはニッコリとほほ笑んだ。
「さて、ムルタブスの連中の動きは如何なもんかな?」
ブリッジの長椅子に腰かけながらダイゴが言った。
「予想通り二万超の大部隊がガラフデに向けて進軍しているのを捉えました」
脇に立っていたセイミアがすかさず報告する。
「うん、で例の聖魔兵は?」
「こちらですわ。約二千程確認できました」
ブリッジ正面に投影された画像に白い布を被った巨人の列が映った。
手には槌を持っており、一見すると鬼人族にも見えるがそれよりも若干背は高い。
それが二列になってノシノシと街道を行軍している。
「うーん、布被ってて良く見えないけれど……まぁ、なんつーかゴーレムだなぁ」
「そうですわね。まだこの段階では性能評価は致しかねますが……」
「何かしらの能力とかは分らずじまいだったのか」
「申し訳ありません、特に訓練などを行ってる様子がありませんでしたわ」
確かにゴーレムであれば訓練など必要もない。
それはダイゴのゴーレムも同じ事だ。
「まぁその辺は実際に手合わせして計るからいいけど、他の戦力は?」
「はい、こちらです」
画面は切り替わって薄汚い布を被った一団が映った。
こちらは人よりも若干背が低く、皆槍を持っている。
「これもゴーレム? には見えんが」
「あれは茶猪族ですわね。タランバの戦いの時にガルボの軍にいましたわ」
「ああ、そういやそんなのいたなぁ。って事は……」
「恐らくは傭兵団ですわ。数は二千五百」
「まぁアイツがいるんじゃなぁ。ま、問題は無いだろうけど」
「はい、後は正規兵が約二万」
「総数では二万四千強か。まぁ随分と頑張った数字だな」
前回国境線に来たムルタブス軍は精々二千程度だった。
今回はかなりの大部隊だ。
「こちらはご指示通りメアリア様麾下の第一兵団五千とセネリ様の親衛遊撃騎士団二百を会敵予定地点に既に送ってあります」
「うん、じゃぁ聖魔兵を直接拝みに行くか。アジュナ・ボーガベル発進」
ダイゴの命令と共に音もなくアジュナ・ボーガベルは北東に進んでいった。
一方カラン高原に向かって進軍するムルタブス軍を指揮するのは神聖騎士団長ウビルであった。
神聖騎士団自体は防衛のためにセスオワに残してきたが、軍団長を兼任する彼は供回りの神聖騎士二十騎を連れて進軍していた。
「いいか! アマド大神官様の新神皇即位の儀までには何としてもタンガラを落すのだ!」
馬車に乗りながら何度も周囲に激を飛ばす。
今回のタンガラ進攻にはムルタブスの兵力のほぼ全てが投入されている。
ボーガベル軍が自領から進軍する可能性もあったが、国境からセスオワまでは距離がある為、タンガラを攻略して引き返してもセスオワ防衛には十分間に合う。
そして密偵からの報告では二か所の国境の街に軍が集結している物の侵攻の動きは無いとの事だった。
これを受けてウビルはボーガベル領からの侵攻は無いと判断、全軍を上げてのタンガラ攻略を指示した。
まさに総力を投入した乾坤一擲の進攻作戦だ。
当然アマド・ファギの期待も大きく失敗は許されない。
密偵の報告ではタンガラに駐屯しているボーガベル軍は約五千程、並みいる強敵を打ち倒してきたボーガベルの魔法人形だが、こちらにも聖魔兵がいる……。
同じ魔法人形なら体格で勝る聖魔兵に分がある筈だ……。
「騎士団長! 前方にボーガベル軍の陣!」
ほくそ笑んでいたウビルに脇の騎士が報告する。
「何だと!」
一昨日先行させた斥候の報告では軍の移動の兆候は見られなかった。
「一夜でここまで来て陣を敷いた? 有り得ん!」
ウビル騎士団長は唸った。
「如何致しましょう!?」
「構わん! すぐに展開させよ!」
号令の下、茶猪族の傭兵達を先頭に聖魔兵、そして一般兵が展開していく。
「おおう、結構統率取れてるなぁ」
高原の小高い丘に置かれた機動要塞馬車モルトーンⅡの展望指揮台上で長椅子に座りながらダイゴは綺麗に展開していくムルタブス軍に感嘆の声を送っていた。
左右にはエルメリアとウルマイヤが侍り、ワン子、クフュラ、セイミア、メルシャが脇を固める。
「エドラキムは何度もやりあっているんだろ?」
ダイゴがセイミアに聞いた。
「はい、エドラキムは今までに二十度以上ムルタブス領に侵攻していますが殆どが敗退、領地を占領した場合もすぐに奪い返されてますわ」
「見てくれとは違って結構強いんだな」
「度量としては大陸随一、サクロス兄の重装騎兵は元々神聖騎士団打倒の為に組織されました」
「成程ねぇ」
「ご主人様、ご下命を」
エルメリアが耳元で囁く。
「おし、進軍」
「畏まりました」
すっと立ち上がったエルメリアがそれまでとは打って変わった凛然とした顔つきで言う。
「前進せよ! ご主人様の威光に背く愚か者共に正義の鉄槌を!」
ドン!
一斉にメアリア、セネリ、そしてリセリ達親衛騎士団の森人族そしてゴーレム兵達が右手を突き上げた。
新帝国ボーガベル軍の戦いの合図だ。
その直後に自陣から二本の矢が放たれる。
ボーガベルの常勝策、メアリアとセネリのツートップだ。
巨大な擬似生物の白馬パトラッシュに跨り驀進する姫騎士メアリア。
白銀の鎧ハリュウヤを身に纏い大地を突き抜ける魔法剣士セネリ。
続いて白い軽装鎧に身を包んだ騎馬の美丈夫達が駆けていく。
これはリセリ率いるカイゼワラ候親衛騎士団から改称したマキシマ親衛遊撃騎士団二百名。
騎乗する馬は皆擬似生物で、武装もセネリの持つグリオベルエの量産型であるグリオエルデを持っている。
親衛騎士団であれば常にダイゴの身辺に有ってその役に立ちたいとのリセリ達の要望で実質名称だけだが組織改編が行われての参戦となった。
『リセリ、遊撃騎士団としての初陣なのに損な役回りだがくれぐれも安全にな』
リセリの騎馬に据えられた小型トーカーからダイゴの声が聞こえる。
ダイゴがリセリに与えた任は聖魔兵の能力を計り、可能であればそれを鹵獲する事だ。
「お任せください、ご主人様。必ずや任を果たしてご覧に入れます」
リセリが弾んだ声で答える。
と、セネリの念が割り込んできた。
『フッ、リセリもご寵愛の本懐を遂げたら言う様になったな』
『はいはい、閨のセネリ様の体たらくを見るにつけ、まだまだ私が付いておらねばと思った次第です』
『な……なな何を言っている!』
『おーい、全部聞こえてるぞ』
『あうう……』
『不愛想! 会敵するぞ!』
『! 承知!』
メアリアの声に和んだ空気が再び張り詰める。
メアリアがバルクボーラを構え、セネリがグリオベルエを構える。
が、
「!?」
茶猪族の傭兵達がメアリア達を避けるように左右に別れた。
統率された動きは予め予定されていたかのようだ。
「何だ!?」
忽ち二人の前に道が出来ていく。
その先に異形の巨人達が待ち受けていた。
体高は鬼人族よりも一回り大きく、約六メルテ程。
鈍灰色の身体は岩を削りだして作ったのであろう。
頭部には大きな穴が開き奥に青白い光が灯っている。
『あれが聖魔兵とやらか!』
『ならば都合よし! リセリ! 茶猪族どもは任せたぞ!』
『お任せを!』
リセリからすぐに返答が返る。
アルボラス傭兵団の頃を思い出したセネリの口元に少し笑みがこぼれた。
そのままメアリアとセネリは茶猪族達とすれ違っていく。
茶猪族達は二人に目もくれようともしない。
「突っ込む……」
そう言いかけたメアリアが正面の聖魔兵達が『何か』を構えているのを見た。
あれは……。
そう思った瞬間その『何か』から何かが一斉に撃ち出された。





