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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第八章 ムルタブス事変編

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第九十四話 奴隷商人

――ムルタブス神皇国皇都セスオワ中央神殿。


「何だって!? ウルマイヤが戻ってきた?」


 配下の司祭の報告にジャランチ・パルモ卿と一緒にいたカナル・セスト卿は信じられないと言う表情を浮かべた。


「一体どういうことなのだ……」


「分からん……ダイゴ帝がウルマイヤを拒絶したのだろうか……」


 出立前の夜には涙ながらに、


「お父様、今までお世話になりました。ウルマイヤは不退転の覚悟でダイゴ様の元へ参り、必ず両国の平穏の懸け橋になります」


 と言っていた。


「司教様、ウルマイヤ様がお見えです」


 続いて入ってきた別の司祭がそう言い終わらないうちにウルマイヤが部屋に入って来た。


「ウルマイヤ! 一体……」


 カナルの言葉はそこで途切れた。

 目の前のウルマイヤは確かに自分の娘ウルマイヤだが顔つきから雰囲気までが明らかに変わっている。


「お、お前……」


「お父様、ご報告に上がりました」


 刺すような口調でウルマイヤが口を開く。


「い、一体どうしたというのだ」


「ボーガベルのダイゴ皇帝に会いましたが、とてもではありませんが話になりませんでした」


「話? 何を話したと言うのだ」


「勿論、ボーガベルが我がムルタブスに対して働いた数々の不当行為に対しての謝罪です」


「不当行為!? 一体何の話をしたんだ!」


「ですからアマド卿指揮下の艦隊を理由も無く殲滅し、アマド卿を拉致した挙げ句海上に放置した罪です」


「お……お前は自分が何を言ってるのか分かっているのか……」


「勿論です。当然私は我が国代表として謝罪を求め、更に賠償としてボーガベルの領土の半分の割譲を要求致しましたがダイゴ帝は愚かにも拒否したので交渉は決裂しました」


「バカな! 元々はファギ卿がエルメリア女王を拉致したのが発端では無いか! お前もその場に居たであろう!」


「ダイゴ帝も同じ妄言を言ってましたが、私はあの場所に居りませんでした」


「な……お前……妄言だと……」


「報告は以上です。さて、お父様、そしてパルモ卿。あなた方は私を献上してこのムルタブスをボーガベルに売り渡そうとしましたね」


「な!」


「それこそ私が証人です。よって国家反逆の罪でお父様達を拘束させて頂きます」


 ウルマイヤがそう言った途端、部屋に鎧姿の一団が躍り込んできた。


「神聖騎士団!?」


「反逆者め! 抵抗するな!」


 そう言って騎士達は何もしていないセスト卿とパルモ卿に暴行を加え始めた。


「ぐわっ!」


「ぐぅっ! う、ウルマイヤ……」


 実の父親が殴られている様をウルマイヤは無表情に見ている。


 やがてグッタリとした二人の神官は騎士達の手で引き摺られるように連れ去られた。


「残りの保守派、中道派の司教達も拘束して下さい」


 ウルマイヤはその様子を見ようともせず、傅く騎士に言った。




――ガラフデ王国王都タンガラ。


 全人口七万程度の小国家で、東の荒れた海とは違い穏やかかつ海流に面した海の恩恵を受け、海運の非常に発達した国家である。


 以前であればエドラキム、バッフェ、ムルタブスの三大国に面した商業の要所として隆盛を誇っていたが、エルメリア女王拉致事件に関わっていた廉でボーガベルとは断交状態にある。


 そのタンガラの銀宿『浜の海鳥亭』にダイゴ達はいた。


「さてもどうしたもんかなぁ」


 食堂で串に刺した海老を振りながらダイゴがぼやいた。


「まさかガラフデとの国境も閉められているとは思いませんでした」


 そう言うワン子に頷きながら海老を頬張る。

 ムルタブスにしろ、ガラフデにしろ、ボーガベルからの商人の往来はある程度可能だったので、ダイゴ達はサクラ商会名義の正規の許可書類を携えてムルタブスに向かったものの、国境に設けられた検問所で体よく追い返されてしまった。


 以来三日も足止めを食っている。


「セイミアからの報告じゃ、ムルタブスにいた国外の商人は皆退去させられたそうだし、何かしら起こっているのは間違いないな」


「はふっ、ふっ、ひょ、ひょれで、どうふる……にゃ」


 カニを貪りながらニャン子が言う。


「お前ねぇ、食ってるときに喋るなって親から教わらなかったか?」


「ひゃっへ、ここのひょくじ、ほいひい……にゃ」


 ここタンガラに流れ着いたニャン子はすぐにお召し船カナ・ビロヲに運ばれたのでタンガラ自慢の海鮮料理は今回初めてだった。


「にゃだけはちゃんと発音すんだな……。まぁ偵察型擬似生物は送り込んであるから転送で入り込むのは訳ないんだが……」


「一度アジュナ・ボーガベルに戻った方が良いのではないか?」


 海藻と野菜の盛り合わせ、いわゆるサラダをつまみながらセネリが尋ねた。


「まぁ折角来たんだし、もう暫く待ってみるよ」


「いふぁんででてきへ、ふぶぁふひふぁなふぁっふぁのへ、ひっほひふぁふふぁふぁひふぉへふぁろう」


 大きな魚を口いっぱいに頬張ったソルディアナが恐らく


「勇んで出てきて、上手くいかなかったので、引っ込みが付かないのであろう」


 と言ったようだ。


「……お前もかよ。兎に角早めに情勢を掴みたい。当面はここで情報集めだな」


「畏まりました」


「すいませーん、カニ追加……にゃ」


「こっちも貰おうか」


「ぼっびびぼ、ふぁははふぃひゃや!」


 口をパンパンに膨らませたソルディアナがどうやら


「こっちにも、魚追加じゃ!」


 と言っているようだ。


「だぁからぁ、食いながら喋るなっつーの!」


 その時、食堂の入口で


「えええええええええ!」


 と甲高い驚き声が上がった次の瞬間。


「んにゃっはぁっ!」


 ニャン子が素っ頓狂な声を上げた。


「と、燈豹族がこ、こんなとこに! 色艶! 毛並み! 健康状態! 容姿全て良し! こ、こここれは掘り出しモンだわ! ん、んんんんー!? こっちはなななんと森人族!? 凄い! 凄いわ! 森人族なのに胸も大きいし容姿抜群! すーばーらーしーいー! それにこっちは蒼狼族! こっちもばっちり! この前の蒼狼族の……ってあれ?」


 三人を撫で回して奇声を上げてた女はワン子に何かを気付いて動きが止まった。


「お久しぶりですショジネアさん」


「あ……アンタあの時の……」


 ワン子がショジネアと言ったのは、ダイゴが初めてワン子に出会った時に彼女を連れていた奴隷商人の女だった。

 山賊に襲われていた彼女を助けたダイゴは破格の値段でワン子を譲り受けた。


「よう、久しぶりだな」


「あ……アンタ生きてたんだね」


 目を丸くしながらショジネアが言った。


「何で死んでる前提の話なんだよ」


「いや、だってさ、あの後パラスマヤで大きな戦争があったって言うじゃ無いか。てっきりそれに巻き込まれて……」


「おあいにく様だったな。俺もこのワン子もこの通りピンピンしている」


「ワン子? この子の名前かい?」


「……そうだけど何か?」


「また変な名前付けたねぇ」


「悪かったな」


「ご主人様、この無礼千万な女、速攻殺してもいい……にゃ?」


 身体をセクハラを遥かに超越したレベルでまさぐられた被害者を代表するかの如く目の座ったニャン子が言った。


「やめとけって。この人はワン子には良くしてくれたんだろ?」


「はい。この人は職業柄こうなのです」


「むぅ……はた迷惑……にゃぁ」


 ワン子がそう言うと、ニャン子は警戒を解いた。


「ふう、すまないねぇ……この子達アンタの商品かい? だったら……」


 ショジネアはそんなニャン子に臆することも無くダイゴに聞いた。


「違うし、第一俺は奴隷商人じゃないよ」


 そう言ってダイゴは『ダイゴ・メキシコ』と偽名の書かれた正規の商人鑑札を見せた。


「はぁ? じゃ、三人ともアンタの持ちもんなのかい? 何処でどうやって……」


 すると今度はやっと頬に詰めていた魚を飲み込んだソルディアナがすっと立ち上がった。


「おい、お主の目は節穴か? 何故に我には興味をしめさんのじゃ?」


「ん? この子アンタの娘でしょ? 言葉遣い変だから直した方がいいよ?」


「な、な、な!」


「ああ、コイツもれっきとした奴隷だよ」


「へ? そうなの? 何だアンタそっちの方も好きなのかい」


「ちげーよ!」

「違うわ!」


 ダイゴとソルディアナが同時に反論した。


「何でさ。どう見てもこの子……」


「我はこれでも齢千をとうに越えておるわ!」


 胸を張って言ったソルディアナをショジネアは困った顔で見ながら、


「ああ、そう言う可哀相な子なのね……アンタ鬼畜過ぎだよ」


「おい、事態が益々悪化してるじゃねーか」


「まぁそれはともかく、一人も譲ってはくれないんだね?」


 あしらう様にショジネアが本題に入る。


「当たり前だ」


「そっか、折角ムルタブスからの大商いだったんだけどねぇ」


「ムルタブスの? なんだそれ」


「ムルタブスの偉い人から高級奴隷四人の注文があるのさ。金貨千二百枚だよ」


「はぁ、羽振りがいいんだな……」


「ここだけの話、あの隷属の首輪の出所だからね。他大陸にまで売って相当儲かってるらしいよ」


「でも今は商人も入れないんだろ?」


「確かに一般の商人は入れないけど奴隷を連れた奴隷商人なら入れるんだよ。何せ偉い人の特注だからね」


「それだ!」


ダイゴが身を乗り出して叫ぶ。


「へ!?」


「なぁあんた一寸手伝ってくれないか」


「へ? 何をだい?」


「俺達はムルタブスに入れなくて困ってるんだ。あんたにくっついてムルタブスに入りたい」


「うーん、そういうことなら、アンタには命も助けて貰ったし協力しても良いけどねぇ」


 ダイゴは懐から金貨をジャラリと出した。


「前金十枚、成功して更に四十枚だ」


「乗った!」


 ショジネアは素早く金貨を懐にしまった。


「ただ、問題があるよ。今国境は奴隷を連れた奴隷商しか入れないけど、肝心の奴隷がいないんだ」


「は? 高級奴隷調教所とかいうのはどうしたんだよ」


「あそこだって元ネタが無くっちゃおまんまの食い上げさ。一年程前から獣人が流れ着かなくなったし、バッフェやエドラキムがボーガベルになっちゃったせいで王族や貴族絡みの奴隷も出なくなっちゃったしねぇ」


 ワン子達四人が一斉にダイゴを見た。


 まぁ全部俺絡みだよなぁ……。


 そう思ったダイゴが話を続ける。


「でもムルタブスだって奴隷は禁止してるだろうが」


「表向きはね。神官や司祭の中には欲しがる奴も多いんだよ」


「まぁそんなもんだろうなぁ。でもここに奴隷ならいるよ」


「え? それじゃあ……」


「勿論譲るつもりは無いけどな」


「当然……にゃ」


「でも三人しかいないじゃないか。あと一人必要だよ」


「おい、何故我を人数に入れんのじゃ?」


 いや、竜人族なんてレアリティ高すぎだけど全てぶち壊しだろ……。


 流石にエルメリアやメアリア、シェアリアは不味いし……。


「只人族で良いのか?」


 ダイゴがそう思いながら聞くと、


「うーん、価値が高いのはやっぱ亜人なんだよねぇ」


 ダイゴの所にいる亜人は獣人では後はヒルファだが、いくら高級奴隷調教所出身とはいえダイゴ的には勿論論外。


 森人族は護衛騎士団の面々がいるが……。


『ならばリセリを呼んできてくれまいか?』


 すぐにセネリから念話が来た。


『いや、リセリに奴隷役が勤まるか?』


 気位の高い森人族は勿論奴隷になることを良しとしない。


 鬼人族に捕らえられた者達のように人格が崩壊するほどの陰惨な目に遭うか隷属の首輪を嵌められ強制的に服従させるかでもしない限り自らの意思で奴隷になることなど無かった。


 勿論セネリという例外も存在するが。


『問題ない。ムルタブスに入るまでであろう? リセリも直接ご主人様の役に立つ機会を常々欲していたのだ。察してくれまいか?』


『そうか……分った』


「あと一人森人族がいるけどそれでいいか?」


「森人族がもう一人いるのかい? 一体アンタ……」


 いや、二百人以上いるんだけどな……。


 そんな事を考えながらダイゴが続ける。


「今は部屋で休ませてるがな。で、いつムルタブスに入れるんだ?」


「ああ、奴隷がそろえば明日にでも行けるよ」


「よし、じゃあよろしく頼むぜ」


「ふう、任せときな」



 明日の段取りを打ち合わせてショジネアと別れたダイゴはすぐに転送でカイゼワラに飛び、大森林脇に建つ護衛騎士団官舎でリセリに事情を説明した。


「分りました。その任喜んでお受けいたします」


「そうか、ありがとう。じゃあすぐに行こう」


「あ、あの……」


「ん?」


「ダイゴ様の奴隷……なんですよね?」


「ああ、あくまでフリだけどな」


「ならば……ご主人様とお呼びして宜しいでしょうか?」


「ん、まぁそうだなぁ……構わんよ」


「ありがとうございます、ご主人様。すぐに着替えてまいります」


 そう言ってリセリは自室へ小走りで戻っていった。




 翌朝、ダイゴ達が宿を出ると馬車の前でショジネアは待っていた。


「おほー、この娘も上等じゃないか」


 リセリをしげしげと眺めながらショジネアが笑った。

 セネリもリセリもダイゴが『複製』のスキルで創り出した偽の隷属の首輪を嵌めている。


「あとこの手枷も嵌めて置いておくれよ」


 ショジネアから渡された手枷をダイゴは四人に嵌めていくが、ショジネアに分からないように魔導錠を解除して置いた。


「はふゅぅ……ご、ご主人様……もっと縛って置いた方が良いのでは無いか?」


「……姫……いえ、セネリさん涎が垂れてますよ」


 上気した顔で不要なおねだりをするセネリにリセリが呆れ顔で言った。


「あうっ、こ、これはこの首輪が少々きついのだ」


「昨日の夜にセネリさんの御趣向はよっく分かりましたが、昼日向にご主人様の尊厳を貶めるような言動はおやめ下さい」


 タンガラについてから朝までの宿屋での出来事を思い出したのか、少々顔を赤くしてリセリが説教する。


「あう、わ、分かった……」


「じゃぁ出発するよ」


 御者台に御者と並んで座っているショジネアの言葉を合図に一行を乗せた馬車はセスオワへの道を進み始めた。




――中央神殿の地下牢。


 神聖なる中央神殿にこの様な地下牢があること自体カナル卿は驚かされていたが、ここに入れられてから次々に騒々しい声や悲鳴が聞こえてくる。


 どうやら改革派と中道派の神官や司祭が連れて来られているようだった。


 保守派が事を起こしたと言う事か……。


 だが、いくら何でも保守派が神皇猊下を弑逆する事は無いだろう……。


 しかし、あのウルマイヤは一体……。


 カナル卿は冷静に事態の分析に努めていたが、近づいてくる足音が聞こえ、そちらに顔を向けた。


「貴様……」


 そこには法服に身を包んだアマド・ファギ。

 そして寄り添うようにウルマイヤが立っている。


「久しいなセスト卿。実に良い様だ」


 そう言ってアマドは薄く笑った。


「アマド! 貴様一体娘に何をした!」


「ふん、貴様に代わって少々教育をしたまでよ、父親に似ず物分りのいい娘だ。すぐに我々の理念を理解し、協力してくれることを約束してくれたよ」


「ふ、ふざけるな!」


「ふざけてなどおらん、なあ、ウルマイヤよ」


「はい、お父様、ウルマイヤはアマド様の崇高なお志に感銘を受け、身も心もお捧げしてお仕えすることに決めたのです」


「何だと……う、嘘だ……」


「嘘であるものか。それが証拠にほれ」


 そういってアマドはウルマイヤの豊かな胸を鷲掴みにした。


「アマド! やめろ! やめ……」


 だがウルマイヤは嫌がるどころか嬉しそうに笑っている。


「う、ウルマイヤ……一体……」


「ふはは、この娘は儂が命じれば今すぐにでも股を開くぞ! なぁウルマイヤよ」


「はい、アマド様がお望みでしたらウルマイヤは喜んで」


「う、ウルマイヤ……やめろ……」


「ふん、心配するな。そうなれば復活魔法が使えなくなるのでな、猊下の恩為今暫くはこのままにして置くが、いずれ此奴の操は儂が貰ってやるわ」


「はい、楽しみでございます」


「う、ウルマイヤ……」


「さらばだ、カナル卿。娘の事は心配せずに処刑までの残り少ない命を味わうが良い」


「く、くっ……」


「ああそうだ、貴様の処刑はこのウルマイヤの手で行うとしよう。どうだ? ウルマイヤよ」


「はい、誠に妙案。その日が楽しみでございます」


「……アマドォ!」


 激高したカナルが牢越しにアマドに手を伸ばす。


 ゴキッ!


「ぐあっ!」


 その腕はウルマイヤに折られ、カナルは牢に転がった。


「お父様、いくらお父様でもアマド様に手を出す事はこのウルマイヤが許しません。処刑までそのまま後悔して下さい」


 そう冷たい視線を実の父に向けるとウルマイヤはアマドの後について牢を出ていった。


「ぐくっ……」


 カナルの目から涙がこぼれた。

 腕の痛みなど何程でも無くなるような心の痛み。


 産まれたばかりで初めて抱いたときの顔。


 家に戻ると真っ先に駆けてきて見せた笑顔。


 巫女を目指すと決意したときに見せた笑顔。


 初めて復活魔法に成功したときの笑顔。


 そしてダイゴ候の元へ赴くと知ったときに見せた恥じらいを含んだ笑顔。


 折られた腕が痛む度にそれらの顔が浮かんでは消えた。


「ウルマイヤ……」


 カナルの慟哭は既にウルマイヤには届かない。



 数刻後、アマド・ファギの私邸では保守派が祝いの宴を催していた。

 そこには保守派の神官達に酒をついで回るウルマイヤの姿もあった。


「先程のカナルの奴の顔といったら全く見物だったわ」


 そう言ってアマドは高らかに笑う。


 積年の仇敵といえるカナルが見せた悄然とした顔は何よりも応えられない酒の肴と言えた。


「しかし、こうも事が上手くいくとは」


「ふん、卿は随分と躊躇しておったではないか」


「いやいや、そこはアマド様との格と申しましょうか」


「ふっ、まぁこれで漸く改革派も根絶やしにできる、後は……」


「……いよいよですな」


「だが、その前にやることがある」


「それは……」


 アマドが言い掛けたとき、


「いやあああああああああ!」


 不意にウルマイヤが悲鳴を上げた。


「むう、魔水薬が切れたか。ドンギヴよ」


 アマドが忌々しそうに言うと柱の脇からドンギヴが湧き出すように出てきた。


「ここに居りますでございます」


 戯けた調子で頭を下げる。


「薬が切れたようだぞ。はやく飲ませい」


「おやおや、それは大変、畏まりましたでございます」


 そう言うやドンギヴは懐から小さな筒を取り出しウルマイヤに近づく。


「い……いや……やめて……」


「うう~ん、可哀相だけどこれも商売なのよね~はい、ア~ン」


 そういってドンギヴはウルマイヤの両頬にゆびを当て口を開くと、筒の薬を流し込む。


「ごふっ……た、助けてぇ……ダイゴ……さまぁ……」


 絞り出すようにそう言ったウルマイヤだったがすぐに虚ろな表情になり、


「さ、アマド様に懸命にお仕えして下さい」


 そうドンギブに耳元で囁かれると、


「……はい、お見苦しいところをお見せしました」


 そういって引き続き酌をして回る。


「ドンギヴよ、この魔水薬切れぬようには出来ぬのか?」


「申し訳ございませン、何分試作の品でございまして」


 全く申し訳なさそうに見える態度でドンギヴが答えた。



「さて、ガラフデの方はどうなっておったかな?」


「はっ、シダドからは期限までの返答はありませんでした」


「ふん、属国の王風情が調子に乗りおって……構わん、艦隊に連絡、攻撃を開始しろ」


「聖魔兵を投入致しますか?」


「いや、市街は弩砲で十分であろう」


「では……」


「良いか。あくまでも聖魔兵用の魔石の確保が第一だ」


「はっ」


「そうだ、こちらも一段落付いたことだし、儂が直接指揮を執ろう。明日海竜船でタンガラに向かう。此奴も連れてな」


「畏まりました」


「カナル達の処刑は戻ってきたら行う。手筈を整えておけ」


 そんなアマドと司祭の会話をウルマイヤは陶然とした顔で聞いているだけだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] まーた主人公はその場で治せばいいのに、問題が起こってから動くのね。 主人公は力はあるけど、無能すぎるし他人を苦しめたい性格かな?
2021/12/23 03:27 退会済み
管理
[一言] 連投でこんな事申し訳ないけど、毎回主人公って何故にわざと後手に回ってヒロインを一度陥れてからじゃないと動かないのか疑問に感じる。 大枠で捉えれば結構面白いけどこうわざとらしいあからさまなヒロ…
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