第九十三話 決裂
「しかし、何も皇帝自らが出向く必要は無いのではないか?」
メアリアが至極もっともな事を言った。
「使節団長はウルマイヤさんですから、ご主人様は早くお会いしたいのですわ」
そうエルメリアが言った途端、眷属達がじっとダイゴを見つめている。
「な、何だよ君達」
「ウルマイヤって誰……にゃ?」
興味深そうに瞳を大きくしてニャン子が聞いた。
「ああ、ムルタブスの巫女姫でエルメリアが攫われた時に世話になったんだ」
「ニャン子がガラフデに流れ着いた少し前に別れたんです」
そうワン子が付け加えると、
「ああ! あの時のか……にゃ」
「ふむ、これだけおるのにまぁだいるのかこ奴は」
「は? 何言ってんのよソルディアナクン」
「何、ではないわ。異界の男、いやさ神の代行者とはこうも欲深き者なのじゃろうか」
「いやいやいや、なんで俺を好色大魔神みたいに言ってるのよ。ただウルマイヤはエルメリアの件で世話になったし、うんそうだ、何よりヒルファを助けてくれたんだよ」
「何!? ヒルファをじゃと? それなら話は別じゃ。我からもぜひ礼を言わねばな」
アマド・ファギによってエルメリアの世話の為に買われてきたヒルファはアマドが脱出する際に壁の崩落に巻き込まれ、瀕死の重傷を負った。それを回復魔法で救ったのがウルマイヤだった。
「そういう事、それにウルマイヤ自身もいい子だしな」
「いや、好色と言う部分は間違ってはおらんがな」
「話を戻すんじゃねぇよ」
「まぁ、仕方あるまい。ご主人様にとってはそれも男の浪漫とやらの一つなのであろう」
いや、それも違うと思うが……。
腕を組んでしたり顔で納得するセネリに心の中でそう突っ込みつつ、
「ウホン、と、とにかく会ってみる。これからアジュナで向かうので明日会見するようにと統制官に伝えておいてくれ」
「畏まりました」
クフュラがクスクス笑いながら返事した。
「では当然……」
「わーかった、全員連れて行くよ」
「当然じゃな」
「しかしどうして『転送』をお使いになりませんの?」
そうセイミアが聞くと、
「ああ、ウルマイヤ達は金宿に泊まって貰ってるからな。今日はゆっくり休んでもらって会談は明日でも良いだろう」
「そうですね。ムルタブスまではそれなりに距離がありますし」
「ただし、会談には俺とエルメリア。後はクフュラとワン子だけで行く」
「な!? 私が何故員数に入っていないのだ?」
「向こうが騎士でも連れてきてりゃ話は別だが、いないんだろ?」
「はい。お付きの者が二十人程だそうです」
「ウルマイヤにしちゃ随分大人数だな。まぁ物騒な事にはならんだろうし、メアリアがいると却って物騒になるかもしれん」
「な!? 何故だ!」
「ああん? メアリアクンの剣すっぱ抜き案件を生い立ちから遡って懇切丁寧に微に入り細に穿って説明して欲しいかね?」
「あ……う……い、いや……結構だ」
「まぁそれは冗談だよ。お前がそこまで短絡ではないと信じてるが何分和平の話し合いだ。余り武を推し立てて波風立たせたくないしな」
「うむ……そういう事なら……」
「一応別室には詰めててもらう。それでいいだろ」
「わかった」
絶対バルクボーラを杖代わりにありがちなポーズで仁王立ちしてんだろうな……。
ダイゴはそう思いながら話を続ける。
「会議の内容次第ではウルマイヤをアジュナに迎えて歓迎の宴を開く。ルファ、準備は任せたぞ」
「畏まりましたダイゴ様」
脇で他の侍女達と控えていた副侍女長のルファ・タリルが即答する。
「ご主人様~、それって~」
にま~っとした笑みを浮かべてダイゴを見るメルシャに
「いや、だから普通に歓迎会だよ?」
「まぁ~ウルマイヤちゃんはいい子なんで良いんですけどね~」
「うう、疑惑の目で見られっぱなしの俺って何て可愛そうなんだ」
メルシャのニマ顔とニャン子の大きなままの瞳に晒されたダイゴがぼやくと、
「だからこれだけ眷属がいては説得力など無いと言っておろうに」
すかさずソルディアナが突っ込む。
「へいへい。とにかく明日だ。みんな頼むよ」
「「は~い」」
和やかな雰囲気を乗せ、アジュナ・ボーガベルはセドアに向け夜の空を進んでいった。
翌日、セドアの金宿『古の鳳凰館』
バッフェの金宿では歴史が古く、以前はムルタブスを行き交う司祭や貴族の常宿として隆盛を誇っていた。
エルメリア女王の件で往来が制限されてからは王国、現在は新帝国から必要分の保証がなされており、いつ国交回復されても良い様に万全の体制が取られている。
町外れに止まったアジュナ・ボーガベルから巨大な馬車が降ろされた。
その全容は以前エドラキム帝国第一皇女だったファシナが使用していた皇帝専用要塞馬車モルトーンによく似ている。
勿論モルトーンはダイゴとソルディアナの戦いの時にダイゴの禁呪魔法『蒼太陽』によってファシナごと消滅した。
これはカーンデリオに残っていたモルトーンの予備機を修復改良したモルトーン二号機。
ダイゴによって様々な装備が追加されている。
最大の特徴は基部がカーペットと同様の浮遊構造になっており、車輪はダミーに過ぎない。
その為揺れも無く快適な乗り心地になっている。
曳いている馬は二頭だがメアリアの愛馬パトラッシュと同系の巨大馬でそれぞれヨーゼフとカールという名前が付いている。
そのモルトーンがセドアに入ると多くの市民が集まってきた。
その人混みを掻き分けるようにモルトーンは「古の鳳凰館」前に停まる。
中からまずエルメリアが手を振って出てきた。
民衆から大きな歓声が上がる。
続いてダイゴが出てきた。
皇帝の登場に更に歓声が大きくなった。
「俺が出てきたら静まり返るかと思ってたんだが」
「あら、ご主人様は救国の英雄ですわ。もっと自信を持ってくださいまし」
大げさに胸を撫でおろすダイゴにエルメリアが優しく言う。
そこだけ切り取れば正に皇帝と皇妃の会話。
脇に付き添っている侍女服姿のワン子は少し複雑そうな笑みを浮かべて二人を見ていた。
入り口には宿の主人たちが整列して待ち受けていた。
「皇帝陛下並びに女王陛下に置かれましては斯様な場所にお越しくださり誠恐悦の極みで……」
主人がダイゴに恭しい挨拶を始めると、すぐにダイゴは手をヒラヒラと振る。
「ああ、堅苦しい挨拶は抜き。で、使節の方の様子は?」
「は、広間にてお待ちでございます」
「うん、滞在中の様子は?」
「それが……」
「ん? 何かあったのか?」
「いえ、何もなく静かなのですが……」
「ですが?」
「静かすぎと申しましょうか……」
「食事とかは食べたんだろ?」
「はい、それは綺麗に」
「分った」
宿の主の言わんとしてる事は何とは無くダイゴには分った。
旅人特有の宿での寛いだ気分が無いのだろう。
和平の使者だからな、緊張してるって事なのか……。
そう思いながら広間へ入ったダイゴはウルマイヤを見るなり声を上げた。
「やぁ、ウルマイ……ヤ?」
威勢よく上げた声が途中で詰まる。
目の前にいる少女は確かにウルマイヤ・セストだが、まるで別人のように雰囲気が変わっていた。
そのウルマイヤが攻撃的な視線をダイゴに向けると
「ボーガベル皇帝と言っても成り上がり者は随分と失礼な物言いですね。育ちの程が知れるという物」
吐き捨てるように言い放った。
「な……」
「仮にも私はムルタブスを代表してやって参りましたが、その様な非礼千万な呼び方をされる言われはありません」
「……」
「ウルマイヤさん……失礼なのは貴女の方では?」
目を細めたクフュラがすかさず返す。
こんなクフュラの顔はエドラキム第八軍大将としてボーガベルを攻めに来た時以来。
清廉な顔立ちの巫女姫と清楚な顔立ちの奴隷姫の睨み合いは周囲の温度を下げていく。
「歴史あるムルタブスに対し、礼も取らぬ新参国家が何を仰るのか理解に苦しみます」
おかしい、確かに以前会ったウルマイヤだが、まるで別人だ……。
一体……。
そう思ったダイゴはウルマイヤのステータスを見た。
ウルマイヤ・セスト
十六歳
状態異常(薬物汚染・洗脳・人格障害)
うわぁ……。
心の中で毒づいたダイゴはその事実をエルメリア達に念話で伝えた。
『薬物汚染ですか……まさか……』
『ああ、アイツが絡んでる可能性が高いな』
謎の商人ドンギヴ・エルカパス。
様々な武器防具のみならず、『魔水薬』なる特殊な作用のある薬を売り捌く正体も国籍も不明の男。
冷酷な瞳を俺に向けるウルマイヤにダイゴはやりきれない思いだった。
あのちょっとそそっかしいがそこがまた愛らしいウルマイヤをこんなにしやがって……。
だが、一体何の為にこんな事を……。
とにかく様子を見てみるか……。
「これは大変失礼をいたしました。旧知の間柄と思いまして」
ダイゴは改めて恭しく言った。
「私はあなた方と知己を結んだ覚えはございません。お間違えの無い様に」
「それは重ね重ね失礼を」
「帝国などと言っても皇帝がこの様な礼儀知らずの方では先行きも知れると言う物ですね」
「はて、特使殿は我が帝国と私を罵倒に参ったので?」
「勿論、和平交渉にやって参りました。しかし、余りの非礼ぶりに呆れたと言って差支えないでしょう。ですが、私も役目を果たさねばなりません。早速我が国の和平に当たっての要求を伝えます」
「和平に当たっての要求?」
ダイゴの聞き返しを無視するようにウルマイヤは続けた。
「ボーガベル王国、今は帝国と名乗っているようですが、ボーガベルは一年前、他国であるガラフデの海上にて我が国の第三艦隊に不当な攻撃を仕掛け、これを全滅させるという愚挙を行いました。我が国はこの貴国の愚挙に対し、公式謝罪及び金貨一億枚の賠償、そして帝国領中バッフェ地方の譲渡を要求します」
「な!? 何ですかそれは!」
クフュラが声を荒げた。
おおよそ飲める条件ではないしそもそも飲むいわれが無い。
余りにも荒唐無稽な要求と言えた。
「貴国が犯した愚行に対しての正当な要求ですが」
ウルマイヤは当然という風に言った。
脇に揃っている恐らくは司祭であろう男たちはただ押し黙っているだけだ。
「ウルマイヤさん、貴方ご自分が何を言っているのか分ってるの?」
「……貴女も随分と失礼な物言いをなさりますね。主人の低俗さが奴隷にも移るものなのですね」
「な……」
流石のクフュラが絶句した。
一方同席したエルメリアはじっとウルマイヤを見据えたままだ。
「第一、事の発端はあなた方の神官アマド・ファギがエルメリア女王を不当に拉致監禁したせいではありませんか」
「ボーガベルではその様に主張しているようですが、当日アマド・ファギ卿は別の地に視察に行っており、そちらの女王を拉致したなどという事実はありません」
「あなたもそこにいたでしょうが!」
「そこです。私はそのような事を見てもいませんし、彼の地でアマド卿に会った事もございません」
「な……貴女……」
「全く話になりません。これ以上話をしても無駄なようなのでここまでにします。こちらの要求はお伝えした故、早急にお返事を頂きたいと思います」
「しかし、ウルマイヤ殿……」
「もし成り上がりの帝国とやらが我が神皇国に敵対行動を取り続けるのならばわが神皇国は神皇猊下の名の下に徹底的に戦い、正義を万民に知らしめます。御覚悟を」
そう言って席を立ったウルマイヤはダイゴ達を一瞥すると他の者達と部屋を後にした。
これか……これをさせたかったのか……。
改革派の娘、ウルマイヤが帝国に乗り込み非礼を盾に挑発する……。
『ご主人様……これは……』
『だな……』
クフュラの懸念はすぐダイゴには分かった。
ウルマイヤはボーガベルとムルタブスの関係を決定的に破壊する為に送り込まれてきた火種だ……。
あの悪意丸出しの主張が何よりの証拠だ……。
勿論ダイゴにはウルマイヤの洗脳を解くのは訳はない。
だが、それによって起こりうる事態、特にアラルメイル神皇とウルマイヤの父カナル・セストを筆頭とする改革派がどうなるのか現段階では予想が付かなかった。
『セイミア、ウルマイヤに門までアーノルド達を付けろ。ただし悟られないようにな』
このような状況ではウルマイヤ達が市中で襲われ、それを口実に開戦もありうる。
『分りました。しかし、ムルタブスにしては無謀ですわ』
すぐにセイミアから疑問交じりの念が送られる。
国力差を鑑みればこのような挑発は自殺行為とも言えた。
『ああ、何かしらの理由が無いとあそこまで強くは出られないのだろうが……』
『直ちに向こうにいるサクラ商会の者に探らせますわ』
そうセイミアが念を返した直後。
広間に黒装束の男達が十人なだれ込んできた。
「あなた達は!?」
クフュラの声を無視して男たちは短剣を抜く。
「どうやらこっちが本命だったようだな」
「ご主人様、ここは……」
そう言い掛けたワン子に
「手を出すな、エルメリアとクフュラを護れ」
ダイゴが言葉を被せた。
「……! 畏まりました」
そう言ってワン子はエルメリア達を護って部屋の隅に下がる。
刺客達が短剣を構えた。
一斉に刺突するつもりだ。
「……お前ら、今の俺は無茶苦茶機嫌が悪い。只で死ねると……」
言い終わらないうちに全員が襲い掛かった。
「『雷撃大王』!」
瞬間部屋全体を眩しい白色光が包み、煙を吹いて刺客達が斃れる。
「人の話は最後まで聞けよな」
ダイゴは一人だけ残した刺客に言った。
すかさず刺客はダイゴに突進する。
「『重力縛』」
「ぐおっ!?」
刺客は短剣を構えたまま床に押し付けられる。
「おい、あのウルマイヤは誰の差し……」
ダイゴがそう聞いた途端、刺客は痙攣を起こした後に動きが止まった。
「ふん、毒でも囓ったか。『蘇生』」
「げふぉっ?」
息を吹き返した刺客は覆面越しに訳が分からないと言った目をダイゴに向けた。
「てめぇ、予め断って置くが死ねば済むと思ったら大間違いだし、そんなに死にたきゃ嫌と言うほど死なせてやるからな」
「ひっ……」
覆面の奥から恐怖の声が出た直後、この世の物とは思えない悲鳴が部屋に響き渡った。
「こりゃあムルタブスと事を構える事になるか……」
刺客から得た情報は極めて断片的ではあったが、やはり保守派の差し金だった。
襲ってきたのは皆保守派子飼いの特務部隊。
それがまるまるウルマイヤのお付きとしてやってきた。
「どう言う事だ……。保守派は勢力を削がれてるってサクラ商会からの報告だったよな?」
「はい、例の件で保守派筆頭のアマド・ファギが失脚、神官の地位を息子のペルドに譲って隠居しましたわ」
サクラ商会を束ねるセイミアが答える。
「ん? 神官って世襲制なのか?」
「はい。元々はラモ教に帰依した十二人の小国の国王が神皇猊下に自分の国を献上して成立したのがムルタブス神皇国の始まりですわ。だから各神官は国王と同格であり、その娘であるウルマイヤさんは巫女姫と呼ばれていますの」
「そうか、だが保守派はそれなりに力を貯め込んでいたって事か……」
その時アーノルド隊からウルマイヤ一行は何事も無く街を後にしたとの連絡が入った。
あの時、ボーガベルとムルタブスが戦争になることを必死で止めたがっていたウルマイヤの手によって戦端が開かれようとしている。
ダイゴの胸に苦くやり切れない思いが込み上げてくる。
「でも宜しいのですか? ムルタブスを攻めると大陸を統一することになります」
そう言ってセイミアは長椅子で寝そべってアイスを食べてるソルディアナを見た。
「ん? なぜ我を見るのじゃ?」
「だって俺が大陸統一したらお前帝国焼き払うんだろ?」
「は? なんじゃそれは?」
「だってそういう言い伝えで今まで二つ国を滅ぼしたって……」
「ふん、それはその国が統一して調子に乗って我に挑んできたからじゃ。滅ぼしたと言っても王宮を焼き尽くしただけで後は勝手に滅んだだけじゃぞ」
「はぁ、そんなもんか」
「ふん、統一した国を焼き滅ぼせばこの大陸は無人になってしまうではないか。神の……いや大地の守護者たる我がその様な真似をするはずがなかろう」
「まぁそれもそうか」
「で、どうするのじゃ」
「取り敢えず臨戦態勢は取らないとだな。クフュラ、セイミア、頼むぞ」
「畏まりました」
「畏まりましたわ」
「俺はムルタブスに潜り込んでみる」
「では我も連れて行くがいい」
「へ? 何で?」
「我もご主人様の役に立つところを見せてやろうと言うのだ。そのウルマイヤと言う娘に面を知られてもおらんし好都合であろう?」
「うーん、まぁソルディアナの言う事も一理あるか……くれぐれも竜になるなよ?」
「ふん、なりたくてもまだ竜体は出来上がらんわ」
「面体を知られていないと言うのならば私も行こう」
セネリも前に出た。
「じゃ私も行く……にゃ」
ニャン子がすかさず手を挙げた。
「ご主人様、私も宜しいでしょうか」
ワン子が前に歩み出た。
口には出さないが目的は変装姿のダイゴだ。
「ん~まぁいいか。よし、この四人で決定。怪しまれないようにガラフデに転送してそこから入ろう」
こうして中年姿のダイゴ以下商人に扮したソルディアナ、セネリ、ワン子、ニャン子の五人は今回も選に漏れて残念そうなエルメリア達に見送られガラフデに転送していった。





