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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第七章 カーンデリオの落日編

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第九十一話 皇帝

 倒れたバロテルヤを見下ろしながらダイゴは頬をさする。

 勿論絶対物理防御によりバロテルヤの拳はダイゴに何のダメージも与えていない。


 だが、ダイゴはまるで本当に殴られたかのような感覚を頬に感じていた。


 あり得るのかもな……。


 ダイゴはそう思う。


『この世に絶対は無い』


 元の世界で誰かが言った事だが、物理だの魔法ではないバロテルヤの持つ何かが届いたのだろう。


 バロテルヤは虫の息だがまだ生きている。


 止めをさしてやるべきか……。


 そう思っているダイゴに、バロテルヤが振るっていた黒剣クロネラを大事そうに抱えたエルメリアが歩み寄ってきた。


「ご主人様……今際の皇帝陛下に膝を貸す事をお許し頂けますか?」


 そう言って見つめるエルメリアにダイゴは黙って頷く。




『……テ……ルテ……』


 懐かしい名前で呼ぶ声が聞こえた。


 バロテルヤが目を開くとそこにクロネラが微笑んでいた。

 どうやら彼女に膝枕をされているようだ。


 確かエルメリア女王が身に纏っていた白い礼装を着てはいるが、その髪、顔立ちはまさにあの時のクロネラ本人だった。


 何故という疑問はバロテルヤには湧かない。

 目の前にクロネラがいる。

 それで十分だった。


「クロネラ……」


「頑張ったね……うん、頑張った」


 クロネラは思いを込めるように言った。


「いたのか……」


「ずっといたさ」


「そうか……カルネラの事は……済まなかった……」


「良いんだよ……あの子が選んだことさ。アンタは十分やってくれた……それにレノクロマがいるじゃないか……ほら」


 バロテルヤが顔を向けるとそこに呆然とした顔のレノクロマがいた。



「こ、これは……」


 レノクロマは眼前の光景が信じられなかった。


 謁見の間に入ったのは確かにダイゴとエルメリア女王の二人だけだったはずだ。


 だがダイゴの向こう、倒れている皇帝を抱き抱えているのはエルメリア女王では無く見知らぬ女性。


 紺色の美しい髪に勝気な瞳。


 母カルネラから聞いていたクロネラの容姿そのもの。

 そのクロネラが左手をレノクロマの方にかざすと、レノクロマが肌身離さず身に着けている、母の形見の魔石で出来た首飾りが淡い光を放つ。


「!」


 光が徐々に姿を結び、半透明な人の姿になった。

 同じ紺色の髪に、優しさを湛えた瞳。


「……母さん?」


「……カルネラ?」


 レノクロマとバロテルヤが同時に声を上げた。


 カルネラは何も言わずに優しい目で二人を見た。


 だがそれだけでバロテルヤもレノクロマもカルネラの思いが十分に通じた。


「レノクロマよ……介錯はお前がするが良い……そうしたかったのであろう?」


 死に瀕しているというのに変わらぬ威厳を湛えた声でバロテルヤが言った。


 レノクロマはその為に生きてきた。


 母を、優しく儚いカルネラをあのような境遇に置いて死に至らしめたバロテルヤが憎かった。

 孤児院で泣き暮れたレノクロマが達した決意は何時か皇帝バロテルヤを、実の父をこの手で討つという事だった。

 その為に駄馬と蔑まれ、様々な侮蔑や嘲笑を受けようと耐えて生きてきた。


 だが、


 レノクロマは首を振った。


 言うべき言葉は見つからない。

 いつの間にか涙が流れていた。


 目の前には彼が討ちたかった、討つべき憎き皇帝はおらず、最愛の女達に看取られ死に臨もうとしている父親がいるだけだった。



「……そうか……クロネラよ……眠い……寝ても……いい……か?」


 クロネラの方に向き直したバロテルヤが疲れた様に言った。

 いつの間にか歳相応の顔がそこにはあった。


「ああ、ゆっくりお休み……あたしがずっと一緒にいてあげるよ……だってあたし……アンタのお妃だもん……」


 乱れた老皇帝の髪を櫛げりながら優しくクロネラは囁く。


「ああ……そう……だ………………」


 紫の魔法陣を展開したエルメリアの膝の上で、エドラキム帝国第八代皇帝バロテルヤ・エ・デ・エドラキムは静かに息を引き取った。



 何処かで鐘が鳴り響く。


 皇帝の崩御を告げる鐘の音だ。


 長かった帝国との戦いは終わった。


 二百年以上の永きに渡って東大陸に覇を唱えてきたエドラキム帝国は大陸制覇を目前としながら潰えた。



 そして日は沈み。


 また日は昇る。





「む……ん……?」


 息苦しさで目が覚めた。

 何かがダイゴの顔にベッタリとへばり付いている。


 ダイゴには誰の仕業かは見当が付いてるが両腕も柔らかな肢体に抱き抱えられているので動かし様が無い。


「もがっ! もががっ! もががががっ!」


 ダイゴが構わず声を出すと、


「あひぃん」


 と変な声を立てて顔を覆っている物体がムニムニと動いた。


「ふむぅ、朝からとは好色にも程があるのう」


 ダイゴの顔にエイリアンさながらに張り付いていたソルディアナがダイゴの胸の上にペタリと座って言う。


 身体に纏わり付くウェーブの掛かった黒髪が何とも艶めかしい。


 が、それどころでは無い。


「違うわ! お前が覆い被さって寝てるから息苦しくって目が覚めちまったじゃねぇか!」


「ふむ、それがどうじゃというのだ? 我に抱かれて眠るなど至上の悦びであろうに」


 そう言いながら潤んだ瞳を向けてくる。


「息が苦しくて至上もへったくれもあるか!」


「ふん、良いではないか。最早この身はご主人様に捧げた故、一時足りも離れずにいて何が悪い?」


 ようやくまともにご主人様と言えるようになったソルディアナだが態度は全く変わらず、悪びれる様子もない。


「ご主人様、おはようございます」


「ご主人様、おはようございます」


 脇を固めていたエルメリアとワン子がすかさず声を掛けてきた。


「おはよう、ってお前達も起きていたのならコイツどけてくれよ」


「あら、あまりにもソルディアナさんが幸せそうな寝顔でしたのでつい……」


「少々羨ましかったです」


「いやいやいや、ちょっと生命の危機感じたよ俺?」


「やはり、そろそろこの寝台も手狭でしょうか」


「いやいやいや、寝台だけで畳八畳分あるんだよ? 余裕だろうが」


 ワン子の真顔の言葉をそう打ち消すと、


「タタミハチジョウというのがよく分かりませんが、広さは十分でしょう」


 そうにこやかにエルメリアが答える。

 彼女にしてみればダイゴに密着して寝られれば広さは関係ないようだ。


 実際今の状況は転移前に住んでいた六畳一間の安アパートよりも広い寝台に、ダイゴを含めて十一名が雑魚寝している有様だ。


 ハーレムなどと言えば聞こえは良いが、実態は何処かの修学旅行や合宿と大して変わらない。

 勿論全員寝間着などは着てはいないのだが。


「ふん、何を起き抜けに言っておるのだ、我は朝風呂に入ってくるぞ。 ヒルファ! ヒルファはおるか!」


「は……はい」


 トテトテと侍女控室からヒルファが出てきた。

 レノクロマの処の女剣士ルキュファが一目見て鼻血を吹いた光景にも全く動じることは無い。


「我は朝風呂に入る。支度して供をせい」


「はい……もう……ととのって……ます」


「ふむ、感心じゃのう。おおうと、その前に」


 そう言った次の瞬間ダイゴの口にソルディアナの少し長い舌が忍び込んできた。


「ふん、やはり至福であろう?」


 そう笑ってソルディアナはヒルファの手を牽いて大浴場へ歩いていった。


「お早うご主人様、ああ見ると仲の良い姉妹だな」


 セネリがダイゴの首に腕を回して言った。


「おう、おはよう。年齢差が壮大過ぎるけどな。 しかしよっぽどヒルファが気に入ったんだな」


 実際、こちらに来てのソルディアナは何をするにもヒルファを呼ぶ。

 ヒルファも嫌な顔どころから嬉しそうに世話を焼いている。


 地の竜は白兎族には大恩のある存在で、御世話出来ることは光栄な事。


 ヒルファはダイゴにそう説明していた。


 ソルディアナは、


「ふん、白竜のやった事で我の預かり知らぬ事よ」


 と言っているのだが。


「私もヒルファには自分のあるべき姿を教えられた。尊敬に足るな」


 指をダイゴの身体に這わせながら耳元でセネリが囁いた。


 気高く生きるのと緊縛拘束が大好きと言うのの何処がどう折り合いを付けたのかは不明なんだが……。


 ダイゴがそんな事を思いながらセネリの唇を吸っていると、ルファ達侍女団が入ってくる。


 アジュナ・ボーガベルでの安穏とした一日が始まる……訳だったのだが。


「ご主人様も早くお身体をお清めなさらないと」


 にこやかに、しかし有無を言わさぬ圧倒的な圧力でエルメリアが言った。


「えー、やっぱ後日にしな……」


「ダメです」


 ダイゴの抵抗は言い終わらないうちに却下された。


「さぁ皆さん、今日はご主人様の晴れ舞台、皆でまずお身体をお清めしましょう」


「はーい」


 と、眷属達が唱和し、ダイゴは大浴場へ連行されていく。


 勿論いぎたなく寝ているメアリアと全く起きないクフュラを残して。




 ボーガベル王国がエドラキム帝国帝都カーンデリオを陥落させてひと月。

 その後の処理は瞬く間に進んでいった。


 皇帝バロテルヤの崩御に伴い、第一皇子グラセノフが即位。

 停戦協定が結ばれ、ここに長きにわたるボーガベルとエドラキムの戦争は終わった。


 新皇帝グラセノフはエドラキム総督と言う名目のダイゴに恭順と所有する領土及び全権限の移譲を承諾。

 帝国領全五十四州を治める侯爵達を召集して開かれた帝国議会に於いても可決され、その後グラセノフの廃位を以って名実ともにエドラキム帝国は消滅した。


 当然ながら不平不満を漏らす侯爵もいたが、何しろ兵力の殆どを失った今のエドラキムでは地方貴族たる侯爵が持つ私兵はごく僅かであり、とても武装蜂起など起こせる状況ではない。


 所領安堵と地位保全と引き換えに執政官制などを受け入れざるを得ない。

 勿論事前にグラセノフ達の十全な根回しがあったお陰でもある。


 こうして元の十三州にバッフェ領だった三十州、更にエドラキム領五十四州を加えた全九十七州になったボーガベル王国。


 もはや王国という括りを超えている。


 そこでダイゴ達が出した結論は……。



「はぁ、やっぱやらなくちゃなんかねぇ?」


 この日の為にエルメリアが気合を入れて作らせた、何やら様々な豪華な刺繍の入った礼服に身を包まれてダイゴはぼやいた。


「当然ですわ。ご主人様は普段は飄々となさっているのにこういう場面ではとても臆病ですわ」


 隣には美しい純白の礼装のエルメリア。

 ソルディアナの礼装から創造の能力で『複製』した絹の生地をふんだんに使っていて、例えようもない美しさだ。


「そりゃそうだろう? 元々はしがない庶民だよ? それが……」


 元は貧乏国家でも生粋のお姫様だったエルメリアに比べればどうにもこうにも馬子にも衣装感が拭えない。

 バッフェ併合の時も似た感想だったが、なまじダイゴの礼装も絹仕立てな為、それが更にパワーアップしている。



 新生ボーガベル王国王都パラスマヤ。


 初冬なのに不思議と暖かいこの日、女王エルメリアが重大な発表があるとの触れを出し、王宮前広場には大勢の国民が集まっていた。

 勿論その模様は新たな領地となったエドラキム地方の各街や村に配備されたトーカーによって生中継されている。


「全ボーガベルの皆さん、私新生ボーガベル王国々王エルメリア・ラ・ボーガベルが、ここに発表致します。新生ボーガベル王国はエドラキム帝国を併合し、新たにボーガベル帝国と国号を変更致します。そして新たな君主としてこの国の一切の権利をカイゼワラ候ダイゴ・マキシマに譲ることにいたしました」


 人々の間から大きなどよめきが起こった。


「皆さんご存じの通り、ダイゴ候は今回のエドラキム帝国戦に置いても多大な功績を上げ、先のバッフェ併合とも相まって、この国の中興の祖と言っても過言では有りません。このような大国を作り上げた最大の功労者であるダイゴ・マキシマこそ、その新たなる大国の王に相応しいと私は思います」


 大きな拍手と歓声が湧き上がる。


 そしてエルメリアに促され、ダイゴが演壇に上がった。


 静まり返る聴衆。


「国民のみなさん、コンニチハ。エルメリア女王陛下より国権の一切を移譲されたダイゴ・マキシマです」


 静まり返ったままの聴衆。


 やっぱコンニチハは外したか……。


 内心に汗をかきつつダイゴは続ける。


「えー、この様な事になりました以上、精一杯頑張りたいと思います」


 う、ヤバ……これじゃ押し付けられた学級委員長の当選挨拶じゃねーか……。

 

 駄目だ……完全に外してる……。


 カンペに色々書いてはきたものの、ダイゴは読む余裕すら失っていた。


「えー、そんな訳で私も国王では無く初代皇帝となります。ダイゴ・マキシマ皇帝です。どうぞよろしくお願いします。以上です」


 うう、まるっきり前の運送会社に転職した時の挨拶そのまんまだ……。


 そう自分のボキャブラリーの無さを呪いながら礼をすると逃げるように演壇を降りようとした。


 が、エルメリアにがっしりと腕を掴まれ、また後ろから何人かの女の手がダイゴを演壇に押し戻す。


 エルメリアが掴んだダイゴの手を高々と挙げ、聴衆に向かって振り出した。


 すると、観衆からまばらに拍手が起こり、やがて割れんばかりの拍手と歓声が湧き上がった。

 少々困ったような顔をしながらダイゴは更に手を振って応えた。



「結局こうなってしまうのですねぇ」


 メルシャが焼き菓子を頬張りながら言う。


 午後からは新皇帝のお披露目行進が行われており、多くの市民が馬車の上で手を振っている『ダイゴ皇帝』達に歓声を送っているのを後ろのテラスでダイゴ達は眺めている。

 

「良いんだよ。その為のコピーなんだから。一応皇帝即位の儀にはちゃんと出たからいいだろ?」


 仏頂面で中年商人姿のダイゴがぼやく。


「仕方ありませんわ」


 相変わらず花の咲いた様な笑顔で町娘に変装したエルメリアが言った。


 エルメリアは当初、強硬に廃位をするつもりでいたのだが、グルフェス達家臣が涙ながらに猛反対した。

 彼女をダイゴの妃に迎えるという選択も当然あり、殆どの者がそうなるだろうと思っていたのだが、


「今の私はご主人様の奴隷姫。これからもずっとそうありたいのです」


 そうエルメリア本人に固辞されてしまった。

 エルメリアにしてみればダイゴが皇帝になるまでの間だけ女王を演じていたに過ぎない。

 

 今も彼女の中のボーガベルは自分が育った庭園だけ。

 それに他の眷属達、特にタランバの女王でありながらあっさりとその地位を捨てたワン子へ思う所もあったのだろう。


 そうは言ってもここまで巨大国家になったボーガベルは、その国王の地位をはいさようならと捨てられる物では無くなっていた。

 

 メアリアやシェアリアを巻き込んでの紆余曲折の末、王都パラスマヤのあるアルグフナ州は「ボーガベル王国」の名を存続し、元の世界で言うところのバチカン市国のような存在になった。


 「ボーガベル帝国」の中に「ボーガベル王国」が存在する二重国家。


 これはダイゴの発案で、一昔前にダイゴのいた世界の日本でブームになったミニ独立国から思いついた。

 

 結局パラスマヤの主は今まで通りエルメリア女王であり、ボーガベルと言う連合国家の象徴であり続ける。

 これで旧来のボーガベルの諸侯や国民は納得することとなった。


「これでは先が思いやられるという物だ」


 憤然としながらメアリアが言った。


「そう言う寝坊助もコピーの行列の先頭は辞したではないか」


 そう言うセネリの突っ込みに、


「当たり前だ。姿かたちは同じでもあれはご主人様ではない」


「まぁ懸案事項は皆グルフェスがやってくれるだろうから問題無いよ」


「むう、ダメ施政者の見本のよう……にゃ。丸投げは良くない……にゃ」


 冷えた果実水を飲みながらニャン子が突っ込みを入れる。


「何かあればコピーと繋がってるんだからすぐ対処は取れる。それに他にもやる事があるだろ?」


 大道芸を座って眺めているヒルファとチュレア、そしてソルディアナの様子を見ながらダイゴが言う。


「輸送網の拡充整備と新たな産業育成ですね。既に計画は始まってます」

 

 すぐさまクフュラが応えた。


「旧帝国軍の再編成もまだこれからですわ」


 ダバ茶を啜りながらセイミアが続けて言う。


「……ムルタブスとの問題も解決しないと」

 

 そういや、ウルマイヤ元気にしてるかな……?


 シェアリアに言われてそう思いながらダイゴは茶を啜ると雲一つなく澄んだ青空を見上げた。




 東大陸最高峰アルコングラの竜の巣。


 もはや主のいないこの地にひとりの男がいた。


 小さなロバの曳く荷車に棺桶と一緒に揺られてやって来た男は麓の村でゲルフォガに食い殺された村人を弔ったのちにここまで登って来ると脇に穴を掘り始め、棺桶を埋めた。


 途中ゲルフォガが何度か様子を窺っていたが、男が発する気に押されたか、襲ってくる気配は無い。


 そしてその脇にひっそりと佇む古びた杭、それを引き抜くと代わりに黒い長剣を差し入れ、さらにもう一本の先端が砕けた長剣をその脇に差し入れる。


 そして斜めに差し入れられ、お互いが重なるように立っている二本の剣を二枚のエドラキム傭兵局の刻印が入った傭兵証で結んだ。。

 片方の傭兵証にはボルデ・グラドの名前が彫られている。



「グロワ葛の煎じ汁を塗ったからな。百年は錆びんだろうよ」



 ドルスが幼馴染でもあり無二の親友でもあったボルテの亡骸を、彼の最愛の妻クロネラの隣に埋葬し、満足そうな顔で言った。


「さて、どうするかなぁ……エドラキムは無くなっちまったし……」


 ドルスは脇で草を食んでるロバ、ロシナンテに話しかけた。


 ロシナンテはちらとドルスを見たようだがまた草を食み始める。


「暫くはここで暮らすのも悪くはないか」


 そう言うとドルスとクロネラが埋葬されている墓の横に大の字になって寝ころんだ。


「これでいいんだな?」


 ドルスは誰とも無く語りかけた。


 あの日、確かにボルテは泣いていた。

 後にも先にもドルスがボルテが泣くのを見たのはそれっきりだった。


 帝国の、自分の治世の為竜の血を追い求めた男が、それと引き換えに愛を失った。

 無骨なドルスにとって失ったものは余りにも大きかった。

 野心と希望と夢の果てに掴み取ったエドラキム帝国そのものすら色褪せてしまう程に。


 そして今……。


 一人の英傑が去り、また一人の英傑が生まれた。


 彼は何処から来て何処へ行くのか。

 待ち受けるのは光溢れる未来か、暗黒の世界か。


 空は青く、天は高い。


 地上の争いや営みに関係なく空は澄んだままだ。


 ザァッと一陣の風が吹いた。


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