第八十八話 さようなら
第二軍の本陣ではサクロスが目の前の光景を信じられないと言った顔で見つめていた。
重装騎兵が敵を蹂躙するどころか、良い様に翻弄されて次々と打ち破られていく。
それも尋常ではない速さでだ。
堅固な筈の鎧も何の役にも立っていないかのようだ。
「どう言うことだ! 二万だぞ二万! しかもただの雑兵では無い! 我が第二軍の鍛えに鍛え上げた精兵たちだぞ!? その軍勢がなぜこうも押されているのだ!?」
サクロスは脇に控えている幕僚たちに怒鳴った。
その声はもはや悲鳴に近い。
戦闘前とは一転、皆暗鬱な表情で押し黙ったままだ。
彼等にも訳など分かる筈もない。
ただ彼等には口には出せないが今までの帝国の敗北の理由は分ったような気がしていた。
既に重装騎兵の足は止まり、その場で防戦するのみ。
敵の歩兵は確実に馬上の騎兵を狙っている。
先頭の巨大な白馬に乗った姫騎士は既に魔法攻撃を辛うじて逃れた弓兵を当たるに幸いと薙ぎ倒しながらこちらへ驀進している。
「サクロス様、ここは一旦帝都内に引いた方が宜しいかと」
脇で押し黙っていた『赤髪』が口を開いた。
「馬鹿を言うな! 既に南門は第一軍に占拠されておるのだぞ!」
既に南門の前にはグラセノフ率いる第一軍が陣を敷いている。
仮に帝都内に引くにはこれを打ち破らなければだが、精兵中の精兵である第一軍をボーガベル軍に追われた第二軍が破る事は不可能。
挟撃された挙句に全滅するのがオチだ。
流石にサクロスでもそれは十分判っていた。
「しかしこのままでは……」
「東門に向かう」
暫く脂汗を垂らしながら思案していたサクロスが唐突に言った。
「東門ですか?」
確かに西と北の門はハーデク川の支流が濠代わりに流れており、入るには今は封鎖のために上げてある橋を降ろさなければならない。
対して東門には濠などは無く入ること事態は容易だったが。
「御言葉ですがどの門も既に押さえられているかと」
「うむ、確かファシナが東門に隠し隧道を作っていた筈だ。それを使えば」
かなり以前にファシナが奏上し、裁可を得て極秘に工事をしていた隠し隧道。
ファシナは万が一の用心と言っていた物をサクロスはこの帝国にそんな物は無用と笑い飛ばし、すっかり失念していた。
まさかそれを自分が使う羽目になるとは。
「では……」
「一刻の猶予もならん、すぐに戻るぞ!」
サクロスは忸怩たる思いで言った。
「はっ」
『赤髪』は指揮官を呼び寄せ、半数の千の重装騎兵でここの死守を命じる。
事実上の捨て駒になれとの命令に指揮官達は表情を硬くした。
そんな彼らに、
「良いな、必ず死守するのだ」
そう念押ししてサクロス達は千の重装騎兵を率い、東門へと急いだ。
「ご主人様、後方に動きが」
クフュラの報告にダイゴは後方を監視している偵察型擬似生物に視界を繋ぐ。
後方に待機していた兵の半数が東門に向かっている。
『よし、こっちの方はもう殺さなくていい。無効化だけしろ』
ダイゴはメアリア達に指示を出すと今度はセイミアに繋ぐ。
『セイミア、サクロス達は東門に向かった。上手くやれよ』
『お任せ下さい、ご主人様』
そう、自信に溢れた念が返ってきた。
「全く、一々セイミア通さないとだから面倒臭いんだよなぁ」
はぁ、と溜息をついてダイゴがぼやいた。
「あら、宜しいではありませんか。 ご期待に添う働きはしてくれますよ」
エルメリアがそう言いながらコーヒーを差し出す。
「まぁ、共同作戦だし間違いは無いけどね」
茶杯を受け取りコーヒーをすする。
香りと味が『精神平衡化』のスキルでは押さえきれない微妙な心の揺れを鎮めてくれる。
こんな時のコーヒーは本当に有難いな……。
そんな事を思いながらダイゴは彼方で千騎の重装騎兵達がメアリア達に蹴散らされる様を見ていた。
「おのれボーガベルめ! ダイゴめ!」
憎々し気に呟きながら壁沿いに馬を走らせるサクロスの前に
「殿下! あれは!?」
東門の馬場に巨大な箱状の建物が三つ鎮座している。
「何だ……あんな物いつの間に……」
それはサクロス達が初めて目の当たりにする魔導輸送船。
既にそこから兵士達が降りてこちらへ向かってくる。
緑の布を腕に巻いているものの、それは紛れもなく帝国軍の軽装鎧だ。
「帝国軍? いや……第十軍か!」
レノクロマ率いる旧帝国第十軍、今はボーガベル第三兵団がそこにいた。
「い、何時の間に……」
ダイゴが付近に待機させていた魔導輸送船をサクロスの移動と共に東門に付けたのだが、そんな事はサクロス達に分る筈もない。
しかしサクロスが見た所、あの薄紫色の歩兵はいないようだった。
「構わん! 蹴散らせ!」
その合図とともに重装騎兵隊が槍剣を構え突進する。
と、第十軍の陣からも馬に乗った兵が飛び出してきた。
いずれも白く輝く軽装鎧に身を包み、長剣を持った見目麗しい女達。
「あれは……森人族!?」
そう、かつてのアルボラス傭兵団。
現在はカイゼワラ候親衛騎士団の面々だ。
先頭を駆ける副団長、リセリ・ノファが手を挙げて叫んだ。
「多重雷撃!」
すぐさま十数人の森人族が高速詠唱を始め無数の雷撃が放たれる。
「ひぎゃああ!」
「うげぇっ!」
先行していた数人の重装騎兵が雷撃を浴び、悲鳴をあげて地に倒れた。
「かかれぇ!」
リセリの号令下、抜剣した森人族、そして第三兵団の兵達が第二軍の兵に襲い掛かる。
森人族の雷撃が次々に重装騎兵に浴びせられ、直撃を受け鎧から煙を吹き上げながら倒れる者、感電して落馬する者が続出していく。
「おらあ! オレの獲物かっ攫うなよ!」
そう言って後方から後ろにテネアを乗せたルキュファの駆る馬が驀進してきた。
「テネア! やれ!」
ルキュファがそう言うとそれまで呪文を詠唱していたテネアが両手を広げた。
「華火!」
ドドドドドン!
その瞬間第二軍の軍勢の中で五回ほどの爆発が起き、多くの重装騎兵が吹き飛ぶ。
しかもその爆発音に馬が驚き陣形が崩れ始めた。
「ふふん、どうよ?」
得意げに胸を張るテネアに
「しっかりしがみついてろ! 突っ込むぞ!」
ルキュファが破砕剣を構えて怒鳴るり、混乱した重装騎兵たちに突っ込んでいく。
重装騎兵が繰り出す槍剣を長盾でいなすと破砕剣を振り降ろす。
破砕剣は重装騎兵の頭部にめり込み馬からずり落ちるがルキュファは目もくれずに次の獲物に食らいつく。
ゴーレム兵相手程ではないがここでも重装騎兵はリセリ達森人族の魔法を組み合わせた攻撃の前に徐々に押されて行った。
「く、くそっ! 駄馬の分際で!」
東門の手前の林で『赤髪』が隠し隧道の入り口を捜している。
その間、サクロスは『緑髪』に守られながらも押されている戦況に歯噛みした。
「殿下! こちらへ! 『緑髪』!」
入り口を見つけた『赤髪』が林から出て叫ぶ。
「ここは引き受けたわ! 殿下を中へ!」
「しかし!」
「アタシの顔に傷を付けてくれたダイゴ……いいえ、ボーガベルにひと槍お返ししなきゃ気が済まないのよ! 早く殿下を!」
「分かった!」
林の中に古ぼけた井戸があった。
『赤髪』が上に被さる板を外すと縄梯子が吊るしてある。
「お急ぎを!」
そう促され窮屈そうにサクロスが潜り込み、辺りを見回しながら『赤髪』が続く。
混戦模様になった東門前をルキュファ達の馬が駆け抜けた。
遠目にサクロスを見つけたためだ。
「おっと、馬鹿殿下みっけ!」
と、その前に騎馬した『緑髪』が黒槍を構えて立ち塞がった。
「ざーんねん、ここを通す訳にはいかないわ」
「フン、お前の意見なんざ聞いてねぇよ」
「まっ、がさつな女ね、嫁の貰い手が無くなるわよ」
「オメェには言われたくねぇな!」
既にサクロスの姿は無い。
だが、それは今のルキュファには意識外の事だった。
『緑髪』は帝国随一の槍の使い手だ。
果たして自分の剣術が通じるか否か。
「テネア、降りて離れてろ」
「う、うん」
そう言うやテネアは馬から飛び降りる。
「助力は要らないぞ、コイツは前々から気に入らなかったんだ」
「あら、奇遇ね。アタシもよ。意外と似た者同士で気が合うのかもね」
「冗談じゃねぇ!」
そう叫んでルキュファは破砕剣を繰り出した。
瞬息かつ威力を乗せた渾身の一撃。
ギキィン!
だがそれは『緑髪』の黒槍に受け流された。
「ちぃっ!」
「フン、所詮雑魚ね! 萬蛇牙突!」
不規則にうねった黒槍がルキュファを襲い、
「ぐっ!」
脇腹を刺し貫かれたルキュファの動きが止まった。
捻りながら槍を引き抜く。
「あぐっ」
ルキュファが落馬しその場に崩れ落ちる。
「ルキュファ!」
「テネ……ア 来る……な」
ルキュファは回復魔法を使おうとしたテネアを制した。
『緑髪』の狙いがテネアだと容易に察したからだ。
「あらぁん、この女が死んじゃっても良いのかしら」
『緑髪』が生来の陰湿そうな目でテネアを見る。
「うるっ、せえ……この位で勝った気になってんじゃねぇ……」
ルキュファは必死に悪態をつくが既に顔色は蒼白になっている。
誰の目にもこのままでは危険な状況だ。
「ふふん、私を相手にするにはちょっと未熟だったようねっ!」
そう嗤いながら『緑髪』は、渾身の力でルキュファの股間目掛け槍を突き込む。
カキィン!
脇から滑るように飛び出した影に『緑髪』の黒槍が弾かれた。
「なっ!?」
その影はレノクロマだった。
「レ、レノクロマ様? どうして」
レノクロマは後方で指揮を執っていた筈だ。
「テネア……ルキュファに回復魔法を」
「は、はい! ルキュファ!」
「ま、待ってくれ。レノクロマ様……何だって前線に……セイミア様の指示か?」
「……俺の独断だ」
「そんな……」
「部下の危機を放って置けるか」
「……」
「早くしろ」
テネアがルキュファに回復魔法をかけていく。
「ふん、駄馬の癖に色男ぶっちゃって。おーやだやだ」
口ぶりの軽さとは裏腹に『緑髪』は露骨な嫌悪を露にする。
「その先にサクロスがいるんだな」
「だからなぁに? 通さないわよん」
そう答えて『緑髪』は馬を降りて黒槍を構えた。
「押し通る」
レノクロマはゴシュニを構える。
「アンタを倒してダイゴを引き摺り出してやるわ!」
そう言うや『緑髪』は黒槍を突き出した。
「萬蛇牙突!」
「千雷!」
双方が無数にも見える突きの連打を放つ。
だがレノクロマの放った一閃が『緑髪』の胸を捉えた。
「そ……んな……」
そう呻いて『緑髪』は血飛沫を上げて倒れた。
「テネア、ここは頼む」
レノクロマは振り返りもせずそう言ってサクロスが消えた古井戸へ入って行く。
「レノクロマ様……」
まだ傷の癒えきらないルキュファはテネアと共にその様子を見ているしか無かった。
入口にあった松明を灯し隧道の中をサクロス達が進んでいく。
屈みながら進んでいくと城壁の内側、ゴミ置き場に出てきた。
「くっ、なぜ儂がこんな……」
そう言ったゴミまみれのサクロスの愚痴が止まった。
「やぁ、サクロス。待っていたよ」
目の前に純白の軍服に身を包んだグラセノフが立っていた。
「グ、グ……グラセノフ……?」
グラセノフの後ろに停まっていた馬車から赤い礼装を着た少女が出てきた。
「セイミア……」
サクロスが呻く。
「お久しぶりですわ、サクロス兄上。きっとこの隧道を使ってくると思いましてグラセノフ兄様と二人でお待ち申し上げておりましたの」
「なん……だと……」
そう呻いたサクロスの背後、今通ってきた隧道の出口で物音がした。
「レノクロマ!?」
サクロスが叫んだ。
そこから現れた人影はまさに第七皇子だったレノクロマだったからだ。
レノクロマもサクロス達を追って隠し隧道から出てきたと言う事は既に東門に向かった『緑髪』の別動隊は破られた証左だ。
ビンゲリア家の三人がサクロスを取り囲む。
サクロス達は完全に自分達がグラセノフの手中で転がされていたことを悟った。
「おのれ!」
次の瞬間、そう言って『赤髪』が飛び出しグラセノフ目掛けて細長剣を振るった。
パキィン!
だが、その剣は別の剣が噛み防ぐ。
「ぬうっ!」
脇から飛び出したレノクロマのゴシュニが細長剣を止めていた。
レノクロマに弾かれた『赤髪』が今度は細長剣をレノクロマに振るう。
ヒュヒュヒュヒュンと細長剣が風切り音を立てる。
「死ぃ……」
その瞬間に『赤髪』の喉笛にレノクロマの剣が突き刺さった。
「けひゅ……」
『赤髪』の目がグルリと裏返り、そのまま仰け反る様に崩れ倒れていく。
「上出来ですわ、レノクロマ」
斃れた『赤髪』を一瞥してセイミアが言い放った。
最早サクロスに付き従う者は無い。
このうらぶれた路地が栄えある帝国第二皇子の絶体絶命の死地と化した。
「どうやらお別れのようだね、サクロス」
いつもと変わらぬにこやかな顔のグラセノフだが、その言葉は氷のように冷たい。
「な……何故だ……兄上……嘘だと、これは王国を……ボーガベルを欺く芝居なのだろ? そうだと言ってくれ!」
進退極まったサクロスが吠える。
「ならば私の本心を言おうか」
「あ、兄上……」
グラセノフの言葉に救われた表情を見せるサクロス。
「芝居でも何でもないさ。私は帝国を捨てた」
「な……」
再び虚を突かれた顔に戻るサクロス。
「ダイゴの能力が判った瞬間、私は彼に仕えると決めた。何故と思う? 彼には幾万の兵もあらゆる智謀も無意味なんだ。何しろ彼は死なないのだから」
「死な……ない……? そ、そんな馬鹿な……」
「だが、事実だよ。丁度良い。セイミアはダイゴの眷属になってその力を幾分持っている。斬ってみたまえ」
「なぁ?」
自分の埒外の言葉にサクロスから裏返った声が漏れる。
するとすっとセイミアが前に進み出た。
「どうぞ兄上。私の事は常々お斬りになりたいと思っていたでしょう? 良い機会ですわ」
サクロスは思った。
この兄妹は気が狂っているのか……。
仮にも両方の親が同じ純粋な兄妹だぞ……。
だが、サクロスがセイミアを斬りたいと思う気持ちも本当だった。
憎いビンゲリア家の、グラセノフの実妹と言う事以上に、日頃サクロスを見る何処か軽蔑めいた視線に憎しみを感じ、何時かはこの手で慰み者にして切り刻みたいと言う歪んだ欲望の対象になっていた。
「レノクロマ、手を出しては駄目よ」
セイミアにそう言われ、レノクロマは憮然としつつもゴシュニを鞘に収める。
「むほおおおっ!」
ほぼ反射的にサクロスは剣をセイミアに叩きつけた。
全ての怒りを乗せた、セイミアなど真っ二つになり吹き飛ぶであろう一撃。
ガギィィィン!
だが剣はセイミアに届く寸前に弾かれ、勢いで跳ね飛ばされたサクロスは無様に舞って尻もちをついた。
「な……そ……そんな……」
「分ったかい? そんな者に悪戯に兵をぶつけてどうする? あたら国の礎たる国民を失う。これが国を率いる者のすべき事かい?」
勿論グラセノフの智謀を持って当たればダイゴを出し抜き、メアリア達眷属を封じ込め、緒戦に勝利することも出来るだろう。
だが相手は死なない男が率いる無限の如くに湧き出る兵団だ。
補給や兵の損耗を考えれば最終的に敗北するのは火を見るより明らか。
「し……しかし……」
「そう、帝国はしかし、だ。だけどその結果どうなったかい? クフュラ、テオリア、バルデロ、ガモラス、ブリギオ、セディゴ……そしてファシナ……帝国は十万以上の損失を被った。近年これだけの損害を出した国は恐らくない。それは国家の存亡にも関わる数字なんだよ」
「ぐ……う……」
流石にサクロスもその意味が判り何も言えなかった。
クフュラの第八軍五千ですら他国に比べれば破格の兵力なのだ。
滅亡寸前だったボーガベルが国王自ら率い、諸侯を動員してやっと二千をかき集めた。
それですらよくぞそこまでと言った類の数。
それが十万を失うと言う事はもはや国家としての体裁が整わない事を意味している。
「私はその事実を知った時に即座にダイゴに講和を申し込み、カーンデリオの安全を保証してもらった。何故か判るかい? お前がカーンデリオを戦場にすると予想は容易についたからだよ」
「し、しかし……それでは陛下は……」
「皇帝陛下も恐らく私と同じ考えだ。そして私の考えも悟ってらっしゃるだろう……だからファシナに自分の切り札である黒竜を授けた。しかしファシナは敗れた」
そこで初めてグラセノフは悲しそうな顔を見せた。
その先は流石に口憚られたからだ。
「では……帝国は……」
「心配しないでくれ。この様な急な拡大をしたボーガベルを恐らく他の大陸の国々は見逃しはしないだろう。どの道ボーガベルはエドラキムと同じく覇道を歩むことになる。そしてその覇道を進むダイゴを私がエドラキムの魂を携えて共に歩んでいく」
「な……そ、それがお前の……」
「私が皇帝陛下に速やかな和睦を進めた時、お前達は笑い飛ばしたね。確かにそれは正しい。でもそれが帝国の命運を決めたんだよ」
穏やかに、諭すようにグラセノフは死刑宣告にも等しい言葉を掛ける。
「お、おのれ……」
サクロスは剣を構え、切っ先をグラセノフに向けた。
やはりこ奴は帝国最大の獅子身中の虫だった……。
ならばこの奸物にせめて一太刀……。
そう思った瞬間、グラセノフの姿が視界から消えた。
な……?
そう思ったサクロスの視界が急にぐるりと回った。最後に見えたのは剣の柄を額に当てているグラセノフ。
グラセノフの瞬息の居合斬りが一足でサクロスの首を刎ねていた。
「さようならサクロス」
悲しそうにグラセノフが呟いた。
そこでサクロスの意識は途切れた。
「……こちらはこれで良いな」
虚ろな目を虚空に向けているサクロスの首を見つめながらグラセノフが呟いた。
「第二軍もほぼ制圧されたそうです。後は……グラ・デラですわね」
そのセイミアの言葉にグラセノフは無言で頷く。
それを聞いたレノクロマが突如駆けだした。
「レノクロマ! 何処へ行くの!?」
「グラ・デラだろう。 僕たちも行こう」
「ええ! 全く、レノクロマ……」
グラセノフとセイミアにはレノクロマが何を考えているのか痛いほどに分っていた。
彼は自分の手で皇帝バロテルヤを討つつもりだ。
二人は馬車に乗るとレノクロマの後を追ってグラ・デラに向かった。





