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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第七章 カーンデリオの落日編

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第八十五話 混乱

 センデニオ郊外の森林地帯に停泊中のアジュナ・ボーガベル。


「ただいま~」


 気の抜けたような声と共にダイゴ、ワン子そしてソルディアナがブリッジに転送して現れた。


「お帰りなさいませ、ご主人様。首尾は如何でした?」


 変わらぬ花のような笑顔を湛えてエルメリアがそう言うとすかさずダイゴの唇に自分の唇を重ねる。


 現在カーンデリオ侵攻作戦の為に他の眷属は皆出払っており、アジュナ・ボーガベルにはエルメリアが残っているだけだった。


「まぁ、目的は完遂したよ。中身はちょっとグダグダだったかもしれないが」


「ふん、そう思うのはぐぅぉ主人様だけであろう。万事上出来であったぞ。のう、ワン子よ」


「はい、問題は無いと思います。お見事でございました」


「そうかなぁ、ワン子達は良くやってくれたけど、俺の予定していたのとは多少違っていたんだけどなぁ」


「どの様な物を予定していたので?」


 ヒルファから受け取ったコーヒーの茶杯を差し出しながらエルメリアが聞いた。


「もっとこうさぁ、ぐわーっと盛り上がってババーンとなんて感じでさ」


「何が言いたいのかさっぱりわからんのう。矢張り我があそこで乱入して正解じゃったな」


 ソルディアナは一人ごちだが、ダイゴはそれに言い返せない。


「むう、やっぱ素人ではイベントの演出なんて無理があるよな。次があるのなら専門家にでも頼みたいところだよ」


 流石に神の代行者たるダイゴでも、演出の才能までは拡張することは出来ない。

 かと言ってもそこまで芸能の発展している訳でも無いこの世界で、そんな専門家が都合よくいる訳もない。


 ただ脇でにこやかに聞いていたエルメリアの目がチカと光っていたのをダイゴは気が付かなかった。


「とは言えあれだけの事をして見せたのじゃ、十分民草には畏怖が植え着いたであろうぞ?」


 ソルディアナはヒルファの差し出したアイスクリームを食べながら事も無げだ。



 確かに、ソルディアナの言っていることは当たってはいたようだった。


「ボーガベル軍の怪人ダイゴ・マキシマ、大胆不敵にも帝都に現る!」


「配下の獣人と怪しげな術を使う少女を連れ、闘技場にて四将の内二人を倒す!」


「第二皇子サクロス殿下行方知れずに!」


 闘技場で起こった出来事は瞬く間にカーンデリオ中を駆け巡った。

 なにしろカーンデリオの住民の約半数に近い十万人が見ていたのだ。

 箝口令などとてもでは無いが敷くことは出来ない。


 突如大音声と共に現れ、姿に似合わずその膂力は三人前という四将の槍の達人『緑髪』を逆に軽々と投げ飛ばして見せた。


 更には配下と思しき二人の内、獣人と思しき女はサクロス皇子を翻弄した上に力無双の『黄髪』を呆気なく斃し、もう一人の少女に至っては普通では考えつかない技で凶暴な魔獣を斃して見せ、最後にはダイゴが怪しげな魔法を使い忽然とその場から消え去った。


 いずれにしてもボーガベルが僅か二年で十万近くの兵力を誇った帝国軍を殆ど殲滅し、今や帝都に迫りつつあるという事実を証明するのに十分であり、カーンデリオ市民には『ダイゴ・マキシマ』という存在は強烈に印象付けられていた。


 だが、そんな事に構っていられないのはその場で割を喰った帝国第二軍である。


 サクロスを翻弄され、四将の内二人がその場で斃され、しかもまんまと闘技場から逃げられたのである。

 更に悪い事にはその場の混乱の中で脱出したサクロスと『青髪』が行方不明になっている。


 完全に面目は丸潰れだった。


 闘技場は封鎖され、市中を『赤髪』率いる第二軍の兵士達が駆けずり回ってサクロスとダイゴ達を探し回っているが未だにその痕跡すら発見できていなかった。


「ええい、『青髪』はどうしたというのだ! ダイゴはまだ見つからんのか!」


 既に日は傾き、混乱状態のただ中にある第二軍本部で一人『赤髪』は怒鳴り散らしていた。


 サクロスに『青髪』を付けて逃がしたのは良いが、その後の音信が全くない。

 こんなことは初めてだった。

 てっきりこの本部庁舎かサクロスの邸宅に戻っている物と思い、ダイゴ達の行方が摑めずに叱責覚悟で戻ってきた『赤髪』を待っていたのはサクロスが未だに戻らないという状況だった。


 当然動かせる兵を動員して夜も構わぬ捜索を命じたものの、『赤髪』の焦燥は隠しようも無い。


「オシュムト将軍!」


 兵士の一人が『赤髪』や各部隊の部隊長達の詰めているサクロスの執務室に駆け込んできた。


「殿下が見つかったか!?」


「い、いえ」


「ならばダイゴか?」


「ち、違います……」


「じゃあ何だ!」


 苛立ちながら『赤髪』が急かした。


「は、はい、南門の見張りからの報告で、センデニオ方面十キルレ先の平地にボーガベル軍が現れ野営を始めたとの事です」


「な、何だと! なぜボーガベル軍が!? まだセンデニオが落ちて十日しか経ってないぞ!?」



 センデニオからカーンデリオまで騎馬ならともかく万単位の歩兵の進軍では最低でも二十日は掛かるはず。


「一体……」


「い、如何いたしますかオシュムト将軍」


 部隊長の一人が汗を拭きながら『赤髪』に尋ねた。


「決まっている、籠城だ。門を固く閉ざし、各城壁楼に弓兵を配置させろ」


「し、しかし……」


「これはサクロス殿下がお決めになった事だ。異論は許さん」


「はっ、直ちに」


 サクロスが事前に立てた案はカーンデリオを取り巻く堅固な城壁に寄っての籠城戦で、相当数の敵兵を漸減し、敵の補給切れを待つ物だった。


 カーンデリオの城壁は全高十メルテとセンデニオやサシニアのそれよりも倍は高く、厚みも三メルテはある強固なものだ。

 しかも上部はそり返しになっており容易によじ登ることが出来ない。


 また百メルテ毎に城壁楼と呼ばれる櫓があり、ここには絶えず数人の弓兵が周囲を監視している。


 まさに要塞都市に相応しい城壁と言えた。


 実際カーンデリオには多くの『第二軍の兵が優に一ヶ月は戦えるだけ』の備蓄があり、それに対抗できるだけの糧食を敵が備えるのは不可能と判断したからだ。


 勿論センデニオやサシニアからの物資補給の可能性はあるが、一ヶ月後には雪の季節になる。

 そうなればボーガベルは撤退せざるを得ない。


 仮に城壁が破れた場合は、市街戦に持ち込む積もりでいた。

 その際には市民を歩兵として徴発する。


「そうなれば二十二万の大軍勢よ」


 そう言って事前の軍議でサクロスは笑っていた。


 『赤髪』はサクロスの忠実な部下だけにそれに異論など毛頭あるわけでは無い。

 実際推定されるボーガベルの兵力三万ならば第二軍の兵力が二万であっても十二分に防御することが可能だ。


「しかし、殿下は一体何処に……」


 『赤髪』がそう呟いたその時だった。


「儂はここにおるぞ!」


 そう言ってズカズカとサクロスが入ってきた。


 姿も多少薄汚れてはいる物の闘技場にいたままの軍服のまま。


「殿下! ご無事で!」


「儂が死ぬ訳が無かろう」


 ニヤリと笑ってサクロスが言った。


「『青髪』は?」


「うむ、退避途中でボーガベルの刺客に襲われてな」


「そ……それは……例の獣人で?」


「いや、全く見た事も無い者だった。『青髪』がその刺客を引き付けている間に儂はそこを逃れたのだ」


「では、『青髪』は……」


「恐らく相打ちになったのだろう、誠に忠節厚い者であった」


 言葉とは裏腹にサクロスの表情に『青髪』への関心は皆無だった。


「は、その御言葉、さぞや『青髪』に良い手向けとなりましょう」


 『赤髪』はしみじみと言ったが周りにいた兵は恐らくサクロスは『青髪』を見捨てて逃げ出してきたのだろうと思っていた。


「そんな事があり、ここに来るのが遅れたのだ。他に刺客がいないとも限らんからな」


「はっ、ご無事であらせられて何よりです」


 『赤髪』は心底安堵した。


 第二軍はサクロスあってこそである。

 サクロスの命によりサクロスの為に戦う。

 他の兵はともかく『赤髪』はそう考えている。

 それが自分を将軍に取り立ててくれたサクロスに対する忠義だった。


「それでだ。ボーガベル共が来ていると言う話であったな」


「はっ、南におよそ三万の兵が」


「むう、思ったより早いな……」


「殿下、このまま予定通り籠城が得策かと」


 第二軍の部隊長の一人が言うと


「いや、討って出る」


「え!?」


 『赤髪』を始め、その場にいた部隊長達が声を挙げた。


「聞こえなかったのか? 討って出ると言ったのだ」


「それでは籠城は……」


 思わず、別の部隊長が聞き返す。

 『赤髪』は黙ってサクロスを見つめ聞いているのみだ。


「儂も確かにそうは言ったが、考えてもみろ。我が第二軍の本分を」


「そ、それは……」


「言って見ろ。我が第二軍の本分は何だ?」


「はっ、殲滅と蹂躙です!」


「そう、その通り。我ら第二軍が誇る精兵、重装騎兵による突撃が第二軍の本分だ。そうだな?」


「は、はい」


「しかぁし! 籠城戦はどうだ? 引き籠って塀の上から矢を射掛け、登ってくる者あらば煮え油や糞尿をぶちまける。確かに戦術としては正しい。だがこれは第二軍の戦いでは無ぁい! そうだな?」


「はいっ! 仰る通りでございます!」


 いつも通りテンションを急上昇させて語りながらサクロスは部隊長一人一人を舐り見ながら同意を求めていく。


「やはり、籠城戦よりも殲滅戦! これが第二軍の戦い方! そう儂は思い直したのだ」


「殿下、ダイゴとやらは如何致しましょう?」


「放っておけ! 奴の狙いは儂の暗殺とそれによる第二軍の攪乱よ。儂がこうして無事に戻った今、帝都の外に出れば意味を為すまい」


「し、しかし……」


「何だ!? 儂の考えに文句があるのか!?」


「い、いえ! ございません!」


 目を剥いてそう聞くサクロスに部隊長は慌てて言った。

 これ以上何か意にそぐわぬ事を言えば、その場で自分の首が落ちかねないのを部隊長は重々承知している。


「では直ちに出撃準備をせよ!」


 そう言われ姿勢を正した部隊長たちは即座に部屋を出て行く。


「どうした? お前も早く行かんか!」


 サクロスは脇で押し黙って見ていた『赤髪』にも怒鳴った。


「はっ、その前に殿下、明日の天気の事ですが……」


 これは以前サクロスと『赤髪』の間だけで決めた符牒である。


「何だ。雨から雪、そして暴風。だろう」


 呆れた様にサクロスは即座に返した。


 当たっている……。


「この非常時に儂を疑っておるのか? お前の妹の尻のほくろの数は三つ。閨で一緒に数えたよなぁ」


「っ……! も、申し訳ございませんでした」


 四将筆頭の地位を得るためサクロスに献上した妹の秘事すら言われて『赤髪』はその場に平伏した。


 妹は既にこの世に居ない。

 これを知っているのはサクロスと『赤髪』二人だけだった。


「分かれば良い。時間が無いのだ、サッサと出撃準備をせよ! 夜明け前に門を出るぞ!」


「はっ!」


 『赤髪』は立ち上がると部屋を出て行った。

 違和感と疑念は残ったままだ。

 だが、サクロスは紛う事無きサクロスだ。

 決して似た容姿等では無い、サクロスそのものだった。


 考え過ぎか……色々あったからな……。


 四将も今や彼だけとなった。

 期せずして沸いた主君への疑念を振り払い、『赤髪』は兵舎へと向かった。



 帝都外延部南門にある第二軍第二駐屯地。


 ここは元々は第四皇子セディゴ率いる第五軍の駐屯地であったが、第五軍の潰滅により第二軍の第二駐屯地として接収されていた。

 各駐屯地は外延部に置かれ、一万人規模の宿舎、武器蔵、所謂グランド然とした練兵場、そして剣術等を修練する練武場や馬場等が整備されている。


 そこで東側の第一駐屯地から召集された一万余名を合わせ、総数二万の軍勢が集結していた。


 急遽出撃が決まり、深夜にも拘わらず第二軍の各隊は準備に追われる。

 これも最早戦争だ。


 早朝にはボーガベル軍の先陣が乗り込んでくるに相違ない。

 それまでに迎撃態勢を敷かねばならない。


 武器蔵が開けられ、各部隊に槍、剣、弓矢の武器や鎧、盾の防具が配られ、即座に点検、装着し、点呼をして確認していく。


 第二軍の主体は重鎧と鉄槍で武装した重装騎兵。

 勿論歩兵や軽騎兵、弓兵もいるが、重装騎兵が全体の三分の二の割合を占めている。


 この重装騎兵の突撃による殲滅戦。

 これが第二軍の主戦術であり、サクロス好みの闘い方だった。


 実際第二軍に滅ぼされた北方三か国は何れもこの戦術で短期間に敗北している。

 戦闘経験数にしてみればレノクロマの第十軍よりも多い。


 正に帝国随一の戦闘力を誇る集団と言えた。


 練兵場やそれに連なる練武場では専属の輜重隊によって炊き出された陣昼食と酒がひしめくように並ぶ兵達に配られていく。


 食事も一段落つくと、謁見台にサクロスと『赤髪』が上がった。


「傾聴!」


 『赤髪』が声を挙げ、兵が静まり返る。


「諸君、いよいよ憎き成り上がり者ボーガベルを叩き潰す時が来た。 諸君らの技量を持ってすれば籠城などせずとも彼奴らをこの帝都の地から叩き出すことなど造作もない。よって儂は敢えて討って出る事にした。思う存分に殺し! 蹂躙しろ! 田舎国家如きに情けを掛けるな! 殺して殺して殺し尽くせ!」


「「「「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」」」」


 サクロスが右手を挙げると、大歓声が湧き上がった。


「出陣せよ!」


 その号令で二万の帝国第二軍は南門へと進んでいく。



 その頃、警護の兵達は皆第一軍の方に振り分けられ人気の失せた闘技場。


 あまりにも急に様々なことがおき、崩れた塀はおろか、バラグラス達魔獣の死体すら放置されている。


 カシャン、カラン……


 そんな人っ子一人いないはずの闘技場内に石が崩れる音が小さく響く。


 カシャン、カラン、カラン、カシャッ……ガシャシャシャシャン!


「ぶっはああああああ!」


 壁面の瓦礫の中から出て来たのはダイゴにぶん投げられ、壁面に激突した『緑髪』だった。


 運良く投げられた所が隠し窓の部屋でだったお陰で生き延びられたが、部屋の崩落で身動きが取れず、少しずつ瓦礫を掻き分けてやっと這い出てきたのだ。


「おのれぇぇ! 怨めしやダイゴ! 憎らしやマキシマ! 必ずこの恨みはらさで……キイイヤアアアア!」


 ダイゴに対する呪いの呪詛を吐いてる途中で『緑髪』は奇妙な悲鳴をあげた。

 何処かで地の底から呻くような声が聞こえる。


「ヤッダァ、何よ、何なのよ……ワタシこういうの苦手なのよぉ」


 さっきまで自分も野太い声で呪いの言葉を吐いていたのも忘れ、何時もの調子に戻った『緑髪』が当たりを見回す。


「……けろ……けろぉ……」


「カエル? にしては野太いわねぇ……まるで殿下の声みた……まさか!」


 『緑髪』は打ち捨ててあった松明を拾い、持っている火打ち石と綿の火口を使って素早く火を付けると辺りを捜し始めた。


「殿下ぁ! 殿下で御座いますかぁ!?」


「……こだぁ……なろう……」


「なろう? なろう……罠牢!」


 『緑髪』は急いで罠牢の出口に駆け寄り、仕掛けを動かす。

 本来は大人十人がかりで動かす仕掛けを膂力三人前を自慢する『緑髪』は必死で動かした。


 出口が三分の一ほど開いたところで『緑髪』が中に入る。


「殿下……はぁッ!?」


 松明に最初に浮かんだのは目を見開いたままの『青髪』の死体だった。

 ニャン子に倒された後に証拠隠滅のため罠牢に投げ込まれていた。


「あ、『青髪』……これは一体……はっ!」


 その脇で毒茸キブレの粉塗れで真っ白になったサクロスが痙攣していた。


「で、殿下ぁ! 『緑髪』でございます! お気を確かに!」


「びぼびばびぃ……はびぼはほべぇ……ぼぼばらばせぇ……」


 小麦粉をまぶしたように毒粉塗れになったサクロスが息も絶え絶えにどうやら


「『緑髪』……儂を運べ、ここから出せ」


 と言っているようだ。

 恐らくは最後の気力をふり絞り、あらん限りの力で叫んだ声がたまたま瓦礫から這い出した『緑髪』の耳に届いたのだろう。


「はっ、た、ただ今!」


 意味を悟った『緑髪』は、怪我をしている身を押してサクロスの巨体を背負うと出口にヨロヨロと向かって行った。

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