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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第七章 カーンデリオの落日編

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第八十四話 ソルディアナ無双

「バラグラス!? しかしこれは……」


 ワン子が目を見張ったのも無理は無い。

 熊に似た魔獣バラグラスは体高約三メルテ位が標準だが眼前のバラグラスは優に倍の六メルテはあろうかという巨体だ。

 首や手には鉄の枷が嵌められ、太く頑丈そうな鎖で辛うじて拘束されている。


「がぁはっはははぁ! ただのバラグラスだと思ったかぁ? 残念だったなぁ。 コイツは異国の秘水で強化された特別品よ!」


 観閲台の上でサクロスが愉快そうに笑う。


 まぁたアイツか……。


 ダイゴの脳裏にドンギヴの胡散臭い顔が浮かんだ。

 何処か別の大陸から来たらしいドンギヴ・エルカパスと名乗る男は南の獣人大陸だけでなく、この東大陸にも現れ暗躍しているらしい。


「まぁ、デカきゃ良いってモンでも無いんだけどなぁ」


 そういってダイゴが物差しを構えようとしたその時。


「あーあー。ふむ、こうか? こうじゃな? あーあーあー」


 場内に変な声が鳴り響いた。


「ご主人様……」


「あちゃー」


 ワン子の更に引いた視線と言葉にダイゴは思わず顔をしかめた。


「あーあ、あーああああー、うむ、は、はぁーっはっはっは! 緩い! 全くもって手緩いわ!」


 向こうの貴賓席でセイミアも微妙な顔をしている。

 グラセノフはいつもと変わらぬ涼やかな微笑を浮かべたままだ。


「こ、今度は何だぁ!?」


 サクロスの叫びに、


「ふん!」


 後方から躍り出た影がキリモミをしながらダイゴの前に体操の着地さながらに舞い降りた。


 言うまでも無くソルディアナだ。

 外套は脱ぎ捨ててあり、艶やかな黒絹の礼装姿。


 戦いの場である闘技場に似つかわしくない姿と人並み外れた登場の仕方に観衆がどよめく。


『まだ出て来て良いって言ってないじゃん』


 物差しを首に当てながらダイゴが念を送った。


『ふん、いい加減待ち飽きたわ。それにぐご、ご主人様よ、確か盛り上げるとか言っておったよな?』


『あ、ああ』


『全く盛り上がっとらんではないか』


 ダイゴとワン子が呆気なく『四将』のうち二人を倒してしまうという結果になるほど場内は静まり返っている。

 いや、寧ろその圧倒的な戦闘力にドン引き状態だ。

『四将』の実力は散々喧伝されたせいでカーンデリオの市民なら知らぬ者はいないだけに無理も無い。


『そ、そんな事無いぞ。これからだよ、これから』


『うむ、それを我がぐ、ぐぐぉ主人様の為にやってやろうと言うのじゃ。随喜の涙を流して喜ぶが良い』


 ソルディアナがニヤリと笑いながら念を送った。


『まぁ良いけど、やり過ぎんなよ。特に……』


 広大な闘技場とはいえソルディアナが黒竜になればそれだけで死者が多数出かねない。


 多分あのファシナってのも相当苦労させられたんじゃないか……?


 そんな事を考えながら返事を送る。


『ふん、分かっておる。この程度の魔獣、竜体も竜人兵も必要ないわ』


 そう言ってソルディアナはツカツカと観閲台の方に歩み出た。

 その様を馬鹿みたいな呆け顔で見ていたサクロスだったが、我に返ると、


「何だぁ!? お前は!?」


 大声でがなる。


「我を知らぬのは……まぁ顔を見れば分かるわな。我はこのダイゴの縁なる者でな。助勢に参った」


「はぁ? ガキ風情が何をほざく!」


「能書きは良いからさっさとその見苦しいデカブツをけしかけて参れ」


 手でコイコイとやりながら見下すようにソルディアナは言い放つ。


「フン、進んでバラグラスの餌になりに来るとは愚かな奴だ。おい!」


 サクロスが手を挙げると更に岩戸の奥から五匹の巨大バラグラスが現れた。


「ほぉ……」


「ふははぁ! バラグラスが一匹だけと思ったかぁ? 残念だったなぁ」


「ふん……数で押せば良いとはファシナと同じか」


「何だと? ファシナぁ? あんな無能と一緒にするな!」


「ふん、これでも褒めてやったつもりじゃがな」


「な、何を……このガキがぁ! やれ!」


 サクロスの号令で六匹の巨大バラグラスの枷が一斉に外される。


 咆哮を上げ、鎖を引き摺りながらバラグラス達がソルディアナに突進する。

 観衆の中からは高貴な礼装を着た少女が魔獣に蹂躙されるのを期待しての歓声と、いたいけな少女に迫る惨劇への悲鳴が同時に上がった。


「ふん……俗よのう」


 ソルディアナは直立半身の姿勢で右手を開いて前に出す。


「ははぁっ!」


 サクロスが馬鹿を見るような笑いを含んだ顔をした。

 ソルディアナが片手でバラグラスを止めようとしたと思ったからだ。


 だが次の瞬間、ソルディアナの掌から突如巨大な鈎状の黒剣が生えるように現れた。


 自分の身体よりも遙かに巨大なその剣の柄を握ると軽々と三回転ほど振り回す。


 そして切っ先を大地に当て、その反動で宙を舞うと不規則な動きでバラグラス達に飛ぶ。

 バラグラス達が獲物ソルディアナの動きに翻弄されている隙に黒剣が一匹のバラグラスを三等分に切断した。


 ソルディアナは肩に剣を担いだ姿勢で着地した右脚を軸に一回転して止まった。


「!」


 サクロスをはじめ、ソルディアナを知らない者はその展開に驚愕した。


「ほう、流石は……」


 グラセノフも先の戦闘の経緯はセイミアから聞いていたものの、実際目の当たりにする竜の化身の力に感嘆の声を漏らした。


 それでも極限まで飢えたバラグラスたちは雄たけびを上げ次々とソルディアナに群がる。


 と、一匹のバラグラスが突如空高く吹き飛ばされた。


「なああああつ!?」


 サクロスが素っ頓狂な声を上げた。


 ソルディアナが右足を高々と上げていた。

 再び大剣を振るうと忽ち二匹のバラグラスが胴を切断され崩れ落ちる。

 更にその脇の二匹に対し袈裟斬り、そして逆袈裟で斬り飛ばし、落ちてきたバラグラスを斬り上げて両断する。


 一瞬で五匹のバラグラスが絶命し、醜悪な臓腑の臭いが立ち込めた。


「ふん、前菜にもならんわ……」


 黒剣を振るって血を払いながらソルディアナが呟く。


「な、何だこいつは……」


 こんなガキの何処にこんな力があるというのだ……。


『赤髪』も『青髪』も目の前の事態に言葉が出ない。

 自分達が苦心して捕獲した、それも秘水で巨大化されたバラグラスがこうも簡単に瞬殺されるとは思いもつかなかった。


「もう終いか? あと百匹位は連れてこんと物足りんのう」


「き……貴様一体……」


「知らぬのなら教えてやろう。神の代行者の眷属にして大地の守護者。黒竜の奴隷姫ソルディアナ。あの世とやらの土産に覚えておくがよい」


「ぐぅっ、ふざけおって……おい! バラグラスはもうおらんのか!?」


 サクロスが脇に控えていた魔獣使いに怒鳴る。


「はっ、あ……後は……」


「後は?」


「例のベリルゴルがおりますが何分凶暴すぎて……」


 ベリルゴルは北西の砂漠地帯に住む巨大魔獣で、蜥蜴の様な姿をしているが巨大な口蓋は最早恐竜に近い。

 喰える物は人であろうと魔獣であろうと何でも喰う。

 性格は凶暴なくせに狡猾。


 当時第五皇子だったサクロスは自ら指揮して多大な犠牲を払いつつ捕獲に成功し、その功績で同行して「喰われて死んだ」第二皇子シノルデスの代わりに第二皇子に昇格している。


「ええい、構わん、そいつも出せ!」


「し、しかし!」


「儂の命令が聞けんのか!」


 そう喚くサクロスの脇で『赤髪』と『青髪』が剣を抜きかけている。


「は、はっ! 直ちに!」


 魔獣使いは急ぎ奥に向かう。


 やがてゴロゴロと音を立てて別の巨大な岩戸が開いた。


 ヴォオオオオオオオン!


 そこから巨大な咆哮が響く。


「ふむ、今度は何じゃ?」


「ククク、大陸最大の魔獣ベリルゴル。これを更に秘水にて巨大化したものよ!」


「ほう、ちょっとは歯ごたえがあると良いがのう」


「ウハハハハ! ファシナは竜に頼ったくせに呆気なく死んだらしいが、このベリルゴルは地の竜なんぞよりよっぽど頼りになるわ!」


 それを聞いたソルディアナの目が少しだけ細くなった。


「ほう、それは流石に聞き捨てならんな」


 岩戸から赤茶けた皮膚の超巨大な大蜥蜴が現れた。

 全長は十五メルテを超える。

 充血したサメのような目がソルディアナを睨む。


『おーいソルディアナ。手伝おうか』


 のんびりした念話がダイゴから送られてくる。

 闘技場にいながらまるでワン子と茶を嗜んでるかのような呑気さだ。


『要らぬお世話じゃ。そこで見ておるが良い』


 ベリルゴルの枷が外れ、魔獣使いが魔獣笛を吹く。

 魔獣笛は魔獣の嫌がる聴覚を刺激する音を発し、魔獣を操るとまではいかないが、けしかける事が出来る。


「ガアアアアアア!」


 魔獣笛に反応したベリルゴルがソルディアナに襲い掛かる。


「ふん」


 と、ソルディアナが鋭い眼光でベリルゴルを睨んだ。


「ギッ!」


 ベリルゴルの動きが止まった。

 まるでソルディアナに結界が張られ、そこから先に進めないかのように。


「何だ! どうしたというのだ!?」


「わ、分かりません……一体」


 更に魔獣使いが魔獣笛を吹く。


「どうした? 掛かってこんのか?」


 そう口では言いつつソルディアナは気を徐々に強くしている。


「ギ……ギ……」


 ベリルゴルは全く動かない、いや動けずにいる。


「ぬうううううう!」


 焦れたサクロスが脇の兵が持つ槍を奪い取ると、


「ええい! 役立たずがぁ! さっさとせんかぁ!」


 そう言ってベリルゴルに槍を打ち込んだ。


「ギシャアアアアアアアアアア!」


 今まで感じなかった強者の気に極限まで追い込まれていたベリルゴルは、サクロスの投げた槍が背中に刺さった瞬間一線を超えた。


 グルリとソルディアナに背を向けると、サクロスのいる観閲所めがけて突進した。


「お、おい! 何でこっちに向かってくる! 止めろ!」


「は、はい!」


 基本魔獣は制御など出来ない。

 唯一魔獣が嫌がる音を出す魔獣笛で追い込むくらいなのだが、魔獣使いが懸命にに笛を鳴らしても一向に止まる気配がない。


「と、止まりません!」


「ふ、ふざけるながあっ!?」


 ドガガアッ!!


 ベリルゴルがサクロス達のいる観閲台下の太い柱に激突した。

 その衝撃で柱が砕け、観閲台が大きく揺らぐ。


「う、うわあああああ!」


 サクロスの悲鳴と共に観閲台は闘技場内に崩壊して落ちた。


「あれまぁ」


 その様子を見てたダイゴが呑気な声を出した。


「ぐ、ぐううっ。おのれ……え!?」


 そう呻きながら瓦礫と化した観閲台から這い出したサクロスは目の前で魔獣使いが悲鳴を上げながらベリルゴルに飲み込まれる様を見た。


「は、はわあああああ!」


「で、殿下! おい! 殿下をお守りしろ!」


 土埃だらけになった『赤髪』が無事な兵に向かって叫ぶ。

 だが兵はそれどころではない。

 ベリルゴルに踏まれ、喰われていく。

 最早闘技場は大混乱の体だった。


『ソルディアナ、魔獣を場外に出すなよ。ワン子はセイミアとグラセノフをそれとなく護れ。セイミアはいざとなったら盾になれよ。ニャン子は予定地点で待機』


『心得ておるわ』


『畏まりました』


『畏まりましたわ』


『了解だ……にゃ』


 セイミアには『絶対物理防御』が付けてある。

 いざとなれば自分がグラセノフの盾になると言ってダイゴに付けてもらった技能だ。


 ベリルゴルが崩れた観閲台越しに観客席に乗り込もうとしている。

 辺りの観衆ががパニックになり逃げ惑う。

 その鼻先にソルディアナが躍り出ると黒剣の横で思い切りベリルゴルの鼻先を引っ叩いた。


「ギギャアアアアアッ!」


 それだけでベリルゴルの巨体は観閲台の瓦礫から転がり落ちた。


「お前の餌は我ぞ? 間違えるでない」


 まさに窮鼠猫を噛む状態に陥ったベリルゴルがソルディアナをかみ砕こうとする。


「ふん、これが我よりも頼りになるとは噴飯物じゃのう」


 ヒラヒラと躱しながらソルディアナは言った。

 ベリルゴルが巨大な尾を打ち付けるがそれもソルディアナは躱す。

 尾が壁面の岩戸を打ち砕くとそこから魔獣が総数四十匹ほど飛び出して来た。


「何だ一体、何がどうなっておるのだ……」


 サクロスは大混乱の闘技場の有様を呆然と見ていた。


「殿下! 何者かが魔獣牢の扉を破った模様です!」


「何だと! 一体だれが!?」


 そう言ってる間に次々と魔獣が兵士に襲い掛かる。

 犬に似た魔獣グノフェレがサクロスに飛び掛かろうとするのを『赤髪』の剣が斬り裂いて止める。


「殿下! ここは危のうございます! ひとまずはお引きを!」


「だ、だが!」


 グラセノフにボーガベルのダイゴ。

 この二人を一度に屠り、己が皇太子の座を手に入れる千載一遇の機会をみすみす逃す事になる。


「彼奴等はここで私共が足止めします故、増援を率いて頂きたいと!」


「う……うむ……」


 『赤髪』の力説にサクロスも折れた。


「『青髪』!」


「はっ、殿下、こちらに」


「う、うむ」


 『赤髪』が壁面の隠し扉を開く。

 サクロスのような貴人が万が一窮地に陥った時はここから退避出来るように作ってある仕掛けだ。

 どんでん返しになっており、一度作動すると二度と開かない仕掛けになっている。



 サクロスと『青髪』はその中に消えた。

 だが、その姿は偵察型擬似生物がしっかりと補足していた。


『ニャン子、お客さんがそっちへ向かった。しっかり頼むぞ』


『了解です……にゃあ』


 ダイゴが念を送ると愛嬌のある念が返ってきた。


『ソルディアナ、そいつ片付けちゃって良いぞ』


『そうか。では折角じゃ。取って置きを見せてやろう』


 そうダイゴに念を送るとソルディアナは楔の様な物を生成するとそのままベリルゴルに次々と撃ち込んでいく。


「ガギャアアアアッ!」


 各部の急所にニ十本ほど楔を撃ち込まれたベリルゴルの動きが止まるのを見計らって、ソルディアナは両手で枠を作るような構えをする。


「こぉぉおおおおおっ」


 見ると吐いている息は竜息だった。

 両手の枠の中で徐々に小さい竜息弾が形成されていく。


「吹き飛ぶが良い」


 そう言ってソルディアナは手を広げて竜息弾を撃ち出す。

 それはベリルゴルに直撃するや盛大な爆発と共にその巨体が弾け飛んだ。


 後にはベリルゴルの身体だった肉片が転がっている。


『どうじゃ? なかなかであろう?」


 ソルディアナが得意げに念を送る。


『はぁ~、ってお前なんでこの前これ使わなかったん?』


『これで勝てるようなら最初の時点で使っておったわ。ご、ごぉ主人様は攻撃が通じなかったであろうに……』


『それもそうか』


 ダイゴはサクロスが逃げて行った隠し扉を見ながら答えた。




「はぁっ、はあっ」


 息を切らしながらサクロスは薄暗い通路を走る。


「殿下、もうじき外でございます」


 先導する『青髪』が叫ぶ。


「う、うむ」


 おのれ……ボーガベルのバケモノ共め……。


 すぐに兵を引き連れ成敗してくれる……。


 例え逃げようとこの帝都から一歩も外へは出さん……。


 しらみつぶしに探し出してやる……。


 そう思って『青髪』が開けた岩戸を出た瞬間、


「にゃ!」


「ぐえっ!」


 サクロスは物陰から飛び出した何者かの直蹴りを喰らい、曳き潰されたカエルのような呻き声と共に壁に叩きつけられた。


「殿下! あっ!?」


 『青髪』が思わず叫んだ。


 そこは……!


「!?」


 石畳が下に開き、サクロスが転げ落ちるように飲み込まれていく。

 罠牢がある場所だ。


「のあああああああ!」


「で、殿下ぁ!?」


 『青髪』が急ぎ助けようとしたが、間に合わず無情にも石畳は閉まった。

 般若の如き形相で『青髪』は振り返り蹴り飛ばした相手、忍者服姿のニャン子を睨みつけた。


「やはり……貴様ァ!」


 怒りに我を忘れた『青髪』が双長剣を抜く。


「ふふん、お前には貸しがあった……にゃ。掛かってくる……にゃ」


 クナイブレードを取り出したニャン子が来い来いと手招きをする。


「ボーガベルの犬がぁ!」


 激高した『青髪』が地を這い突進すると、ニャン子も『青髪』と同じ様に地を這うような姿勢を取る。


「!?」


 同じ様に突進し、クナイブレードと双長剣が交差する。


 私の刀法を知っている……?


 何故だ……?


 コイツは見ていないはずだ……。


 そんな考えを他所にニャン子の地を這う蹴りが『青髪」を襲い、辛うじて交わし、双長剣を繰り出す。

 ニャン子はそれを受け流し突き込んでいく。

 『青髪』はニャン子が『感覚共有』でワン子を通して彼女の刀法を把握している事など知る由もない。


 僅か一メルテ程の高さで激闘が繰り広げられる。


 『青髪』の刀法は低い位置への対処が覚束ない者に有効であって、同じ高さでは単純に技量が優劣を分ける。

 勿論『青髪』はその技量にも絶対の自信があった。


 だが、明らかに手数で押されている。


「くそぉ!」


 揺らぎかけた自信を鼓舞するかのように繰り出した右の長剣をニャン子の左手が捌いた。

 左腕の手甲を滑り、右手を握り掴まれる。


 な? 左の剣は……!


 そう思った『青髪』の腹部に衝撃が走った。

 右手が死角になっていたのだが、ニャン子が足の指で挟んでいたクナイブレードが『青髪』の脇腹に刺さったのだ。


 ニャン子は忍者らしく革足袋を再現したものを履いていて、足の指でクナイブレードを持つ訓練を積んでいる。


「あ……が……」


 慌てて飛びのく『青髪」だが、急に力が抜けていく。

 一瞬、罠牢の石畳を見た。


 サクロスが落された事を知っているのは『青髪』しかいない。


 誰かに……殿下の事を知らせねば……。


 そう思って逃走しようとした瞬間、


「犬じゃない……にゃ」


 そう言って背後に回ったニャン子に首を掻き切られその場に崩れ落ちた。


「まぁ……猫でも無いんだけど……にゃ」


 それが『青髪』が最後に聞いた言葉だった。



 闘技場の中の魔獣達ははワン子とソルディアナによってあらかた掃討された。


『ご主人様、上手く行った……にゃ』


 ニャン子からの念話だ。


「よし、じゃぁずらかるとするか」


 それを聞きつけた『赤髪』が、


「逃がすか!」


 そう言って剣を抜き、何人かの兵士もそれに続く。

 

「『毒霧スモッグ』」


 だが全く気にも止めずそう言ったダイゴ達の周りに濃い霧が立ち込めた。


「な、なん……う、ゲホッ、ゲホホォッ!」


 その霧を吸った『赤髪』と兵士たちが忽ち涙を流しながら激しくせき込んだ。

 

 暫くしてその霧が晴れるや、せきや涙は嘘のように収まったが、三人の姿は掻き消えていた。


「なんだ……どう言う事だ……」


 『赤髪』は何が起こったのか分らず呆然とするばかり。

 闘技場内は混乱する兵士と逃げ惑う観衆の喧騒が響いている。


「いや、楽しかった。さて、僕達も帰ろう。忙しくなるよ」


 グラセノフが立ち上がる。


「はい、お兄様」


 にこやかにほほ笑んだセイミアが後に続き、二人は悠々と貴賓席を後にする。

 それを気にする余裕はもはや『赤髪』達には無かった。

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