第七十六話 神の代行者対神の代行者
エドラキム帝国第三軍のボーガベル側侵攻で始まった第二幕だったが、戦闘は終始ボーガベルが押している。
エドラキム帝国側は頼みの綱の竜人兵や竜人将が破られ、ボーガベルのメアリアとセネリを先頭とした一団が帝国兵に喰い込み始めていた。
このまま行けば他の軍と同じく潰滅は時間の問題。
昨日であればセンデニオに戻って籠城という不名誉ではあるが非常の手段も取れたが、国境を越えたカスディアンの地では追撃されての全滅がオチである。
しかもボーガベルの本隊は全く動いていない。
動いているのは薄紫色の鎧の魔導人形達と、二人の騎士達だけ。
昨日と同じく黒竜の竜息を警戒しているのもあるが、最早正規兵や傭兵を出すまでも無いという空気も読み取れた。
広大な平原を黒々とした竜人兵の死体が埋め尽くしている。
昨日生み出した五千に追加分も含めれば、一万近くにもなるだろう。
それが五千と二人の騎士に成す術もなく敗れ、更にエドラキムの精鋭兵が全滅の危機に瀕している。
「ソ、ソルディアナ様! つ、追加の竜人兵を! い、いえ、竜人将を!」
もはや恥も外聞も無く這いつくばってファシナが叫ぶ。
ガシャナド達は今まで見せたことの無い醜態を晒すファシナを呆然と見つめるだけだ。
「お前は一体我を何と思っておる? 自身の采配を考えなんだか?」
呆れ顔でソルディアナが言った。
実際、魔導人形と竜人兵には練度の差こそあれ、力量的にはほぼ互角だったはず。
采配によっては十分互角以上の戦いができる余地もあったはずだった。
だが竜の力に溺れたファシナは単純な力押しで十分に殲滅できると思い込んでいた。
そして、
「な、ならば! 御身でもう一度、竜息を!」
いざとなれば竜息で全てを焼き払えば良い。
そう考えていた。
「昨日言った筈じゃ。『竜人兵は出してやる』とな」
額を床にこすりつけて懇願するファシナにソルディアナがニヤリと笑って言い放った。
「な……そん……な……」
「お前の父御との約定はお前に良いように使われる事では無い。勘違いをするでないぞ」
そこでファシナは重大な事実を改めて思い知らされた。
兵はともかくセンデニオを抜かれるような事があれば、例え生き延びたとしても、最早ファシナに皇太子の座どころか再起さえ出来ないだろう。
高笑いをしながら自分を糾弾するサクロスの忌々しい顔が浮かぶ。
そもそも帝国が存続するかすら怪しいのだ。
ファシナの脳裏に、自分が他国の姫にしたような民衆の前での陰惨な処刑を自分が受けるさまが浮かび上がってきた。
ソルディアナにとっては帝国の浮沈などどうでもよい事だ。
仮に帝国がボーガベルを打ち破り、東大陸全土を統一すれば、言い伝えの通り全土をあの竜息で焼き滅ぼすのだろうか……?
冗談ではない……。
それでは今までの……今までの努力は……。
物心ついた頃から、ファシナは生まれ育ったクンドロフ家で徹底的に皇帝になるためだけの教育を受けて来た。
それは最早呪詛のような物だった。
その呪詛の中で育ったファシナは、当主であり、祖父であるノボド・クンドロフが莫大な金と人を費やして手に入れた『幻の皇后』の容姿に自分を似せることに何の抵抗も感じない女になっていった。
その甲斐があったのかは不明だが、ファシナはバロテルヤの寵を受け、クンドロフ家は一躍ビンゲリア家に比肩しうる地位に返り咲く事が出来た。
なのに……。
ここまで来て……。
こんな所で……。
こんな小娘に……。
項垂れるように立ち上がったファシナは、そっと脇の箱の物を取り出した。
地の竜相手に効果の程が分からないため使わずにいた物だったが、今のファシナにはそれを判断する余裕は全く無かった。
「だがな……」
そう言いかけたソルディアナに、いきなりファシナは首輪を嵌めた。
「ふむ、何の真似じゃ?」
ソルディアナは嵌められた首輪を右手で触りながら聞いた。
「ふふぅっ、ふ、ふふふぅ! は、早く竜人兵を……いや、竜人将を一万は生み出し、己の竜息で奴等を焼き尽くしてくるのだ!」
目を充血させ口から泡を飛ばす勢いでファシナは怒鳴った。
「ほう、貴様……我にその様な……」
そう言った時、首輪が鈍く光った。
「む……?」
「ふっ、ふはは! それは隷属の首輪と言ってなぁ! 私の言う事を聞かぬ者には耐え難い激痛が走るのだぁ!」
もはや狂気の一歩手前まで来たという表情でファシナが嗤い叫ぶ。
今まで年端もいかぬ外見の小娘に良いようにあしらわれてきた屈辱が、ここにきて一気に噴出したかのようだ。
だが、
「ふむ、これが隷属の首輪という物か」
そう言うやパキンと音を立て、隷属の首輪は真っ二つに割れ地に落ちた。
「な……」
「この様な物が我に効くとでも思うたか……まこと只人族とは浅はかよのう」
にやりと笑いながら言ったソルディアナにファシナは一転恐怖の表情を浮かべ、その場に凍り付いた。
「ファシナ様!」
短剣を抜いた副官のガシャナドや護衛騎士団長のスルーデ達がソルディアナに斬りかかる。
だが、ソルディアナの後ろから現れた二人の竜人将が素早く剣を抜くや、彼等を一瞬で斬り倒した。
「ひぃっ!」
惨劇に腰を抜かした侍女が這うように下へ逃げていく。
「……」
ファシナは返り血を浴びたまま、恐怖の表情のまま固まっていた。
「ふん、どうやらお前との付き合いもここまでのようじゃな。最後に一つ言っておこう。我はこれからダイゴと相対し打ち倒してくる。だがこれはお前達のためでは無いぞ。ここから先は我の戦いよ。ではさらばじゃ」
そう言ってソルディアナは呆けた顔で立ちすくんでいるファシナを残し、竜人将に抱きかかえられるとモルトーンを去っていった。
帝国兵を薙ぎ倒していたメアリアが、新たに飛来してきた竜人将二人を確認した。
一人はどうやら人を抱えている。
「あれは……」
メアリアはパトラッシュを止め、セネリもその脇に降り立った。
帝国兵が慌てて距離を開けるため、その場に広場が出来、そこに竜人将達は舞い降りた。
竜人将は抱えていたソルディアナを降ろすと、その脇に直立した。
「ほう、誰かと思えばダイゴの供ではないか」
「ボーガベル王国近衛騎士団長メアリア・ボーガベルだ」
「ボーガベル王国カイゼワラ候護衛騎士団長セネリ・ラルウ・ウサだ。今日は竜にはならんのか?」
「ふん、生憎と帝国とはたった今縁を切ったのでな」
それを聞いた周囲の帝国兵がどよめいた。
「ほう、ではおとなしく投降するか?」
剣を構えたままメアリアが聞いた。
「ふん、そのつもりは無い。暇ついでにダイゴに礼をしようと思ってな」
「礼?」
「我に対しここまで抗った者は初めてじゃ。そこで褒美を取らせようと思ってな」
そうソルディアナが言った途端、
「へぇ、それは興味深いな」
そう声がしてメアリア達の後ろにダイゴが現れた。
「来たか、ダイゴ……ん? お前は……?」
脇には何時ものワン子とニャン子ではなく戦闘礼服姿のエルメリアがいた。
「ごきげんようソルディアナさん、この前のお食事、楽しかったですわ」
血なまぐさい戦場に全く似つかわしくない笑顔でエルメリアが言う。
『!? エルメリア? どうして?』
驚いたメアリアが即、念を送った。
『ワン子さん達の代わりのご主人様の護衛ですわ』
『護衛なら私達で十分だろうに』
セネリも呆れ口調で念を送る。
ダイゴはもう仕方ないとして、流石に一国の女王たるエルメリアは易々と最前線に出ていい人間ではない。
『いえ、地の竜との決戦ともなれば私も出ない訳にはまいりません。メアリア達の心配は判りますが私も立派にご主人様のお役に立ってみせますわ』
自信たっぷりな念が送っていたが、
『いや、アレを使うから貸せって言ったらアレは自分のだから自分が使うって聞かなくてさぁ』
困ったようなダイゴの念に、エルメリアの胸元を見ながらメアリア達は呆気にとられるしかなかった。
「で、一体何をご褒美にくれるんだい?」
「ふん、『神の代行者』たる我に歯向かう愚かさに天罰を……と言いたいところだが、その面構え、大いに気に入った。どうだ、我が眷属になる気はないか?」
「『神の代行者』の眷属ねぇ。それになればどんな特典が付くんだ?」
「長命と身体能力の強化じゃ」
何だ……そんだけかい……。
ダイゴは内心がっかりした。
ここまでの一連の戦闘で、既にソルディアナの能力をダイゴは完全把握し、一つの結論に達していた。
『神の代行者』を名乗っているのでどんな能力があるのか期待してみれば、ただの下位互換とか劣化コピーなんだが……。
確かに竜に変身し、竜息を吐けると言ったダイゴには無い特徴はあるが、その仕組みも『叡智』によって判明した。
だけど、それを差っ引いてもねぇ……。
「良いだろう、ただし、俺との勝負に勝ったらだ」
「ふっ、造作も無い事よ」
当然という顔でソルディアナが言う。
「あと、もし俺が勝ったらお前には俺の眷属になって貰うぞ」
「貴様の眷属? 馬鹿も休み休み言うがよい」
「おいおい、そこは受けるんじゃないのか? それとも神の代行者ってのはそんなに余裕がないのか?」
一瞬不意を突かれたような顔を浮かべたソルディアナだったが、
「ふっ、ふはははは! 益々気に入った! いいだろう! もし、万が一つにも貴様が勝てれば我は貴様の眷属になってやろう!」
「よし、その約束、忘れるなよ」
「ふん、竜は約定には固いのだ。もっともそのおかげでこうして面倒事に巻き込まれておるのだがな」
そう言った瞬間、その場からソルディアナが消えた。
次の瞬間にはダイゴの腹部にソルディアナの拳が当たり、ダイゴが吹っ飛ばされていた。
後方のゴーレム兵に直撃したようで、その一帯に土煙が上がった。
「ご主人様!?」
「み……見えなかった?」
「まぁ」
脇にいたエルメリア達が驚愕の表情でソルディアナを見る。
「やはりこんなもの……」
ニヤリと笑ってそう言い掛けたソルディアナが再び消えた。
と、そこに掌打を突き出した形のダイゴが戻っていた。
近くの帝国兵が巻き添えを喰らって薙ぎ倒されている。
「ご主人様!」
「全く、この世界の連中はどうしてこう不意打ち攻撃が好きなんだろうねぇ」
服の埃を払いながらダイゴがぼやく。
「ご無事のご様子で何よりです」
エルメリアの問いに、
「ああ、ゴーレムが受け止めてくれたし、まぁ、何ともないよ」
「少々心配致しましたわ」
エルメリアとて、ダイゴに備わり、自分も持っている『絶対物理防御』の神技の能力は十分承知している。
だがそれでも心配するほど、ソルディアナの繰り出した突きは人間離れしたモノだった。
薙ぎ倒された帝国兵を押しのけソルディアナが現れた。
やはり全くの無傷だ。
巻き添えを喰った帝国兵は骨折したのかうめき声を上げているものもいれば、ピクリとも動かない者もいる。
「ふはははは! 全く面白い奴だお前は! 益々欲しくなった!」
「あれってさぁ……」
高笑いするソルディアナを見て、ダイゴがポツリと三人に言った。
「俺、好かれてんのかねぇ?」
「あ……」
「むぅ……」
「うふふ……」
ポカンとするメアリアとセネリと対照的に、エルメリアは楽しそうに微笑んだ。
「三人とも下がってろ、すまないが邪魔だ」
ソルディアナが消えた。
三人は後方に飛び退く。
パパパパパパパパンッ!!!!
その途端ダイゴの正面に無数の音が瞬いた。
ソルディアナの連撃をダイゴが全て掌で受けたのだ。
「むう!?」
「ナントカじゃ無いが同じ技は二度は通じないぞ?」
「分らぬ事を!」
「今度はこっちの番だ! 水天如烈火!」
そう言ったダイゴが無数の突きと蹴りを繰り出す。
「!」
ソルディアナも腕でガードして受けようとするが、ガードした姿勢のまま吹き飛ばされた。
再びソルディアナが帝国兵達に激突し、十数人の兵士が宙を舞う。
「全く女の子に拳を振るうのは気が引けるんだが……まぁ、こん位で死ぬタマじゃねぇだろ? 神の代行者サマはよ?」
昔のカンフースターのようなポーズを取りながらダイゴが言った。
ここにきて我に返った帝国兵達が一斉に後方に退避を始めた。
「貴様……ただの人では無いな? 一体……」
骨折し、重傷を負って呻く帝国兵達の中からソルディアナが現れた。
黒い礼装はボロボロだが、やはり傷一つ負ってはいない。
「ようやく気付いたってか? まぁ、お前が勝ったら謹んで教えてやるよ」
「ふん、では本気を出させて貰おうか」
「はぁ、今までは舐めプでしたってか? お約束だな」
「なめぷ? 何の事だ?」
「一つ教えといてやる。お前がどんなに本気を出そうとも同じことだ」
「クックックック……フアッハッハッハ!!」
ソルディアナが可笑しくて仕方ないという感じで笑った。
「我も転生しているとはいえ、千年以上生きてきたが、貴様のような傲岸不遜な人間は初めてじゃ」
と、ボロボロだった礼装がはじけ飛び、ソルディアナの身体が竜人兵の様な鱗で覆われ始めた。
やがてそれはさらに変化し、ソルディアナの首から下は黒い鎧の様になった。
手には生成された大ぶりな黒い剣を握っている。
刃の部分は不規則な形であり、柄には返しのついた鏃の様な刃がついている。
「おおぅ、なかなかカッコいい事が出来るんじゃねぇか」
舞い降りて来た礼装の切れ端を掴みながらダイゴが言った。
「貴様のような奴はたっぷりと痛い目に合わせて躾ぬといかんようじゃからな」
ソルディアナが逆手で剣を構えた。
「ご主人様……!」
ダイゴの前に立とうとしたメアリアとセネリの前を竜人将が塞ぐ。
「ほう、竜族の剣技か。レノクロマの奴に見せたかったがまぁいいや。後でお前に教えさせるから」
「分からぬ事を!」
その瞬間瞬息の突きが繰り出される。
キィイン!
その突きを瞬時に振り抜いたダイゴの物差しが弾く。
「ぬうっ! これを受けるだと!」
並みの剣であればそれごと両断するはずだった。
だがダイゴの物差しは易々と受け止め、弾いた。
「武韜晦!」
そのまま回転しながらの連撃を浴びせる。
「くっ!」
ソルディアナは辛うじて防いだ。
「ほほお、これを防ぐんだ。なかなかのモンだな」
「むうっ!」
ソルディアナが幾重もの突きを繰り出すが、ダイゴは全て避けていく。
何故じゃ……何故かすりもせんのじゃ……。
「お前の使い魔と同じだな。膂力と反射に頼ってるだけの剣。千年以上生きてるってんだから色んな剣技を習得してるのかと思ってたんだが」
その言葉には明らかな余裕が見て取れた。
よく思い返せば、今までの剣戟も手を抜いているように思えた。
転生してるとは言え千年以上生きてきたソルディアナの矜持が、その言葉と態度を受け、文字通り逆鱗に触れた様に激高した。
「き、貴様に我の何が分かるというのだ!」
そう言ったソルディアナの顔が瞬時に目の前に飛び込み、そのまま体当たりをかます。
直後にダイゴ達のいた場所の背後の丘が爆ぜ、更に轟音が鳴り響いた。
ソルディアナがダイゴを吹き飛ばした挙げ句、丘に激突した後も、追撃の連打を無数に打ち込んでいるのだ。
「貴様が! 貴様如きが! 千年以上! 大地を守護して! 独り生きてきた! その我に! 我に! 敵うと思うたか!」
その瞬間、ダイゴの頭の中にソルディアナの念が流れ込んできた。
これは……。
広大な地平、この世界かどうかも判らない。
その大地に立っている五人の男女が天に輝く光を見つめている。
そしてソルディアナがアルコングラの洞窟に立った。
そこからまるで早回しのようにソルディアナが立ったまま幾百、幾千もの月日が変わっていく。
そして最後に場面が変わった。
真っ先にダイゴが映った。
デグデオの酒場だ。
皆で笑いながら食事をしている。
エルメリアが笑顔で語りかけ、ニャン子が膨れながら酒杯を持ち、メアリアとセネリが肉の量がどうこうと言い合っている。
セイミアが嫌いなキノコを食べてくれるようにクフュラに頼み、ワン子とシェアリアが煮込みの調理法に意見を交わす。
最後に映っていたのは笑いながら煮込みを食べるダイゴだった。
念話ではない。
それは映像を伴ったソルディアナの過去だった。
『……だよ……』
……?……何だ?
『……しいよ……』
……これは?……この声は……?
そうか……。
そうだったのか……。
彼女は……ソルディアナは……。
「うおおおおおおお!」
最後にソルディアナが一撃を入れると周囲の岩が大きく吹き飛び、ダイゴのいるであろう場所を埋め尽くしていく。
その上にソルディアナが降り立った。
「分かったか? 我に歯向かう愚かさを」
「違うだろ?」
「な……?」
瓦礫の中からやはり無傷で出て来たダイゴを、ソルディアナは信じられないと言った目で見ていた。
「貴様は……一体……」
「千年以上大地を守り、人々を護ってきた。それは凄い事だ。だけど、孤高にナントカってのはちょっと違うよな」
「……何が言いたい……」
ソルディアナが睨め付けて呻いた。
「いいぜ、遊んでやるよソルディアナ。たっぷりとな」
右手の剣を肩に回し、左手で手招きをしながらダイゴが不敵に笑った。





