第七十五話 竜人将
移動要塞馬車モルトーン最上部の展望指揮所。
自軍はおろか遠くボーガベル軍の陣まで一望できるその場所に何の前触れも無く黒衣の男、ダイゴが現れた。
「貴様は!?」
右手を挙げたままファシナは驚愕の表情で叫んだ。
前進の命令を発した直後でモルトーン上に現れたダイゴに気付く一般兵は殆どいなかったが、モルトーン上のガシャナド達は即座に短剣を抜きファシナを護る様に囲んだ。
「あん? 一応こっちから名乗りを挙げに来たんだけどね」
やれやれといった表情を浮かべたダイゴがそう言いながら手をヒラヒラと振ると、
「お前達は下がれ」
ファシナはガシャナド達を制するように前へ進み出た。
「し、しかし……」
ガシャナドが言い淀むと、
「構わん、良い機会だ。此奴がダイゴ・マキシマなら話がしてみたい」
そうファシナに言われ、ガシャナド達は下がった。
ダイゴ・マキシマ……。
ほんの二年ほど前まで吹けば飛ぶような弱小国で滅亡寸前だったボーガベル王国に忽然と現れ、謎の兵士、魔導人形で帝国の戦力を次々と打ち倒し、今や帝都カーンデリオの喉元に剣を突きつけようとしている。
モシャ商会からも断片的な情報は入っていたが、グラセノフに謀反の疑い有りとの報告を受けて以降、独自の調査に切り替えたがそれ以上の事は掴めなかった。
分かっていることは黒髪黒眼で強力な魔法を無詠唱で使えること。
王国参与の地位に就き、女王に即位したエルメリアを陰で操っているとも言われている、一切の過去が謎の男。
だが目の前にいる男は珍しい黒髪黒眼ではあるものの、取り立てて何処か秀でているという風には感じられない。
仕草も気品とは縁遠く、そこらにいる市井の者としか見えなかった。
この男の何処に帝国を揺るがすほどの才が有ると言うのだ……。
飛躍的な考えだが、この男は単なる尖兵で、後ろには技術の進んだ他大陸の国家がいるのでは……。
以前ファシナは他大陸から来た武器商人に『魔水薬』と称する物を披露されたことが有った。
手軽に回復魔法と同様の効果が得られたり、身体能力を強化する魔水薬には興味は有ったが、人を獣化したり、知性と引き換えに巨人化させたりする魔水薬等には興が乗らず、結局その商人はブリギオ達に回した。
モシャ商会の報告でも確かにダイゴは他大陸出身の可能性の記述があった。
ダイゴもあの様な他大陸の手合いなのだろうか……。
「アンタがファシナかい?」
考えを巡らせていたファシナにダイゴが手摺りに拠りながら無礼な口調で聞いた。
「そうだ。エドラキム帝国第一皇女、ファシナ・ラ・デ・エドラキムだ」
その態度に苛立ちを押し殺しながらファシナは答えた。
「ふうん、改めて名乗るが俺はボーガベル王国参与ダイゴ・マキシマ。まぁ後は説明要らないだろう」
「それで、そのダイゴがわざわざ降伏しに来たのか? それとも己だけ命乞いか?」
「さっき言ったじゃん。帝国は戦の作法を守る奴が余りいなさそうだからこっちから挨拶に来たと」
「それは律儀な事だ。では、言おう。すぐにデグデオから退去し明け渡せ。一戦交えるなら是非も無し。どうだ?」
曲がりなりにも昨日のガラノッサは貴族としての品が多少なりともあったがこ奴は……。
そう思いながらあしらう様にファシナは言い放った。
「勿論戦うさ」
「そうか。我が軍の力は昨日重々しみているはずだ。努々勝てるなどと思うなよ?」
「我が軍って言ってもなぁ……そういやソルディアナは?」
「な……」
何故知っていると言おうとして、ファシナはソルディアナがデグデオから帰って来た時の
『ダイゴとやらが全部片付けてしまったぞ?』
との言葉を思い出した。
「我はここじゃ」
いつの間にかモルトーンの展望指揮所後部の屋根にソルディアナが座っていた。
「よう、ソルディアナちゃん」
友人にでも声を掛けるように片手を軽く上げ、ダイゴは言った。
「ふん、死にたくなければ戦場に出てくるなと言った筈じゃぞ?」
ソルディアナも旧知の仲のようにダイゴに語った。
「生憎仕事の都合でそうもいかんのだわ。昨日はよくも俺の可愛いゴーレム兵やってくれたよなぁ。俺泣いちゃったぞ?」
「ふむ、あれはやはりお前が創った物だったか」
「ああ、あの怪人はやっぱお前か」
「竜人兵じゃ。怪人などでは無いぞ」
挑発的な笑みを浮かべてソルディアナが言った。
「まぁ、よく分かったよ。そのお礼はたっぷりさせてもらうぞ」
手すりに腰かけながらダイゴが悪そうな顔で言う。
「ダイゴよ、一つ教えて貰おう、貴様何故あの様な物を作れるのだ」
二人の間に割り込むようにようにファシナが尋ねる。
「それは残念ながら企業秘密だ。まぁ言っても信じないだろうしな」
「きぎょう……? 何の事だ?」
「さてなぁ、じゃお暇させて貰うわ」
「貴様……」
ダイゴの人を食った態度に業を煮やしたファシナの前にソルディアナが立った。
「ふん、ダイゴよ。如何にお前が高度の魔法を操ろうが、神の代行者たる我には勝てんぞ」
神の代行者
そう聞いたダイゴの顔が一瞬曇った。
「まぁ、やってみるさ。覚悟しときな」
「ふん、我の竜人兵は昨日のとは違うぞ? また逃げ帰る羽目になるが今度は街を飲み込むことになるな」
「そうかい、そいつは楽しみにしておくわ。じゃあな」
そう言ってダイゴは掻き消すように消えた。
「はて……」
ソルディアナが訝しむように呟いた。
「おのれ、面妖な魔法を使いおって……」
ファシナが憎しみを露にしながら唸った。
アジュナ・ボーガベルはデグデオの街と国境の中間地点、ガラノッサ達のいる本陣の更に奥に停泊していた。
ダイゴが、ファシナとソルディアナが乗ってる馬鹿デカい馬車から戻ると、その馬車から打ち鳴らされる鐘を合図に敵の黒い兵士たちが駆けだしてきた。
「ご主人様、敵兵動き始めましたわ」
左側に寄り添ったセイミアがすぐさまダイゴに報告を入れる。
「全く帝国ってのは戦の作法なんてのはまるで無視だな」
結局攻め手である帝国からの使者は現れなかった。
「ファシナ姉様は本来その辺はきちんと守る方だったのですが」
右側に寄り添いながら、少し困ったようにクフュラが言った。
「まぁ構わんけどね。しかし、君達は一寸くっつきすぎではないかね」
「あら、今日はワン子さんとニャン子さんがお留守ですから私達がご主人様を御守りしないとなので」
「そうですわ。ワン子さん達のように武に秀でていない私達はこうやって自分の身を盾にしてご主人様を御守りするしか術が有りませんですもの」
全く、アジュナ・ボーガベルの中で何から守るのやら……。
そう思いながらダイゴは軽く聞き流して正面の戦場を見た。
国境から竜人兵がかなりの速度で駆け下りてくる。
「おし、ゴーレム兵マークツーの威力を見せてやるかね。突撃させろ」
「畏まりましたわ」
セイミアが目を瞑って念を送ると薄紫色の鎧に身を包んだ新型のゴーレム兵総数五千が前進を始めた。
昨日ダイゴが貫徹で作っていたものだ。
最初に作ったいかにも西洋鎧風のゴーレムに比べると全体のフォルムは寧ろロボットアニメに出てくる量産型機体のようなゴツゴツ感が強調されたデザインになっている。
最大の特徴はカーペットと同じ浮遊機構を持っていて、短槍に近い長さを持つ剣を構えて滑るように走っていく。
そしてそれらを追い抜く影が二つ。
驀進する擬似生物の巨大馬パトラッシュに乗るメアリアと魔導甲冑『ハリュウヤ』を身に纏ったセネリだ。
以前のゴーレム兵では二人に追随することは出来なかったが、新型ゴーレム兵は楽々と付いて行く事が出来る。
「さて、竜人兵とやらのお手並み拝見!」
そう言ったメアリアが先頭にいた竜人兵にバルクボーラを突き出した。
竜人兵も剣を繰り出そうとしたが、
遅い!
バルクボーラが竜人兵の顔面を貫き、そのまま斬り飛ばす。
更にはセネリのグリオベルエが竜人兵を串刺しにし、軽々と投げ飛ばした。
竜人兵は暫くもがいていたがすぐに動かなくなった。
「何だと!?」
その様子をモルトーンの展望指揮所で遠眼鏡越しに見ていたファシナが驚きの声を上げた。
昨日互角とは言え魔導人形相手に善戦していた竜人兵が、将らしき騎士に呆気なく倒された。
「あ……あれは一体……」
ファシナの狼狽えるような問いにはソルディアナは答えない。
竜人兵の鱗を貫ける人間がいるだと……。
しかも今日の竜人兵は膂力も鱗の硬度も上げた筈……。
そう思いながら予想外の出来事が起きている戦場を見つめているだけだ。
メアリア達の周囲には竜人兵の死体が散乱していく。
「ふっ、どれほどの物かと思えば少々固い程度か」
竜人兵の首を斬り飛ばしメアリアが言うと、
「だが、昨日のとは明らかに違うようだ、気を抜くなよ寝坊助」
グリオベルエで竜人兵の顔面を貫きながらセネリが応える。
「同じ事! 目の前の敵は全て叩き斬る!」
そう言ってメアリアは竜人兵達を剣ごと斬り飛ばしていく。
「ソルディアナ様! これは!? これは一体!?」
ファシナが叫んだ。
「ふん、狼狽えるでない。ダイゴも別種の魔導人形を温存していただけの事、これでどうじゃ?」
そう言って両手をかざすとモルトーン周辺に新たな竜人兵が多数出現した。
「おお!」
「あの二人にはこいつらじゃ」
そう言うソルディアナの脇に二体の竜人兵が湧き出て来た。
それはふつうの竜人兵より一回り大きく更に屈強な身体を持ち、何よりも背中に翼が生えている。
「こ、これは……」
「竜人将じゃ。行け!」
竜人将達はうなずくと翼を広げメアリア達に向かって飛んでいった。
「せえい!」
メアリアの裂ぱくの気合と共に振り下ろされた重剣バルクボーラが竜人兵を真っ二つに斬り裂いた。
「ふっ!」
セネリのグリオベルエが別の竜人兵を横薙ぎに斬り飛ばす。
新型ゴーレム兵達もすぐさま戦闘に入り短槍剣を振るう。
バシュッと鋭い音と共にゴーレム兵が竜人兵を斬り倒した。
実際新型ゴーレム兵と強化竜人兵の身体能力に差は殆ど無い。
だが記憶や人格とは別に彼等には旧型のゴーレム兵が培ってきた経験が『叡智』によって保管、そして統合がなされ組み込まれている。
別の意味ではゴーレム兵達の『魂』は受け継がれているのだ。
対して強化竜人兵は確かに硬度や力は上がってはいるが、判断力などは以前のまま。
ただ、本能と反射によって剣を振るうのみだ。
それは即ちダイゴとソルディアナの実戦経験の多さ。
そこに両者の決定的な差が生まれた。
竜人兵の剣戟を紙一重で避けたゴーレム兵が鱗の隙間に剣を突き入れ易々と斬り倒していく。
「どうやらこいつらはゴーレム兵だけで事足りそうだ。我々は本陣に向かうとしよう」
「あのデカい馬車だな。承知……ん?」
その二人の前に、明らかに竜人兵とは違う黒い影が二体立った。
「ほう、少しは歯ごたえのありそうなのが来たようだな」
パトラッシュから飛び降りたメアリアが隣に並んだセネリに言う。
「数も同じとは粋な計らいのようだ」
口元に笑みを浮かべ、セネリが返す。
「我が名はメアリア・ボーガベル。一応名前でもあれば聞いておこうか?」
メアリアがバルクボーラを構えながら聞く。
だが竜人将達は無言で剣を構えた。
「振られたようだな、寝坊助」
グリオベルエを構えたセネリが言う。
「構う物か。私はご主人様一筋だからな」
「確かに」
言うやお互いの交戦範囲を開けるために左右に飛び、竜人将達もそれを追う。
左足で踏みとどまったメアリアが回転しながら剣戟を送る。
竜人将は剣でそれを受け止めた。
「ほう」
次の瞬間竜人将が連撃を繰り出してくる。
メアリアがそれを躱し、捌く。
「だがなぁ!」
メアリアが叫ぶや下段への三連撃からの上段二連撃、最後に斬り上げて竜人将の剣を飛ばした。
漁火と呼ばれる連撃技だ。
「貰った!」
切り返したバルクボーラが竜人将の腹を貫く。
そのまま薙ぎ抜けようとしたメアリアだったが、竜人将がバルクボーラを掴んで押さえると、その口をガバッと開けた。
「こいつ! 竜息を吐けるのか!?」
だが次の瞬間メアリアはその大きく裂けた竜人将の口目掛けて拳を繰り出した。
ゴキャリ
鈍い音を放って竜人将の首が真上を向いた。
と、胸のあたりが徐々に赤熱化していく。
「ふん!」
喧嘩キックのように竜人将を蹴り飛ばしながらメアリアはバルクボーラを引き抜く。
蹴り飛ばされた竜人将は一瞬膨れ上がると爆発四散した。
『不愛想、手伝おうか?』
『無用』
セネリに向かって送った念に即座に返答が来る。
『ならば私は本陣に向かうぞ』
『すぐに追い付く』
メアリアはパトラッシュに飛び乗ると再び駆けだす。
「さてと、あまり手間を掛けていると寝坊助に後々まで言われるのでな。ここらで終わらさせてもらおう」
そう言うやセネリに装着されている魔導甲冑『ハリュウヤ』が後方に展開し、天使の羽根のようになる。
竜人将が大ぶりの黒剣を構えた。
「参る!」
『ハリュウヤ』の羽根から紫の光が放たれ、瞬時に間合いを詰める。
だが竜人将はその瞬間を狙っていた。
その顔が大きく開き絶対に躱せない間合いで竜息弾が放たれた。
「!」
驚いたのは竜人将の方だった。
瞬時に『ハリュウヤ』がセネリを護る盾のように変形し、竜息を弾く。
再び後方に展開した『ハリュウヤ』から白い光を放つグリオベルエを持ったセネリが現れた。
「森羅烈風!」
斜め下方から逆袈裟に斬り上げたグリオベルエが竜人将を真っ二つにした。
セネリは振り返る事も無く再び『ハリュウヤ』を全身に纏うとメアリアを追って帝国兵達に目掛け突進する。
竜人将を打ち倒したメアリアとセネリが第三軍本体に突入しようとしていた。
その前を竜人兵が塞ぐが皆斬り飛ばされ、弾き飛ばされ、踏み潰されていく。
「き、来たぞ……」
「な、なんなんだアイツら……バケモノか……」
目の前にいた竜人兵達を薙ぎ倒して驀進してくる兵士達。
その中でも黒い剣を振るう騎士と白金に輝く鎧に身を包んだ剣士。
朝までの戦勝ムードは吹き飛び、恐怖が帝国陣営に蔓延し始めようとしていた。





