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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第六章 センデニオ激闘編

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第七十四話 撤退

 ボーガベル第二兵団は国境を越え、自領カスディアンまで撤退した。


 最初の竜息が魔導輸送船に向かったのと、竜息が横一文字に薙ぎ払ったおかげで殆どの兵は後退できた。


 だが、あれだけの熱波を至近距離で放たれたのだ。

 アラモスと同様に前線にいた傭兵達の多くが熱波で火傷や肺をやられ、エルメリアとシェアリアが治癒に当たった。


 ガラノッサも数カ所の火傷と喉をやられたが、すぐに回復し、指揮に復帰していた。


 ゴーレム兵がほぼ全滅状態の今、帝国が追撃してくれば勝負の行方は判らない。

 竜が更に追撃してくれば王国側の敗北は決定的だろう。


 だが、帝国は追撃をしてこなかった。

 正確には出来なかったのだ。


 ファシナはモルトーンの上部で上空の空飛ぶ船が火を噴きながら大地に落ちていき、最前線が猛烈な業火に焼き払われる様を呆然と見ていた。


「ふん、これで良いな」


 そう声がしてはっと気が付くと何時の間にか全裸のソルディアナが脇に立っていた。


「な、なぜ、敵兵を見逃したので……」


 ファシナがソルディアナに聞いた。

 あの凄まじい竜息を逃げていく敵兵に浴びせてくれれば戦いは既に終わっていたはずだ。


「別に見逃してはおらん、空を飛ぶ船と例の兵士とやらはキチンと焼き払ったぞ?」


 ソルディアナはケロリと言った。


「そ、それは確かにそうですが……」


「ここから先はお前の仕事であろう、逆に聞くが何故追撃せなんだ?」


 そこでファシナは言葉に詰まった。


『例の兵士』が消失したとはいえ、戦力比では圧倒的にボーガベル軍が優勢。

 帝国側も竜人兵を失った以上今追撃するのは得策とは思えなかった。

 竜息の余りの光景に兵士達も浮き足立っている。


 防衛と皇帝の命による空飛ぶ船の破壊に成功した以上、これ以上の損耗はファシナは避けたかった。


「しかし、敵兵の大半は逃げおおせたようだぞ? 指揮官は相当に頭の切れる奴だな」


 ソルディアナが半ば嘲る様に言った。


 結局の所、ファシナは黒竜の力とそれによってもたらされた結果に恐怖したのだ。

 それをソルディアナは正確に見抜いていた。


「ソ……ソルディアナ様の御力とくと拝見させていただきました。ボーガベルは敗退したのです。竜人兵もおらぬ今……こ……これ以上の追撃は得策ではありません」


 ファシナは震える足を必死に押さえながら絞り出すように言った。


「ほう、それで良いのか。欲が無いな」


 ソルディアナが感堪えた様に言った。


 それを聞いたファシナの顔が一瞬呆けた少女のようになった。


 そうだ、怯えてどうするというのだ……。


 この力を私が使いこなすのではなかったか……。


 と、いきなりその場でソルディアナに対し平伏すると、


「いずれにしてもこのままでは済ませませぬ。彼奴等には帝国領土を踏み荒らした報いを受けさせねば。そこで今一度竜人兵をお授け頂きたいのです」


 そう、何時もの調子で、否、更に冷徹さを増した声で言った。

 丸でさきほどと瞬時に何かがファシナの中で入れ替わったように。


「はて? 我とお前の父御との約定は空飛ぶ船と魔導人形を打ち滅ぼし、帝国をボーガベルの侵攻から護る事では無かったのか?」


 平伏して懇願するファシナにソルディアナは意地悪く聞いた。


「その通りでございます、しかし、未だに彼奴等が船や魔導人形を隠し持っている可能性は捨てきれませぬ。それに攻撃こそが最大の防御とも申します。何卒……」


「ふん、お前の言う事は詭弁よの。しかし、まぁ良い。竜人兵は出してやろう」


「有難く存じます」


 あの力を再び得られるのなら何度でも頭を下げてやる。


 敬愛する皇帝以外になどした事も無い平伏の屈辱に耐えながら腹の中でそう思っていたファシナに、


「分を超えた力を使うというのは難儀な事だぞ?」


 ファシナはそれをソルディアナの嘲りと捉えた。


「肝に命じております」


 そう言ったファシナの心中は真逆だった。


 冗談ではない。あれだけの兵士、使うに何の躊躇いがあろうか……。


 現にボーガベルの例の兵士達は散々に我が帝国を蹂躙したではないか……。


 同等の力があればボーガベル如き物の数ではない……。


 強兵を持って敵を蹂躙し、完膚なきまでに殲滅する……。


 これが覇道の戦という物だ……。


 これこそが私に相応しい戦いではないか……。


 この時ファシナの心の奥底には既に新たな野望の火種が灯っていた。

 ソルディアナは何も言わずにファシナの心を見透かすように嗤っているだけだった。





 ボーガベル軍を撃退したエドラキム帝国第三軍は戦勝に沸いていた。


 この世界の習わしで兵士の夕食には酒が振舞われる。

 第三軍の宿営地には大甕の酒が多数運び込まれ、兵士たちは文字通りの勝利の美酒を浴びるように飲み尽くしていった。


 モルトーン内部でもファシナ自ら部隊指揮官達を労っていた。


「漸くボーガベルの跳梁を誅する事が出来た。皆の者、礼を言うぞ」


「はっ、しかし、我々は……」


「言わずとも良い」


 何も働いておりませんと言いかけた部下の言葉をファシナは遮った。


 戦場で戦ったのは竜人兵と黒竜のみ。

 帝国兵は王国の傭兵が放った矢で数十名の死傷者を出したのみだった。

 不甲斐ないと言えば不甲斐ないだろうが、


「お前達が居てくれた上での戦果だ。寧ろ誇れ」


 そう言われて部下は顔を綻ばせた。


「この後は如何に……」


 副官のガシャナドが聞いた。


「当然、このままデグデオを攻める」


 杯の酒を飲み干しファシナが言うと、部下達がどよめく。


「明日、追加の輜重隊が到着次第出発する。途中ボーガベルとの交戦もありうる。兵達には程々に切り上げさせよ」


「はっ」


 同じ様に杯を飲み干すと部下は即座に出て行った。


「ふう……」


 侍女が酒を注ぎ直すと更にそれをファシナは飲み干す。


 美味い……。


 酒がこんなに美味いと思ったのは初めてだ……。


「部下に言っておいて自分が酔いつぶれては示しがつかんぞ?」


 いつの間にか奥の長椅子にソルディアナが寝そべって酒杯をプラプラと振っていた。

 慌てて侍女が酒を満たし、ソルディアナは一気に飲み干す。


「この程度で潰れる程軟ではございません」


 帝国皇子皇女、しかも序列ともなれば式典や夜会などで酒を飲む機会は多々あり、そこで一々潰れていては最悪(はかりごと)にあって命を落しかねない。


 事実、今のファシナは顔色一つ変わってはいない。


「ならば我と差してみるか?」


「それはご勘弁を。ソルディアナ様には流石に敵いませぬ」


 ファシナもソルディアナの酒豪ぶりは良く分かっている。

 最初に屋敷で歓迎の宴を催した時に大甕の酒を瞬く間に飲み尽くして平然としていた。

 あの身体の何処に行ってしまったのか不思議に思ったが竜の化身だからと納得したものだ。


「それで……竜人兵の方は……」


「ふん、問題は無い、今回は五千、魔導人形を打ち倒せるよう力も上げた者を用意しておる」


「おお……」


 もはや、一切の憂いは無い。


 ファシナは初めて酔いを感じたが、それは決して酒の酔いでは無かった。



 一方、国境からさらにデグデオ寄りに敷かれたボーガベル軍の陣に於いても大甕の酒が振舞われ、まるで勝ったかのような勢いだった。


 確かに勝ってはいない。

 だが負けた訳でも無い。

 あの黒竜の凄まじい攻撃を凌ぎ、生きて帰って来たという安堵の宴だった。


 陣中ではガラノッサが傷の癒えたアラモスやその他の指揮官達と酒を飲み交わしていた。


「全く、人の事を言ってる割にゃ無茶しすぎだろ?」


 大ぶりの酒杯の中身を一気に飲み干してガラノッサはアラモスを笑いながら責めた。


「いやいや、某が行かねばガラノッサ様が飛び出しかねませんでしたのでな」


 そう言うや傷だらけの禿頭をツルリと撫でて笑った。


「しかし、大将が皆救い出したから良い様なものの肝が冷えたぜ」


「やはり、ダイゴ候が……」


 ゴーレム達にアラモスを始め逃げ遅れた傭兵達の盾となるよう指示をし、自らは転送で救出して回った。

 それが無ければ確実にアラモス達は死んでいただろう。


 結果、黒竜の竜息と言う壮絶な攻撃にも関わらず、奇跡的に死者は出なかった。

 調子に乗って兵を前進させていればあの勢いで殆ど焼き払われていただろう。


 あらかじめ竜息に備えてゴーレム兵を先行させていたのと特型魔導輸送船で黒竜の注意を引きつけたお陰でもあるが、黒竜がそれ以上の追撃をしなかったのが何よりも大きかった。



「そう言えばダイゴ候は?」


「大将はなぁ……」


 ガラノッサは言葉を濁して注ぎ直した酒杯を呷った。


 アラモスはその仕草だけで全てを察し、無言で同じ様に酒杯を呷った。 



 確かにボーガベル軍自体の被害自体は最小限で抑えられた。


 だがダイゴが最初に作ったゴーレムゼロワンを始めとして、投入したゴーレム兵は全滅した。

 さしものゴーレムの鉄の身体でも黒竜の吐いた竜息の熱に耐えられずに魔導核が崩壊して消滅した。


 ダイゴはこの世界の生き物なら容易に魔法で生き返らせることは出来る。

 魔素が人の記憶や人格を含めた魂と呼べるものを長く保持させる性質があるらしく、完全消滅していなければ一部からでも全く元通りに再生出来るのだ。


 だがゴーレムや擬似生物達には魂と呼べる物は無い。

 破壊されれば元の魔素に戻るだけだ。

 記憶の保持もされないため、再構成しても最早それは別の個体でしか無い。


 デグデオ後方の森林地帯に停泊しているアジュナ・ボーガベル。

 ダイゴは『転送』で戻るなり、展望デッキに入ったままだ。


 そこでダイゴはひたすら泣いていた。


 炎の中、サムアップしながら消えて行ったゼロワン達の姿が、ダイゴの心の中にしまっていた過去の苦く辛い思い出と重なっていた。


 大泣きする訳でなく、ひたすら涙が溢れていた。



 心配したクフュラ達が展望デッキに来ると、扉の前にエルメリアとワン子が塞ぐように立っていた。


「エルメリア様……」


 クフュラが皆を代表して口を開いた。


 エルメリアは少し悲しそうに微笑むと


「皆の気持ちは判ります。私やワン子さんも同じ思いです」


 そうエルメリアが言うとワン子は静かに頷いた。


「でもご主人様だって一人で泣きたい時がある。ゴーレム兵の死も涙を流す。それがダイゴ、私達のご主人様。私達はそんなご主人様だからこそ望んで仕えているのでしょう?」


 一同も頷いた。


「今はそっとしてあげましょう。きっとすぐご主人様は何時もと変わらぬお姿をお見せになります。そして私達はこれからもそんなご主人様を支えていきましょう」


 そうエルメリアに言われ、皆また頷く。

 そして、そのままダイゴを待ち続けた。



 夜もとっぷりとくれた頃、ダイゴは扉を開けると、目を赤くしながら待っていたエルメリア達を見て照れた様に言った。


「ありがとうな」


 それを聞いた一同がホッとした笑みを浮かべた。



「ご主人様、帝国は恐らく明日にでも国境を越えてデグデオ攻略に向かってきます」


 目の端に溜まった涙を拭いながらセイミアが言った。


「水に落ちた犬は叩けって奴か。だがそうはいかないな」


「では」


「ああ、竜の実力は大体分かった。今度はこっちのターンって奴だ」


 それを聞いた皆の顔が綻んだ。


 だが


「これから徹夜になるから皆は先に寝ててくれ」


 そう言われてすぐに皆顔を曇らせた。


「ならば私達もご一緒いたしますわ」


 そう言ったエルメリアに一同同意する。


「い、いや、それじゃ……」


 悪いからと言おうとしたダイゴだったが、


「はぁ、分かったよ。みんな手伝ってくれ」


 そう言われ漸く眷属達は笑顔を見せた。




 翌日の早朝から帝国の陣はセンデニオから物資を積んだ荷馬車が到着し慌ただしく動いていた。




「皆よく聞け!」


 モルトーン上部で整列した兵士を前にファシナが声を上げた。


「地の竜の加護により我が軍は成り上がり者のボーガベルに鉄槌を下した! だがこれで終わりでは無い!これからが始まりなのだ!」


 兵達から歓声が上がる。


「聞け! もはや我が帝国に苦汁を飲ませ続けたボーガベルの兵は無く! 我が軍には地の竜の加護がある!」


 そう叫んだファシナに呼応するようにモルトーンの前に竜人兵が並んだ。


 兵達からどよめきが起こる。


 昨晩ファシナがソルディアナに懇願して新たに生み出させた者達だ。


 昨日の倍以上の五千もの竜人兵が居並ぶ姿を目の当たりにし、ファシナは勝利の確信に酔っていた。


 このままデグデオの王国兵を殲滅すれば後は無人の野を行くが如し……。


 ならば、第三軍はデグデオに残し、竜人兵のみでサシニアの駄馬レノクロマを誅してそのままパラスマヤを落すか……。


 グラセノフとサクロスは互いに噛み合わせておけば良し。パラスマヤを手土産にカーンデリオに戻って皇帝陛下に皇太子の称号を頂くとしよう……。


 第一皇子グラセノフが皇太子では無く第一皇子なのはあくまで彼も「皇太子候補の第一番」に過ぎない為だ。


 激しい競争が繰り広げられるエドラキム帝国の序列争いは、第一から第十の序列に加わったとしてもそこで終わりではない。

 第一皇子ですらこの十年の内に数人が入れ替わっているのだ。


 だが皇太子の称号をファシナが勝ち取ればその熾烈な競争もそこで終わる。


 ソルディアナに出会って芽吹いたファシナの心中の野望の花が妖しい匂いを放ちながら今まさに開花した瞬間だった。


「進発せよ!」


 右手を掲げファシナが号令を発する。


 呼応した帝国第三軍の兵が移動を開始した。


 昨日の戦場、竜息により文字通りの焼け野原となった地を一行は進む。


 途中彼方にボーガベルの空飛ぶ船の残骸らしきものが未だに煙を上げていた。


「兵は乗っていなかった?」


 当然ファシナは調査の兵を差し向け、その報告を受けていた。

 期待していた敵兵の死体が見当たらなかったと言うのだ。


「いえ、船の損傷が余りにも激しく、四散して燃え尽きたと思われます」


 現場には若干ながら鎧や骨らしきものが確認できたという。


「そうか、ならばよい」


 以前のファシナであれば入念に調査させて、それが廃棄同然のボロ鎧や動物の骨である事を容易に見抜いたであろう。

 だが、今のファシナにとってはどうでも良い事だった。





 デグデオ攻略に前進し、国境を超えた第三軍が目の当たりにしたのは整列して待ち受けていたボーガベル軍だった。


 しかも先頭には魔導人形らしき兵が以前の倍以上いる。


「ど、どういう事だ! 何故魔導人形が……」


 報告を受けたファシナが狼狽えた声を上げる。


「彼奴らにまんまと一杯食わされたようだのう」


 ソルディアナが愉しそうに笑った。


 今までの戦闘の報告からボーガベルの『例の兵士』、つまり魔導人形の総数は二千程でそれが全滅した今、もうボーガベルに魔導人形はいない、もしくはそうすぐには補充できないと思い込んでいた。


 ファシナがソルディアナに魔導人形を隠し持ってる可能性について説いたのはあくまで竜人兵を生み出させるための方便だった。


 だが、現実に目の前には以前に倍する魔導人形が整列して待ち構えている。

 遠目で詳細は分からぬが、昨日までの魔導人形とは多少姿が異なるようにも見えた。


「お、おのれ……」


 ボーガベルの小賢しさにファシナが怒りと憎悪をむき出しに歯噛みする。


 あくまで我が覇道を邪魔するか……。


「ふん、さてどうする?」


「と……当然このまま打ち破ります」


 ここで後戻りなど出来るわけがない……。


 例え新たな魔導人形がいたとしてもこちらの竜人兵はそれを打ち破る力があるというではないか……。


 何を恐れる事があろうか……。



「全軍戦闘準備! 目前のボーガベル軍を破るぞ!」


 ファシナは声を張り上げた。


 と


「帝国ってのはホント戦の作法とか無視するのが好きなんだな」


と声がするや、ファシナの目の前に黒衣の男、ダイゴが湧き出すように現れた。

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