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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第六章 センデニオ激闘編

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第七十二話 ファシナ出陣

 エドラキム帝国センデニオの行政府。


 その脇にひと際目を引く屋敷がある。

 それが現在の黒竜姫ソルディアナの住まいである。


 元々この屋敷はセンデニオを預かるコイリン家の物だが、ソルディアナを滞在させるために領主コナート以下家族から従者そして侍女に至るまで全ての者を退去させ、代わりにファシナ配下の者を入れてある。


 当然一介の貴族であるコナートがファシナに反抗できるはずもなく、家族を連れ南東の別荘に移っていった。


 昨日ソルディアナが屋敷から消えた事で大騒ぎになっていたが、今日忽然と戻っていたとの報告を受け、ファシナは屋敷に向かっていた。


「ソルディアナ様!」


 ファシナが元はコナートの部屋であったソルディアナの部屋に入った。

 ソルディアナは素っ裸で長椅子に横たわり、屋敷にあった本を読んでいた。


「ふん、ファシナか。どうした? 血相を変えて?」


「どうしたでは御座いません。お姿がお見えにならず心配しておりました」


「ふん、お前に心配される必要は無いのだがな」


「そうは申しましても……」


 ファシナはため息をつきたかったが辛うじて堪えた。

 このソルディアナはここへ来て以来万事この調子だ。


 当初は四六時中屋敷の書物を読み漁っていたが、やがて退屈と称しセンデニオの街に出る。

 当然影日向に付き添いという名の監視が付くのだが、何時の間にか見失ってしまう事も度々あった。


 もっとも街に出て何か揉め事を起こす訳ではない。

 日がな一日広場で行商の屋台を眺めていたり、物見塔の屋根に寝そべっていたり。

 民家の屋根で猫とずっとにらめっこをしていたこともある。


 まるで大賢者か古老のような語りをするが、する事や仕草は年相応以下。

 まるで数百歳の知識を持った子供。


 そう感じたファシナの直感は間違ってはいない。

 今のソルディアナの身体はまだ十五年前に新生されたばかりで記憶だけが前の身体から受け継がれているが、思考など精神年齢は洞窟で暮らしていただけに年相応未満に過ぎない。


「何、一寸退屈だったのでな。デグデオと言う街の見物に行ったのじゃ」


 センデニオでのソルディアナの振る舞いを見て街の人々はファシナ、つまり帝室に連なる者の気まぐれと捉えていた。


 何しろあからさまにファシナの配下と分かる者達が周辺を窺っているのだ。

 皆、後難を恐れて遠巻きに見ているしか無かった。


 それをソルディアナは捲いてデグデオを訪れたのだが。


「デグデオに……」


「うむ。街にゲルフォガの群れが来たが、お前の仕業か?」


 刺すような視線を向けるソルディアナにファシナは身を固くする。


「仰る通りで」


 だが心中を読まれまいと毅然と返答する。


「ふむ、我を信用しとらぬと言うのか?」


「いえ、私とて一軍を預かる将としての面目がございます。全てをソルディアナ様にお頼りするというのは無能ですと述べている様なもの」


「ふん、それでゲルフォガをけしかけたか。だが残念だがダイゴとやらが全て片付けてしまったわ」


「何ですと……」


「愚かなことを。大方密かに狩ったゲルフォガの死体を使ったのだろうが、あの村は全滅しただろうよ」


「……」


 ファシナは何も言えなかった。

 あの村とはアルコングラの麓にあるダナゴウ村の事だ。


 ゲルフォガの死体をデグデオ市街に捨てるよう命じたのは他ならぬファシナだった。


 魔獣とはいえ比較的臆病な気質のゲルフォガだが、同族意識と執念は深い。

 絶対者とも言える黒竜ならばいざ知らず、人間相手に同族を殺されれば何処迄も追ってくる。

 だからダナゴウ村の者は絶対にゲルフォガには手を出さなかった。


 アルコングラ一体には竜の結界と呼ばれる魔獣除けの黒水晶が至る所に設置され、その竜の結界内にある村は何もしなければ絶対にゲルフォガに襲われる心配はない。


 村の長からその話を聞いたファシナは、密かに部下にゲルフォガを一匹狩るよう申しつけておいた。


 そして自分達とは別行動で持ち帰らせたそれを子飼いの商人に命じ、木箱に詰めてデグデオに運ばせた。


 死体に引き寄せられてゲルフォガがデグデオを襲えば、ボーガベル軍に対する良い陽動になればと思ったが、蓋を開ければ戦果はほぼなく、自領の村を失っただけとは……。


「ですがこれでダイゴがデグデオにいると言う事が分かりましたな」


 心の動揺を抑えファシナが言ったが、ソルディアナには虚勢を張ってるだけに見えていなかった。


「ふん、ボーガベルには空を飛ぶ船とやらがあるのだろう? あれで既にアルコングラを越えてサシニアに向かって行ったならばどうする?」


「そ、それは……」


「そもそも、その船が全部で何隻あるのか分かっておるのか?」


「それは……モシャ商会の調べでは全部で十六隻。その内半数は他大陸に出ており、実働は八隻と……」


「その他大陸に出た物が戻ってきている、もしくは新規に建造された物とは考えなんだか?」


「勿論その可能性も考慮し、調べましたが、他大陸に出ているものは半数が貸与されているもので、残りは定期使用分。そこでボーガベルは新規に八隻を建造し、今回の侵攻に使用すると報告にありました」


 これは特型輸送艦の事である。

 ダイゴはセイミアを通じてこの情報を事前に帝国側に流している。


「ふん、案ずるな。お陰でダイゴとやらの実力も図れた。あながち無駄ではあるまい」


「で……では」


「うむ、確かに並みの人間とは思えんが所詮我に及ぶべくもないわ」


「それを聞いて安堵しました」


「で? ボーガベルの兵は既にデグデオを発っておったぞ? この様な所で油を売っておる場合か?」


「ソルディアナ様のご様子を伺う事は油を売る事にはなりませぬ。それにボーガベルの動向は把握しております故、御心配には及びません」


「ふん、ならばよいがの」


「すぐに替えの御召し物を準備致しますので……」


 とてつもなく高価な絹の礼装をどこでどう無くしたのか、流石に聞けはしないが、絹の予備はもう一着しかない。


 しかし、ソルディアナは全く気にするでもなく言った。


「ふむ、我は別にこのままでも良いのだがな」


 ソルディアナはそれで良くてもファシナはそうはいかない。

 素っ裸で街でもうろつかれたりされたらそれこそ火種を藁小屋に撒くようなものだ。


「それで、我はその空飛ぶ船を打ち倒せば良いのだったな?」


 侍女達に新しい黒絹の礼装を着せてもらいながらソルディアナが言った。


「はい。それと『例の兵士』もです」


 皇帝バロテルヤがファシナに厳命したのはソルディアナの力を持ってボーガベルの空飛ぶ船と『例の兵士』を撃滅せよ、だった。


「ふむ、そうであったな。勿論その兵士の力量は知れておるのだろうな?」


「はい、膂力は我が兵の約三倍、剣の通らぬ鎧に身を包み、一刀の元鎧ごと兵を斬り倒すと」


「ふん、その程度か。ならばこれでどうだ?」


 ソルディアナが手をかざした少し先に光が集まり、やがて人の形が作られ、黒い鱗に覆われた異形の者が現れた。

 身長ニメルテを越え、屈強そうな体躯。

 耳元まで裂けた様な口とソルディアナと同じ金色の目。

 手には既に身体と同じ色に光る剣を携えている。


 侍女達がヒッと小さな悲鳴をあげて腰を抜かしたように尻もちをついた。


「こ、これは……」


「我の使い魔、竜人兵じゃ。これを二千、授けてやろう」


「ほ、本当ですか!? こ、これなら……」


 ファシナの顔が思わずほころんだ。


「これで負けるようならお主が無能と言う事になるな」


 ソルディアナが嗤った。


「か、必ず勝利し、そのご懸念を晴らしてみせましょう」


「ふん、期待はしておるぞ。竜人兵は明日までに揃えておく。広場を使うぞ」


「はっ、ご随意に……」


 庭に向かって行ったソルディアナを恭しく礼をして見送ったファシナの顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 帝国を散々蹂躙し、苦汁を舐めさせ続けたボーガベルの例の兵士に対抗できる兵力。

 それだけで今までの苦労が報われた思いだった。


『これら』を使いこなせば、私は……。


 もはや彼女の頭の中にサクロスなどおらず、グラセノフすら打ち倒すべき敵の一人でしかなかった。


 あれだけ実家であるクンドロフ家が、そして何より自分が渇望していた皇帝の座が一気に間近になった……。


 ファシナの中に芽吹いていた野望と言う名の花の蕾が更に大きくなっていった。



 翌朝、センデニオ行政府前に第三軍一万が整列していた。


「ファシナ様、全軍出陣準備整いましてございます」


 モルトーンの指揮所に立つファシナに副官のガシャナドが声を掛ける。


「宜しい、全軍出陣せよ。配置は予定通り」


 顔色一つ変えずにファシナは言った。

 だが既にその声は「皇帝」の声。


 ガシャナドはその変化を逃さず捉えて息を飲んだ。

 それはファシナの背後に設えた豪奢な長椅子に寝そべるソルディアナと、突如一夜にして現れた異形の兵士達がもたらしたのだろう。


 しかし、それでは……。


 ガシャナドは己の中に湧き上がる懸念を懸命に抑えるしか無かった。




 センデニオ市街から出陣していく兵を見送ろうと街道に集まっていた民衆は一様に驚きを隠せなかった。

 先頭を行進しているのが全身を黒い鱗で覆われた異形の兵士だったからだ。


 その後を正規の軽装鎧を纏った歩兵、そして鎖帷子を付けた重歩兵、騎士、弓兵が続き、紅い親衛騎士達が脇を固め、要塞馬車モルトーンが巨体を軋ませながら通っていく。

 更に輜重隊の荷馬車があとに続いた。


「良いのか? 我も同行して」


 長椅子に寝そべったままソルディアナが聞いた。


「その心配はございません。 彼奴等は必ずここセンデニオを抜きに来ます」


 数か月前、後宮の閨でファシナはバロテルヤに自分をカーンデリオに留め、ブリギオとセディゴをそれぞれサシニアとセンデニオの防衛に回すように進言した。


 第一皇子グラセノフがファシナとサクロスが煽ったとはいえ謹慎を申し出たのは、サクロスはともかくファシナにはあからさまな叛意と受け取れた。


 帝都防衛の要たる第一軍が謹慎すると言う事はあからさまに帝都防衛を放棄すると言う事だ。

 サクロスの第二軍が代わりを務めると言っても、第二軍は帝都城壁外での殲滅戦を主眼に訓練してきており、帝都内防衛の第一軍の代わりなどおいそれと務められるものではない。


 半面第一軍、第二軍の補助を目的に編成された第三軍は両方の任を兼ねられる技量を備えていた。

 第一軍の叛乱という事態に対処できるのは第三軍のみ。


 当然その事も含めての進言だったが、バロテルヤの返事は意外な物だった。


「グラセノフは帝都での戦闘を絶対に避ける男だからだ」


 再びファシナを責めながら言った。


 ファシナをセンデニオに送ったのは言わばグラセノフに向けたメッセージだ。


 今のボーガベルならばブリギオとセディゴの軍を抜く事など容易いだろう。

 だがその勢いで帝都まで侵攻すれば、第二軍とセンデニオからの第三軍総勢三万とボーガベル軍と第一軍の三万との総力戦となり、帝都は回復不能なまでに破壊され、五十万もの一般市民にも多大な死傷者が出る事になる。


 グラセノフは絶対にそれを望まない男だ。

 戦の天才児と称されるグラセノフの唯一の欠点は領民の被害を恐れることだった。

 防衛戦などしたことの無かった帝国でそれに気付く者は皇帝と妹のセイミア以外皆無だった。


 そこでグラセノフが打ち出したのが魔導輸送船による帝都強襲だった。

 これによって瞬時に帝都を制圧する。

 第一軍と呼応すれば、少なくとも小規模の戦闘で第二軍は抑えられる。


 だがそれはバロテルヤに読まれていた。


 第二軍の増兵を許可し、ファシナの第三軍ををセンデニオに配置した。

 それだけでグラセノフは帝都での決戦を誘っていると思うだろう。

 帝都を強襲した所で第三軍が援軍に駆け付ければそれだけで帝都は戦火に晒される事になる。

 更には空飛ぶ船に対しての備えも警戒するだろう。

 結果ファシナのいるセンデニオ攻略を優先せざるを得なくなる。


「優しすぎるのは罪だな」


 ファシナはバロテルヤがボツリと言ったのを聞いた。


 海外がどうのなどと言っているグラセノフの本心がそこにあることをバロテルヤは知っている。

 領民を犠牲にせねばならない事も施政者にはあるのだと。


 その点ではファシナの方がまだ施政者に向いていると言えた。

 だがファシナはファシナで領民を駒にしか見ていない。

 帝位に就いた所で行き着く先は薄暗い恐怖政治だけだろう。


「上手くは行かぬのが世の中か……」


 そうもバロテルヤは呟いたがそれを聞き取る余裕はファシナには無かった。




「ダイゴがデグデオにいたと言う事は空飛ぶ船を含めた主力がデグデオ方面にいるという証拠。我が第三軍を抜いてカーンデリオに侵攻するのは間違い有りませぬ」


 既にデグデオ近郊に放った斥候から、郊外の森にそれらしい物の存在が報告されている。

 最早疑いようは無かった。

 全てはバロテルヤが読んだ通りになった。


「ふむ、まあ良い。我は約定を果たすまでだ」


 ソルディアナは退屈そうに外を眺めた。




 一方、国境を越えたガラノッサ率いるボーガベル王国軍は、遠くにセンデニオの街を見下ろせる丘陵地帯に陣を張っていた。


 事前に傭兵からなる斥候部隊により、周辺に於いての伏兵や、毒や罠などの工作の有無が入念に調べられた。


「……以上が確認した罠の総数です」


「やっと終わったか、ファシナってのは相当に陰険だな」


 千以上も発見された罠の報告が終わり、ウンザリした顔でガラノッサが言った。


 草を結わえた初歩的な物から落とし穴、更には今で言えばブービートラップのような代物まで多種多様。

 池には抜からず遅効性の毒が流し込まれていた。


「して将軍、攻略は明朝で宜しいでしょうか」


 傭兵組合頭で副官も兼任するアラモスが恭しく聞いた。


「よせやい、将軍なんてのは。こそばゆくてかなわん」


 頭をガシガシと掻きながらガラノッサが言った。


「どの道竜がお出ましにならないことには話が進まないんだ。伝えた布陣を兵には徹底させろよ」


「それはもう。各部隊の指揮官にはダイゴ殿より拝領した小型トーカーを持たせて有ります故、迅速な行動は保障致します」


「まぁそんな訓練ばっかみっちりやったからなぁ。頼むぜ」


「はっ、某も前線にて指揮を執ります故お任せあれ」


 そう言ってアラモスはニヤリと笑った。


 ここの所はガラノッサに付いて再編した第二兵団の練兵にあけくれていたアラモスだったが、やはり根っからの傭兵である彼は前線に立つのが本懐だった。


「くれぐれも無茶はすんなよ、俺達の目的はセンデニオで終わりじゃ無いんだ」


 やがて日は落ち、夜の帳が下りた。


 総数三万以上の兵力ともなれば、おいそれと天幕を張って手足を伸ばして熟睡とはいかない。

 敵の夜襲が無いとも限らない。

 一般兵には毛布と戦中食、そして酒が与えられ、その場で夜を明かすのが普通だ。


 唯一の将、ここではガラノッサが専用の天幕に設えた寝台で寝る事が出来るが、大概はやはり夜襲を警戒して大概の将も起きているか短い仮眠をとるだけだが、ガラノッサは熟睡していた。


 もっともガラノッサもひとかどの将だ。

 一声掛ければすぐに剣をすっぱ抜いて飛び起きる器量は持っている。


 併設された天幕からは各町村から徴発された一般市民で構成される輜重隊の面々が忙しく兵たちに毛布や戦中食を配って回る。


 遠征が長距離、もしくは長期に渡るなら公認の移動娼館なども付いてくるのだが、デグデオとセンデニオは距離が短いので今回は帯同していない。


 世紀の決戦の前だが、第二兵団の面々の表情は明るかった。

 あちこちで兵同士の笑いを含んだ談笑が聞こえ、歌を歌う者までいる始末だ。


 一重に、今も最前部に整列し、敵陣を向いている第一兵団のお陰だ。


 連戦連勝でボーガベルを救い、更にはバッフェ動乱でも帝国軍を潰滅させた張本人達。

 その彼らがここにいる事のなんと心強い事か。


 きつく接触を禁じられているため、一緒に酒が飲めないのが第二兵団の兵達には少々不満だったが、


「明日は頼むぜ! 当てにしてるからよ!」


 そう遠くから声を掛ければ握りこぶしに親指を立てて応えてくれる。

 それが任せておけと意味しているのは容易に分かった。

 何とも頼もしい連中だった。


 そしてこの広大な平原に朝が来た。

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