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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第六章 センデニオ激闘編

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第六十八話 黒竜姫

 話はボーガベルがカナレを占拠した頃に遡る。


 エドラキム帝国南西に位置する、第三軍一万が駐留する旧バッフェとの国境の街センデニオ。


 人口は約十万人と東部ボーガベルの国境の街で東の中堅都市サシニアとほぼ同等の規模だ。

 まだ国境の向こう側のカスディアンがバッフェ領だった頃から商人が行きかい、商業の中継地点そして、バッフェ王国に対する要衝として栄えていた。


 数か月前から先遣隊により入念な設営が行われ、辺境の街にも関わらず第三軍が何不自由無く駐屯できるように改めて整備されている。


 当然司令部兼行政府も急場凌ぎの天幕などではなくサシニアの行政府に引けを取らない立派な建物だ。

 元々はセンデニオもサシニアと同じくスドレノアという王国の王都であった。

 行政府はその王城だった物をそのまま使っている。


 兵の為の天幕を設営する場所は新たに開墾された場所が割り当てられ、カナレでも見られたように兵目当ての店が多く出店していた。


 全て第一皇女であるファシナの権威による物だ。


 豪華な調度に囲まれた執務室で今日もファシナは書類の山に眼を通していた。

 兵の訓練、糧秣、武器の調達、果てはセンデニオの市民生活まで。

 本来皇女がやる仕事では無い事までファシナは一々眼を通す。

 彼女にしてみれば初めて得た自分の『領地』だ。

 将来を見据えた経営の練習をする事は全くやぶさかではない。


 事実、センデニオはファシナ着任後街並みは改めて整備され、山賊、野盗の類は駆逐され、治安もすっかり向上した。

 戦争状態にも関わらず、変わらず旧バッフェの商人の通行を許し、ボーガベルから流れてくる物資が市場に並ぶという、ある種奇妙な隆盛を見せていた。


 国を動かすというのはかくも面白いものだな。


 書面に目を通しながらファシナは思う。


 ボーガベルとの戦争は予想に反し帝国最大の危機を招いていた。

 よもやボーガベルが帝国領に侵攻してくるとは誰も予想だにしてなかった。


 皇帝バロテルヤとファシナを除いて。


 いや、ファシナですら数か月前では同じだった。

 敬愛する父バロテルヤが築き上げた絶対無比なエドラキム帝国が攻める事はあっても攻め込まれるなどあってはならない。


 だがその予期せぬ事態は寧ろファシナには絶好の好機に映った。

 無能なバルデロや武辺一辺倒のガモラス、そして役立たずのテオリアは既にこの世に無く、政敵として警戒すべきだったクフュラはボーガベルの奴隷姫に堕ちた。

 そして最大の障壁であったグラセノフは叛乱の恐れありと封じられている。

 序列に上っていないセイミアが代わりに裏で動いているようだが頼みの第十軍が敗れた今、兵力の無い者に何が出来ようか。


 ブリギオやセディゴは捨て駒としてサシニアに向かった。

 残されたサクロス等どうにでもなる以上、次期皇帝の座はファシナでほぼ決まるだろう。


 勿論それ以上の事は皇帝の娘且つ最愛の寵姫であるファシナは望む事は無い。

 問題は異常とも言える強さで進軍を続けるボーガベルだ。

 既にカナレを奪われた以上、これを排し奪われた国土を取り戻さねばならない。


 だがそれも……。


 ファシナは机の上の書類の山の端に埋もれている、油紙で包まれた包みに目を移した。

 後宮の寝所で皇帝バロテルヤ自ら渡された物だ。


 兄弟の手前既にダイゴに対抗しうる手段を確保したとは言ったが、それはこのセンデニオ駐留のための方便であり、全てはこれからに行動に掛かっていた。


「ファシナ様、モルトーンの準備が整いました」


 副官であるガシャナドがファシナに告げた。


「分かった、後は任せる」


 読んでいた書類をまとめて机の上に置くと、ファシナは脇に控えていた侍女に外套を掛けさせ、部屋を出た。


「ファシナ様、ご再考願えませぬか、かような危険な場所に……」


「くどいな、私が直接行かねばならぬ所なのだ」


 歩みを止めることなくファシナは言い放ち、外に出た。


 そこにはひと際大きい十頭立ての巨大な馬車が止まっていた。

 三階建て並みの大きさに、豪華な装飾をされてはいるが鉄板を貼り付け、四隅には塔のような張り出しがあり、各部には弓矢を射る穴が開いている。

 総重量は三十テナンはあり、それを曳く馬も足の速い種では無く農耕に使われる体躯の大きい種を選りすぐっている。

 馬車と言うよりは装甲車、否、小さな移動要塞だ。


 それがモルトーンだ。

 元々は皇帝専用の物だったが、現皇帝バロテルヤは馬車を使った行幸をした事が無い。

 そこで保全を名目にファシナが譲り受けた。


「ではガシャナド、行ってくる。何、客人を連れ帰るだけだ。準備は抜かりなくな」


 不安そうな副官にそう言い放ってファシナは全身紅い鎧を着た親衛騎士団を掻き分けるようにしてモルトーンに乗り込む。


 やがてギギギと巨大な車輪がゆっくりと回転を始め、モルトーンはゆっくりと動き始めた。

 その周りを百騎以上の真紅の親衛騎士団が固める。


 目指すは中央山脈アルコングラの麓にある、ダナゴウの村。




 エドラキム帝国帝都カーンデリオ。


 宰相クファイオスが玉座に座る皇帝バロテルヤに跪いている。


「ファシナ様、ダナゴウに進発したとの伝書鳥が参りました」


「そうか」


 バロテルヤは短く言っただけだ。


 まさかこの手を使う事になるとは……。


 帝国が東大陸全土を統一した時の備えの策をよもやここで使うとはバロテルヤ自身も全く思ってはいなかった。


 出来れば自身がアルコングラに出向きたかったが、今の状況ではそうもいかない。

 もし自分がカーンデリオを留守にすれば、サクロスはすぐさまグラセノフに攻撃を仕掛けるだろう。

 そうなれば泥沼の内戦がよりにもよって帝都で勃発することになる。


 グラセノフの気持ちが分らぬでもない……か。


 くっくっくと笑ったバロテルヤを見てもクファイオスは何一つ言わない。

 帝国の勝利を確信したのだと思っただけだった。


 その時、玉座に声が響いた。


「陛下、ドルミスノ様が御越しになりました」


「通せ」


 そう言うやバロテルヤは顎を動かす。


 クファイオスは何も言わずに下がっていった。


「娘をアルコングラにやったんだって? 何故俺に行かせなかった?」


 入れ違いで長髪の男が入って来るなり言い放った。

 年齢はとうに六十を超えているはずなのに見た目は四十代にしか見えない。

 長い金髪を後ろで束ね、年季の入った外套に長剣を一本携えている。


 帝国で唯一皇帝に謁見勝手自由を許されている男。


 それが「西の剣王」ことドルミスノ・デルギ。


 『東の剣聖』バルジエ亡き今、東大陸における剣士の最高峰たる人物だ。

 れっきとした帝国の貴族の一人であるが、領地経営等の貴族の任を果たすことも無く、ましてや帝国軍に剣技を教授する事も無い。

 「修行」と称して各地を放浪し、それを他ならぬ皇帝バロテルヤに許されている。



「お前ではこの話が破算になりかねん」


「全く……で、どうするんだ。竜をボーガベルにぶつけるのか?」


「これだけの兵を失ったのだ。それしかあるまい」


「それだけじゃないだろ?」


 ドルミスノはにやりと笑った。


「お前はどうする?」


 問いには答えずにバロテルヤはドルミスノに尋ねた。


「前も言った通り、帝国に加担する気は無い。だが、お前個人には手は貸してやる」


「レノクロマか……」


 レノクロマはドルミスノの愛弟子だ。


「それはお前も同じだろ?」


 バルテロマは何も言わない。


「カルレアの事を後悔してるのか?」


 バロテルヤは少し黙っていたが、


「姉の願いを妹は受け止め切れなかっただけの事だ」


 ポツリと言った。


「やはり俺達はクロネラの言う通り嘘が下手なようだ。じゃあな」


 やれやれといった顔をしたドルミスノはそう言って手を振りながら去っていった。




 約三日掛けてファシナを乗せたモルトーンはダナゴウに到着した。

 人口百人にも満たない小さな村ダナゴウ。

 だがアルコングラの入り口として重要な役割を持っていた。

 約三十年前に皇帝バロテルヤ自身が地の竜討伐の禁止とそれに合わせてアルコングラ入山禁止を発布した。

 唯一の入り口であるダナゴウには十人ほどの兵士が常駐し不法に入山する者がいないか目を光らせている。


 標高のせいか晩秋にも関わらず既に寒気が辺りを覆い、アルコングラ山頂には冠雪が見られる。


 モルトーンを降りたファシナは平伏する村長以下全村民の出迎えを受けた。


「ファシナ様に置かれましては……」


 先頭でひれ伏す村長が口上を述べようとしたのをファシナは制した。


「余分な挨拶は良い。村長、供物の方はどうであった」


「ははっ、毎週捧げた物は綺麗に無くなっております、娘などには興味が無いようで」


「ふん、酒と食い物だけか。娘は見たのか?」


「はい、件の使いがやってきて供物だけ持って行くそうで」


「分かった、ご苦労であった」


 ファシナは手を振って村の労を労った。


「勿体ないお言葉で……」


「では早速参るか、案内してもらおう」


「い、今からでございますか?」


「事態は一刻を争うのだ、すぐに向かうぞ」


「か、畏まりました」


 モルトーンから日本の駕籠に似た物が五基降ろされた。

 二つは豪華な装飾が施され、そのうちの一基にファシナが乗り込む。

 もう一基は空のままだ。

 後の三基にはわざわざ旧バッフェ領、つまりはボーガベルから取り寄せた珍しい食物や酒、そして金銀の宝飾品が積まれている。


 それらを近衛騎士団が担いでいる。


 その先頭には三人ほど、道案内の村の若者達がいる。


「では案内を頼む」


 護衛騎士団長であるスルーデの声で平伏していた三人は立ち上がり先頭を歩き始めた。

 駕籠を担いだ護衛騎士たちがそれに続く。



 ファシナ一行が歩く事三アルワ。

 徐々に道も険しさを増していく。


「この様な道を毎週供物を届けに登るとはな」


 小窓から外を眺めていたファシナは村の謹直さに感心した。

 もっともその為に税の免除など多大な便宜を図っているのだ。

 村の存在意義はその為にあると言ってもいい。


「間もなくだそうです」


 スルーデが駕籠に顔を寄せて言った。

 やがて小さな小屋が見えてきた。


 小屋と言うよりは屋根に台がある一種の祭壇だ。

 どうやらこの台に供物を乗せておくらしい。


「ここからが彼の者の結界だそうです」


 見れば黒く塗った木で鳥居の様な形の門が作られている。

 案内の者によればこの先には空を飛ぶ魔獣ゲルフォガも出没し、村人は不可侵の領域だそうだ。


「よし、では降ろせ」


 そう言ってファシナは駕籠を降りた。


「以降は供物以外は徒歩で参る。皆の者は剣を置いていけ。数名はここで待機。野営の必要が生じるかもしれん。準備をしておけ」


 そう指示すると案内の者に言った。


「お前達もここで待っておれ」


「よ、よろしいのですか?」


「相手が相手だ、お前達にはそこまで求めてはおらん。良いな」


 案内の者は平伏した。

 事は帝国の命運を左右する事だ、少しでも不安要素を排したいのがファシナの本音だ。


 その時、木の門の中から人が二人出てきた。

 だがその二人はあきらかに只人族で無い。

 二メルテを越える身長、肌というよりは全身が黒光りする鱗の様なもので覆われている。

 眼は爬虫類のように瞳が細長く金色。


「何用ダ」


 周囲を威圧するしわがれ声でその者が声を掛けた。


 狼狽える親衛騎士達をファシナが制する。


 そして懐から黒い水晶を取り出した。

 皇帝がファシナに渡した包みの中身だ。


「私はエドラキム帝国皇帝バロテルヤ・エ・デ・エドラキムが娘ファシナ・ラ・デ・エドラキム。わが父と汝らの主が交わした古の約定を果たしてもらうべくここに参った。汝らの主との面会を求む」


 その者たちは黒水晶をしげしげと眺めた後、少し眼を瞑ると、


「付イテコイ」


 そう言って門の中に消えた。


「行くぞ」


 駕籠には乗らずにファシナは歩いて彼らの後を付いていく。


 途中、大型の鳥のような魔獣が遠くにこちらを伺っていたが、警戒しているのか近づこうとはしない。


 更に一アルワ程歩くと巨大な洞窟にたどり着いた。

 周囲には見張りなのか同じいで立ちの者達が数名、奇妙な形をした槍を持って立っている。

 中からは異様なまでに圧倒的な気配が吹き付けてくる。


「オ前ダケコイ」


 ファシナだけを指さされ、スルーデ達は気色ばんだがファシナが制した。


「私だけで行く。お前達はここで待て」


「し、しかし……」


「余計なことを言わせるな」


 そうファシナが言うとスルーデ達は跪いた。


 二人の亜人達に付いてファシナは洞窟の中に進んでいく。

 洞窟にはきちんと松明が灯されていた。


 そして奥にある広大な空間に出た。

 上方は吹き抜けのように開いており、日の光が差し込んでいる。

 目の前の奥に一段高い岩場があるが、人が住めるような小屋などは無い。

 だがそこかしこに横穴が数多くあり、そこには人らしき者の気配がする。


 さて、ここからが正念場だ。


 ファシナは腹に力を入れると叫んだ。


「大地を統べる地の竜に申しあげる! 私はエドラキム帝国皇帝バロテルヤ・エ・デ・エドラキムが娘、ファシナ・ラ・デ・エドラキムである! 古の約定に従いバロテルヤの名代として地の竜に助力を請いに参った!」


 ややあって、一段高い岩盤の奥から声がした。


「バロテルヤ? ああ、そんな事があったか……」


 そう言って一人の少女が身体を起こした。


 年のころは十五歳位だろうか。背が低めのせいか幼く見える。

 全裸で黒く長い髪が身体に纏わりついている。


 瞳はやはり細長い金色だが肌の色は抜けるように白い。

 勝気そうな顔から強者の笑みが見て取れた。


「? そなたは?」


 娘には興味が無いと聞いていたが、何処かで攫われて世話でもさせられているのか。


 ファシナが訝しんだ。


「我がその地の竜よ」


 少女が嘲る様に言った。


「な、なんと……」


「信じられぬか、無理もないかのう」


 そう言って笑った少女の身体が光った。

 次の瞬間そこには巨大な黒い竜が現れた。


 全長およそ八十メルテはあるだろう。


 洞窟全体を埋め尽くしかねないその姿と強大な威圧感にファシナは腰を抜かしそうになるが辛うじて耐えた。


『ここではこの姿は窮屈でな。日頃はお前達を模した姿をしておるのだ』


 ファシナの頭の中に言葉が響いた。

 念話だ。


 そして次の瞬間にはまた少女の姿に戻っていた。


 これが……大地を統べる竜か……。


 ファシナも父バロテルヤからその実在を知らされる、否、この目で見るまではお伽噺の存在と思っていた伝説の存在。


 この五大陸にはそれぞれ赤、青、白、黒、そして金の五竜がおり、大地を統べている。

 もし何者かがその大陸を我が物とせんとした時、竜の怒りに触れ、全ては灰燼に帰すであろう。


 そう言い伝えられてきた。


「本来、我はお前達の争いには不干渉の立場だが、まぁ、そう言う約定なら仕方あるまい、一度だけ手を貸そう」


 ファシナの前に仁王立ちした少女が言い放つ。


「はっ、有難く存じます、地の竜よ」


 ファシナは跪いて言った。


「ふむ、地の竜でも良いのだがな。我が名はソルディアナ。『神の代行者』にしてこの世界の大陸を統べる五竜が一、黒竜姫ソルディアナだ」


「ソルディアナ……」


「では早速参ろうかの。案内せい」


 ファシナを見下ろす様に立つ『神の代行者』の少女はそう言って不敵に笑った。

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