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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第六章 センデニオ激闘編

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第六十六話 傭兵

 エドラキム帝国帝都カーンデリオ。



 広大な帝都の片隅にエドラキムの傭兵局がある。

 皇帝バロテルヤの政策により正規軍の増強に重きが置かれているため、戦場の戦力としてではなく、専ら魔獣狩りや治安警備、護衛を主に請け負っていた。

 だが版図を広げる帝国にはその手の仕事も多く、軍をはみ出した者や他国から流れて来た者達が多数集っていた。


 その傭兵局に一人の男が入って来た。

 がっしりとした上背、短く刈った金髪、そして鋭い視線。


 仕事にあぶれ、たむろしていた二十人ほどの傭兵たちがちらと男を見るとすぐに視線を戻す。


 男のいで立ちは何処にでもある麻の平服。貴族や商人の体なら仕事の依頼と期待した彼らの興味は一瞬で消えた。


「ようこそ傭兵局へ。仕事の依頼でしょうか? それとも傭兵の登録でしょうか?」


 受付嬢が仕事笑いをしながら言った。


「その両方だ、傭兵に登録した上で仕事を依頼したい」


 男はぶっきらぼうに言った。


 これは男が只の平民ではないという事を明かしている。

 腕に覚えのある貴族が箔付けの為の魔獣討伐の供を欲しているとか、あるいは単に分け前が惜しいなど様々な理由はあるが。



「では、まずお名前とお歳をお教えください」


「……ボルテ……ボルテ・グラドだ。年齢は三十二」


「はい、ボルテさん三十二歳ですね。ではこれが傭兵証となります。大事に首に掛けてくださいね」


 そう言って受付嬢は慣れた手つきで銅板に名前と年齢を掘り込むと、ボルテに渡した。

 裏を見るとエドラキム傭兵局の紋章が掘られている。


「これがここでのあなたの身分の証となり、仕事の引き受け、報酬の受け取り、死亡した時の身元の確認等に使われます」


「分かった」


 そう言ってボルテは傭兵証を首に掛けた。


「意外と簡単になれるものだな」


 首に下げた傭兵証を改めて見ながらボルテは言った。


「傭兵は皆何かしらある方ばかりですからね。過去を詮索しても仕方ありません。大事なのはこれからの働きです。それで、ご依頼の方は?」


「探索だ。帯同する腕っこきの傭兵が欲しい」


 そう言うや数人の目がボルテに向いた。


「場所は?」


「中央山脈アルコングラ」


「なんだと!?」


 周囲で聞き耳を立てていた傭兵たちが声を上げた。


「アルコングラ? 正気かお前!」


 傭兵の一人がたまらずボルテに言った。


「勿論だ」


「あそこは竜の巣と呼ばれているんだぞ!」


「そうだ、その竜の巣に用があるんだ」


「ば、馬鹿言え! あそこはその名の通り地の竜の棲家なんだぞ、命がいくつあっても足りねぇ」


「別にお前に一緒に来てくれとは言ってない。命は大事にするんだな」


「当たり前だ!」


 吐き捨てるように言って傭兵は出て行った。


「募集人員は三人、報酬は一人金貨十枚だ。今日中に出立したい」


「じゅ、十枚……ですか」


 受付嬢は言葉に詰まった。


 依頼も報酬も破格の物だからだ。

 大型魔獣討伐ですら最大金貨一枚が相場。


 金貨十枚、それも一人頭。

 それは彼の目的が地の竜であることを意味していた。


「どうだ、ここにいる奴で乗る奴はいないか?」


 ボルテは声を張り上げたが、皆一様に下を向いている。

 当然の事だ。


 東大陸最高峰のアルコングラに棲む地の竜は巨大な体躯に剣をも弾く鱗を持ち、何者をも焼き尽くす炎を吐くという。


 伝承ではもし大陸統一を成し遂げる国があれば地の竜の怒りに触れ、その国は跡形もなく焼き尽くされるとある。


 遥か昔にはそうして二つの国が滅んだ。

 東大陸制覇を国是と掲げるエドラキム帝国がそれを看過できる筈は無かったが、皇帝バルテロヤは地の竜に関しては何も語らなかった。


 勿論これまでも討伐を試みた傭兵は数多くいたが、皆帰ってこなかった。

 最後に有力貴族と大商人が結託し、大規模な討伐隊が組織されたが結局誰一人戻ってはこなかった。


 今では地の竜討伐は即ち死を意味し、口にする者すらいなくなった。


 ボルテの口元が歪みかけたその時、


「乗っても良いけどさ」


 女の声が掛かった。

 見れば騎士の甲冑を着崩したように着けている女がボルテの方を見ていた。

 歳は二十代前半。

 濃紺の髪を短く纏めている。

 勝ち気そうな顔立ちだが、どこか気品と愛嬌を感じさせ、決して出自が低くない事を感じさせている。


「死ぬが高いんだ。十枚前払いで頼むよ」


「……若いな」


 一瞥したボルテが呟くように言った。


「あん? 小娘には荷が重いって? 確かめて見るかい?」


 そう言って長さニメルテは有りそうな長剣を見せた。


 この世界の戦争も一般兵士の主力武器は槍もしくは剣だが、騎士や腕に覚えのある剣士たちは馬上で振るえる長剣を好んで使った。


 彼女の持っている剣は直刀両刃のオーソドックスな長剣だが、装飾が平民の手にできる品でない事を示していた。


「俺も乗るぜ」


 壁際にいつの間にかいた長身の男が言った。

 女と見まごう長い金髪を後ろで結わえ、一見吟遊詩人と見まごう顔立ち。

 だが腕や足から見える筋肉は相当に鍛え引き締まらせたものと伺える。


「お前……」


 ボルテは絶句した。

 彼のよく知る顔だったからだ。


「知り合い?」


 女がボルテに尋ねた。


「腐れ縁だ」


 ボルテがぶっきらぼうに言った。


「そそ、こいつ……」


「ボルテだ、忘れたふりをするな」


「ああ、ボルテ、こんな面白い話に何で俺を誘わないんだ」


 腰を屈めてその男がボルテに問い詰める。

 ボルテはそっぽを向いたまま無言だ。


「ねぇ、あんたもあたしを小娘と思うかい?」


 女が男に寄り添いながら言った。


「ん~、良いんじゃないか? 実戦慣れした手をしてる」


「へぇ、よく分かるんだね」


「まぁな。おれはドルスだ、宜しくな」


「あたしはクロネラ」


「おい、まだ連れて行くと……」


「良いじゃないか、この娘は聖魔法も使えるみたいだし」


 そう言ってクロネラの脇に立てかけてある魔導杖を親指で示した。


「魔導士? 剣士じゃ無いのか?」


「聖魔法も使えるし、剣も使える。まぁそんなとこだよ」


 エドラキム帝国の魔導士は全て軍に組み込まれている。

 市井で魔導杖を持っているのは帝国の権限の及ばないムルタブス神皇国絡みの聖魔導士だけだった。


 それから約三アルワ、ボルテは待ったが結局それ以上の志願者は現れなかった。


「時間切れだ」


 そう言ってボルテは机の上に置かれた金貨の山を集めた。


「時間切れ? 何の?」


「お前が知る必要は無い」


「ケチくさいねぇ、まぁいいけどさ」


「前払いだったな」


 ボルテはクロネラに金貨十五枚を渡した。


「良いのかい? こんなに貰って」


「一人分浮いたからな。その分の働きはして貰う」


「ってか、これを持ってドロンって考えなかったのかい?」


「その時はその時だ。多分国を出ることはできんだろう」


「それって一体……」


「こいつは見てくれ通り執念深いんだ。そう言うことだよ」


 同じく受け取った金貨をジャラジャラ鳴らしながらドルスが笑って言った。


「お前もその分は働けよ」


「分かってるって」


「じゃ、あたしはこれを預けてくるから。心配ならついてきなよ」


「そんな時間は無い。一アルワ以内に行って来い」


「分かったよ、待ってな」


 そう言ってクロネラは傭兵局を出て行った。


「戻ってくると思うか?」


 ドルスがボルテに聞いた。


「来るだろ」


 荷造りをしながらボルテが呟く。


 きっかり一アルワ後、クロネラは戻ってきた。


「妹に泣かれたけど、宥めて来たよ」


「妹がいるのか、娘じゃ無く」


「ああ、まだ所帯なんか持った事無いよ」


 そう言ってクロネラは笑った。


 荷造りを終えた三人は、予めボルテが仕立てておいた荷馬車に乗り、一路アルコングラに向かった。


 約十日間の道中でクロネラがボルテ達と関係を結んだのはこの世界の傭兵達ではごく普通の成り行きだった。


「はふぅ、仏頂面のぶっきら棒かと思ったら、アンタなかなかだね」


 天幕の中、ボルテを相手にして荒い息を吐いていたクロネラが言った。


「こいつはソッチの方は造詣が深いんだよ」


 腕枕をしてやってるドルスが笑って言った。


「ぬかせ」


 クロネラを挟んで反対側に寝ているボルテは背中を向けた。


「しかし、何でこの話に乗ったんだ?」


 ドルスがほどいたクロネラの髪を櫛げりながら聞いた。


「野暮だねぇ……まぁいいか。元々あたし達姉妹はノルデの領主の娘だったのさ。でも父親がやらかして家はお取り潰し。どうにか妹はカーンデリオの貴族の娘のお付き侍女に取り立てられたけど、あたしはこうやって傭兵で稼ぐしかなくなってね」


「カーンデリオの貴族に奉公なら良い稼ぎじゃないか」


「あたしだっていつかは貴族……いや、皇帝の目に留まって後宮入りしたかったさ。でももうこんな仕事をしてたらね。身体だって傷だらけだし。だからせめて妹には……ね」


 クロネラはそれ以上は話さなかった。


 中央貴族に奉公する事自体がこの世界ではある種のステータスとも言えた。

 それを足がかりに王や皇帝に見初められることも珍しくはない。

 地方貴族の出とは言えそれなりに金の掛かる事は想像に難くない。

 クロネラは自分の稼ぎを皆妹につぎ込んできたのだろう。


「でもさ、竜の巣って言えば地の竜だろ。あんな怪物どうするってんだい」


 ドルスを弄びながらクロネラはボルテに聞いた。


 ボルテは無言。


「こいつにはこいつの考えがあるんだ。なんせ人生の半分を地の竜に費やして来たからな」


 クロネラに覆い被さりながらドルスが言った。


「へ……え……」


「程々にしておけよ」


 背を向けたままボルテがポツリと言った。




 数日後、アルコングラの麓にある寒村にに着いた三人は、そこの村長に荷馬車を預けて徒歩で竜の巣に向かった。


 渺々と風が吹き荒ぶ瓦礫だらけの道を進み、一行は巨大な洞窟の前に辿り着いた。


「これが……」


 クロネラが呆然と洞窟を見る。


「竜の巣だ。行くぞ」


 剣を抜いてボルテが言った。


 ドルスとクロネラも剣を抜き松明を掲げながら洞窟に踏み込んだ。


「何だいこりゃ」


 クロネラが声を上げた。

 洞窟の中は一面、死体で埋め尽くされている。

 だが、明らかに只人族の物では無い。


「竜人族……竜の眷属だ」


 死体を踏み越えながらボルテが言った。


「にしても皆死んでるじゃないか。何で……」


「寿命だ」


「寿命? こいつらの?」


「しっ」


 ドルスが制した。


 見ると奥の空洞の広場に転がっている死体に比べ、一回り大きな竜人族が仁王立ちしていた。


「気を抜くなよ、アイツは相当に強い」


 ボルテが松明を放り投げ、剣を構えながら言った。


 ドルスも剣を構えた。

 普段の軽さは消え、鋭い気を放つ。


 竜人族が傍に落ちていた赤錆びた剣を取った。

 恐らくは地の竜に挑もうとして死んだ傭兵の物だろう。


「命ガ惜シケレバ立チサルガヨイ」


 竜人族がしわがれ声で言った。


「断る」


 ボルテがそう言った途端、竜人族が飛び、戦いの火蓋が切って落とされた。


「斬撃をまともに受けるな! そいつでも折られるぞ!」


 ボルテが言ったのはドルスの剣、ゴシュニの事だ。

 長剣にして異様なほどの太さのドルスの剣。


 これを折るのは至難の業と思われた。


 竜人族の斬撃を紙一重で躱したドルスがカウンターの斬撃を見舞う。

 だが角度の浅いそれは竜人族の表皮で弾かれた。


「ちっ、何て硬ぇんだ!」


 再び竜人族の斬撃が襲い、ドルスはゴシュニを合わせて受け流す。

 二つの剣の間に火花が飛んだ。


「人の剣で研いでんじゃねぇぞ!」


 悪態をついたドルスの背後からボルテが自身の剣バーシュネで竜人族に斬りかかる。

 バーシュネも肉厚且つ二メルテ近くある長剣、ボルテがこの日の為に誂えた、竜殺しの剣だ。


「ぬん!」


 気合と共にバーシュネを振り下ろすボルテ。

 だがそれも竜人族は自身の剣で受けきった。


 そのまま流した剣でボルテの腕を切りつけ、鮮血が飛んだ。


「っ!」


「回復!」


 すかさずクロネラが回復魔法を詠唱し、腕の傷は塞がっていく。


 その間の隙を庇う様にドルスが竜人族に斬り付ける。

 その斬撃は僅かながら手傷を負わせた。


「剣は通るな!」


 そう言ったドルスに竜人族は突き込み、鎧ごと脇腹を切り裂く。


「ぐおっ!」


 その瞬間傷の癒えたボルテの剣が竜人族の持つ剣に当たり弾き飛ばした。

 ドルスは後退し、すかさずクロネラが回復魔法を掛ける。


 竜人族は別の剣を拾うとボルテに斬りかかる。

 それを避けながらボルテが傷を付ける。


 一進一退の攻防ではあるが、徐々に回復魔法が使えるドルス達が優勢になっていった。


 と、竜人族は二人を掻い潜りクロネラに狙いを定めた。


「!」


 慌ててクロネラが剣を構えるが、体勢が一拍遅れる。


 ギキン!!


 不自然な体勢で滑り込んだボルテの剣が辛うじて竜人族の斬撃を防いだ。

 その時を逃さずクロネラの剣が竜人族の腹部についた傷めがけて突き込まれた。


「やった!」


 そうクロネラが叫んだ瞬間、竜人族の口がガパッと開く。


 竜息だと!


 まさか竜人族が竜息を吐けるとボルテも予想していなかった。


 と、クロネラがボルテを押しのけそのまま剣を抉って竜人族を倒した。

 倒れかけた竜人族が放った竜息がクロネラの腰から下に直撃する。


「ひぎっ!」


 そのまま竜人族とクロネラは地面に倒れた。

 だがすかさず起き上がった竜人族は再び竜息を吐こうと口を開ける。


 だが目の前には憤怒の形相で剣を構えたボルテがいた。


「ぬん!」


 渾身の力でボルテがバーシュネを口に突き込んだ。直後に


「せいっ!」


 背後の傷口から突き入れられたドルスの剣が竜人族の喉元から飛び出しボルテの頬を掠めた。


 三本の剣が刺さったまま竜人族が斃れた。


「クロネラ!」


 ドルスがそう叫んだ時にはもうボルテがクロネラを抱き抱えていた。


「なる……ほど……、こういう……時は手が……早いんだ……ね」


「クロネラ……何故庇った……」


「あ……アンタは死んじゃ……死なせちゃ……いけない……人って……思ったんだ……」


「……何か、あるか」


 下半身を吹き飛ばされたクロネラは最早絶望的だった。

 自身に回復を掛ける余力も残されてはいない。


「い、妹……ビンゲリアに……奉公……いもうと……」


「わかった……」


「あと……あたし……嫁に……して……」


「いいだろう」


 そう言ってボルテはクロネラの既に青く冷たくなっている唇を吸った。


「あ……は……あ……たし……おき……さき……さま……だ」


「お前……知ってたのか」


「ふた……り……うそ……は……下手……ね」


 クロネラは震える手で二人の手を掴んだ。


「おね……カル……」


 そこでクロネラの手の震えは止まった。


「……」


「……行こう」


 クロネラの亡骸をそっと横たえてボルテは言った。




 ひと際高い岩場をよじ登るとそこには黒い巨体が横たわっていた。


 八十メルテ近くは有ろうかという巨体。

 だがピクリとも動く気配がない。

 それどころか生気が全く感じられない。


「既に死んでいるのか……」


 そうドルスが言った時、


『まさかこの時期を狙って来る者がいるとはな』


 二人の頭の中に声が響いた。


「これは?」


 ドルスが頭に手を当てながら言った。


「こいつの力だろうな」


 ボルテは変わらず地の竜を睨みながら言った。


『よもや護り人を倒すとは……なぜ我の死期が分かった?』


「伝承の類を色々調べた。竜が寿命で死ぬ時、山の空が七色に光るなど色々な現象が起こるとかな」


 これは他の大陸で死んだ竜の話だ。


『それでお前は我の血が望みか』


「そうだ、長命強壮の効果があるというお前の生き血をもらいに来た」


 あまたの伝説の類に竜が気まぐれに人に己の生き血を飲ませ、その者が長命になり尋常ならざる力を持つと言う話が伝えられていた。


『良いだろう、最早我は尾一つ動かせぬ身、だがくれてやるのに条件がある』


「尾一つ動かせぬ身で条件も無かろう」


『フッ、そうだな。ではその条件の対価に貴様の力になってやろう』


「馬鹿にしてるのか? 死に掛けの身で何が出来る?」


『話は最後まで聞け。我は死後繭から再生する。その期間は十五年後』


「随分気が長い話だな」


 ドルスが茶々を入れる。


『その後に再生した我が一度だけお前の力になってやるというのだ』


「……その条件とは何だ」


『その繭の間は我は無力。手出しをしないでもらいたい』


「成程、本来繭を護る番人を俺達が倒したからか」


『そう言う事だ』


「地の竜ともなるとお願いも偉そうなんだな」


 ドルスの茶々に返答は無かった。


「断ったら? それこそ繭を壊すかもしれんぞ」


「その時は仕方あるまい。それが天命だ。だが他の大地の竜が放ってはおくまいよ」


「……いいだろう、その条件を飲もう」


 少し考えたドルスは言った。


『我の尾の下に黒水晶がある。それを再生した我に見せよ。盟約の証だ』


「約束は違えるな。血はもらっていくぞ」


『勝手にするがいい』


 それっきり竜の声は響かなくなった。


「急ぐぞ」


 ボルテたちは竜の尾の下に落ちていた黒水晶を拾うと剣で尾の皮が剥がれてる所に切り付け椀に血を受けた。


 ボルテが一飲みし、ドルスに渡す。


「俺は……」


「クロネラの分だ」


 ボルスがそう言うと、ドルスは黙って残りの血を飲み干した。


 それからすぐに竜の身体がザラザラと崩れ出し、中から直径二メルテ程の黒い繭が現れた。


「これが……」


 ドルスが握った拳で軽く叩くとカンカンと硬質な音が響く。

 繭と言うよりは卵の様だ。


「剣では傷一つ付かないんじゃないか?」


 ドルスはそう言ったがボルスは無関心に岩盤を降りて行く。



 広場の入り口に横たわっていたクロネラの亡骸を抱きかかえ、洞窟を出た二人は入り口脇に埋葬した。


「で、長命強壮と竜の力を手に入れたお前はどうするんだ?」


 墓標代わりの杭を見ながらドルスがボルテに聞いた。


「分らん、今まで通りだ」


 黒水晶を握りしめボルテが呟くように言った。


「そうだな、竜の力なんか使わずに済むに越した事は無いな」


「帰るぞ」


「ああ」


 二人の男は洞窟を一瞥し、麓の村に向かって歩き出した。

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