第六十一話 鬼人族
カナレのボーガベル軍駐屯地。
元は帝国第十軍の駐屯地であったが、第十軍の投降とボーガベルによる占領後はそのままボーガベルの駐屯地になった。
同じく投降したアルボラス傭兵団もここに駐留している。
第十軍はボーガベル軍に編入されたのを機にボーガベル軍第三兵団に改称された。
アルボラス傭兵団はまだ処遇が正式決定されていないが、カイゼワラ州に根拠を置くことになるので、ダイゴの私兵扱いになる予定だ。
その第三兵団駐屯地で威勢の良い掛け声が響く。
兵舎脇の練兵場で剣を交えているのはメアリアとレノクロマ。
「てやあああっ!」
レノクロマが掛け声と共に訓練用の木剣をメアリアに打ち込む。
「ふん!」
その打ち込みをメアリアがいなす。
すかさず連撃を打ち込むレノクロマだがメアリアも全て捌いてみせる。
「しっかし飽きないですね~ 二人とも~」
脇の天幕で見物しているメルシャが隣のセイミアに言った。
かれこれもう一アルワはやっている。
「あら、レノクロマにとっては他人と剣を交えるのは自身の剣技を広げる事になるのだから飽きる事なんてないですわ」
「剣技模写でしたっけ~ 便利な技能ですよね~」
「まぁご主人様の神技には及ばないけど、それでも稀有な才能ですわ」
第十軍が投降してからセイミアはメアリアに頼み込んで暇を見てはレノクロマに稽古を付けさせていた。
本当なら『究極剣技』の神技を持つダイゴに付けてもらうのが一番なのだが、
「こればかりはセイミアの頼みでも嫌だ」
とレノクロマが頑として拒むので、代わりにメアリアに付けてもらっている。
メアリアとて『剣聖』バルジエの教えを受け、尚且つダイゴから多くの剣技を授けられている当代随一の剣士だ。
西の『剣王』ドルミスノの愛弟子が東の『剣聖』バルジエの剣技を吸収し融合させる。
それがセイミアの狙いだ。
「ほう、そんな技能があるのか、あの男は」
天幕にセネリが入って来た。
練兵場ではアルボラス傭兵団が訓練をしており、その監督をしていたのだ。
第三兵団もアルボラス傭兵団も明日のゴルダボル要塞攻略には参加をしないのでこうして訓練に励んでいる。
「あ、セネリさん~」
「丁度良いわ、少し揉んでもらえないかしら?」
「良いだろう、丁度身体を動かしたくなっていたんだ」
脇の木剣入れに入っていた木剣を取りながらセネリが言った。
「レノクロマー」
セイミアがそう声を掛けるとレノクロマは即座に打ち込みを止めセイミアの方に駆けて来た。
「あ、おい」
メアリアが声を掛けてもお構いなしだ。
「何だセイミア」
「今度はこの人とやって頂戴」
「分かった。……森人族?」
「ああ、セネリ・ラルウ・ウサだ、相手になって貰おう」
そう言ってセネリは木剣を構えた。
「レノクロマだ」
レノクロマも構える。
「全く、横取りする奴があるか」
セイミアの隣に座ったメアリアが言った。
すかさず脇にいた侍女が冷たい水と拭布を差し出す。
「御免なさい。でも興味おありでしょ?」
「まぁな。森人族の剣技か」
実際カナレにセネリが現れた時はメアリアは相対出来る物と期待していたが、呆気なくセネリは投降してしまい、異国の剣技を見る機会はお預けになっていた。
「みんなホントに剣が好きですよね~」
「あら、メルシャだって相当なモノじゃなくて?」
セイミアは直接見たことは無いが、メルシャは今も付けている金の腕輪を剣の形、もしくは鞭状にして自在に操る剣術の達者だということはダイゴから聞いている。
「むふふ~ 流石にメアリア様には及びませんよ~」
手を横に振りながらメルシャが謙遜する。
メルシャの剣技はいわゆる「商人剣術」という物で、暗器や隠し武器等を主に使う。
いわば邪剣ともいえる物だ。
正当な剣術と真向から仕合うのには向かない事はメルシャも重々承知している。
「参る」
そう言ってセネリが刺突の構えをすると同時にレノクロマも構えた。
「千雷」
一足で間合いを詰める間に無数の突きを放つ。
レノクロマも捌くが腕と肩口に一発ずつ受ける。
「っ……」
「どうだ、剣技模写、使ってみろ」
レノクロマは同じ刺突の構えをする。
「ほう」
「千雷」
そう言うや、レノクロマは正確にセネリと同じ動作で突きを放つ。
だが、その瞬間、一足で一気に踏み込んだセネリがレノクロマの木剣を弾き飛ばし、そのままの姿勢で切り抜けた。
傍から見ればセネリが滑りながら木剣を弾き飛ばしたように見えた。
「森羅烈風」
振り向いてセネリが言った。
「はあ~ 凄いです~」
メルシャが驚くが、
「難しい事ではない。千雷を使うのが分かっていれば相手の踏み込みの機に合わせてこちらも踏み込むだけだ」
再び構えながらセネリが解説する。
「成程~」
「あの踏み込み自体が十分に難しいだろう」
流石にメアリアは先程の千雷にしろ、今の森羅烈風にしろ、その踏み込みが人並外れた脚力の為せる業だと気が付いていた。
「寝坊助のいう通りだ。まだ続けるか?」
「問題ない。続けてくれ」
弾き飛ばされた剣を拾いレノクロマが構え直す。
「だっ、誰が寝坊助だ! 次は私もやらせて貰うぞ」
天幕からメアリアの声が飛んだ。
いつ果てるとも無く、木剣の交わる音が駐屯地に響き渡った。
その頃、カナレ西の森林。
「ねぇ、レノリ、ゴルダボル要塞の方は行かないようにってリセリ様からいわれてたじゃないの」
深い森をレノリ、シスリ、スヨリの三人の森人族が歩いていた。
何れもアルボラス傭兵団の者だ。
「大丈夫よ、もうあっちは良い野草をあらかた採っちゃったし」
「でも、帝国兵がいたらどうするの」
「あらシスリ、帝国兵が私達に敵う訳無いでしょ」
「それはそうだけどねぇ? スヨリ?」
そう言って振り返ったシスリは固まった。
「ス、スヨリ……」
シスリが見たのは木の陰から突き出した巨大な腕に頭を掴まれ失神しているスヨリの姿だった。
「どうした? リセリ」
稽古を終え戻って来たセネリにリセリが駆け寄って来た。
「はい、今朝野草を採りに行ったレノリ達三人がまだ戻ってこないのです」
既に日は天高く昇っている。
「何だって……どっちへ行ったんだ」
「恐らくは西かと……」
西はゴルダボル要塞のある方だ。
帝国の斥候と遭遇する可能性があるのでむやみに行かないようにとはいっておいたのだが……。
仮に斥候と接敵したとしてもレノリ達が帝国兵如きに簡単に討たれるとは思えない。
「皆を集めてくれ。捜しに行こう。五人一組で十組」
「分かりましたが、ダイゴ殿に報告して協力を仰いだ方が」
「身内の不始末でダイゴ達に迷惑を掛ける訳にはいかんよ。私も出る」
明日にはゴルダボル要塞攻略のためこのカナレを進発することになっている。
その様な慌ただしい時期に迷惑を掛けたくは無かったし、何よりも帝国に気取られたくなかった。
「分かりました。私もお供します」
直ちに五十人の捜索部隊が組織された。
「各自指示された場所を集中して捜索する事。帝国兵と遭遇した場合戦闘は極力避ける事。日が落ちる前には必ず門前に戻る事。良いな」
リセリの指示に全員が返事をし、散って行った。
「姫様、これを」
そう言ってリセリが地面に落ちていた剣を取った。
「レノリの剣だ。すると、戦闘を?」
「捕まったのでしょうか……一体」
その時、後ろの方でバキバキと木をなぎ倒すような音が聞こえてきた。
「姫様!」
「あれは!」
セネリ達が見まごうはずは無い。
全高四メルテ強とかなり高いが特徴あるゴツゴツとした顔。
「何でこんな所に鬼人族が……」
その鬼人族はセネリ達を見るとニマリと笑って得物の槌をかざした。
「やるぞ! リセリ!」
「はいっ!」
セネリ達もグリオベルエや剣を構えた。
「ゴ、ゴガアアアアアアア!」
咆哮を上げて鬼人族が突進してくる。
図体が大きくても一人なら!
枝伝いに木に駆け上ると上から突きを掛ける。
鬼人族は猫背気味なので上を向くのが一拍遅れた。
棍棒を振り上げるがセネリは難なく躱して着地すると、ガラ空きになった脇腹めがけてグリオベルエを振り上げる。
もらった!
そう確信したセネリの目の前に恐怖で引き攣ったレノリの顔が現れた。
!!!!
レノリの鼻先でグリオベルエが止まる。
「な……」
その刹那強烈な打撃がセネリを襲う。
「あぐっ!」
吹き飛ばされて木に打ち付けられたセネリが呻き声を上げた。
「姫様!」
「ほ、ほう、オメがア、アルボラスのセ、セネリか。こ、こりゃいいもんひろっただ」
鬼人族はそう言うと羽織っていた魔獣の皮でできた外套を脱ぎすてた。
「な、なんだ……これは……」
大きく広い鬼人族の胴体に前二人、後ろに三人の森人族が拘束されていた。
それぞれが鉄の枠に枷で丁度スクワットのような姿勢で繋ぎ止められている。
胸の中央は空いており、枷がチャラチャラと揺れていた。
前二人と後ろの一人は行方知れずだった三人だが、後の二人はアルボラス傭兵団の者では無い。
服も着ておらず、魂が抜けたように呆然としている。
無理も無い、この仕打ちを見ればどの様な境遇にあったか容易に察する事が出来る。
セネリの心が怒りで震えた。
「外道が!」
グリオベルエが吹き飛んでしまったので、セネリは落ちていたレノリの剣を構えた。
「その者達を返して貰おうか」
憎しみを吹き付けるようにセネリが言った。
「ぐ、ぐへへ、ほ、欲しければち、力ずくで奪ってみな」
「そうさせてもらう」
狙いは一点、空いている胸の部分だ。
喰らえ!
開いてる部分めがけ、必殺の突きを放つセネリ。
だが狙いすましたようなカウンターの突きが直撃し高々と弾き飛ばされる。
「あぐぅ!!」
ベシャッという音と共に大地に叩きつけられるセネリ。
「姫様!!」
「あ、あぐ……」
「ベ、べへへぇ、こ、ここを開けりゃ狙って来るのま、まるわかりだべ」
胸を指差して鬼人族が嗤う。
「お、おのれぇ!」
リセリが頭を狙って斬りかかる。
「そ、それもお見通しだぁ!」
槌の柄がリセリの鳩尾にめり込んだ。
「ぐぶぅっ!」
そのままやはり弾き飛ばされたリセリは大木にぶつかって落ちた。
「う、ひ、姫様……」
そううめくリセリに鬼人族が近寄る。
「ど、どうら、ま、まずはオメェを捕まえるか」
そう言ってリセリに手を伸ばす。
「止めろ!」
立ち上がったセネリが飛び掛かる。
「や、やっぱきただな!」
そう言って鬼人族はリセリに伸ばしていた腕を横に払いセネリの腹に手刀を叩き込む。
「が……」
そう言ってセネリは気を失った。
「げ、げへへ。や、やっぱ森人族はよ、弱っこちぃなぁ」
そう言って鬼人族は胸の枠を外すと気を失ったセネリに枷を嵌めだした。
「ぐ……ひ、姫様を離せ!」
衝撃で動けないリセリが呻いた。
「んん~、い、いやなこった。き、今日からこ、コイツはオデ様……ヴ、ヴギルのもんだ」
パチンパチンと枷をセネリに嵌めながら愉しそうにヴギルと名乗った鬼人族が言う。
「リ、リセリ……早く逃げろ……戻ってダイゴに……」
失神から覚めたセネリが呻く。
「ひ、姫様……」
「う、うるせえなぁ」
そう言ってヴギルはセネリに首枷を嵌めた。
「はや……っ……」
その途端セネリは声が出せなくなった。
ヴギルはセネリを自分の胸元に固定すると、
「さ、さて、おめぇはか、担いでもってけえるか」
と、リセリの方に向き直った。
「?」
だが既にリセリの姿はそこには無かった。
「な、なんでぇ勿体ねぇ、ま、まぁいいか」
頭をゴリガリと掻いたヴギルは外套を被るとゴルダボル要塞の方に歩いて行った。
夕刻、カナレの門。
もう日が落ちるというのに未だに行方不明の三人とセネリ、リセリの二人が戻ってこない。
知らせを受けたダイゴ達が戻って来た捜索隊と門の前で待っていた。
「申し訳ありません、ダイゴ様……」
森人族の一人がダイゴに詫びる。
「構わんよ。こっちでも捜索隊を編成するから、お前達は休んでろ」
既にサシニア方面に展開させていた偵察型擬似生物達の半数を捜索に呼び戻している。
「いえ、私達ももう一度……」
そう言いかけた時、森からリセリがヨロヨロと出てきた。
「リセリ様!」
ダイゴ達を見たリセリはその場に崩れ落ちた。
「リセリ、何があった? セネリは?」
「ダ、ダイゴ殿……申し訳ありません……セ、セネリ様が……」
「セネリが?」
「き、鬼人族に……」
その言葉を聞いた森人族が色めき立った。
「鬼人族! どうして……」
「鬼人族に……捕まってしまいました。ど、どうか……」
「分かった。取り敢えず中で話を聞こう。皆も中に入れ」
「し、しかしセネリ様が……」
「セネリは必ず助ける。心配するな。指示があるまで待機」
「分かりました……どうか……セネリ様を……」
森人族達は深々と頭を下げた。
「ああ、任せろ」
リセリを抱えたままダイゴはアジュナ・ボーガベルに転送した。
「他の森人族もいた?」
エルメリアに『治癒』を掛けてもらったリセリが事の顛末を皆に説明した。
「はい、鬼人族の……ヴギルと名乗ってました。そいつの身体に括りつけられて……それで……セネリ様達も……」
「いわゆる肉鎧って奴か……えげつないことするんだな」
元の世界で同僚が読んでた漫画本に確かそんなのがあったな。
果たして行為をしながら戦えるのかとかこんなに抱えてちゃ重いだろなんて下らないことで盛り上がったものだったが……。
ダイゴがそんな過去を懐かしんでいると、
「それ以外にも人質になっている森人族がいるという事ですね」
リセリに落ち着かせるためのスープを渡しながらクフュラが言った。
「ああ、いざとなりゃ盾だの何だのに使うつもりだろうな」
「鬼人族……随分悪知恵は回るようだな……」
憤慨しながらメアリアが言う。
「しかし……なぜ鬼人族が東大陸に……」
スープを啜りながらリセリがぼそりと言った。
鬼人族には船を造る技術も操船技能も無い。
漂流して流れ着くのも不可能であり、第一、あの風体は奴隷とは思えなかった。
「アルボラス傭兵団と同じだろ」
「そんな! 鬼人族の傭兵団など聞いた事がありません」
「鬼人族以外の何者かが新たに組織した。そうは考えられんか?」
「そんな……鬼人族を従えるなんて……」
鬼人族は森人族とは別の意味で同族意識が強く、他種族が御すのが困難な人種であった。
「まぁ何にせよ明日の侵攻に変更はない。セネリ達の身柄も心配だ。今晩中に全員救出するぞ。セイミア、出来るな?」
「勿論ですわ。ただし、ご主人様に相当頑張って頂かないとですが」
「当たり前だろ。で、どうだ?」
「新たにゴルダボル要塞付近に敷設された天幕に鬼人族らしき一団を確認しました。総数およそ二千」
クフュラが偵察型擬似生物からの情報を報告する。
「二千! そんなに!」
リセリの顔が青ざめた。
「どうやらこいつらが帝国の連中にとっては本命のようだな」
「それでは……我々アルボラス傭兵団は……」
「言っちゃ悪いが、露払い、噛ませ犬、もしくはご褒美……つまりは餌だな」
「くっ……」
「連中がデカすぎるのか要塞に入れないのが幸いしたな。寝静まってから行動開始だ。ワン子、ニャン子、俺の三人で行く。残りはアジュナで救出した人質の面倒を見てくれ」
「「「はい」」」
エルメリアを筆頭に眷属達の声が響く。
「あ、あの! わ、私も連れて行ってもらえないでしょうか?」
リセリが懇願した。
「ああ、構わんよ」
「ありがとうございます」
姫様が一目ぼれする訳だ……。
深々と頭を下げながらリセリは改めて思った。
只人族を越えた能力とそれに裏打ちされた自信と行動力。
そして付き従う女達もまた優れた能力を持った者達ばかり。
何よりもこの器の大きさ。
自分も……。
出掛かった思いを必死に押し留めた。
姫様の乳姉妹として、従者として生涯忠誠を誓った身。
折角姫様が掴んだ幸せを……。
「いっそその場で要塞を吹き飛ばしたらどうだ?」
「それは無謀ですわ。何か騒ぎを起こせば人質に何が起こるか分かりません。それにあのゴルダボル要塞の構造上、単に破壊すれば良いという訳には参りませんわ」
メアリアの提案にすかさずセイミアが説明する。
山間にダムの様に構築されたゴルダボル要塞はいざという時にはそれ自体が崩落して峠を塞ぎ、敵の進軍を阻止する構造になっている。
「今吹き飛ばせば、彼等はサシニアに後退して第五軍一万と合流しますわ。そうなるとサシニア自体が戦場になる可能性が高くなりますの」
ダイゴはグラセノフ達と協議の上、今回の戦闘は極力一般市民に被害を出さない方針を決めた。
その為市街地での交戦は避けたいがそれを帝国側に気取られる訳にもいかない。
「少なくとも今回は要塞前方に敵を貼り付けておく必要がある。恐らく敵もそれを望んでいるからな」
「そうなのか?」
メアリアは今一つピンと来ないようだった。
「ご主人様、準備完了しました」
セイミアが噛み砕いて説明している間に準備を終えたワン子、ニャン子、そしてリセリが揃った。
「よし、では作戦開始だ。行って来る」
「お気を付けて」
エルメリアと唇を重ねたダイゴは三人と共に転送して消えた。





