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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第五章 ゴルダボル要塞攻略編

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第六十話 珈琲

「アルボラス傭兵団も消失しただと?」


 やはりセディゴは無表情のまま言った。

 セネリが意気揚々と要塞を出て既に三日。

 斥候の報告によれば、カナレ近辺にアルボラス傭兵団の影も形も無かったとの事だった。


「ふうむ、やはり軍監位は付けておくべきだったか」


 兄に監督不行き届きを咎められるのは少々気が引けるが、止むをえまい。


「ブリギオ兄には消失とだけ報告しておけ」


「はっ」


「例の物はどうなっておる」


「既に据え付けを完了し、各部の調整を行っている所であります」


「うむ」


 セディゴはセディゴで対ボーガベル用の策を用意していた。

 その一つが特別製の重弩砲で、これを三十基据え付けている。


「他国の傭兵などに頼らずともボーガベル如き粉砕してくれるわ」


 変わらぬ無表情でセディゴは呟いた。






「う……ん」


 香ばしい香りにセネリは目を覚ました。

 純白の柔らかい布のフカフカの寝台。

 こんな清々しい寝起きは何年ぶりだろう。

 いや、故郷アルボラスにいた頃ですらこの様な寝台で寝たことは無かった。

 しかも部屋の何処からか冷気が流れているらしく、寝苦しいということも無い。

 目が覚めるのが勿体なく、もっと貪りたい欲に駆られるが、鼻をくすぐる香りがそれを許してくれない。


 ぼうっと天井を眺める。


 あれから……。


 セネリはダイゴに敗北し、アルボラス傭兵団は投降した。

 カナレ入りした傭兵団をリセリに任せ、セネリはこの美麗な純白の船、アジュナ・ボーガベルに連れて来られた。


 そこでの待遇はセネリが長い傭兵暮らしで何時の間にか忘れていた物だった。


「まぁ、まずは汗を流してきな。それから食事だ」


 そうダイゴに言われ、侍女に連れられた先で、水では無く湯が蕩々と湛えられた泉が船の中に有ることにセネリは驚いた。

 付き添っているルファという侍女がこれは大浴場という物で御座いますと説明してくれ、続いて侍女達が身体を隅々まで洗ってくれた。

 しかも北や西の大陸でも滅多に見ることの無い石鹸が小さな樽一杯にあり、それを惜しげも無く使っている。

 髪は別の石鹸のような液で丹念に洗われ、これは何かと聞くと、蜂蜜や海藻といった髪に良い物を混ぜた『しゃんぷう』という物です、とルファが答えた。


 大浴場から出れば暖かい風が出る魔道具で髪を乾かした後に香油で整えられ、上等の木綿の下着と部屋着を着せられる。


 薄く引いた銀を磨き込んだ鏡に写った自分の姿を見てセネリは思わず涙を流しそうになり必死で堪えた。


 気高く生きる事と美しく着飾る事は違うと勿論セネリも分かってはいる。

 だが今の自分の姿とさっきまでの泥と汗に塗れた鎧姿の自分のなんと違う事か。

 だがそれも全ては故郷アルボラスの復興の為と自分に言い聞かせ涙を抑えた。


 その後案内された食堂で更にセネリは驚かされた。

 待ち受けていたダイゴの、その脇を固める女達にだ。

 何れも森人族に勝るとも劣らぬ美しさ。

 セネリすら息を飲んだ程だ。


「あ……」


 ワン子を見つけたセネリが思わず声を出した。

 美しい獣人は微笑んで会釈した。


「ああ、実はあれ、俺だったんだ。お前があそこにいた意図を探りたくてな」


 そう言ってダイゴは商人の男の顔になった。


「そ、そんな事も出来るのか……」


 この男はどれだけ底が知れないのだ……。


 セネリは改めて舌を巻いた。


「では、始めようか。いただきます」


 すると女たちが一斉に


「いただきます」


 と、言ったのでセネリも慌てて続く。


 出てきた皿にも驚かされた。


 野菜のソテー、サラダ、スープ。ラッサ鳥の丸焼きまで。

 そのどれにも色とりどりの野菜や野草が美しく盛り付けられている。


「私に気を遣ってくれたのか?」


 そうセネリが聞くと、


「ああ、リセリ達が、お前にって野草をどっさり持ってきたんだ。良い部下だな」


 そこで初めて涙がこぼれた。


 呆気なく負けた私を気遣ってくれるのか……。


 すかさず獣人の少女が手巾を持ってきてくれた。

 見れば首にあの隷属の首輪が嵌っている。


「!」


 隷属の首輪はセネリも勿論知っている。

 これのせいで多くの同族が不遇を被っている事も。

 セネリが顔色を変えたのを見てすぐに少女が


「これは……じぶんで……つけています」


 と胸を張って言った。


「なんでか皆取らないんだよ。要らん誤解を招くんだけどな」


 ダイゴが困ったように言った。


 その後はダイゴ達と他愛も無い話が続いた。

 それぞれの故郷のこと、ダイゴの事……。


「森人族って長寿だと聞いてたけど、セネリは正真正銘十七歳なんだな」


「それがどうかしたのか?」


「いや、実は三百十七歳でーす、とかかと」


「なんだそれは。森人族は寿命が長いのは確かだが歳の取り方は他とたいして変わらない」


「そういやアルボラス傭兵団も随分若い連中ばかりみたいだが」


「結成当時の者は殆ど戦死したか戦傷で戦えなくなった。今の傭兵団は私が同年代で再編したいわば二代目アルボラス傭兵団なのだ……これ、まだあるか?」


 食事の後に出されたあいすくりいむという冷たい食べ物がことのほか美味で、セネリは思わずもう一皿所望した。


 何もかもが夢の様なひと時だ。

 忘れていた物、とうに捨てたと思っていた物、それらが一気に本流の様にセネリの心に押し寄せ、セネリは流されていった。


 そして気が付くと寝所でダイゴを己の中に迎え入れていた。

 周りには他の女達もいたが恥ずかしさは無く寧ろ心強かった。

 そしてダイゴの胸に顔を埋め、深い深い眠りに落ちた。




「お、起きたな。おはよう」


 何やら湯気の出る器具を眺めていたダイゴがセネリの方を向いて笑った。


「お、おはよう……」


 昨日の事を思い出してセネリは赤くなった。

 生娘のしるしを流したはずだが弄ってみると綺麗に拭われている。


「皆は……?」


「風呂だ。約二名除いてな」


 見れば寝台の端に二人、クフュラとかいう元エドラキムの姫はすやすやと、もう一人メアリアとかいうボーガベルの姫は口を開けて寝ている。


「その二人はまだ起きないから放っておいていいぞ」


 ダイゴが茶杯に何か琥珀色の液体を注ぎながら言った。

 香りの正体はこの液体のようだ。


「それは?」


「コーヒーだ、やっとまともな味になってな」


 ハフカラから大量に豆は持ってはきたが、それを飲めるようにする為にダイゴは悪戦苦闘した。

 散々試行錯誤してようやく完成した試作品を試しにメアリアが飲んだ途端ブーッと顔面に吹き出されるなどの苦難の末、ここまで辿り着いた。


「私も貰って良いか?」


「苦いかもしれんぞ?」


「構わない。お前と同じ物が飲みたい」


「じゃぁ、まずはアメリカンで」


 そう言って差し出された茶杯に口を付ける。

 苦みと酸味が口に広がった。


「ほう……悪くは無い味だ」


「だろ? 良かった。理解者が一人増えたぜ」


 ダイゴが笑った。


「そうか、良かったのか」


 不味くても例え毒であろうと私は飲んだろう。

 ダイゴが笑ってくれるのなら。


 そうセネリは思った。


「私は……これからどうすれば良いのだ?」


 掛布に包まりながらコーヒーを啜ってセネリが尋ねる。


 その姿を見て、


 これ、絵にしたらタイトルが『朝ちゅんコーヒー』なんて間抜けな名前でも名画になるな。


 等と思っていたダイゴが


「ん?」


 と、慌てて返事をした。


「私はもうお前の物だ。お前の望む事は何でもしよう。お前は何をしてほしい?」


「ん? それは一つだけか? それとも三つまでとかか?」


「そんな訳は無い。まず何をして欲しいのか聞いているのだ」


「はは、不器用な奴だなセネリは」


「そ、そうなのか?」


「まぁいいや。そのうち自分のするべき事は自分で見えてくるだろうさ。差し当っては……」


 少し考えて


「ボーガベルはこれからカナレの先の要塞をぶっ潰す」


「ゴルダボル要塞か。私達はそこから来た」


「だろうな。その様を一緒に見てろ」


「分かった。手伝わなくていいのか? 情報とか」


「ああ、別にあそこの情報はたっぷり仕入れてあるから必要ない」


 要塞には例によって偵察型擬似生物ドローンを大量に放っていた。


「そうか……」


 その時寝台の端がモソモソと動き、クフュラが起きてきた。


「くふぅ、おふぁようございます……」


「おう、おはよう、みんなとっくに風呂に行ったぞ」


「ふぁあい。あ、セネリさんおはようございます」


「あ、ああ。おはよう」


「一緒にお風呂行きましょうよ」


「え?」


「ああ、行ってきな」


「分かった」


「うふ、セネリさん、ご主人様にぞっこんですね」


「な!? い、いや……そうだな。うん」


 いきなり図星を指されたセネリは赤くなってモジモジしながら肯定した。


「じゃぁ、行きましょうか」


「ああ、そいつも連れてってくれよ」


 ダイゴはまだ爆睡しているメアリアを指差した。


「起こすのか?」


「メアリア様は普通じゃ起きないので」


「担いで行ってくれ」


「分かった」


 そう言ってセネリはヒョイとメアリアを両肩に乗せるように担いだ。


「はぁあ、凄いです」


 クフュラが感心したのも構わずに、


「では、行ってくる」


 そう言ってセネリは隣接する小浴場に歩いて行った。


 直後に浴場からドボォォンという音と


「がぼああああ!」


 という変な悲鳴が聞こえてきたがダイゴは、


「ああ、やっぱ起きがけのコーヒーは良いなぁ。心が洗われるよ」


 と聞こえない事にした。




「全く、なんて起こし方をするんだ」


 頭に拭布を巻いたメアリアが朝食のパンを食べながらぶつくさ言っている。


「ダイゴに言われた通りにしたまでだ、文句を言うな」


 セネリはサラダを食べながら何食わぬ顔で返す。


「だからといって投げ込む奴があるか」


「ならば朝は自分できちんと起きる事だな」


「おお、皆が言いにくい事をきちんと言ってくれるとは流石森人族」


「むううう」


 一見剣士で同じタイプに見えるメアリアとセネリだが、実際並んで比べて見れば、明朗快活なメアリアと冷静沈着なセネリと性格は随分違う。


 組み合わせてみれば存外いい結果を産むかもしれないな。


 そうダイゴは思った。


「そう言えば、この間ダイゴはなんであそこにいたのだ?」


「ん? ああ、泉の事か。敵地偵察……と言えば格好いいけど、あの辺に香草やキノコが沢山あるってカナレの住民に聞いてな。偵察がてら採りに来てたんだ」


「そうだったのか……」


「まぁお陰でもっと良いもんが手に入ったけどな」


「それは……」


 何の事か思い当たったセネリは頬を赤くした。


「セネリさんてもっと怖い人かと思ってましたが、凄く純情なんですね」


 クフュラがにこやかに言った。


「む、う……」


 更に顔を赤くしてサラダをモシャモシャと食べるセネリ。


 そんな和やかな朝食をダイゴ達が楽しんでいた頃。






 サシニア北西の小さな港街ゴルンダは異様な雰囲気に包まれていた。

 昨日から沖合に大型船が五隻停泊しているのだが、そこから次々と小舟で上陸してきた集団の為だ。


 身長が三メルテはある大男達、顔は岩を彫り砕いたかの様で、頭には一か所又は二か所ほどに角の様なこぶがある。

 皆が皆、申し訳程度の革鎧を付け、魔獣の皮と思しきものを外套として羽織っている。

 手には樫のような硬質の木を削りだした槌を持っているがそのどれもが血であろう赤黒い汚れに覆われていた。


 その姿はまさに鬼と呼ぶに相応しい。


 実際彼らは「鬼人族」と呼ばれる種族で、『亜人大陸』である北方大陸南部に住まう。

 ジロリと周囲を一瞥しただけで見物人は後ずさり、家の窓から見ていた者は引き込んだ。


 次に船から降ろされたのは、一回り大きい鬼人族とそれに連れられた二十人ほどの森人族の女達だった。


 その鬼人族は赤と黒の文様の、恐らくは魔獣の皮で出来た外套をすっぽりと被っていた。

背丈もさることながら胴回りが異様に太く見える。

 中から鎧の音なのかガチャガチャと金属の軋む音が聞こえるがそれをうかがい知る事は出来ない。


「ほ、ほうれ、も、もたもたせんと、あ、歩くだ」


 たどたどしいダミ声を鬼人族の大男が発した。


 女達は何れも申し訳程度のぼろ布をまとい、首には首枷、足には足枷が嵌められている。

 全員が憔悴しきった顔で大男たちの後をトボトボと付いていく。


 数日前に別の船から降りて来た森人族の兵士達との余りの落差に見物人たちは目を瞠った。


 そして最後に降りて来たのは、色とりどりの布を継ぎはぎした様な服に身を包んだ奇妙ないで立ちの男だった。


「う~ん、可哀想だけど仕方ないンだよねぇ。まぁもうすぐ仲間が沢山増える予定だから、少しは寂しく無くなるかな? 無くなンないか」


 淡い紫髪の一見爽やかな好青年風の男は一人で問答した後、この異形の行列の後を付いていった。




 サシニアにある行政府。

 破却された旧城を改築したもので相応の豪華さが残っている。

 玉座の間だった部屋は今はブリギオの政務室になっていた。


「殿下、例の者共が到着しました」


 配下の兵が書状に目を通していたブリギオに告げた。


「そうか」


 そう言うやブリギオは眼を剥いた。

 何時の間にか奇矯ないで立ちの男が跪いていたからだ。


「お、お前は……?」


「お初にお目にかかります、ブリギオ殿下。この度ご用命により参上しました、私めエルカパス商会をやっております、ドンギヴ・エルカパスと申します」


 奇妙な衣装を身に纏った優男が恭しく礼をする。


「お前がエルカパス商会の……遠路はるばるよう来てくれた……と言いたいところだが、あのアルボラス傭兵団の体たらくを見るとなぁ」


 不機嫌そうにブリギオが言った。

 当然だろう、高い金を払って呼び寄せて、散々気を遣ってきたのに、勝手に出撃して寝返ってしまった。


 ダイゴであれば外タレかよと言いたくなるような行いだ。


「その件につきましては誠に申し訳無く思っております。しかし、元よりあれらは所詮餌の役でしかないので、その役目はまだ生きております」


 ちっとも申し訳なく無さそうにドンギヴは言った。


「要は結果だ。支払った金に見合う成果は出せるのだろうな?」


「当然でございます。そのボーガベルとやらの兵がいかな屈強と言っても所詮私目がこの度連れてきましたデドル傭兵団の前には赤子以下でございます」


「ふむ、しかし鬼人族……よくも手なずけられるものよな」


「そこはそれ、様々な顧客の要望に応える我がエルカパス商会の秘伝の技の賜物でございます」


「まぁ、分かった。とにもかくにもボーガベルの侵攻まで間が無い。直ちにゴルダボル要塞に向かい、連中の撃滅とカナレの奪還。これはしかと果たしてもらうぞ」


「心得ましてございます」


 ドンギヴは仰々しく礼をすると部屋を出て行った。


 帝国の伝統に背き、他国の傭兵に助力を求める。


 皇帝の裁可は降りたものの、サクロスやファシナ達に知れれば物笑いの種にされよう。


 だが、最早なり振りなど構ってはいられない。


「勝てば……退ければ良いのだ」


 ブリギオは脇の壁に掲げられた自分と家族の肖像画を見ながら呟いた。

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