第六話 戦闘奴隷
俺達が市場の外れにあるチュレアの家に着いた頃には、すっかり日も暮れかかっていた。
この辺りではオーソドックスな造りの木造土壁づくりの平屋建て。
二間で竈のある居間とその奥の寝室に分かれている。
家の入口には何時もは菓子が並んでいるであろう板が野ざらしになったままだ。
「おじさんのお陰で明日の献上に間に合うよぉ、ありがとぅ」
チュレアが満面の笑みを浮かべて言った。
明日の午後に城にて献上品の受付が行われる。
エルメリア姫は献上品に手紙があれば必ず目を通し、場合によっては返事をくれる。
これによって改まった施策もあり、彼女達の国民に対する人気は高いそうだ。
「いいっていいって」
居間の食卓の上に壺を置いて俺は手を振った。
「娘が……お世話になりました……」
チュレアの母親の傷は重いらしく、寝台から申し訳なさそうに顔を覗かせただけだった。
「じゃあ明日の十一の鐘に広場でね」
「ああ、これでお母さんに元気が付く物でも食べさせてあげな」
そう言って俺は大銀貨一枚をチュレアにそっと渡す。
「え! こんなに貰えないよぅ」
「良いんだ、明日はそれだけの事を頼むんだから。その前金だよ」
「でもぉ……」
俺は首を振った。
「おじさんはこの街に来て迷ってた所をチュレアに助けられたんだ。この位の事はさせておくれ」
「ありがとぅ……おじさん……」
チュレアは大銀貨を握りながら笑った。
「待たせたな。行こうか」
家の外で待たせていたワン子に声を掛けた。
「畏まりました」
ワン子が馬鹿丁寧にお辞儀をすると周囲の通行人の視線が俺に突き刺さる。
「う……い、行くよ」
ワン子は一目で獣人とわかる上に首には隷属の首輪が嵌っている。
必然的にワン子を見た人は俺を見る。
しかも否定的に。
大部分の男たちが兵役で戦場に出ている今、自分の奴隷を連れて街をフラフラしている若い男など貴族や商人の放蕩息子くらいの物。
後は文字通り奴隷商人。
人々の目はそのどれかという選別の目だ。
取り敢えず宿に戻ろう。あとはそれから考える……。
ワン子は俺の左斜めを付いてくる。
と、宿屋の前に来た途端『探知』の神技が反応した。
見れば入口近くであからさまにこちらを窺っている男がいる。
朝俺が『探知』を使った時はいなかったから、昼間のうちにここに来たのだろう。
俺達は何食わぬ顔で宿に戻ると、追加の料金を支払う。
宿のオバチャンは無言。
客が女を連れ帰って来る事などはこの世界でも珍しくは無いのだろう。
「は~っ」
部屋に入るなり俺はベッドに大の字になって大きく息を吐く。
まさか異世界生活三日目で早くも獣人奴隷娘が手に入るとは思わなかった。
成り行きとは言え大枚金貨三十枚、しかし八割引のお買い得。
どうしたもんやら……。
俺は高い買い物をしてから自責の念に囚われるタイプだ。
当然の如くこれからの生活とかの悪い妄想が押し寄せてくる。
二人まとめて路頭に迷って、最終的に俺まで奴隷落ちして俺だけ二束三文で売られたり。
脳裏に木箱に仲良く入ってる俺とワン子のうち、ワン子だけが連れ去られる様が浮かぶ。
ふと、部屋の隅っこに立ってるワン子が俺をじっと見つめている。
うう、先行きに不安を感じる俺の心を見透かされたか……。
とはいえ懐にはまだグルフェスがよこした金貨の残りや、エルメリアから貰った金が相当額ある。
このまま何もせずとも暫くはこの宿で食うに困らない分だ。
しかし……。
改めてワン子を見る。
成程女商人が言うだけの事はある。
ボーガベルの三人の姫様達にも引けを取らない整った顔立ちに大き目の胸と出る所は出て引っ込む所は引っ込んだ上に引き締まった肢体。
白く抜けるような肌と透けるような蒼みがかった銀髪。
狼やハスキー犬のような蒼白い目に琥珀色の瞳。
奴隷用と思わしき粗末な貫頭衣と定番の首輪ですら美しさを引き立てるアイテムにすら俺には思えた。
「……」
「……何かご用はございますでしょうか?」
そう言われて俺は自己紹介すらしてない事を思い出した。
「ああ、すまない。改めて自己紹介しよう。俺はダイゴ・マキシマだ」
「ダイゴ様ですね。よろしくお願いします」
ワン子は深々と頭を下げる。
「ああ、それで名前なんだが……」
「ワン子、とても良い名前です。ありがとうございます」
へ? マジで言ってるのか?
後で変えられるようにふざけ半分で付けた名前を気に入られて俺は大いに焦った。
だが、ふと思い直す。
ひょっとしたら『ワン子』って言葉は翻訳されてないのかも知れない。
「あのさ、ワン子って意味分かる?」
「分かりませんが響きが良いです」
どうやら意味は分かっていないようだ。
「じゃあ、まぁ……いいか」
人の名前など子供に付ける時以来。
その時も散々考え、散々駄目だしされた。
ましてやこちらでの名前に良さそうな言葉など知る由もない。
落ち着いたら改めて考える事にした。
「あの……ご主人様は魔導士なのでしょうか?」
今度はワン子の方から質問してきた。
「あ、魔法使う所見てたの?」
「はい、馬車の中でご主人様がお使いになるのを見ていました」
「そうか……まぁ俺はちょっと特殊な魔導士でね」
「特殊……ですか?」
「うん、例えばこういう事も出来るんだ」
そこで『容姿変更』の神技を使い、元の二十五歳の姿に戻る。
「えっ……」
ワン子の驚き方は少し妙だった。
何故か目の端に少しがっかり感が浮き出てすぐに消えた。
「……こんな魔法初めて見ました」
本来は魔法ではないのだが今の段階では俺は黙っておく事にした。
「あの……」
再びワン子が言い難そうに聞いてきた。
「どちらのお姿が本当のご主人様なんでしょうか?」
「ワン子はどっちだと思う?」
「え……私は、その、お年を召した方ですか?」
「残念、こっちの姿が本当だ。オッサンよりこっちの方が良いだろ?」
「い、いえっ、あの、お歳を召した方のご主人様も、あの、その……」
何かを察した様なワン子が慌てて取り繕う。
初めて見せた表情だが何とも可愛らしい。
ひょっとしてこの子は素はもっと明るい子なんだろうか。
だが、何か空気が微妙になってしまった。
まるでオッサンが考えついた渾身のギャグが丸っきりだだ滑りした感じだ。
ん? まさかオッサンの方が良かったとか? それは流石に無いだろ。
だが折角若い姿になれたのに、わざわざ封印するつもりは俺には毛頭無い。
ここは好意的に受け取って置こう。
「まぁ都合があって姿を使い分ける事もあるかも知れない。その時は間違えないようにね」
「わ、判りました……」
そんなやり取りをしながら俺は『状態表示』で取り出したワン子のステータスを見て驚いていた。
――ビリュティス・レムルクス
――十六歳 女
――蒼狼族
――固有技能 獣化転換
そして流れてくる体力データで魔力は最低レベルだが、それ以外は山賊なんかよりはるかに能力が高い。
流石に戦闘奴隷と言われるだけの事はある。
しかも獣化転換という固有スキル持ちだ。
獣化転換を『叡智』で調べると、「戦闘時に魔素を取り込みステータスを一時的に三割程増加する」と出てきた。
要はブーストって事か……。
そういや魔獣も魔素を取り込んで能力をあげるみたいだったがそれも似たような物なんだろうか……。
流石にスーパーなんとか人みたいには……ならないか。
戦闘でふと思い出した。
「そういや何であのときワン子は賊と戦わなかったの?」
これだけの戦闘力ならワン子一人で連中を殲滅することも出来た筈だ。
「それは、手枷を解除する前にあの商人が捕まったからです。それにあの時は商人の許可が無ければ戦えませんでした」
「なるほどね。大事な商品だから戦わせたくはなかったのか。それで戦闘奴隷って事だけどどんな事が出来るの?」
「はい、剣術、格闘術は一通り出来ますが得意なのは双剣術です」
「おお、双剣! 二刀流か! なかなか格好良いじゃ無いか」
「ありがとうございます」
再び頭を深々と下げるワン子。
「……」
「……」
そこで会話が続かなくなった。
「さ、さてと、取り敢えず飯を食べに行こう。ああ、予め言っておくけどちゃんと椅子に座って一緒に食べてね」
昨日のワン子の食事姿が思い出されたが、流石にああいう真似は俺はさせたくない。
「畏まりました」
食堂で二人席について夕食を摂る。
オバチャンも何も言わずに二人分のお勧め定食を運んで奥に引っ込んだ。
「しかし、その服は流石に変えたいな。これから服屋行ってみるか」
今もワン子は俺のジャケットを羽織ったままだ。
「おそらく今の時間では店は閉まっていると思いますが……」
「え? そうなの?」
「はい、大概の店は夕暮れに閉まりますから」
飯屋や酒場は夜も稼ぎ時なのか嫌という程の数のランプで灯りを採っているが、一般の店はそんな余裕が無いのが当たり前。
改めて元の世界とのギャップを思い知らされた。
「そうなんだ……」
「はい」
「……」
「……」
普通はここで出身とかを聞かれそうだがワン子は何も聞いてこない。
その代わり俺もワン子の事を聞きにくくなってしまう。
会話は全く弾まず、通夜の如く黙々と飯を食っていると、
「お食事中失礼します」
と見ず知らずの小男が声を掛けてきた。
「誰だ、アンタ」
ちょっとムッとした口調で尋ねる。
「お城の姫様からの使いで参りました。至急お越し頂きたいとの事です」
「姫様?」
おかしな話だった。
今の俺の姿はオッサンであり、姫様達の使いが来る訳がない。
カマを掛けられてるのか……。
「人違いだろ。俺は城の姫様とやらに縁は無いぞ」
「いえ、お越しになればお判りになるとの事で、迎えの馬車を用意してございますので」
少し考えた俺は、
「分かった、何の事かは分からないが姫様のお呼びだ。飯を食い終わったら行くから待っててくれ」
そう言って食事に視線を戻した。
「畏まりました」
一礼すると小男は食堂を出て行った。
「ご主人様、事情は分かりませんが罠です」
ワン子が真顔で言う。
「だろうな。連中俺を見失って焦ってるんだろ」
俺は煮込みを頬張りながら言った。
「わざわざ罠に嵌まる事も無いと思いますが」
「だが放っておけばこの宿に夜襲を掛けてくるかも知れん。そうなると無用の死人が出かねない」
「では……」
「ああ、敢えて罠に嵌まってそれを噛み砕く、お前は部屋に残ってろ」
「いえ、私もご一緒させて下さい」
「危険だぞ?」
真顔で言ったワン子に匙を咥えたまま俺が答えた。
「ご主人様に付き従い、御守りするのが戦闘奴隷たる私の本分です。ご主人様には私がそれに足る者とご理解頂きたいのです。何卒お許しを」
つまりは自分の実力を見てくれと。
そう懇願されては連れて行かない訳には行かないか……。
寧ろ置いていくよりは連れて行った方が安全な気がしてきた。
「分かった。そこまでいうなら当てにしてるよ」
「はい、ご期待に沿って見せます」
「…………」
「…………」
そして二人とも又黙々と食べる。
結局この夕食で唯一盛り上がった話題は罠の話だった。
食事を食べた後、宿を出るとさっきの小男が駆け寄って来た。
「あちらに馬車を待たせてあります」
見れば本当に黒塗りの馬車がある。
「おいおい、もう夜なのに大丈夫か?」
俺は馬の鼻先を撫でながら聞いた。
日は落ち掛け、急速に暗くなっている。かわたれ時だ。
「まだ、薄暗いだけでこの馬は平気でございますよ」
小男は当然のように言う。
俺とワン子を乗せると馬車は走り出した。
「ご主人様、これはお返しします」
馬車の中でそう言ってワン子は俺の着せていたジャケットを脱いで返した。
「何でさ」
「いざという時に動きが鈍りますので」
「そっか、なんかあった方が良かったか?」
そう言って短剣で刺すしぐさをした俺に、
「必要ありません」
外を警戒しながら、何でもないという風にワン子は言った。
やがて馬車は王城の外れに止まった。
『探知』に馬車を取り囲む集団の反応が出る。
「降りて貰おうか」
外で聞き覚えのある声がした。
降りてみると案の定盗賊の頭だった。それに手下が小男を入れて十人。
「どう見てもアンタが姫様じゃないよな」
俺は頭領を馬鹿にした目で見ながら言った。
「ふん! お前城から逃げた奴の居所を知っているだろ?」
「ああ、知ってるよ」
「なら話は早い、そいつとそいつの持ってる金も一緒に連れてきて貰おうか。それまでその女は預からせて貰う」
周りの手下どもが下卑た笑いを浮かべる。
これだけの人数相手に断れないだろうと高を括っているようだ。
「はぁっ……お前はバカか?」
「何い?」
「そんな与太話最初からハイそうですって聞く訳無いだろが」
「はっ! お前の方がバカだろ。なら聞けるようにするしかねぇなぁ」
頭領が短剣を掌でピタピタ叩きながら言う。
手下も短剣を抜いた。
「その前にお前らが捜してるのは」
そう言って俺は顔を手で覆うと若い姿に戻った。
「な!? てめえ! 一体!?」
「お前らが捜してるのは最初っから俺だったって事だ、この間抜け!」
「ふざけやがって! やっちまえ!」
「ワン子!」
「はい」
「見せてもらおうか、戦闘奴隷の実力とやらを」
「畏まりました」
そう言ってワン子がついと前に出た。
十人が一斉にワン子に襲い掛かる。
「ふうううううううぅぅっ」
ワン子が息を吐きながら軽く唸りをあげる。
「はひゃああああ!」
最初の一人が奇声を上げてワン子に覆い被さろうとした瞬間
ゴキン
鈍い音を立ててそいつの首の骨がワン子が瞬時に放った直線的な蹴りで粉砕され、崩れ落ちた。
残りの手下も流れるような動作で、ある者は蹴りで、ある者は腕で頭部を捻られ、次々に倒されて行く。
「ひっ! ひぃぃぶけぇっ!」
逃げようとした小男の首を後ろからワン子の足が絡め取り、鈍い音を立てて捩じる。
小男は首をありえない方向に向けて倒れた。
十人の手下が三分も経たずに全滅した。
「うーん、凄いわこれ」
「…………」
俺は関心の声をあげたが、頭領は呆然と見てるだけだ。
「で、誰の差し金だ?」
「ひっ」
頭領は逃げようとしたがその進路をワン子が塞ぐ。
「どけ!」
そう言って振り回した短剣が吹き飛び、あさっての方に落ちる。
「あぎゃああああ!」
頭領が不自然に曲がった腕を押さえて蹲った。
ワン子の蹴りが頭領の腕を粉砕していた。
「で、誰の差し金なんだ?」
「だ、誰がいうか! さっさと殺せ!」
脂汗を垂らしながら頭領は精一杯の虚勢を張る。
「はあ……もういいや。初めて使うから加減分からないがそれは勘弁な」
そう言って俺は紫色に輝く魔法陣を展開した。
「『自白』」
「ゲッ! ゴゲェェェ!!」
途端に頭領は奇妙な叫びを上げてのたうち回る。
「ゴッゴゴェエエエ! グルフェス! グルフェスニた、頼まれタァっ、ギゲエエエ!」
涎と涙を垂らしながら頭領が白状する。
『自白』は脳に過負荷を掛けて強制的に真実や本音を引き出させる。
その名前とは裏腹に人情味などまるで無く、あまりにも強大な負荷が掛かるため、脳にダメージが残るという恐るべき魔法だ。
「この女の事もか?」
「ギヒイイイイギャアアア! ソ、そいつは!頼まれた貴族はァどうしぇ死ニュんだから、うううう売って金にしようとオゲエエエエ!」
今度は股間から嫌な音と異臭を放ち始めた。
「そうか、後は……」
「ギヒイゴオオオオオオ! ヤメデェェェ! も、もう聞かないでクレェガギハアアアア!!!!」
そう言って頭領は倒れた。
白目をむき泡を吹いている。
「うーん、威力が強すぎたか。次に使う時は加減しないと駄目だな」
「……」
「よし、人が来る前に帰ろう」
俺は唖然としているワン子の腕を掴むと『転送』を発動させ、宿の裏手に移動した。
「え!? こ、これは……」
流石に自分も別の場所に飛んだせいか、ワン子が驚いた声を上げた。
「あんまりあの場所に長居したくなかったんでな」
そう言いつつ素早く姿をオッサンにする。
「あの者は放っておいて良かったのですか?」
「まぁ問題ないよ」
脳にダメージを与える恐れのある『自白』を高出力で使った以上無事では済まないだろう。
受付のオバチャンから鍵を受け取り部屋に戻る。
「あ、結局服とか買えなかったわ」
しまったという顔をした俺にワン子がキョトンとした顔をした。
「明日で宜しいのでは?」
「仕方ない。そうするか」
ああ、コンビニも深夜営業ショップも無い世界はやっぱ不便だわ……。
そんな時ドアをノックする音が響いた。
雑用係のオバチャンが湯浴み用のお湯と油灯を持ってきてくれた。
お湯がたんまり入った大甕の乗った台車をゴロゴロと押して入って来たオバチャンは、湯浴み場の大甕の中にデカイ柄杓でお湯を入れるとランプに火を灯し部屋を出て行った。
「なるほど、じゃあワン子浴びておいで」
一畳ほどの浴室に流石に二人入るのはきつい。
ここは交代制で行くしかあるまい。
「いえ、私は残りを少し頂くだけで十分です。ご主人様がお入り下さい」
ワン子が当然というように拒否した。
「あーやっぱ床で食事だのそういう奴隷の決まりごとってあって、ワン子はきっちり躾けられてる訳ね」
でもまるっきり、
「奴隷が湯浴みなどとんでもありません!」
なんて言わなかったので、その辺の衛生観念はしっかりしているようだ。
「うん、じゃあ先に入らせてもらうが、お湯は追加で貰うからワン子もその後ちゃんと汗を流す事。判ったね。」
「判りました……あ、では私がお湯を取ってきます」
「え、良いよ。そんくらい俺がやるよ」
「いえ、これからはご主人様の身の回りのお世話は私の役目です。私がやります」
結局押し切られてしまい、まぁ良いかと俺は銅貨を渡した。
部屋を出て少しの所に、釜場がある。そこでお湯を沸かしてるオバチャンに追加料金を支払うと台車の甕に熱々のお湯を入れてくれる。
ゴロゴロと台車を押してワン子が戻ってきた。
「オバチャンが持ってきてくれるんじゃないのか」
「追加は自分で持ってくるんだそうです」
台車を浴室の入口まで押しながらワン子が言った。
「なんだ。じゃあ却って悪かったなぁ」
「ご主人様」
ワン子が真顔で俺の方を向いた。
「ん?」
「先程も申し上げましたが、私の役目はご主人様のお世話をすることです。一つ一つの事にお気遣いは無用です」
「そ、そっか。分かった」
迫力のある目、迫力のある口調で言いきられ、思わず俺もたじろいでしまった。
だけど、盗賊達に呼び出される前と今ではワン子の態度には明らかな変化もあったような気がする。
「ではお召し物をお脱ぎください」
「へ?」
「ご主人様のお体を洗わさせて頂きます」
「ああ、そういうのもしてくれるのね、でも戦闘奴隷ってそんな事までするものなの?」
「いえ、ただ私はそういう事も出来るようにと教えられてきましたので」
俺は単純に戦闘用途だけと思っていたが、ワン子の容姿はそれだけではないことを窺わせる。
意を決してささっと服を脱ぐとワン子の顔が赤くなった。
「ん? ちょっと露骨だったか?」
ついつい安風俗の癖が出たがよく考えれば相手は生娘だ。
「い、いえ、お、お気になさらずに」
実際、若干だが先程の勢いが衰えたようだ。
「それじゃ頼むよ」
そう言って俺は背中を向けた。
「で、では失礼します」
麻のような物で編んだ粗めの布でゴシゴシと体を擦られていく。
気分的にはスーパー銭湯のアカスリサービスみたいなものだ。
ちなみにこの世界にも石鹸の類はあるらしいが超高級品で王族や一部の貴族しか使えないらしい。
後で作れるか試してみよう。
最後に頭からお湯を流してもらい脇の棚にある大振りのタオルで体を拭いてもらう。
タオルと言えば聞こえは良いが要は厚めの布だ。
吸水性は今一つだが贅沢は言えない。
その最中のワン子の顔から何からが真っ赤っ赤。
どうにも顔には出ないがワン子は判り易い性格のようだ。
「折角だからワン子も流してやるよ」
腰にタオルを巻いて貰った俺が言った。
「え、いえ、ご主人様にそのような事をしていただく訳には……」
「いいから、いいから。さっきの働きのご褒美だ」
「は、はい……」
観念してワン子は貫頭衣を脱ぐ。
うん、眼福という言葉は今のためにあったんだね……。
ワン子の耳はヒトの耳より薄く、ケモ耳っぽくはあるが位置はヒトと同じ所にある。
普段は髪に隠れててあまり見えない。
そして尾てい骨の辺りから小さな尻尾が生えている。あとはいたって人間と同じだ。
ワン子を念入りに洗ったが細い髪が結構な密度で生えていて、ごわごわしている。
シャンプーできちんと洗えばモフモフになるんじゃないだろうか。
シャンプーは無理でもせめて石鹸とかはどうにかしたいところだ。
最後に頭からお湯を掛けるとブルブルっと首を振った。
なんか後ろから洗ってると大型犬を洗ってるようにも思える。
タオルで拭きあげるとそのまま巻きつけてやる。
「あ、ありがとうございます……」
真っ赤なままお礼を言う顔は実に可愛い。
いよいよ運命の就寝時間になった。
俺はあれやこれやのやり取りを想像してたが、ワン子は明かりを消してするりとタオルを取ると、
「し、失礼します」
そう言って寝台に潜り込んできた。
やはりそういう風にする物だと躾けられてたらしい。
ただ消え入りそうに、
「は、初めてですので、無作法がありましたら……お許しください」
そう呟いた。





