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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第五章 ゴルダボル要塞攻略編

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第五十九話 魔導甲冑

――カナレ西部のアルボラス傭兵団陣地。


「はあああぁぁ」


 セネリは深い溜息を吐いていた。

 これからカナレに侵攻しダイゴの首を挙げる。


 確かにそう息巻いて要塞を出てきたが、昨日のカナレの街中に出向いたときに、自分の中で何かが変わってしまったように思えた。


「で、どうするんですか? 攻めるんですか、撤退するんですか?」


 花占いのように野草の花を呆然としながら毟っているセネリに業を煮やしたリセリが尋ねた。


「何の戦果も挙げずに撤退するわけにはいかぬだろう。それこそセディゴ殿下に役立たずの烙印を押され追放されるわ」


「それならそれでも良いじゃないですか。ダイゴと戦わなくて済みますよ」


「そ、そんなことになったらもう……」


 花びらの無くなった野草をピラピラと振りながらセネリがぽつりと言う。


「もう?」


「むぐぐぐぅ」


 逢えなくなるではないかという言葉を無理矢理飲み込むセネリ。


 はぁ、本当にこの姫様は……。


 リセリがそう思った矢先、伝令がすっ飛んで来た。


「カナレより人が来ます。二名!」


 目を凝らしてみるとダイゴと燈豹族の女だ。


「ダ、ダダイゴ!?」


「あちゃー、向こうから来ちゃいましたよ。どうします? 殺しちゃいますか?」


「ま、ま、待て。向こうから来るとはむしろ好都合。ここは戦の作法に則ってだな……」


「はいはい。じゃ行きましょうか」


 東大陸の戦の作法も北や西とほとんど変わりは無い。

 起源は定かではないがムルタブス神皇国から伝わり各国に広まったとされている。


 セネリとリセリは騎馬でダイゴ達のいる場所へ進んでいく。

 セネリが自分の髪をチョコチョコ直しているのはリセリは見ない振りをした。


 四人が至近距離で対峙した。


 セネリが改めて見るダイゴは黒髪黒眼の無骨だがどこか涼やかな男だ。

 各地を転戦した彼女らだが黒髪黒眼の只人族は初めて見る。

 全身これ黒の、外套以外は初めて見る服だが地味な感じはしない。

 セネリは先程までの威勢は何処へやら、ぽうっと見蕩れているばかりだ。


「あー」


 そのダイゴが声を発した。


「あんた達いつ攻めてくんの?」


「へ?」


 セネリは思わず間の抜けた返事をしてしまった。


「いや、これだけの兵が昨日から陣張ってるからこっちもそれなりに準備して朝から待ってんだけど、一向に動く気配がないからさ。俺が代表で聞きに来たんだけど」


 あちゃーっ。


 リセリは心の中で叫んだ。


 言わんことじゃない、姫様がウダウダやってる間に向こうがしびれを切らして来ちゃったじゃないか。

 これで自ずと戦わざるを得な……


「あ……えーと、あ、は、はっ……はっはっはー! まんまと罠に掛かったな! ダイゴ・マキシマよ! これは先だっての恥辱を濯ぐため我が周到に用意した貴様をおびき出す必殺の策だぁ!」


 …………。


 ばっ、馬鹿かああああああああああ!


 そんな話初めて知ったわ! 絶対今苦し紛れに言ったでしょう!


 リセリは腹の中で盛大に毒づいた。

 ダイゴも獣人もポカンとしている。

 ダイゴがリセリを


 本当?


 って目で見ている。

 リセリは思わず、


 全然。


 って目で返したら、


 アンタも大変だね。


 って目でダイゴに見られた。


 うう、敵に情けを掛けられるとは……。


「さぁ尋常に勝負だ!」


 セネリは自身の得物である長大な剣に槍状の柄を付けた愛刀グリオベルエを構えた。


「あーいや、罠に掛けたとか言っておいて尋常もへったくれも無いような気がするんだが……まぁいいか。無駄な人死にを出さないって事になってるからな。勝負受けてやるわ」


 頭を掻きながらダイゴが言った。


「ふっ、良い覚悟だ! ではいくぞ!」


「あ、その前に条件がある」


「な、何だ条件とは」


「俺が勝ったらお前ら投降しろな」


「投降? ま……まさか……」


 瞬時にセネリの脳裏に全身を網目状に縛られて転がされている自分の姿が映った。

 目の前には何故かダイゴが仁王立ちしている。


『フッフッフー、セネリとやらよー、威勢だけは良かったが無様な格好だなー』


『くっ、こ、殺せ!』


『はっはっはー、何処ぞの姫騎士みたいなことをほざいてるが、お前ももうじきこいつのようになるのだー』


 と、ダイゴの後ろから二本の女の手が絡んできた。

 その手はリセリの物だ。


『ああん、ごしゅじんさまぁ、と~ってもたくましいですわぁ、あんな胸がデカいだけの脳筋より私めを可愛がってくださいまし-』


『んん~、可愛い奴よ、ではあっちであーんな事やこーんな事をするかー』


『ああん、嬉しいですわぁ、姫様はそこですっ転がって見てて下さいな』


『そ、そんなぁ……』


「リ、リセリ! 言うに事欠いて胸がデカいだけの脳筋とは何だ!」


「え? 姫様、私何も言ってませんが……」


「え、あ? す、スマン……」


「……変な妄想に耽ってましたね」


「う、うるさい!」


「……あ~、まぁ何考えてるか知らんがそのまさかだな、多分」


「な、何だと! そ、そんな事ができるか!」


「じゃ、やらない。帰る」


 そう言ってダイゴは背を向けて帰ろうとする。

 セネリは慌てて、


「ま! 待て……し、しかし……いくら何でもそれは……」


「要は勝てばいいんだよ勝てば。自信無いのか?」


「そ、そんな事! 自信あるに決まっておろう! よし、その条件飲もう」


「よし、決まりだな。おいそこの……リセリとか言ったな。お前このニャン子と一緒に立会人な」


「わ、わかりました……」


 いけない……完全にダイゴの手の内に乗せられてるじゃない……。

 あんな子供でも掛からない安い挑発に乗って……。

 ああ、あの冷静沈着な姫様が恋に落ちただけでこんなに駄目森人になってしまうなんて……。


「ん? どうかしたか……にゃ?」


 目まぐるしく表情の変わるリセリにニャン子が尋ねる。


「な、何でもありません!」


 慌てて姿勢を正すリセリ。


 ダイゴは物差しを構えた。


「さあ掛かってこい」


「いくぞ!」


 グリオベルエを改めて構えたセネリの心臓がバクバクと高鳴る。

 この様な事は今までの戦いで一度もなかった。

 忽ち先程までのもやもやとした迷いがスッと晴れたようだ。


 やはり私はこうでなければ!


「いあああああっ!」


 裂ぱくの掛け声とともに片手でグリオベルエを振るう。

 柄尻を握り最大限のリーチと質量を乗せた必殺の斬撃だ。


 これを躱せるか!


 だがダイゴは躱す。

すかさず横薙ぎ、一回転しての突き、そしてまた上段からの斬撃を送る。


 だがダイゴには全く当たらない。

 全て紙一重で躱される。


「ほう、あの長巻みたいなんを片手で振り回せるとは大したもんだ」


 そ、そんな……なんで……。


 戦闘に入った事で一瞬振り切れた迷いがまたぶり返してきた。


 まさか……勝てない?


 セネリは腰を低く屈め、グリオベルエを刺突の姿勢で構える。


「次はまぁ、そう来るよな」


 物差しの峰で肩を叩きながらダイゴが言った。

 その余裕の態度をみてセネリの頭に血が上る。


 子供扱いしおって!


「受けろ! 千雷セルナルディ!」


 次の瞬間一足飛びに間合いを詰めながらの無数の突きがダイゴを襲う。


 これで!


 だが、全ての突きが躱された。

 まるで何処に突きが来るか最初から分かっているかのように。


 最後の突きの姿勢のままセネリは固まった。

 こんなことは初めてだった。

 自分の会心の剣が全く通用しない。


 こうなったら……。


 再び無数の突きと斬撃を繰り出すセネリ。

 だが先程までの一撃必殺の剣とは異なり、小刻みに刻むような、速度を乗せた剣戟だ。


 だがその動きはダイゴはおろか見守るリセリにも何かを狙っているのが丸わかりな動きだ。


「いいよ、仕掛けてきな」


 笑いながらダイゴが言った。


 その油断が命取りだ!


 突きながら呪文の詠唱を完了したセネリがグリオベルエに仕込んだ魔石に魔力を注いだ。

 グリオベルエが青白い光を放つ。


「喰らえ! 雷迅突アルディナラディルオ!」


 雷を帯びたグリオベルエで渾身の突きを放つセネリ。

 その剣先がダイゴの胸元に届いた。


 届いた! 今度こそ!


 そう思ったセネリにとって絶望的なダイゴののんびりした声が聞こえてきた。


「はぁん、剣に魔石が仕込んであるのかぁ、面白いな」


 見ると剣先はダイゴの胸元で止まったままだ。

 押し込んでもびくともしない。


「ぬああああああああ!」


 あらん限りの力を込めるが遂には自分が吹き飛ばされ、もんどりうって倒れた。


 勝てない……やはり……この男には勝てない……。


 その刹那、セネリの身体の奥底から初めて会った時と同じドロリとした感覚が湧き出てきた。

 それはセネリの背骨に纏わり付くとブルッと痺れるような快感に変わる。


 これは……まさか、私は負けたがっているのか?


 あの時の自分、全裸でダイゴに拘束された屈辱的な姿の自分が脳裏に鮮やかに蘇った。


 あの時の自分……。


 あの時の貌はまるで……。


「さて、今度はこっちの番かな」


 ダイゴがそう言うと滑るように自分の目の前に踏み込んでくる。


 その声に我に返ったセネリだが最早どうすることも出来なかった。

 分かっているのに反応できない。


 これは一体……。


 そう思う間もなくダイゴの顔が目前に来た。

 思わずセネリは息を飲む。


 トン


 次の瞬間胸の鎧の谷間に物差しの先端が当たった。

 鎧だけが真っ二つになり、セネリの身体からずり落ちる。


「ハイ、俺の勝ち」


「あ……」


 セネリは呆然と立っているだけだった。


「じゃぁ今日からお前ら俺の配下ね」


 ダイゴの言葉にセネリがはっとした。


 故郷アルボラスの復興……。

 西大陸で安住の地を待ち続けている同胞……。


 それらが消えていく喪失感にセネリの理性が最後の悲鳴を上げた。


「ちょ、ちょっと待て! 今のは無し! 油断! そう油断してただけだ!」


「なんだお前。随分往生際が悪いな」


「もう一回! もう一回だ!」


 そこには気高く生きることを常に掲げていた高潔なる森人の姫はおらず、ただの我が儘娘がいるだけだった。


「おいリセリ、どう思う」


「いきなり呼び捨て……あ、いえ、ダイゴ殿の勝ちです」


「リ、リセリ! お前! どっちの味方なんだ!」


「うーん、こいつはちょっとお仕置きが必要だな」


「へ? あ? な、何を……」


 お仕置き……。


 そう聞いた途端リセリの鼓動が急速に高まっていく。

 先程の自分が捕縛された様の妄想が頭に再び蘇り、身体の奥が熱くなっていく。


 な、なんだ……一体わたしは……。


「喜べ、つい今しがたまで敵だったお前に極秘試作兵器の実験台……もとい試験をしてもらおうというのだふっふっふー」


 ダイゴがにこやかに言う。


「な……なんだそれ……ひ、酷いことするのか……」


 酷いこと……。


 そう自分で言った事にも胸がどんどん高鳴っていく。


 どうしたんだわたしは……。


「いや、結構楽しい物だぞ」


「う、嘘だ……絶対ロクでもない事に違いない……」


 ダイゴは手のひらから魔導核を創造した。


「な!?」


「え!?」


 セネリとリセリが驚きの声を上げる。

 魔導核は見る間に少し太めのゴーレムになった。

 顔の部分がガラス状になっており、背中には樽のような形に膨らんでいる。


「な、なんだこれは……」


「おいセネリ。『装着』って言ってみ」


「! い、いやだ! 絶対に言わない!」


 不思議なことに沸き起こった言いたいという衝動を必死に押さえつけながらリセリは拒否した。


「仕方ないなぁ」


 ちっとも仕方なくなさそうにダイゴがそう言うとセネリに向かって右手をかざし、紫色の魔法陣を展開した。


「『覆面繰者マペット・パペット』」


 途端にセネリの動きがぎこちなくなる。


「な、なんだ……あ……そうちゃく……え!?」


 ギクシャクとした動きで手のひらを目の前で握ると自ら声を出し、続いて体操にも似た動きをする。


 その途端ゴーレムの各所が割れ、忽ちセネリが飲み込まれていく。


「ひっ、ひぃいいいいいいいぃぃぃぃぃ!」


「ひっ姫様ぁ!」


 リセリも驚くが余りの事にどうしようもなく佇んでいる。


「な、なんだこれは! 出せ! 出してくれ!」


 ゴーレム頭部で狼狽するセネリが見える。


「これはな、ゴーレムの技術を応用して造った魔導式甲冑型強化外骨格、通称魔導甲冑だ」


「な、何を言ってるのか分からない! 出せ! ここから出してくれぇ!」


「これの最大の特徴はな」


「おい! 聞いてるのか! 出せと言ってるんだ!」


「飛べ! 魔導甲冑!」


 ダイゴが空を指さしながら言った。


「な! ひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 途端に魔導甲冑はセネリを内蔵したまま突如浮かび上がり、大空に吹っ飛んでいった。


「うっわー、面白そう……にゃ」


 もはや何も言えず口をパクパクさせているだけのリセリの脇でニャン子が乗りたそうにうずうずしている。


「そのまま最大速度でダブルループだ!」


「いぃやああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 水平から高速で大きく二回転宙返りをする魔導甲冑からセネリの悲鳴が大空に響き渡ったが、


「ああああああああああああああ、あ、あ、あ、あ"あ"あ"あ"あ"ーーーー…………………………」


 突如悲鳴がぷっつり切れた。


「あれ? 気を失ったか? 戻ってこい、魔導甲冑」


 ダイゴがそう言うと魔導甲冑はスルスルと戻って来た。

 再び割れた魔導甲冑の中からズルリと押し出した枝豆の様に出て来たセネリをダイゴが受け止め抱えあげる。

 周囲に濃厚な柑橘系の花の様な香りが立ち込めていた。


「おーい、大丈夫か?」


「あ……あうぅ……わ……わたしの……負けですぅ……ごめんなさいぃ……」


 呼びかけられて、魂の抜けた様な顔でセネリはうわ言の様に呟いた。

 その様は恐怖というよりは極限の興奮の余韻に浸っているかのようだ。


「あー構わん構わん。さて、じゃリセリは部下に伝えて撤収して来てくれ」


「あ……わ、わかりました。暫く姫様をお願いします」


「あー構わんぞ。でもなるべく急いでな」


「はっ、はいっ」


 リセリは恐怖に慄き切った顔で馬に飛び乗ると本陣に駆けてゆく。


『これで第十軍に続いて森人の傭兵団も配下に収めるとは流石ご主人様……にゃ』


 ニャン子が念話を送って来た。


『まぁ殆どセイミアの筋書だったしこいつによく似た性格のがウチに一人いたからなぁ』


『ああ……なるほど……にゃ』


『まぁメルシャの集めた情報じゃアルボラス傭兵団って他の大陸じゃ結構実力派らしいから無傷で手に入って良かったよ』


『この姫様もそうだけど、美人の森人二百人が勿体なかったから……にゃ?』


 にまっとした顔でニャン子がダイゴを見た。


『……ニャン子君も眷属入りした途端酷いことを言うねぇ』


 そうして待っているうちに徐々にセネリの腕がダイゴの首に絡んできた。


「うん、どうした?」


「約束して……くれないか……」


「なんだ?」


「アルボラスの王家の女は生涯尽くす殿方にしか裸を見せてはいけないのだ、それが嫌なら見られた相手を殺して無かった事にするしかない」


「ああ、だから必死に殺そうとしたのか」


「尽くす殿方は自分より強くなければならないから……」


「色々めんどくさいんだな。それで?」


「故郷アルボラスを追われた民達三千人が安住できる森が欲しい。それが叶うのなら喜んでお前に仕えよう」


「そんな事か。お安いご用だ」


「本当か!? 嘘じゃ無いな!?」


「ああ、俺の領地にでかい森林があるからそこ使って良いぞ」


「か、感謝する! あ、あと一つ……」


「あんだよ言ってみな。あれか? その故郷を復興したいとかか?」


「……何故分かった?」


「つい最近もそういうことあってな。まぁ何時になるか分からんがちゃんと手伝ってやる」


「ああ、ダイゴ! 私は真の主に巡り会えたようだ!」


 そう言って瞳を潤ませたセネリはダイゴに唇を重ねた。


 それってエルメリアが書いたドラマのセリフだよなぁ……。


 ダイゴはそう思いはしたがセネリのやわらかい唇が何とも言えない感触だったので突っ込むのは止めにした。

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