第五十話 タランバ城強襲
ドンドンドンドンドンドンドンドン
ドコドコドコドコドコドコドコドコ
黎明の空に太鼓の音が木霊する。
ハフカラ国境に集結しているハフカラ軍によるタランバ奪回作戦の開始だ。
国境からタランバ城までは然程距離は無い。
夜の内に魔導輸送船で兵を国境まで運んだのでガルボにしてみれば突如国境にハフカラ軍が湧いたように見えるだろう。
橙豹族を筆頭に緑亀族、青象族などの部族たちが槍、刀を持って進軍していく。
中には蒼狼族の生き残りや温厚な白兎族も混ざっている。
よく昔のSF映画でバリバリの宇宙戦艦や宇宙戦闘機に混じって「○○カーゴ」とか書いてある貨物船が頭数合わせで混じってたりする。そんな感じだ。
もっとも白兎族にも血の気の多いのはいるし、極稀に並の橙豹族や蒼狼族より戦闘能力の高い者も産まれるそうで勿論何人かが参加している。そうでないのも支援やけが人救護などの役はちゃんとある。
そんな総数一万余りの連合軍だ。
先頭で率いているのは勿論メアリア。
ハフカラの女性兵の物と同じ革鎧を装着している。
革鎧とは言っても最低限の部分しか保護されておらず、下布の上に革を縫い付けてあるだけのいわゆるビキニアーマーのような代物だ。
男性兵は胸甲と腰当のバッフェの傭兵が使うような一般的革軽装鎧とほぼ同じだ。
それに刃物を通しにくいアムチラという草を蓑状に付け、全身に油を塗る。
メアリアも最初は不満がっていたがいざ装着してみれば、
「これはこれで悪くないな」
と、満更でもなさそうだ。
もっとも絶対物理防御のスキルを持つ彼女にはどんな鎧でも良いのだが。
確かに何時もは透き通るような白い肌が油に濡れてヌラヌラと褐色に輝く様はかなりくる物がある。
蜂蜜色の金髪も油で撫でつけてあり、頬には一本線の白いフェイスペインティングが施されている。
最後に背中に柳のようなしなやかな枝を着け、その先に部族の色を表す布を付ける。
ボーガベル軍は色付けが間に合わないので白兎と同じ白にした。
つまり一応は白兎族の扱いだ。
これには白兎の族長が俺がヒルファを保護したいきさつを聞いて快く承諾してくれた。
残念ながらヒルファの縁者はいなかったが、族長の引き取りの申し出に、
「ごしゅじんさまと……じょおうさまは……とてもおやさしいかたです……わたしは……ずっとごしゅじんさまと……じょおうさまに……おつかえしたいです」
と言ったのを族長も理解してくれた。
その上で、
「この子は生まれながらに強者の元で輝く星を持っております、何卒御傍に置いて大事にお育て下さればきっと貴方様のお力になるでしょう」
などと意味深な事を言われてしまった。
指揮権の掌握にあたってセイミアとメアリアは事前に主な部族の代表を集めた。
当然自分に指揮権を委ねろという者もいたがメアリアは、
「よし、ならば実力で決めよう」
と言い出した。
その方法は、
相撲。
土に円を描いた簡単な土俵を造り、押し出すか手を突かせれば勝ちという至極簡単なルールを提案した。
案の定腕自慢の代表たちは乗って来たが、残らずメアリアに投げ飛ばされた。
巨漢の青象族の族長がエアプレーンスピンでブン投げられたのを見てもはや誰も何も言わなくなった。
ビキニアーマー横綱爆誕である。
「ものども! 準備はいいか!」
拡声魔導回路でのメアリア横綱の大音声がこだまする。
「「「ブバアアアアアアアアッ!!」」」
各種族が威勢の良い雄たけびで返す。
「ブーーーーーーヴァッ!」
「「「ブーーーーーーヴァッ!!!」」」
「ヴェェエエエレオッ!」
「「「ヴェェエエエレオッ!!!」」」
メアリアが雄たけびを上げると各部族がそれに続く。
「ヴォ―――――――リオッ!」
「「「ヴォ―――――――リオッ!!!」」」
「なんだありゃ、戦いのお祈りかなんかか?」
俺は後方で待機してるアジュナ・ボーガベルからその様子を見ていた。
「そうです。戦いの前に神に捧げる祈りの唄です……にゃ」
脇でワン子と一緒に控えているニャン子が説明する。
ん?
にゃ?
「昨日メアリア様に必死で覚えて頂いた甲斐がありましたわ」
セイミアが得意げに言う。
「ああ、だから寝室に来るの遅かったのか」
もっともメアリアが来たときはニャン子の眷属化真っ最中でその真っ盛りな様子に大層驚いてたが。
「時にニャン子さん、何かまだ背中痛い気がするんですけど」
「あうう、すみません……にゃ」
ワン子の時もそうだったけど獣人が眷属化する時は野性に還るのかすんごいことになる。
まさにビーストモードだ。
その時に散々背中を掻きむしられた。
痛いと言ってもあくまで気がするだけで、実際には絶対物理防御で傷とかは付かないけど。
「ってかその語尾のにゃって何?」
「わ、わかりません……にゃ、昨日のあれから気が付いたらこうなってました……にゃ」
げ、まさか……。
眷属化のスキル使う時にやっぱネコ獣人だから語尾ににゃって付かないとだよなぁ、なんて考えてたのが条件化されたのか?
しかもよく考えたらニャン子と言っても猫じゃなくて豹だし。
まぁ可愛いから良いけど今後眷属化するときは気を付けないとだなぁ。
間違ってもござるとかごわすとか付けないようにしないと。
「あの……ご主人様……」
何処かでエルメリアの声がする。
そういや、昨日出撃時のメアリアの格好をしげしげと眺めてたら何処かに消えてたっけ。
そう思って振り向くとそこには全身がアムチラで覆われたミノムシ怪人が槍を持って佇んでいた。
「…………」
「…………」
「中身は大体予想は付いてるが何でそんな格好……」
「おお、流石は女王陛下。我が国の将の戦装束が実にお似合いだ」
一緒に観戦していたモルグワ国王が大絶賛している。
「へ? 国王陛下はご存じだったので?」
「勿論ですとも、昨晩女王陛下自らお越しになられて、自分もこちらの戦装束で我が兵の士気を鼓舞したいとお申し出になられ、それがし、いたく感銘を受けまして、この船に乗るときに共に持参させて来たのです」
「はぁ」
なるほど。
将は全身をアムチラで覆うのか。
それを知らずにメアリアみたいな格好をしようとしたらミノムシ怪人に改造されたって訳だ。
「なるほど、国王陛下もああ言っておられますので女王陛下には戦闘終結までこのお姿で味方の士気を鼓舞して頂くのが宜しいかと」
モルグワ国王陛下の手前、大爆笑したいのを必死で堪えて恭しく女王陛下……もといミノムシ怪人にご進言申し上げる。
「ううう、承知しましたわ……」
ミノムシ怪人が非情の決定に対する怨嗟の如く低く呻くように了承する。
多分鼓舞したかったのは別のモンだったんだろうが。
クフュラとセイミアも笑いを必死に堪えているがメルシャは何処かに走って行ってしまった。
「「「ウバッ、ウバッ、イブヤッ、ハボヤッ! ウバッ、ウバッ、イブヤッ、ハボヤッ!」」」
メアリアを中心にハフカラ軍は大盛り上がりだ。
威勢の良い掛け声と共に飛び跳ねている。
何と言うか祭りのノリにも見えるな。
「こっちの方はどうなってる?」
「アーノルド、シルベスター両隊配置についてますわ」
「シェアリアの方は?」
「既に作戦地点に配置完了ですわ」
セイミアがてきぱきと報告していく。
「よし、作戦開始だ」
メアリアに念話を送る。
「ヴァビアアアアアア!」
「「「ヴァビアアアアアアアアアア!!!」」」
最早トランス状態の兵と一体化したメアリアを先頭に槍や剣をかざし雄たけびを上げたハフカラ軍が駐屯地を進発する。
両脇は偽装したゴーレム兵二千が固める。
目指すは旧タランバ城。
「ご主人様、アーノルドからの連絡です。貯水池の制圧完了」
「おっ、早いな」
まだ作戦開始から十分も経ってない。
視覚共有で現場を見るとガルボ兵が皆倒れ、短剣を持ったアーノルド達が周囲を警戒している。
「シルベスターからも連絡。渓谷部の貯石所を制圧。現時点での罠の脅威は無くなりました」
「おし、このまま軍を進めさせろ。渓谷脇の伏兵には十分注意させろ」
「畏まりましたわ」
こちらも現場を見れば殆どのガルボ兵は矢が刺さって死んでいた。
流石の手際だ。
渓谷奥のタランバ城前に陣取っていたガルボの部隊は罠が発動するのを待っていたために初動が遅れた。
罠の発動地点である小川をハフカラ軍が次々と越えてくるのを見て慌てて出て来た先鋒とハフカラ軍の先鋒が会敵した。
「ウバアアアアアアッ!」
雄たけびを上げてメアリアがバルクボーラを振るう。
忽ち周囲のガルボ兵が吹き飛ばされている。
「結局やってること一緒じゃん」
「あら、きちんと足並みは揃えてますわ。なんだかんだ言っても流石メアリア様ですわね」
「そうなのか?」
「そうですわ。あら、ゴーレムが側面の伏兵を発見しましたわ。いかが致しますか?」
「いかがも何も即殲滅だろ」
「畏まりました」
徐々にハフカラ軍はガルボ軍を圧倒していく。
「やっぱゴーレム兵が主力じゃないと進軍速度もこんなもんかな」
「いいえ、今までのハフカラの兵ではこの様な機敏な戦いは出来ませんでした。流石はボーガベル軍ですな」
モルグワ国王が感心したように言う。
『……ご主人様、敵を発見』
シェアリアからの念話だ。
『おし、即殲滅』
『……了解』
遠くの方で激しい轟音が響く。
『雷電爆撃』だな。
『……ご主人様、殲滅完了』
『じゃあ迎えに行く』
俺は転送でシェアリアの所へ行き、今度はシルベスターのいる貯水池に送る。
「じゃあ派手に頼むぞ」
「……任せて」
目を瞑っておねだりするシェアリアに唇を重ねて、俺だけアジュナ・ボーガベルに戻る。
「おし、最後尾は?」
「第一予定地点を過ぎましたわ」
『予定通り一旦撤退。それらしくな』
念を受け取ったメアリアが叫ぶ。
「バラボンデ!」
「「「バラボンデ!!!」」」
忽ちハフカラ軍は撤退を始める。
これ幸いとガルボ軍は追撃に移った。
メアリアと各部族から募った屈強な兵達が殿を務め、徐々に下がるハフカラ軍が、涸れた川を越えて行く。
負傷者は白兎族が手際よく後方へ搬送していく。
「メアリア様、第二予定地点を超えますわ」
『よし、やれ』
『……分かった』
シェアリアが水魔法『水惑星』を発動、貯水池の数倍の水量が一気に放出された。
それはガルボ側が想定していた量を遙かに超えた濁流となってガルボ軍を襲い、一気に押し流していく。
運良く濁流に呑まれなかったガルボ兵は慌ててタランバ城に引き返していく。
『シルベスター、やれ』
今度はタランバへ続く渓谷から多量の岩石が落下してガルボ兵をすり潰していく。
この二段攻撃まででガルボ兵の九割以上が壊滅した。
「驚きましたな……あのガルボ共がああも簡単に……」
モルグワ国王が目の前の光景を呆然と見ながら言った。
「いえ、ハフカラ兵が寡兵なお陰です」
実際、作戦自体は単純な押し引きだけだが、ハフカラ兵はメアリアの指揮とはいえきちんとタイミングを合わせた行動を取ってくれている。
「よし、魔導輸送船を前へ、突撃部隊を一気に押し込め」
ガルボの兵達が水に流されている間にハフカラの主力六千名を収容した魔導輸送船が一気にタランバ城へ向かう。
大河と化した荒地やガルボ兵が埋まる瓦礫の山の上を飛び越え、タランバ城の木柵を薙ぎ倒して着底し、ハフカラ兵を降ろしていく。
タランバ城からも次々と守備のガルボ兵が出てくるがメアリアに次々と叩き斬られていく。
「ガルボ兵は普通に鉄の軽装鎧なんだなぁ」
シェアリアを回収してアジュナ・ボーガベルをタランバ城付近に進める途中で散乱するガルボ兵の死体を見ながら俺は言った。
「数年前に何処か他大陸の国から買い付けたよう……にゃ。それからガルボの侵攻が始まった……にゃ」
「そうなると何処かでガルボの後ろ盾をしている国があるって事だな」
ニャン子の話ではこの国に無い筈の隷属の首輪をボリノーゲが複数持っていた。
ムルタブスかあるいは他大陸の神皇国の可能性も無きにしも非ずだ。
「それは後で国に調べておくように言っておきますね~」
いつの間にか帰って来たメルシャが言う。
「頼むわ。さてそれじゃ乗り込むとするか……おや?」
「どうされました……にゃ?」
「あのデカいの、意外と知恵が回るじゃないか。いやセルブロイの方か」
俺は共有感覚で監視擬似生物から送られてきたタランバ城内部の様子を眷属達に見せる。
タランバ城内部の通路や部屋の至る所にバラの様な棘の生えた蔓が張り巡らされてあった。
「恐らく転送対策だろうな。まぁ無駄な努力だけど」
「そうですね」
ワン子が頷く。
既にワン子とニャン子は臨戦体勢が整っている。
と言ってもいつもの侍女服姿だが。
「じゃあ奴らのご要望にお答えして正面から堂々と乗り込むぞ」
ニャン子の腕を掴んだワン子が俺に抱きつく。
「いってらっしゃいませ、ご武運を……」
ミノムシ怪人の声援を受け俺達は転送した。
タランバ城正門。
正門と言っても丸太を組んだ落とし戸になっているだけだ。
だが内外に百人ほどのガルボ兵が守りを固めている。
その目前に俺達は転送した。
「な、何者だ! 一体何処から!?」
「アホか。敵に決まってんだろうが」
そう言った次の瞬間、双短剣を抜いたワン子と、やはり二本の鉈状の得物を抜いたニャン子がガルボ兵に突っ込んでいく。
「てき……」
そう言いかけた兵士は直後に首が飛んだ。
不意を突かれた形のガルボ兵は次々と斃れていくが漸く戦闘態勢が整ったものが襲い掛かってくる。
「ごるぁ!」
そう言って切りかかるガルボ兵がニャン子の足払いによって前につんのめり、その顔面にワン子の後ろ回し蹴りがヒット。
今度は後ろに吹き飛ばされたところを回転したニャン子の得物が後頭部を切り裂いた。
見事なコンビネーションだ。
視線を合わすことも念話を使う事も無く次々と連携でガルボ兵を仕留めていく二人の後に忽ち死体の山が出来た。
「ご主人様、お願いします」
クリアになった城門の前でワン子が言った。
「あいよ、『炎爆弾』」
展開された赤い魔法陣から炎の塊が射出され城門を盛大に吹き飛ばす。
「ぎゃあああああ!」
「ひいいいいいいい!」
勢いで城門の後ろにいたガルボ兵も吹き飛ばされ、何人かは火が付いてのたうち回っている。
そんな連中には構わず俺達は城内に入った。
「目指すは玉座の間だな」
「お任せ下さい」
通路のあちこちに張り巡らされた蔓を斬りながら進んでいく。
途中何人かのガルボ兵が襲い掛かってきたが皆ワン子とニャン子に瞬殺された。
『ご主人様、正門と広場の制圧は完了』
横綱からの念話がきた。
『ご苦労、残敵掃討に移れ』
『分かった』
「ご主人様、ここが玉座の間です」
ワン子がそう言って入口を指す。
中を覗き込むとやはり至る所に蔓が張り巡らせてある。
中央の崩れた玉座に男が座っていた。
セルブロイだ。
放心したように宙を見上げ、しきりに何か呟いている。
その足には足枷が嵌められ、鎖の先は玉座に無造作に杭で繋ぎ止められていた。
「僕が……僕が……タランバ王だぞ……皆……跪け……」
「兄上!」
ワン子が思わず蔓を斬りながら駆け込んだ。
俺達も慌てて続く。
案の定石扉が落ちて俺達は閉じ込められた。
ニャン子の話通りだ。
同じ罠に二度も引っかかるとは。
まぁ仕方ないか。
「ビ……ビリュティス?」
呆けた表情だったセルブロイの顔つきが変わった。
「そうです、ビリュティスです。兄上、これは、この有様は一体何とした事ですか!?」
「ひっ、ひいいいいいいい!」
怯えきった表情で悲鳴を上げたセルブロイは足枷の鎖をジャラジャラと鳴らしながら玉座の後ろに隠れ頭を抱えて丸くなった。
「兄上?」
「何故、何で戻ってきたんだビリュティス! 折角、折角僕が手に入れた僕の国を取り上げるつもりか!」
「国? 何処に国があるというのです! ガルボに蹂躙され、民もおらず、荒れるに任せたこの大地の何処に国があるのです!?」
「う、うるさい! それでも国だ! 僕のタランバだ! 王である僕に従わない民なんて不要だ! 勿論ビ、ビリュティス! お前もだ!」
ガタガタと震えながらセルブロイは叫ぶ。
「兄上……」
ワン子の瞳からすっと一筋涙がこぼれた。





