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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第一章 王都パラスマヤ防衛戦編

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第五話 蜂蜜

 ダイゴが転移してきた翌日。


 パラスマヤ宮殿ではエルメリア達がグルフェスからダイゴが城から消えた旨の報告を受けていた。


「どういう事だ!」


「朝、侍女が起こしに参りましたところ、部屋はもぬけの殻でございました。恐らくは昨晩のうちに城を抜け出したものと存じます」


 メアリアの剣幕に少しもたじろぐ事なく、グルフェスは報告を続ける。


「メアリア、直ちに捜して来てください」


 じっとグルフェスを見据えたまま、エルメリアはメアリアに言った。


「わ、分かった!」


「お待ちください、メアリア様」


 すっ飛んでいこうとしたメアリアをグルフェスが制する。


「何でしょうか? グルフェス」


 走った姿勢のまま停止したメアリアの代わりにエルメリアが答えた。


「どうか、もうおやめくださいませ」


「何をですか?」


 グルフェスの強い口調に対し、エルメリアは穏やかに返す。


「姫様方は今の国の状況をお分かりになられておりますか?」


「勿論です」


 エルメリアの表情は変わらない。


「であれば、もはや召喚のお遊びに現を抜かしておられる時ではございませぬ」


「……遊び?」


 シェアリアが口を挟んだ。

 自身が心血を上げて取り組んできた召喚を遊びと言われたのだ。

 普段の物静かな口調に怒気が混じる。


「何十度と儀式を重ねても英雄神は現れず、ようやく顕れたのは、どう見てもただの凡夫。遊びと言わずして、これを何と申しましょう」


「ダイゴ殿はちゃんと現れた! 腕も確かだ!」


 ようやく走る姿勢を解いたメアリアが反論する。


「しかし現実には、城を抜け出して行方知れず。このような者に国の命運を託すなど、到底叶いませぬ」


「グルフェス……お前……」


「姫様方には、国王陛下より託された大任がございます。どうか国の為、御覚悟をお決めあそばされませ」


「だ、だが!」


「不肖このグルフェス、国王陛下より城代としてパラスマヤと姫様方をお預かりしております。もしこの願いをお聞き届けいただけぬのであれば、この命をもって国王陛下にお詫びするほかございません」


「……分かりました」


 少し目を伏せてエルメリアは言った。


「エルメリア!」


「メアリア……城に留まる様に。シェアリアも」


「ぐっ……」


「……いいの?」


 そう言ったシェアリアにエルメリアは無言で微笑んだ。


 その目はまだ希望の光が灯っている。


 シェアリアもまた無言で頷く。

 メアリアだけが不安そうな顔で二人を見ていた。




「むう……」


 小窓から漏れる日の光で目が覚めた。

 時計は無いしスマホも動かない。

 一体今何時なのかすら分からん。

 まぁ少なくとも今日の仕事は無いというのは確かだ。


 あー休みますって連絡入れりゃ良かったかな。

 まぁ不可能だし。

 俺の代わりに誰が安西工業の配送行くんだろ……。

 いや、考えてもしょうがないだろ。


 どうにも仕事の事ばかり浮かんでくる。

 しかしここは異世界。


 社畜ドライバーだった時なら、余分な事は考えなくてもよかった。

 仕事の段取り、最適なルート、納品手順。

 全て熟知して、考えなくても手足が動いた。


 でもここじゃそうはいかない。

 まるで新しい仕事、いや、新しい会社に転職するよりもはるかに重大な事態が迫っていた。


 グルグルと頭の中で神様やエルメリア達の顔が浮かんで消える。


「うし!」


 気を取り直して起きあがり、湯浴み場で冷めた残り湯で顔を洗い、枝を細かく裂いた歯ブラシで歯を磨く。

 下着はこちらの市場で買ったものだが今一つゴワゴワして着心地は良くないが仕方ない。


 朝食をとった後に宿を出てすぐに辺りを見回してみたが、特に見張られている様子は無い。

 念の為に人を含む動物の動きや自分に対して意識を向けている物を察知する『探知レーダー』の神技スキルを創造して調べたが反応は無かった。


「うーん、どうしたもんかなぁ」


 目の前の広場にはいくつものテーブルと椅子が並び、小さなワゴンの様な荷車の店が出ている。


 その一つで茶を買うと椅子に腰かけ、遠くのパラスマヤ宮殿をぼんやりと眺める。


 てっきり姫様達が捜しに来ると思ってたんだけどなぁ……。


 本当なら今日はあのメアリアという姫騎士の案内でこの辺りを回る筈だった。

 敵軍が間近に迫っているのに呑気だなと聞くと、


「王城を護るのも立派な任だ。それに……我々三人にはせねばならぬ事がある……」


 少し躊躇いながらメアリアが言ったのだが、そのやる事の中身は俺には話さなかった。


「連絡を取りたいけど迂闊に城に行く訳にもいかんしなぁ」


 ダバ茶と呼ばれるこの辺りでは一般的な紅茶に似た味わいの茶を啜りながら俺はぼやいた。


 と、


「おじさん、お茶菓子買ってよぉ」


 不意に可愛い声が掛かった。


「ん?」


 見るとまだ十歳くらいの小さな女の子が大きな駕籠を抱えて立っている。


「甘い小麦焼きだよぉ。美味しいよぉ」


 女の子は籠に入ったクッキーらしき物を見せる。


「ほお。お嬢ちゃんお店の子かい?」


「ちっがうよぉ、この広場では誰でも商売していいんだよぉ」


「ふうん。で、お嬢ちゃんはお菓子屋さんなんだ」


「そうだよぉ。ねぇ買ってよぉ一枚二大銅貨だよぉ」


 そう言って籠をズイッと突き出す。

 見ると香ばしく焼けたクッキーのような物が十枚ほど入っていた。


「よし、二枚もらおう。美味しかったらもっと買うよ」


「ありがとぉ、はい」


 焼き菓子を二枚受け取り、お金を渡す。

 口に入れると香ばしい香りとくどくない甘さが口に広がる。


「うん、美味しいな」


「本当? ありがとぉ」


 女の子がニッコリと笑う。

 別れたきりの娘を思い出して胸が少し痛んだ。


「甘みに蜂蜜を使ってるんだな」


「良く分かったねぇ、あまり蜂蜜って分かる人いないんだよぅ」


「そうなの?」


「蜂蜜は取るの大変なんだぁ、でも取れれば甘菜かんさいよりも安いからぁ」


『叡智』で甘菜を調べると甜菜の近似種と出た。


「そうか、じゃもう二枚もらおうかな」


 ダバ茶が甘みが無いだけに丁度いいお茶請けだった。


「ありがとぅ、でももうこの籠の分で当分作れないんだぁ」


「へぇ、何でさ」


「お母さんが魔獣に襲われて怪我して当分蜂蜜採りが出来なくなっちゃったんだぁ」


「ン? 蜂蜜採りってそんなに危険なのか」


 漠然と養蜂みたいなものと思っていたんだが。


「うん、いつもはお父さんと一緒に行ってたんだけどぉ、お父さんは戦争に行っちゃったからお母さん一人で行ったんだぁ。そしたらぁ……」


 女の子は先程の元気いっぱいな姿から一転しょげた様に俯いた。


「そうか……」


「だけどもうお城に納める事も出来なくなっちゃったよぅ」


「お城に?」


「うん、何時もお城のお姫様に食べてもらうのでお手紙と一緒に納めてるんだけど、もう蜂蜜が採れないからお金にしなくっちゃだよぅ」


 お城に納めると言うのは献上品と言う事。

 つまりは儲けにはならない。

 怪我をした母親の為に泣く泣く売る選択をしたのは顔を見れば容易に察しがついた。


「お城の……お姫様……」


 俺はちょっと考え込んだ。

 これは使えるんじゃないか。


「じゃあねぇ、おじさん、ありがとぉ」


 気を取り直したのか笑顔を作って女の子が立ち去ろうとする。


「なぁお嬢ちゃん、蜂蜜のある場所は分るのかい?」


「え、う、うん、前にお父さんとお母さんと一緒に行ったから知ってるよぅ」


「よし、教えてくれればおじさんが取ってきてあげるよ」


「ほ、本当!? でもどうして?」


「お菓子をお城に納めるときに一寸お願いがあるんだ」


「お願いぃ? 私に変な事するつもりぃ?」


 一瞬目を輝かせた女の子の顔がすぐに疑惑の表情に変わる。

 うう、変なおじさんに思われたか……。


「違うって、お姫様に伝言があるんだ」


「伝言? おじさんお姫様のこと、知ってるのぉ?」


「ああ、こう見えてもおじさん、エルメリア様に呼ばれてこの国に来たんだ。でも手違いでお城に入れなくて困ってたのさ。」


 確かに呼ばれたんだから、間違ってはいないよな。


「そっかぁ、それじゃあ案内するよぅ。何時行くのぉ?」


「何時でも。これからでも良いし」


 どの道暇な身だ。

 ならば周辺を探るのも悪く無い。

 そしてエルメリア達に連絡を取るなら早い方が良い。


「分ったよぅ、あ、私はチュレア」


 チュレアはニッコリ笑った。


「俺はダイゴ」


「ダイゴ? 変わった名前だねぇ。じゃぁ道具を持ってくるねぇ」


 そう言ってチュレアは駆けて行った。


「子供か……」


 子供と話すのなんて何年ぶりだろう……。


「流石に迷惑は掛けられんな」


 ポツリと呟くともう一枚の焼き菓子を口に入れた。






「こっちだよぉ、はやくはやくぅ」


 大きな壺を背負い、先が二股に別れた長い木の棒を持ったチュレアがトコトコと森を進む。

 あちこちの木にチュレアの両親が付けた目印があり、それを見て進んでいるのだ。


「あれだよぅ」


 小声で言ったチュレアが指さした先に、大木に大きなこぶの様に垂れ下がっているハチの巣があった。


「で、でけぇ」


 思わず声を漏らしたのも無理はない。

 その巣もさることながら周囲を飛ぶ蜂の大きさも、俺の知る熊蜂の数倍以上はある大きさなのだ。


「あれ、刺すのか?」


「刺すよぅ痛いよぅ腫れるよぅ」


 チュレアが少し脅すように笑って言った。

 いや、アレは刺されたら下手すると死ぬんじゃないのか。


「で、どうやって採るんだ? 巣を丸ごと落っことすのか?」


 昔テレビで見た、何処かの市役所のとっととやる課だか何だかが、蜂の巣を駆除するのに最後は丸ごとビニール袋の中に落としていたのを思い出した。


「違うよぉ、この蜂除けの蓑を被ってあの巣の下に行ってこの棒で巣の皮を剥がすんだよぅ」


 なるほど、根こそぎ落せばもう蜂はそこに巣を作らなくなってしまう。

 少しだけ剥がして、少しずつ採らなければならないという事か。


 蓑はすっぽりと被れるように出来ており、何でもこの蜂の嫌がる臭いを出すそうだ。


「それで落ちてくる蜜を壺に受ける訳か」


「そうだよぅ、じゃ行ってくるねぇ」


「いや、待て待て、それは俺の仕事だろ」


 俺もチュレアの父親が使っていた蓑を被っている。


「で、でもぉ……」


「大丈夫だ、チュレアはここで待ってろ」


「わかったよぅ、くれぐれも巣を落とさないでねぇ」


「ああ任せとけ」


 警戒した蜂がブンブンと音を立てて俺の周りを飛び回る。

なまじカブトムシ並みの大きさの為、羽音も迫力も満点だ。

 攻撃してくる蜂もいるが蓑に阻まれ、中々針は刺さらない。


 もっとも刺されないんだけどな……。


 そう思いながら悠々と巣の下まで行くと、木の棒で巣の皮を剥がす。

 すると蜜がビッシリと詰まった部分からすぐに垂れてくるので、それを壺に受ける。

 巣が大きいせいかドロドロと蜜が落ちてくる。


 その間もいきり立った蜂が執拗に攻撃してくる。

 羽音が正直耳障りで、何度も燃やしてやろうかという衝動に駆られるが、遠くの木陰で心配そうにこっちを見ているチュレアの事を考えるとここは我慢の一文字だ。



 一時間程で三つの壺一杯に蜜が貯まったので俺はそれを担いでチュレアのいる所まで戻ってきた。


「凄いよぅ! これだけあれば十分だよぅ!」


 壺にたっぷり入った蜂蜜を見てチュレアが興奮した声をあげた。


「そうか、それは良かった。じゃあ帰ろう」


「でもぉ、全然刺されなかったのぉ?」


「ああ、ちっとも。この蓑のお陰だな」


「でもぉ、お父さん必ず刺されてたけどぉ」


 実際俺の蓑を通して針を届かせた蜂もいたが、『絶対物理防御』の神技スキルは蜂の針など通すことは無い。

 まぁ本当の事は言えないが、子供はやっぱり感が鋭い。


「まあ運がよかったって事でいいじゃないか」


「う、うん」


 適当な言い訳にチュレアは今一つ腑に落ちないようだが、それ以上詮索する事もなく、二人は森を抜けた。

 道中でチュレアは普段の生活の事などを俺に教えてくれた。


「ん?」


 森から街道に出る所で『探知』に反応があり、俺は立ち止まった。

 森の中から様子を伺うと王城の方から馬車が一台かなりの勢いで走ってくる。


 そしてそれを追う十人程の男達。


「やばいよぅ、あれ山賊だよぅ」


 一緒に見ていたチュレアの様子が変わった。


「チュレアは森に入って隠れてろ」


「う、うん、おじさん、気を付けてねぇ」


 そう言ってチュレアは蓑を被ると森の中へ戻っていく。

 子供でも山賊の怖さは十分に知っているのだろう。


 木陰から俺は馬車と山賊の様子を伺う。

 やがて男達は馬車に追い付き、御者が斬り殺され馬車は停められた。


「おら! とっとと降りろ!」


 男達に促されて中の客達が降ろされる。


「おや?」


 降ろされた客の中に昨日食堂にいた女商人と奴隷がいた。

 男達の下卑た目が二人、特に奴隷のほうに注がれる。


 馬に乗った頭領格の顔に包帯を巻いた男に俺は見覚えがあった。


 コイツ達昨日俺が殴り倒した奴らじゃんか……。


 頭領は手下が乗客から巻き上げた金を受け取ると走り去って行った。

 残った手下はニヤニヤと笑いながら乗客たちににじり寄る。

 まず逃げようとした中年の客が斬り殺され、次にもう一人も斬られた。

 残るは女商人と奴隷だけだ。


 乗ってきた馬車はそのままにしてあり、どうやらそこでお楽しみを始めるつもりらしい。

 山賊達は剣で二人に乗れと促して押し込めた。


 しゃあない……。


「お楽しみの所スマンが、ちょっくら付き合えよ」


 連中の背後に立つと、わざとノンビリ声を掛けた。


「何だ! テメェ……ってテメェは!?」


「そう、昨日のテメェだ」


 突然現れた邪魔者に慌てて剣を抜く知った顔の男達。


「前回は見逃したが、今度は容赦しないよ」


 止めなきゃならん連中だ。ついでに、ここで魔法も試してみるか……。


 他への影響を考えて火だの水だの風だのは使えない。


 となると……。


 俺が右手を広げ念じると光魔法によって魔法陣が展開される。

 黄色く光るそれは雷魔法の物だ。

 攻撃魔法を決定すると、対象を指定し念じる。


「たたんじまえ!」


 山賊の一人がそう叫んで斬り掛かろうとした刹那、


「『雷電ライディーン』」


 ドン!


 途端に魔法陣から電光が走り、直撃した男は一瞬のけぞって倒れた。


「うん、成功だ」


 煙を噴いて倒れた男を見た他の山賊達の顔色が変わる。


「て、てめえ一体……」


 その問いには答えず次の魔法を発動する。

 先程と違って範囲魔法だ。

 馬車を外して山賊のみを範囲に指定する。


「『雷撃大王エレキサンダー』」


 ガガァン!!


 両腕に黄色い魔法陣が展開した途端、俺の周囲が轟音と眩いばかりの白光に包まれる。

 周囲に濛々たる煙が立ち上り、それが晴れると山賊たちは皆倒れ伏していた。


 自分の放った魔法の威力と結果に満足した俺は、周囲に人影が無いのを確認すると山賊達の死体や可哀相な犠牲者を森の別々の所に隠した。


「チュレア、もう大丈夫だ」


 森の中に声を掛けると積もった落ち葉の中からチュレアが出てきた。


「おじさん、大丈夫ぅ? 凄い音がしたけどぉ」


「ああ、チュレアも慣れたもんだな」


「何時も蜂蜜採りに来てるからねぇ」


 チュレアが自慢そうに言う。


「さてと、ここでちょっと見張っててくれ」


「分かったよぅ」


 勿論『探知レーダー』がある以上、チュレアの見張りは不要なのだが、余り生々しい場面を子供に見せたくはない。

 用心深く馬車の中を覗き込むと、女商人は縛られた上うつ伏せで尻を高く上げた状態で転がされており、まさに一線を越えられる寸前だった。


 奴隷の方は座席の隅っこに座ってじっと俺の方を向いている。

 前髪で目が隠れているままで表情は伺い知れないままだ。


 ん? 普通逆じゃないのか? 最初から拘束されてる奴隷よりも商人の方が何で先なんだ……?


「おい、大丈夫かアンタ」


 疑問はさておいて取りあえず猿轡を噛まされてウーウー唸ってる女商人の拘束を解いてやる。


「ぷはぁっ! あ、危なかったぁ~はぁ助かったよ」


 女商人は慌てて裾を直しながらこちらを向いた。


「ホント、恩に着るよ……ってアラ、アンタ」


「ああ、昨日宿屋にいたな」


「ああ、この子をじっと眺めてた助平だねぇ」


 途端に含みのある笑いを俺に向ける。


 う、バレてたか……。


「別にいやらしく眺めてた訳じゃないぞ」


「そうかい? まぁこの子は人目引くから見ても仕方ないけどねぇ。」


 女商人はさも当然といった顔で言った。


「……少し待ってた方が良かったか?」


「あぁ冗談だよ、ほっとしてついさ。」


 表に出ると女商人はすっかり片付いた辺りを見回す。


「しかし、どうやってあいつらを? アンタ魔導士だったのかい?」


「ま、まあちょっとね」


「ふうん、雷魔導士なんて滅多にいないからねぇ」


 流石に雷魔法というのは気付かれていたようだ。


「じゃあ俺はこれで、気をつけてな」


 余り詮索されたくない俺はそう言ってその場を立ち去ろうとすると、袖を引っ張られた。


「ちょ、ちょっと待っておくれよ、こんな所に放っておくつもりかい? 第一有り金全部取られてどうしろってのさ」


「どうしろと言われてもなぁ……」


 金は持ってるが貸す義理は無い。

 まぁ当座の宿賃位ならと思っていると、


「そこで相談なんだけどさ。この娘を買ってくれないかな」


「はぁ!?」


 いきなりの提案に思わず裏返った声が出た。


「いや、私も金無しで、国に帰る資金は必要だし、なおかつこの娘も連れ帰る余裕は無いし、何よりアンタにお礼も出来ない。この娘を買ってくれれば私もアンタも幸せって訳よ。」


 何だよ幸せって? あの時そんなに物欲しそうな顔してたか……?


「その娘を買って幸せって、それが謝礼になる程の価値なのか?」


「この娘は特注品中の特注品で滅多にお目に掛かれない逸品だからね。戦闘部族の出だから護衛に最適。身の回りの世話もちゃんとこなせるし、初物だけど夜のお世話もちゃんと教えてある。普通だったら絶対手の届かないモンだよ。それを格安でってだけでも十分謝礼になるよ」


 俺は考え込んだ。

 確かにこの商人にしては帰るまでの路銀を手に入れる手段はこれしかないのだろう。

 話としては決して悪くない。


「でいくらなんだ?」


 と聞くと


「ズバリ! 大金貨百五十枚のトコ三十枚!」


 八十パーセントオフか、でも十分高え……。


「アンタ俺がそんな大金持ってると思う?」


「思うね。私はそういう所の鼻が鋭いのさ」


 女商人は自信満々に鼻を鳴らしながら言った。


 今の俺には三十枚払っても当座困らないだけの金はある。

 奴隷自体はその時代、その世界の事だからあれこれ文句をつける気も無い。

 ただ人の売り買いで値切るというのはなんか嫌な気がしたので素直に三十枚渡した。


「確かに三十枚、じゃまず手枷を外すから」


 金貨を丁寧に数えた商人は服の袖に縫い付けてた櫛状の鍵を取り出し手枷を外した。


「それじゃこの首輪に指を当てておくれ」


 言われた通り首輪に手を当てると商人は何やら呪文らしき言葉を唱えた。

 すると首輪が一瞬ぽうっと光る。


 こんな魔法道具もあるんだ……。


「これでこの娘はアンタに叛意を抱いたり命令を拒むと首輪が激痛を与えるんだ。さぁ、新しい主人にご挨拶おし」


 奴隷娘はしばらく手枷の付いてた手首をさすっていたがやがて前髪をかき上げ俺の方を向いた。


 現れた顔は俺をハッとさせた。


 何処と無く影が有るものの真面目そうな顔立ちで、なんとなくメアリアを思い出させる。

 だがこっちの方が大人びた感がある。

 美女になりかけの美少女って感じだ。

 目が青み掛かってなんとなく狼っぽいがそれ以外は普通に人にしか見えない。


「今日からお仕えさせていただきます、よろしくお願い致します、ご主人様、お嬢様」


 そう言って奴隷娘は頭を下げた。


「あ、ああ。よろしく……ってこの子は違うよ」


 俺はチュレアを片手で指さしながらもう片手を振った。


「そうなのですか?」


「ああ、俺はこの子の手伝いで蜂蜜取りに来てたんだ」


「失礼しました。お許し下さい」


「い、いやいいんだけどな」


 チュレアも唐突な事の成り行きに唖然としたままだ。


「それで名前は?」


「今の私には名前はありません。どうぞご主人様のお好きな名をお付け下さい」


 だが俺が『状態表示ステータス』を見ると


 ――ビリュティス・レムルクス


 と立派な名前が表示された。


 まぁなんか訳あるんだろうけどそれはおいおい聞けば良いか。


「じゃあとでちゃんと付けるけど取り敢えずワン子な」


 俺自身センスの欠片もないひどい名前と思ったが、


「分かりました、有難う御座います」


 ビリュティスことワン子は深々と頭を下げて礼を言った。


 いや、ワン子の意味伝わってないだろ……。


 まぁおちついたら改めて考えれば良いか……。


 俺達はワン子に御者をさせて王都に戻る事にした。

 道中女商人に襲われるまでのいきさつを聞いたが実に興味深かった。


 ボーガベルの貴族が獣人の戦闘奴隷を欲しがってるとの注文を受けた彼女は、方々手を尽くしてやっと蒼狼族の奴隷を手に入れた。

 蒼狼族は南大陸に国家を持つ誇り高い戦闘部族で、滅多な事では奴隷など出ない。

 金貨百枚で競り落とした彼女はその貴族に引き渡すためにボーガベルに来たが、その貴族は帝国との戦争に出ており会えずじまい。

 結局一旦国に戻ることにし、バッフェとの国境へ向かおうとした矢先に山賊に襲われたというものだ。


 正直既視感が半端無いな。その貴族が商人を追い返して山賊に襲わせワン子をただで手に入れるとかってパターンか……?


「その貴族ってグルフェスってのかい?」


「商売の事は教えられないけど、グルフェスって宰相だろ? そんなお偉い人じゃないよ」


「それもそうか」


 あの山賊がグルフェス以外の貴族に取り入ってたという可能性もあるがもはや確かめようも無いな。


 そうこうしてるうちに馬車は王都のすぐ近くまで来た。

 と向こうから行商人の馬車が来るのを見つけた女商人は御者に声を掛け停めさせた。


「ここであの馬車に乗り換えてバッフェに向かうよ。どうもあんたの話ぶりじゃ王都に戻っても良い事無さそうだしね」


「そうだな、その方が良い」


「じゃあね、その子大事にしとくれよ」


 そう言って女商人はさっと馬車を乗り換えて去っていった。


 なんとも逞しい限りだ。

 それに口は悪いが意外にワン子を思い遣ってる節もあった。


 奴隷商人なんてろくでもない人種かと思ってたがその認識は改めた方が良いかもしれないな……。


 まぁ彼女みたいなのは少数派かも知れないが……。


「どうしよぅ、奴隷の売り買いの現場を見ちゃったよぅ」


 チュレアが小難しい顔で言った。


「言い方が物騒だな……俺としては人助けのつもりなんだけどよ」


「ふうん、でもおじさん、この馬車で門に行かない方が良いよぅ」


「何で……って、乗合馬車だからか」


 チュレアは頷いた。

 乗合馬車に正規の御者が乗ってなければ疑われるのは俺だ。


「ワン子、その脇に停めてくれ」


 ワン子に馬車を停めさせ、脇の林に入った。


「如何なされました?」


 訝しがるワン子に


「ここからは歩いていく」


 壺を担ごうとしながら俺は言った。


「ならば、私がお持ちします」


 それを見たワン子がそう言って壺を持とうとする。


「いや良いから、それよりこれを着てな」


 俺は羽織っていた外套を脱ぐとワン子に掛けてやった。


「そんな、ご主人様のお召し物を着る訳には参りません」


「俺としては着ていた方が嬉しいんだがな」


 ワン子の格好は長方形の麻布の真ん中に穴を開けて首を通し、麻縄で縛っただけのいわゆる貫頭衣と言う奴だ。


 脇は素肌が丸見えで、俺としてはどうにも気になる。


「畏まりました。でもこれはお持ち致します」


 外套を羽織ったワン子は壺を一つ背負い、後の二つは軽々と両手に持った。


「まあ、いいか。じゃあ行こう」


「はい、ご主人様」


 笑うでもなくワン子が俺の後をついてくる。

 俺達はそのまま門へ向かって歩いていった。

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