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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第四章 タランバ奪還編

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第四十七話 慟哭

 アジュナ・ボーガベルと三隻の魔導輸送船はオラシャントから提供された海図を元に一路ハフカラを目指していた。


 海図といっても勿論正確なものではなく大体この辺程度の代物だ。

 そこで擬似生物の鳥を飛ばして測量しながらなるべく正確な海図を作成しながら進んでいる。

 この作業はクフュラとメルシャが受け持ってやっているが、今の所順調なようだ。


 魔導輸送船の二隻にはゴーレム兵が二千と支援用の作業ゴーレムが百。

 後の一隻にはハフカラに対する支援物資を満載している。


 留守はグルフェスとガラノッサに任せた。

 ガラノッサは非常に行きたがっていたが旧バッフェの状況を鑑みると留守を守ってもらうしかない。


「はああああああああああ」


 展望デッキでその威容に圧倒された侍女服姿のハシュフィナ改めニャン子がひたすら溜息をついていた。

 ハシュフィナとヒルファの侍女服は、試作品の丈が短く、俗にいうミニスカメイド服に近い物だ。

 ちゃんとアンダースコートのようなひらひらがついてるのを穿いているのだがニャン子の場合形の良い尻と尻尾が何となく煽情的な雰囲気を出して困ってしまう。


 一方のヒルファはひたすら可愛らしい。


「お前、さっきからはあ~しか言ってないけど、お前よりちっちゃいヒルファはちゃんと侍女の仕事してんぞ?」


 ニャン子とヒルファがペアで展望デッキの掃除をしているのを俺はお茶とチュレアの焼き菓子を頬張りながら眺めていた。

ヒルファはテキパキとほうきでゴミを集めている。


 まぁヒルファは高級奴隷調教所出身だから比較しては可哀相なんだが。


「あ、いや、すみませんダイゴ様……いや、あまりにも凄いので……その……」


「まぁ驚くのは構わんがちゃんと仕事はしてくれよ」


「わ、分かってますぅ……」


 そう言うとニャン子はまた窓を拭き始めた。


「しっかし、もうかれこれ二日か、結構遠いんだな、南大陸って。それをあんな小舟で来たニャン子も大したもんだ」


「えへへ、南大陸からの東大陸へ続く潮の流れがあるんです。それに乗れば早く着きます……」


 褒められて素直に喜ぶようにニャン子が言う。


「なるほど、海流があるわけだ」


「良くは分かりません……」


「で、そのハフカラの王都カンニアに直接行って大丈夫なんだな」


「あ、でもこんな凄いので行ったら大騒ぎになるので……」


「何だよ、それ早く言ってくれよ。まぁ良いや。カンニアにはカーペットで行くから」


「す、済みません……」


「良いって良いって」


「ごしゅじんさま、ゆかそうじ……おわりました」


 ヒルファがキチンとした姿勢で言った。


「そっか、じゃ一緒に焼き菓子を食べながら、まだ終わってないニャン子を待つとするか」


「はい、でも……にゃんこさんと……いっしょにたべたいので……まってます」


「うう、健気やのう、おおいニャン子君、急ぎ給えよ」


「あうう、は、はいぃ……」


 ニャン子の厳しい修業は続く。


「その後ワン子とはどうだい」


「……色々教えてもらってます」


「仲直りはできたのかい」


「それは……」


『マスター、カンニア近海に到着しました』


 擬似人間のウイリアムから念話が入る。


『よし、全艦停止。まず偵察擬似生物射出。付近の状況偵察』


『畏まりました』


「そもそも何でお前ワン子に文句言ってたのよ」


「それは……タランバがあった頃のビ……ワン子は国を思い民の平穏を願う素晴らしい姫でした」


「え? ワン子ってお姫様だったの?」


「はい、れっきとしたタランバの蒼狼族の族長の娘です」


 やっぱそうだったのか。

 薄々そんな気はしてたんだ。

 ステータスにちゃんと名字ついてたし。


 まさかと思ってヒルファのステータスを見たら


 ヒルファ 十歳 白兎族


 と平民であることを表していた。


「その彼女がなぜ国を捨てて逃げてしまったのか……いくら奴隷になったとは言え、タランバやハフカラの滅亡を何とも思わないなんて……」


「何とも思ってない訳ないじゃないか」


「え?」


「以前ワン子にタランバに戻りたいと言ったらどうするって聞かれて、必ず連れて行くって約束したんだ。その時にワン子は凄く嬉しそうにしてた。そしてニャン子が来てタランバの滅亡を知って以来ずっと落ち込みっぱなしだ。無関心な訳がない」


「……それじゃ……なんで……」


「兄ってのに絶対戻ってくるなと言い含められたらしいが、それ以外にも何かはあるんだろうな。でも決してタランバやハフカラの事が心配じゃない訳は無い。これは断言できる」


「……セルブロイ……」


 ニャン子はぽつんとワン子の兄らしき名前を言った。


 再びウイリアムから報告が来た。

 擬似生物の報告では一応街は平穏だそうだ。

 オラシャントみたいに到着即会戦とかじゃなくて良かった。


「ニャン子、ハフカラに着いたようだ。着替えてきな」


 流石に侍女服で連れてってまた誰かに勘違いで襲われてはかなわない。

 ニャン子には平服を用意しておいた。


「は、はい、あ、でも……」


 なんか人差し指を合わせてモジモジしている。


「ん? どうした?」


「焼き菓子が……」


「ああ、ほれあ~ん」


 そう言うとニャン子が口を開けたのでそこに焼き菓子を押し込んだ。

 口を閉じる際、チョロッと人差し指を舐められた。


「えへへ、美味しいです……」


 こいつも結構、いや、かなり可愛いところあるんだよなぁ。


「あの……ごしゅじんさま……おねがいが……あるのですが」


「んん? なんだ、言ってみな」


「わたしも……はふからに……いきたいのですが」


 てっきり焼き菓子が欲しいのかと思った。


「そっか、ヒルファにとっても故郷だもんな。もちろん構わんよ」


「あ……ありがとう……ございます」


 そこではじめてヒルファは笑顔を見せた。




 俺と眷属達そしてニャン子、そしてヒルファを乗せたカーペットは海上を走り、海岸線から少し奥に入った高台にある王都カンニアに到着した。

 船団はそのまま上空で待機だ。


『ご主人様。偵察擬似生物の指揮権を頂けますか?』


 セイミアが念話で許可を求めてきた。


『構わんぞ』


『ありがとうございます、偵察擬似生物ドローン達、行きなさい』


 セイミアの念を受け、魔導輸送船から数百匹の偵察擬似生物が散っていく。

 おお、何か格好いい。

 今度礼装の中から射出する仕掛けでも作るかな。

 まぁ間違いなく怒られるだろうけど。


 カンニアの城壁で囲まれた造りは東大陸の都市と同じだが、城壁自体は木組みも混ざってて随分と雑な造りだ。


 俺達は丸太で作られた門の前に来た。

 すぐにニャン子を見て兵士が近寄って来る。


「何者……こ、これはハシュフィナ様」


「叔父上は健在か?」


「は、はい。この者た……ビ、ビリュティス……さま?」


 門兵は後ろにいたワン子を見て複雑な表情をした。


「この者達は東大陸からの援軍だ。ビリュティスの取成しで来て貰ったのだ。無礼な言動は許さんぞ」


「は、ははっ」


 街中は木造の建物が殆どで、土壁が主体の東大陸と明らかに違っている。

 これが瓦葺きなら日本情緒溢れる感がしなくもないが、残念ながら板葺きの屋根の建物はあくまで西洋風だ。

 この世界にはやはり東洋文化みたいな物は存在しないのかも知れない。


 ニャン子の先導で俺達は王城へ向かったが途中の人々が皆ワン子を嫌悪や憎悪の視線で見ている。

 ワン子は何も言わず、少し視線を下にしている。


 ガン


「!」


 ワン子の頭に石が当たった。

 見ればワン子と同じ髪型の少年が投げたようだ。


「何をするか!」


 ニャン子が叫んだ。


「ハシュフィナ様! 何でそいつを連れてきたんですか! そいつのせいで!」


「やめなさい! ビリュティスは関係無いでしょう!」


「でも、でも! そいつらのせいで……」


 少年は泣いていた。

 ワン子は頭から血を流しながらその少年の前に立つと


「すまない」


 そう言って頭を下げた。


「父ちゃんと母ちゃん、タランバを返してくれよ!」


 少年はそう言って走り去った。

 だがそれでもワン子を見る憎悪と敵意の視線は薄まろうとはしなかった。

 だが、その後は何も無く俺達は王城の中に入り、シェアリアがすぐにワン子に治癒魔法を施した。


「お前、わざと受けたろ?」


「はい……」


「後で聞かせて貰うな」


「はい……」


 ワン子は俯いたままで力無く言った。


 ハフカラに与していたタランバは数年前に滅び、その際ワン子は兄の手で東大陸に逃がされた。

 それが何故同族やハフカラの人々から敵意を向けられるのか。

嫌な可能性が頭の中に浮かび上がってきた。

 まさかワン子は……。


 城というよりは木造の砦の中の然程広くは無い部屋に俺達が入るとそこに居た偉丈夫が声を出した。


「おお、ハシュフィナ! よくぞ帰ってきて……、ビ、ビリュティス? お主……」


「叔父上、このハシュフィナ、ビリュティスの取りなしで東大陸の強兵を連れて参りました」


「何と……まことか……、ビリュティス……よくぞ……」


「国王陛下、お久しぶりでございます。ですが今の私はビリュティスという名も全て捨て、ワン子という名前でございます。以後はそうお呼び下さい」


「ワン子とな、また妙な名前じゃな」


 悪かったな。


「して、こちらの方々は?」


「この度東大陸新生ボーガベル王国より御越し頂いた、エルメリア・ボーガベル女王陛下と臣下の方々です」


「何と! 女王陛下自ら御越しとは! 遠路遙々とよう来てくれました。連合王国ハフカラの王を務めるモルグワ・ギラ・ケルシオスと申す」


「新生ボーガベル王国より参りましたエルメリア・ボーガベルです。モルグワ陛下、早速ですが戦況をお教え頂きたいのですが」


「うむ、ハフカラに隣接している旧タランバを根城にしておる金獅子族ガルボの攻勢が日毎強くなっておるのです。このままでは近い内にもこのカンニアに大攻勢があるやもしれん」


「では、そのタランバを奪還すれば宜しいのですね」


「そうです。だが金獅子族にはタランバの地理に詳しい者が与している。その者のために我が兵は甚大な被害を受けてきた」


「ま、まさか……それは……」


 ワン子が愕然とした表情で言った。


「ああ、そうだ。お前の兄セルブロイだ」


 国王は苦々しい表情でワン子を見た。


「そ、そんな……何故ですか……、私が国を離れて一体何があったのですか」


「その前に聞かせて欲しい。何故お前は国を離れたのだ?」


「……はい、あのガルボの最初の攻勢で我が兄セルブロイが敗れた後、一人で兄上は戻ってきました」


「ふむ」


「そこで、このままではタランバはガルボに根絶やしにされるだろう。せめて私だけでも逃げ延びて欲しいと。私は拒否しましたが兄上の熱意に押され船に乗ったのです」


「やはり……そういうことだったか。次にタランバに金獅子族が大攻勢をかけて来たあの日、そう、お前がいなくなった日だ。大きな被害を出した我々の所にセルブロイがタランバの雫を掲げ『ビリュティスは次期王の責務に耐えかね、自分にタランバの雫を譲り他の大陸へ逃亡した』と……」


「そ、そんな……それは、兄上が……」


「騒然とする蒼狼族の将たちにセルブロイは自身がガルボの大将ボリノーゲとの講和に成功したので、講和の宴を催すと告げたのだ。だが、その宴に集まった将達は潜んでいた金獅子族たちによって皆殺しにされた」


「そんな……」


「いくら勇猛果敢な蒼狼族とはいえ、将が居なくては烏合の衆。次々に金獅子族の餌食になり、タランバは崩壊したのだ」


「それじゃあ、蒼狼族は?」


「今はハフカラに僅かな生き残りを残すのみ」


「兄上は? タランバの雫は?」


「それ以降行方知れずだ」


「では、既に……」


 そう聞いたエルメリアに国王が答える。


「いや、タランバに攻め入った我が兵は悉く地の利を生かされて敗れていった。あれができるのはセルブロイしかおらん」


「そんな……兄上が……」


「ビリュティス、いや、ワン子か。お主の事を責める気は儂には無い。だがここに居る蒼狼族の生き残りを含め、お前達兄妹に悪い感情を抱く者は多い。出来ればお主は姿を見せぬ方が良いであろう」


「……はい」


 ワン子の顔は蒼白で、声にはまるで精気が無かった。

 脇で聞いていたニャン子も俯いたままだ。



 俺達は転送でアジュナ・ボーガベルに戻った。

 流石に帰りを考えるとワン子が不憫だったからだ。

 国王達は驚いたろうが知ったことではない。


 展望デッキには俺とワン子とニャン子の三人が居た。

 遠くに暮れていくカンニアの街並みが見える。


「ごめんなさい、ビ……ワン子に酷い仕打ちをしてしまった」


 ニャン子もすっかりしょげている。


「いいの。私も国を捨てて逃げ出したのは事実」


「でも、セルブロイに言われてでしょ? 何もワン子が捨てた訳じゃ無い」


「結果タランバは滅んでしまった。私はその事実から目を背けてきた。捨てて逃げ出したようなもの。全て私の責任……」


「だから、あの少年の投げた石を受けたのか」


「はい……」


「違う! 全部セルブロイのせいじゃない! 彼が……」


 ニャン子はそこで言葉を切った。

 ワン子の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。


「兄上が何故……そんな事を……」


「そのワン子の兄上ってどんな人なんだ」


「兄上はとても優しい方でした。戦いに生きる蒼狼族にあって和を尊ぶ人で……」


「ふむ」


「次の王を決める闘技でも自分は私には勝てないと辞退したのです」


「ん、じゃワン子って女王様だったの」


「いえ、正式にはなってません。先代から『タランバの雫』を預かっただけで……」


「さっきの話でも出てたがそれは?」


「代々伝わる秘宝で、それを持つ者がタランバを所有する権利を有するというものです。でも今は……」


「セルブロイと共に行方不明……」


 そう言うニャン子は言外に誰が持っているかを告げていた。


「ご主人様……お願いがあります」


「おう、何だ」


「タランバに連れて行って欲しいのです」


 俺とニャン子は顔を見合わせた。

 突然何を言い出すんだ。


<今のタランバは……>


 ニャン子が目でそう俺に訴えている。


<分かっている>


 俺も目でそう返した。


 既に偵察擬似生物でタランバの現状は把握済みだ。


 俺が戸惑っているとワン子がガバッと地に伏せた。


「お願いします! お願いです! 今のタランバをこの目で確かめたいのです! どうか!」


「分かった。そこまでしなくて良いよ。約束だからな」


「あ、ありがとうございます!」


 顔を起こしたワン子が縋るような目で俺を見る。

 その顔はもはや俺の知っているワン子ではない。

 恐らくタランバ族長の娘、ビリュティスの顔なんだろう。


「でも、ワン子……タランバは……」


 ニャン子がそう言うと


「大丈夫よ」


 柔らかく言うワン子だが、何処となく眼が虚ろだ。

 精神的にかなり参っているのだろう。


 苦々しい思いが腹の底からこみ上げてくる。やりたくない仕事を組まされた時のようだ。


「じゃあ、いくぞ」


 俺達三人はタランバの国境沿いに転送した。


 照りつける太陽の元、乾いた風が吹きすさんでいる。


「ここが……タランバ……? そん……な……」


 ワン子の目前に広がる光景は緑の草原などではなく、見渡す限り赤茶けた大地が広がる荒野だった。


「何で……こんな……」


 ワン子が膝から崩れ落ちた。

 その荒涼とした風景はワン子の想像を遙かに超えていたようだ。


「あの後大干ばつがタランバ一帯を襲ったの。既に放棄されたこの一帯は荒れるに任せて今ではこの有様……」


 絞り出すようにハシュフィナが言った。


「あ……ああ……ああああ……うああああああああああ」


 ワン子の嗚咽が慟哭に変わった。

 変わり果てたタランバの大地から目を離さないまま、雄たけびを上げるように慟哭する。


「あああああああああああああああああ! うぁああああああああああああああああぁ!」


 俺とニャン子はただ見つめるしかなかった。

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