第四十四話 神皇猊下
暴爆龍・黒鋼が『負の滅光』で沖合の艦隊を根こそぎ消滅させる様はここからでもはっきりと見えた。
「あ、あああああれって、なななななんですか!いいい一体……」
「こ……こわい……」
怯えたウルマイヤとヒルファが俺にしがみつく。
「ああ、大丈夫だ。ほら、もういなくなった」
淡い色を放って黒鋼は消滅した。
「あ、あああれもダ、ダイゴ様のお力なのですか?」
「ん~、まぁそうだ」
「だいごさまは……かみさま……なのですか……」
「ん? 勿論違うよ」
一応神の代行者だけどな。
なんかウルマイヤとヒルファが同じような眼でこちらを見てなんかこそばゆい。
そのうち海面に巨大な赤いゴーレムが出現した。
サイクロプスだ。
サイクロプスは掌にエルメリアを乗せて悠々とこちらに戻って来た。
「お、帰ってきた」
「ご主人様~」
サイクロプスから飛び降りたエルメリアを受け止める。
「えーん、えーん、恐かったですわー恐ろしかったですわー」
「いや、棒読みかつ嘘泣きされてもなぁ。ノリノリで『負の滅光』使ってるし」
「テヘペロですわ」
んな言葉どこで覚えてきたんだ……。
まぁ『叡智』のライブラリからなんだろうけど……。
「あ、あの……えるめりあさま……ごぶじで……よかったです」
「まぁヒルファ。無事だったのですね」
「ああ、怪我してたがこいつが治癒してくれたんだ」
「あら、こちらは?」
「ムルタブスの巫女姫でウルマイヤだ。お前を捜すのに色々手伝ってくれた」
「そうでしたか。ありがとうございました。ウルマイヤ様」
「エ! エエエエエエエエルメリアじょじょじょ女王様!? そ、そんな勿体ない! ウルマイヤと呼び捨てて下さい!」
真っ赤になったウルマイヤがあたふたと返事をする。
「うふふ、わかりましたわ。では、ウルマイヤさん」
「い、いいいいえ、そ、そんな……あ、で、でも何でダイゴ様の事……ご主人様って……え!? えええええええ!」
「うふふ、内緒ですわ」
「は、はうわわわわわ!」
何を想像したのかは知らないが茹でダコの様に真っ赤になるウルマイヤ。
何の事か分からないヒルファはキョトンとしている。
「あのファギってオッサンはどうした?」
「あそこで放置ですわ。スライムにこっそり海竜を逃がさせましたので」
「そっか、まぁいいや。いいな? ウルマイヤ」
「は、はい。勿論です。本来あの人はここにいない筈なのですから」
ウルマイヤさんも意地が悪い。
まぁファギのオッサンは暫く海を漂流してもらおう。
「ご主人様、こちらの方も終わりました」
館の方からワン子達もやって来た。
「おう、殺してないだろうな」
「はい、全員拘束しておきました。この子は?」
ワン子がヒルファを見て言った。
「ああ、ここで働かされてたらしい。怪我をしててな。首輪の呪いは解除した」
「そうですか」
「……ご主人様、まさか」
「ご主人様、とうとうそこまで……」
メアリアとシェアリアが黒い目玉の妖怪のような目を向けてくる。
「いやいや、君達? 人道的な人助けをした私になんて目を向けるんだい」
「ええええ!? メアリア様もシェアリア様もご主人様って!? ええええ!?」
「ウルマイヤ、煩い」
「は、はい……すみません……」
「あなた、白兎族ね」
「はい……」
「白兎族?」
「はい、南大陸の一部族です。獣人では大人しい気性の種族です」
「なるほどな。さて、こんな事になっちゃぁ婚礼どころじゃないな」
「そうですね。ムルタブスもこれでは中止して帰国せざるを得ないでしょう」
エルメリアも同意する。
ショモレク王子とやらには会った事も無いが飛んだ災難だ。
まぁガラフデ自体がこの件に関わっていたとしたら身から出た錆と諦めてもらうしかないな。
「まぁガラフデには厳重に抗議して俺達は帰るとしようか」
「あ、あの……」
「ん、何だい? ヒルファ」
「あの……さっき……だいごさま……どうするか……きめろと……いわれました。わたし……かえるところ……ないので……だいごさまとえるめりあさまに……おつかえしたいです」
「そっか、どうするエルメリア」
「私からぜひお願いしますわ、ヒルファ」
「と、言う事だ。よかったなヒルファ」
「あ、ありがとうございます……いっしょうけんめいおつかえします」
ヒルファはたどたどしくお辞儀をした。
「……やっぱり」
「やはり」
メアリアとシェアリアの視線が俺のガラスのハートに突き刺さる。
「いや、違うぞ君達。あくまでエルメリア付きの侍女としての採用だ。勘違いしないでくれ給えよ」
「あ……あの……だめ……でしょうか……」
「……そんな事は無い。頑張りなさい」
「そうだぞ、大歓迎だ」
二人はヒルファをナデナデしながら言った。
「はい……ありがとうございます」
くそう、みんな意地悪だ。
「あ、あの……ダイゴ様」
「ん、ウルマイヤも侍女になりたいのか? お前なら大歓迎だぞ?」
「え? ええええええええええ!? ああああのっ、そのっ! わ、わたしっ、お、お傍付きの役目がああああって、で、で……」
「ん、そうだよな、いや、すまん冗談だ」
「あ……は、はい……冗談……ですか……」
そう言ったウルマイヤが何故かワン子をチラと見たようだった。
「で、何を言おうとしたんだ?」
「あ……は、はいっ、こ、こんな事を言うのは筋違いと重々承知してます! ですが! お願いがあります!」
「ウルマイヤさんの仰りたい事も分かっておりますよ。ご主人様、宜しいでしょうか?」
「はぁ、それじゃあのファギとかいうオッサンと一緒の様な気がするんだが、まぁ正式な依頼だから仕方ないな」
「あ、ありがとうございます!」
ムルタブス神皇国の迎賓館。
その広大な寝室の豪華な寝台に齢百を超えるアラルメイル神皇猊下が横たわっている。
肌は土気色で死んでいると言われてもおかしくはない姿だ。
その脇にエルメリアが立った。
ウルマイヤが人払いをしてくれて、この部屋には神皇猊下、エルメリア、そして俺の三人だけだ。
「では」
そう言うと紫の魔法陣を展開する。
「『老化遡行』」
みるみるうちにアラルメイルの土気色の皮膚が健康な皮膚に変わっていき、肌にも張りが出、七十代位の姿になった。
「猊下? お気分は如何ですか?」
エルメリアが優しく声を掛ける。
「うっ、むうぅ、こ、これは一体?」
目を開いたアラルメイルは自分の腕を見、肌を撫でる。
「猊下、お久しぶりでございます。エルメリアでございます」
「おお、エルメリア姫……いや、今は女王陛下ですかな」
「エルメリアで宜しゅうございましてよ」
「そうか。美しくなったのう、エルメリア。これは……お主が?」
「はい」
「何と。この様な技をお主が……一体如何様にして……」
「それについては少しお話ししたい事がございます」
常温のお茶を差し出しながらエルメリアが言った。
「うむ」
エルメリアは脇に控えていた俺の事はぼかして神の代行者よりこの力を授かった事、そしてその力に目を付けたアマド・ファギ卿に拉致された事、救出された後にウルマイヤの願いによってアラルメイルを若返らせたことを告げた。
「そうか、ファギが……。すまないエルメリア。あ奴も儂の事を思ってその様な暴挙に出たのだろう。だがしでかした事は許される事ではない。それは儂が責任を持って処罰する」
そうなのか。てっきり己の立場が、とかと思ってたんだが。
「分かりました。この様なことがあった以上ボーガベルもムルタブスに対し厳しい姿勢を取らざるを得ませんが、私の神皇猊下に対する気持ちは少しも変わらない事をご承知下さいませ」
「勿論だ。むしろ戦争になってもおかしくなかった事だ。甘んじて受け入れよう」
「神皇猊下の寛大なお心に感謝致します」
「エルメリア」
「はい?」
「素晴らしい主に巡り合えた様だな」
そう俺の方をちらと見ながら言った。
「はい、それはもう」
エルメリアはにっこり笑った。
バレバレだなぁ。
「申し遅れました、神皇猊下。ダイゴ・マキシマと申します」
「あなたが神の代行者ですな。『神』から聞いてます」
え?
「あなたは『神』と話が出来るのですか?」
「頻繁にという訳ではありません。『神』は時たまこの世界の事をお聞きに私の心に語りかけて来るのです。私はそれにお答えしているだけです」
「成程、それでお……、いえ私の事が話題に出たと」
「そうです。ただ神の代行者がそちらに行くから好きにさせるように、とだけ仰いました。『神』がその様な事を仰ったのは初めての事です」
「それでは……」
「はい、ムルタブス……いえ、ラモ教は貴方をどうこうしようという意図は全くありません、『神』のご意志のままお過ごしください」
よかった。いきなりご神体とかに祭り上げられるんじゃ無いかと焦ったわ。
「ラモ教は元々『神』から授かった聖魔法自体を敬う事を教義としておりますので」
「その聖魔法について何ですが……エルメリア、良いか?」
この話をするつもりでいた為、ウルマイヤには最初から席を外してもらっていた。
「はい、ご主人様の御心のままに」
「分かっています。土魔法と仰りたいのですね」
「やはりお分かりに……」
「勿論です。『神』から秘法を授けられた我らが先達は大いに悩みました。そこで人に福音をもたらす治癒や回復の魔法のみを聖魔法として伝承し、人の心を惑わせ、操り、狂わせる魔法を邪悪な土魔法として封印したのです」
「なるほど」
散々『自白』とか使って申し訳ないようだな。
「しかし、極一部に漏れ伝わっている土魔法の秘術を悪用し、隷属の首輪なるものを造り利を上げている者がいるのも事実です」
「え、それじゃ、まさか……」
「そうです。彼の非道な魔道具はムルタブスから出ているのです」
なんだってー!
心の中で叫んじまったわ。
エルメリアも驚いている。
「恐らくはファギら保守派と呼ばれる者どもの仕業でしょう」
「そこまで分かっていて。何故」
「神皇猊下などと敬われてはおりますが、私の役目は神の耳目となってこの世の出来事をお伝えするのみ。政は精々神官を罷免する程度です。内密にカナル・セストに魔道具の件は探らせておりますが、ファギも容易に馬脚を表しません。しかし、此度の件で力を削ぐことは出来ましょう」
「そうですか」
「ダイゴ殿、一つだけ頼みがあるのですが宜しいかな?」
「なんでしょう?」
「もしボーガベルが将来ムルタブスと事を構える事になれば、せめて信仰だけは残していただきたい」
「それは勿論。その様な事が起こらずに済めば良いのですが」
「私も同感です」
エルメリアが頷きながら言った。
『神』と話が出来ればと少し期待したが、それは無理の様だ。
だが何となく俺の他にも『神』と繋がっている人間がいた。
その事実で少し心が軽くなった。
その後はエルメリアも交えて世間話をして俺達は迎賓館を後にした。
その後、新生ボーガベル王国、ムルタブス神皇国、ガラフデ王国の三者会談が王宮で行われた。
ボーガベルは俺とエルメリア。ムルタブスからはジャランチ・パルモ卿、そしてガラフデ王国からは当然国王とシャムラ大臣が出席。
ガラフデの二人は終始土下座状態だった。
俺はエルメリアが誘拐された一部始終とガラフデ王族の別荘の小島に囚われていた事実を突きつけ詰問した。
シャムラ大臣らは非公式にガラフデ入りしていたファギ卿らから圧力を受け、協力したことを白状した。
ジャランチ・パルモ卿は言わば中立派と呼ばれる人のようでこの件には関わっていなかったが、同行していた保守派が工作をしていたとの事で既に拘束してある旨を告げられ謝罪した。
今回の事件でショモレク王子の婚礼はムルタブスのみで行われる事になり、俺達はボーガベルに引き上げることになった。
後日正式にガラフデ、ムルタブス両国に対する制裁措置が発表される見込みだ。
「はぁ~、折角美味い魚が食える所を見つけたのになぁ、暫く食べられないなんて」
俺達はお忍びの格好で街の食堂で海鮮を食べまくっていた。
エルメリアがさらわれた時、ワン子と二人で立ち寄った店だ。
その後エルメリアやメルシャ達が連れてけ連れてけとうるさいので皆変装してやって来た。
「でもどうせ『転送』で来られるんだからいいじゃないですか~」
「まぁそうなんだけどさ、やっぱ気分が違うじゃん」
「あ、あの……」
「ん、どうしたウルマイヤ。もっと一杯食べなよ」
「は、はい……」
俺の隣には今回の功労者のウルマイヤが座っている。
ボーガベルの抗議を受け、神皇猊下の意を受けたパルモ卿が会談とは別に謝罪に訪れ制裁措置は甘んじて受ける旨を伝えた。
その時随行していたウルマイヤを引き留めたのだ。
パルモ卿は快く応じ、迎賓館に戻って行った。
「神皇猊下もパルモ卿も良い方達なので心苦しいですわ」
エルメリアは悲しそうに言った。
「本当にな、ウルマイヤも良い子なのに一部の馬鹿のせいで国の仲が悪くなる」
「…………」
ダイゴの言葉を聞いたウルマイヤが押し黙る。
「ああ、ウルマイヤが気にする事は無いぞ」
「……はい」
それでも下を向いたままのウルマイヤをエルメリアが優し気な眼で見ていた。
「さて、帰るか」
店を出た俺がそう言った時、
「あの!」
ウルマイヤが声を上げた。
「も、もう会えないんでしょうか……」
「ん? ああ、そんな事は無いぞ。また会えるさ」
そう言った瞬間ウルマイヤは俺に抱きついた。
「や、約束……約束してください。また……また……絶対に会ってくれるって……」
いつの間にかエルメリア達は姿を消していた。
「約束するよ。また会おう」
そう言いながら俺はウルマイヤを抱きしめた。
暫くして笑顔が戻ったウルマイヤを手を振って見送った俺が振り返ると物陰から眷属達が出て来た。
「お前ら悪趣味だぞ」
「むふふ~いたいけで純真な巫女姫を速攻で垂らし込むとは流石ご主人様です~」
「メルシャ、それすんごく人聞き悪いんだけど」
「いやいや、純真な乙女が何人ご主人様の毒牙に掛かった事やら」
そう言って手を挙げたメアリアに呼応して、すかさず眷属全員が手を挙げる。
「あー、メアリアくんは手を下ろし給えよ」
「な! 私以上の純真な乙女が何処にいる!」
「どこの世界線の話やら……」
「えるめりあさま、どくがってなんでしょう」
「そうですね、ヒルファもそのうち掛かってしまうかも知れませんね」
ひっでぇ言われ様だなオイ。
「ん? どうしたワン子」
ワン子が水平線の彼方をじっと見ていた。
「あれは……まさか……」





