第四十一話 拉致
王宮に到着した俺達はそのまま大臣の案内で謁見の間に向かった。
「ガラフデ王国国王シダド・クレ・ゴラフであります、エルメリア女王陛下におかれましては遠路より我がガラフデにお越し頂き、まこと感謝の極みでございます」
人の好い町工場の社長風の国王はエルメリアを見るなり自分の玉座に座らせ、自分はその前に這いつくばった。
国王も腰が低いのか……。
「シダド国王陛下、短い間ですがお世話になります」
「はっ、精一杯の御持て成しをさせて頂きたく、滞在中は何なりとお申し付けください」
う~ん、ここまで腰が低いというか卑屈で良いんかいなとも思うが……。
「どう思うよ、あの腰の低さは」
「仕方ありませんわ。ガラフデは人口三万程の小国。周りにエドラキム、バッフェ、ムルタブスと三大国に囲まれてますもの。あれもれっきとした処世術ですわ」
「しかしそれにしちゃあよく生き残ってこれたじゃん」
「ムルタブスの庇護が強いのですわ。帝国が何度か侵攻してますが、ムルタブスが支援に入って失敗してます」
「ふうん、そんな強いんだ」
「神聖騎士団というのがかなりの精兵でして、クフュラが着任する前の第八軍はかなりの損害を被りましたわ」
「へええ、帝国をねぇ」
「それにムルタブスは軍船をかなりの数所有してまして、沿岸部ではかなりの脅威になりますわ」
「ん? 大砲とかあるのか?」
「ご主人様の世界の大砲というのは見た事ありませんが、軍船には弩砲が装備されてますわ」
弩砲、つまり船から石とか撃ち出せる訳か。
「そっか、それなりに脅威ではあるんだな」
「それなりに……ですわ」
セイミアがつまらなさそうに言った。
宿泊場所として案内された迎賓館は今ではエフォニア元女王の住まいになっているパラスマヤの迎賓館よりもこじんまりしている。
というより水上コテージ風の建物が何軒か点在して建っている。
それはそれでなかなか良い趣向だ。
入り江を挟んだ対岸にある一番大きな館はムルタブス神皇国の神皇猊下一行が泊まるそうで、俺達は二番目に大きな館をあてがわれた。
「おお~、絶景かな絶景かな」
コテージからの眺めに俺は声を上げた。
一等地に建てられた迎賓館だけあって眺めは最高だ。
そしてエルメリアの寝室も無駄に豪華且つ広い。
「お付き部屋もそれなりですわ~」
「でもまぁ使わないけどな」
「そうですね~、沐浴場とか水だけですしね~」
流石にその辺はお察しなので、夜はアジュナ・ボーガベルに転送する予定だ。
入れ替わり用のエルメリア達のコピーもちゃんと作ってある。
記憶と人格を移すのは強硬に反対されたが、まぁどうにかなるだろう。
「で、日程はどうなってるの?」
「はい、明日はムルタブス神皇国代表ジャランチ・パルモ卿との面会と打ち合わせがあります」
クフュラがガラフデ側から渡された日程表を読み上げる。
「あら、パルモ卿なら存じてますわ。私の修業時代にお世話になりました。とてもお優しい方ですわ」
「そっか。じゃぁ心配は無いな」
「でも、神皇猊下への面会は体調を理由に断られてしまいました」
「やはり御身体の具合が宜しくないのでしょうか……」
クフュラの言葉にエルメリアは表情を曇らせる。
「エルメリアはその神皇猊下に会ったことは?」
「ありますよ。ご高齢ですがとても聡明で良いお方です。私が聖魔法の修行で悩んでいた時は相談に乗って頂きました」
「そうか、まぁそのうちには会える機会もあるだろう」
「そうですわね」
「みなさ~ん、お食事が来ましたよ~」
メルシャに呼ばれて食堂に入った俺達は目を見張った。
豊富な魚、エビ、蟹、貝の料理が目の前に山の様に並んでいる。
「こりゃあ、凄いな」
「では早速頂きましょう」
エルメリアの掛け声で皆が魚介にかぶりつく。
と、料理人が樽と一緒に入って来た。
「それではガラフデ名物、新鮮な生魚を召し上がっていただきます」
「生魚! マジか!」
俺は叫んだ!
「な、何かご不都合でも?」
俺の勢いに気圧された料理人がビビりながら聞く。
「無い無い! 早く作ってくれ!」
「は、はいっ、只今」
気を取り直して料理人は樽から生きた鯛に似た魚を取り出し、捌いていく。
おお、活け造りか。元の世界でもほとんど食べた記憶が無いや。
「へぇ~魚って生でも食べられるのか。知らなかったな」
「……そもそもボーガベルはあまり魚を食べない。あっても干し魚」
「帝……故郷でもあまり食べませんでしたわ」
「まぁやっぱ日持ちがしないからなぁ」
やはり冷蔵冷凍技術の確立は急務なのだろうか。
出来上がったのは鯛に似た魚の切り身に野菜と和え、酢と油と香辛料をまぶした、要はカルパッチョだ。
それでも生魚を久しぶりに食える感動にはなんの障害も無い。
一切れ口に入れるとプリプリとした懐かしい感触が口に満たされる。
「美味い……美味いよ……」
俺は泣いた。マジで泣いた。
この世界に転移して諦めたものは沢山ある。
醤油、味噌、コーヒー、コーラ……。
刺身というか生魚もそうだった。
いや、自領カイゼワラで獲れる魚でもやれない事は無かったろうが習慣のない地では何か憚られていたのだ。
だが生で魚を食べる習慣のある場所に来た事でその憚りは綺麗に無くなった。
「あら~そんなに美味しいんですか~どれ~」
メルシャがパクっと切り身を口にする。
「うん、成程面白い食感ですね~」
「プリンにはおよびませんが美味しいですわ」
「うん、美味しいですね」
「美味しいです」
「……興味深い味」
「なかなかいけるな」
「ご主人様の好みをまた一つ知れましたわ」
「お気に召したのでしたらまだお造りしますが……」
「おおう、どんどん持ってきてくれ!」
調子に乗って言ったせいで、その晩は食い過ぎで動けなくなった。
眷属達はお構いなしだったが。
翌日。
「は? 女王一人だけ? 随行は無しってどういう事よ?」
「そ、それが、神皇国側の要望で陛下にはこちらからの馬車におひとりで乗って来て頂きたいと……」
シャムラ大臣がペコペコと頭を下げている。
「いや、普通随行員がいないのおかしくね?」
「いえ、それは……」
『猊下の御身体の事もあるのかもしれません、ここは……』
エルメリアが念を送って来た。
「分かりました。しかし、警護はきちんとしていただけるのでしょうね」
「そ、それはもう! 我が国の精兵が責任を持って行います」
「分かりました。女王陛下、宜しいでしょうか?」
「構いません」
こうしてエルメリアは新たに用意された小型の馬車に乗った。
窓は中が窺えないように格子状になっている要人移送用の馬車だ。
『では、ご主人様、行ってまいりますね』
『ああ、頑張って来いよ』
馬車は迎賓館を出て行った。
「さあて、俺達はどうしたものかなぁ」
「市街でも散策しましょうか」
クフュラが提案する。
「そうだな。昼前には戻ってくるって言ってたし」
俺達は変装して街へ繰り出すことにした。
馬車が建物の間で一旦止まった。
何かが被さったようになり辺りが暗くなる。
「?」
エルメリアは少し疑問に思ったがさして気にも止めない。
そして馬車はまた動き始めた。
「随分時間が掛かるのですね」
ムルタブスの迎賓館は目と鼻の先だったはずだがかれこれ一アルワ以上走っている。
外が見えないので何処を走っているのかも分からない。
やがて馬車は止まった。
ガサガサと何かをかき分けるような音の後に扉を開けて入って来たのは、粗末な侍女服を着た少女だった。
「あ、あの……じょおうへいかさま、おおりいただけますか?」
「わかりました」
身なりは粗末だが愛らしさのある少女にエルメリアはにっこり笑って馬車を降りる。
「あら?」
エルメリアは馬車を見て少しだけ驚いた。
馬車がいつの間にか藁を山積みした荷馬車になっている。
馬も白馬だったのが普通の馬に変わっていた。
「これは……一体」
「あの……じょおうへいかさま……こちらへ」
侍女に案内されるままエルメリアは館の中に入って行った。
「こ、ここで……しばらくおまちくださいとのことです。あの……なにかありましたら……わたし……そとにいますので……なんなりとお申しつけください」
侍女はたどたどしく言った。
「分かりました。まずあなたのお名前は?」
「は、はいっ。ヒルファともうします……」
「そう、ではヒルファさん、帰りたいと言ったら?」
「ひっ! ひうっ! そ、それは……こ、ここでおまちくださいとのことで……」
怯えながら返事をするヒルファの首元にワン子が付けているのと同じ首輪が嵌まっているのが見えた。
あれは……そういう事ですのね。
エルメリアは自分がのっぴきならない状況、つまり何者かに拉致された事になってる状況を認識した。
「分かりましたわ。ここで待たせていただきます」
エルメリアはまたにっこり笑って言った。
「馬車が消えた?」
「は、はいっ!」
平身低頭するシャムラ大臣。
俺達が街での買い物から戻るとシャムラ大臣が土下座状態で待ち受けていた。
実は先程エルメリアから呑気な声で
『ご主人様、どうやら私、誘拐されたようです』
と念話が入って来たので急いで戻って来たのだが……。
「ちょっと意味がわかんないんだけど、ちゃんと説明してくれる?」
「あの、その、女王陛下をお乗せした馬車が定刻を過ぎても迎賓館に到着せず、あの、その、方々探したのですが……」
「あのさ、ウチの女王様、犬や猫じゃ無いんだから。あんた、我が方で責任を持ってとか言ってたのにどういう事?」
「そ、それが、それは、いや、何と申し上げたら、その、あの」
「で、婚礼の儀はどうなるの? 女王様抜きでやるの?」
「い、いえ、当然延期と言うことで神皇国にも了承を得ておりまして……」
「とにかく捜してはくれるんだろうね」
「そ、それは勿論です」
「こちらも自国の女王様が行方不明になったんだ。当然捜させて貰うよ」
「は、這い、勿論です、い、いや是非お願いします」
米搗きバッタのようにペコペコ頭を下げながら大臣は出て行った。
『やっぱ掠われたらしいぞ、お前』
『まぁ、それは貴重な体験ですわ』
全く緊迫感が無い。
『差し当たってそこが何処かは分からないんだな』
『そうですね。それなりのお屋敷ではあるようですが』
「となると、貴族か富豪の屋敷って線だな」
女王を誘拐するような連中だ。それなりの大物で間違いないだろう。
『助け出すのは簡単だが背後関係をきっちり掴みたい。今暫く辛抱してくれ』
『畏まりました、でも、早く助けにいらして下さいね』
『ああ、戻ったらたっぷり慰めてやるよ』
『うふふ、とても楽しみですわ』
「じゃあ俺とワン子で捜してくるわ」
念話を切ると俺はメアリア達に言った。
「わ、私達も行くぞ!」
メアリアは既にバルクボーラ片手に臨戦態勢だ。
「気持ちは分かるがお前達はお姫様だ。相手の目的が不明な以上特にメアリアとシェアリアが下手に出歩くのは上手くない。向こうから何か連絡が来るかもしれんしな」
「た、確かに……」
「じゃ行ってくるわ」
俺とワン子は街へ転送した。
格好は放蕩貴族とその侍女だ。
これはガラノッサの普段の姿を参考にさせて貰った。
「それで、何処から調べましょうか」
「そうだな、貴族の屋敷が多いところで擬似生物を放つ。後は結果待ちだ」
「畏まりました」
すぐにワン子は貴族の屋敷が多い所を調べてきた。
そこで五十匹程のネズミを放つ。
「さ、後はこの辺のうまいモノでも食べながら待つか」
「そう言われると思いまして先程一緒に調べて参りました」
「流石ワン子だ。じゃぁ行くか」
「はいっ」
ワン子が若干嬉しそうに返事して付いてきた。
諸島国家であるガラフデは当然海の幸が豊富だ。
海を一望できるテラスで俺達は海鮮に舌鼓を打つ。
「しかし、大胆にも一国の女王を攫うとは。どんな連中だろうな」
魚一匹を焼き上げ甘辛なソースが掛かったモノを食べながら俺は言った。
「私はガラフデ王国が絡んでいると思いますが」
茹でた蟹を食べながらワン子が言う。
「まぁ頃合いが妙に合いすぎてるのは気になったな」
「ただ、エルメリア様をさらった目的は何なのでしょう。単に金目的とも思えませんが……」
「まぁ旧バッフェのパハラ議長に連なる輩の報復の線も考えられるけどなぁ」
予想に反して二アルワ程しても擬似生物からの朗報は無かった。
「参ったな、ある程度の位置情報が無いと転送は使えないし」
「別の所を捜してみましょうか」
「お前……なんかウキウキしてない?」
「え? そんな事はありません」
そうかなぁ。
俺達は海辺に移動した。
海辺も建物が入り組んでいたるところがあったり結構複雑になっている。
「この辺りで馬車を見たと言う人はいました」
辺りを探っていたワン子が戻って来て言った。
「じゃぁこの辺には来たって事だな」
俺達は更に辺りを探ってみたがある部分で足跡がぷっつりと途切れていた。
「エルメリアの話じゃ一旦止まって何かを被せられたって。で、降りたら馬車が荷馬車に変わってたそうだ」
「それって藁か何かを被せられたとか……」
「だろうな。そうなると偽装しやすいように馬車を最初から小さいものにしたって事になる」
「ではやはり……」
「ああ、大臣も一枚噛んでる可能性が高い訳だ」
「そうなるとこの婚礼自体が……」
「うん、エルメリアをここに呼ぶために仕組まれた可能性がある」
「一体何の為に……」
「まぁエルメリアの安否よりそっちを探ってる訳なんだがな」
エルメリアにはスキルを含めかなりの対策を施してある。
まかり間違っても死ぬことは無いし、傷一つ負う事もまずない。
問題は大陸第二位になったボーガベルに対しそんな舐めた真似をする輩にそれなりの代償を払わせなければならないと言う事だ。
「いやあ!」
路地裏に入った所で悲鳴が聞こえた。
覗いてみると数人の人相があからさまな連中が馬車に少女を連れ込もうとしている。
「真っ昼間からの人攫いとは大胆な連中だなぁ」
いや、もっと大胆な輩を捜してる途中なんだけどね。
もしかしたら関連があるかもしれんな。
少女は淡い藍色の髪を先で結わえていて、大きな帽子を被っている。
着ている服は所謂神官服って奴だ。
だが、その神官服で抑えるようにしてもなおかつ主張してるような大きな胸が目を引いた。
下手すりゃエルメリア並みなんじゃないか?
業を煮やした男が少女に猿轡を噛ませ、縛り上げ始めた。
これはけしからん。
いや、勿論攫おうとしている連中がだ。
「いけませんなぁ」
俺はそう言いながらそいつに近寄っていった。





