第四十話 公式訪問
東大陸西端に位置するムルタブス神皇国。
人口二十万で、同五十万のエドラキム帝国、約三十万の新生ボーガベル王国に次いで第三位の大国である。
東大陸に於けるこの世界最大の宗教であるラモ教の総本山として各地に司祭を派遣、聖魔法による治療行為を行う傍ら、数少ない聖魔法の素養者の育成に力を入れている。
その皇都セスオワの中央大神殿。
その一角に政治の一切を司る十二神官の一人、カナル・セスト卿の公室がある。
そこに一人の少女が入って来た。
「お父様、ウルマイヤ、お呼びにより参内致しました」
ウルマイヤと名乗った少女は澄んだ歌声の様な声で父親であるセスト卿に語りかける。
「ああ、ウルマイヤ。お前を呼んだのは他でもない。いよいよ猊下がガラフデにお出向きになる事が決まったよ」
端正な顔立ちのセスト卿は手に持っていた羊皮紙をウルマイヤに渡す。
「しかし、憚りながら猊下のご容体は……」
「うむ、改革派はかなり強硬に反対したのだがね。結局ファギ卿に押し切られてしまった」
「では、やはり……」
「ああ、そこでお前には猊下の御傍付きとして随行してもらいたい」
「分かりました」
「ファギ卿もカブノ地方の視察があるとの事で同行はしない。だが保守派が何をしでかすかは分からない。くれぐれも用心するのだぞ」
「はい。お父様」
「済まぬな。まだ十五になったばかりのお前にこの様な大任を押し付けて。私も留守居役の任さえなければ……」
「いいえ、御傍付きの役は私ども巫女姫でなければなりません。猊下の為、神皇国の為、そして父上の為、ウルマイヤは喜んでガラフデに参ります」
透き通るような淡い藍色の髪を振ってウルマイヤは頭を下げ、部屋を後にした。
同じ頃、中央大神殿の別室では長身で眼光鷹の如く鋭い男が数人の男達を前に捲し立てていた。
十二神官を統括するアマド・ファギ卿である。
「セスト卿め、娘のウルマイヤ姫を猊下の御傍付きにねじ込んできおった」
「しかし、ウルマイヤ姫の聖魔力は巫女姫の中でも一、二を争う程。猊下の御身体を鑑みれば致し方ないかと」
「だが、所詮はそこまでだ。せめてあ奴がもう少し使えればこの様な手に出る事も無かったものを……」
「とまれ所詮は小娘。セスト卿に何を吹き込まれたかは知りませぬが大した障害にはなりますまい」
「うむ、だが万が一には備えておけ。私は予定通りカブノに向かう。頼んだぞ」
「畏まりました、ファギ卿」
男達は散って行った。
ボーガベルがバッフェを併合して半年が経った。
その間、俺は併合に伴う諸問題に奔走していた。
議長派だった貴族の領地は一旦没収となり、ボーガベルと同じく統制官を派遣し管理に当たらせた。
ボーガベルと違い、全三十州あるバッフェでは何人かの貴族が合併や統制官制に反発しての武力抵抗があったが、ガラノッサが元議長の私兵を糾合して組織したボーガベル王国バッフェ方面軍と傭兵組合の前に鎮圧されていった。
パラスマヤは名目としての首都として行政はクルトワに移し、クルトワ王城に設置された行政府にはグルフェスらが移って来た。
驚いたのはバッフェの国情が予想よりかなり酷かった事だ。
国力そのままに税収等は多いが殆どが貴族の浪費に費やされている。
国庫も殆どすっからかんだ。
「ある意味ボーガベルより酷いな」
統制官から上げられた報告書を見ての感想だ。
「まぁ大半は議長派貴族達の浪費なのでこれからは上向くでしょうね」
クフュラがため息交じりに言う。
「戸籍作成のほうは?」
「そちらはほぼ完了してます。それを元に来年からは新税制を導入する旨は既に新王国法と共にトーカーで公布済みです」
新王国法は所謂憲法や刑法、民法などを内包する法だ。
クフュラが元の世界の法律等を参考にかなりシンプルにまとめ上げた。
そんなに少なくて良いのかと聞いたら、
「ご主人様のいた世界並みの法律を施行するにはあと最低でも百年は必要ですね」
と言われた。
要は文明のレベルと法律が見合ってないんだそうだ。
やはり単純に元の世界の物をこっちの世界に当てはめるのは難しいのかもしれない。
「それで、輸送路の方は?」
「はいな、既にバッフェの商工組合の組合長には話を通してあるので、すぐに魔導輸送船を配備できます~」
メルシャが相変わらずの調子で答えた。
オラシャントからクルトワへの直行貨物路線、そしてパラスマヤとクルトワ間の路線。魔導輸送船は計十隻を割り当てる予定だ。
バッフェは商人の実力が高い事もあって商人組合からの推薦を受けた商人には審査のうえ魔導輸送船への同乗を許可する事にした。
来年度には旅客船が就航する予定で現在準備が進められている。
「うう、残念ですわ。モシャ商会も入れたら良かったのに……」
セイミアは残念がったがモシャ商会はまだ帝国の偽装機関だ。迂闊に手の内をさらけ出す訳には行かない。
魔導輸送船の停泊地と隣接する倉庫はクルトワの隣地に急ピッチで建設中だ。
完成すればここを拠点に海外の物資が旧バッフェ領に行き渡る事になる。
「オラシャントの方も倉庫を急いで増設させてるそうなので年明けには輸送量は五倍は伸びますね~」
「国内の整備が終われば今度は海外拠点なんだがなぁ」
これがこの世界では難しい。
商社が出向いてはい契約って訳にはいかない。
そもそも国交の樹立すらしてない状態で国として出向いたところで、下手をすれば侵略行為と受け止められかねない。
「まぁ当面はオラシャントの買い付けに頼るしか無いな」
「任せて下さい〜」
魔導輸送船がオラシャントに与えた影響は計り知れない物だったようで、貸与してある五隻だけでも莫大な利益をオラシャントにもたらしている。
メルシャに敵対してたカゼホ大臣とその一派は完全に失脚し、献上されたにもかかわらずメルシャ女王待望論まで巻き起こる始末だ。
「まぁそうなればボーガベルと合併するだけですけどね〜」
メルシャは事も無げに言う。
本当にこの世界の人間は国を大事にしない。
「でもケイドル達お付きの連中の悲願なんだろ?」
「まぁ前はそうだったみたいですが今は皆私がご主人様の元で商売してくれるのが一番良いといってますんで〜」
「そう言えばガラフデ王国からエルメリアに親書が届いたんじゃ無かったか?」
「はい、今度ショモレク王子が婚礼するに辺り是非私に媒酌をと」
「へぇ、この世界にもそんなしきたりがあるんだ」
「小国が大国の王に婚儀の媒酌人になって貰うというのは昔からの習わしですわ」
「以前のボーガベルなら絶対お呼びなんか掛からなかったけどな」
メアリアが自嘲気味に言う。
「まぁ今や帝国に比肩する大国になったからなぁ。で、どうするんだ?」
「是非伺おうと思いますが如何でしょうか?」
「まぁ良いんじゃないか、じゃぁ俺もお付きとして付いていくか」
「それは当然です」
「でも変ですわ。ガラフデ王国はムルタブス神皇国と密接な関係にあるはず。媒酌を頼むのならムルタブスに頼むはずですわ」
セイミアが首を傾げる。
「それについては婚儀の司祭をムルタブスの神皇猊下が行う為と書いてありましたわ」
「え、神皇猊下ってもうかなりの高齢の筈だけど国外に出られるのですか」
「彼の国には優秀な聖魔法の使い手が多くいるからでしょう」
「聖魔法ねぇ……」
そう言った俺にエルメリアが唇に人差し指を当てた。
「ご主人様、それ以上はいけませんわ」
「ああ、分かってるよ」
俺は自分の唇に当てられた指をチロリと舐めながら言った。
俺が創造した魔法の分類では治癒や蘇生などの所謂「聖魔法」と呼ばれるものは、『自白』等の土魔法と同一に分類されている。
つまりこの世界で聖魔法と呼ばれてるものは土魔法の一部なのだが、ムルタブスの教えでは土魔法は悪魔の使う邪法として禁忌されていた。
神がもたらした聖魔法と悪魔の魔法である土魔法が実は同一というのはかなりの問題を含んでいる。エルメリアやシェアリアにはそれは公言しないでくれといわれているのだが……。
「では準備の方を進めますね」
俺が舐めた所をやはりチロリと舐めてエルメリアが言った。
ひと月後。
俺達はアジュナ・ボーガベルで旧バッフェの港町クニエスまで向かい、そこでバッフェ王族のお召し船だったカナ・ビロラ号に乗り換え、ガラフデ王国王都タンガラに向かった。
船員はバッフェ時代からの船員に加え、メルシャが乗ってきた「明けの彼方」号の船員も混ざっている。
元々バッフェ王族の船らしく無駄に豪華な設備だったが、やはりアジュナ・ボーガベルに比べると不満な部分も多く出てくる。
その辺の改修を急ピッチでやらせていた。
「あうう~」
意外にも真っ先に船酔いしたのはメルシャだった。
「だらしないなぁ。あの荒れた海を乗り越えて来た勇敢な貿易姫メルシャはどこへ行った」
在ボーガベル領事のケイドルやサラナ商会を興したサラナなんか仕事そっちのけで乗りに来て活き活きしてるというのに。
「だって~、魔導船に乗り慣れたら、もう船の揺れは…うぷ」
「うお、やめやめ、戻すなら外に行け」
ヨロヨロと甲板に上がっていくメルシャを見送りつつ、
「全く堕落と言うものは怖いものよなぁ」
と振り返ったら誰も居なかった。ワン子すら。
「はあ~」
蒼い顔して戻って来た全員に『状態異常無効』を付けたのは言うまでもない。
酒で酔えないぐらい我慢しろ。
三日の航海の後、船はタンガラに入った。
「へぇえ、こりゃ凄いや」
俺は感心の声を上げた。
タンガラの街並みはエーゲ海風で、白い石造りの建物が建ち並んでいる。
船の数も多く、本やモニター越しでしか見たことの無い絶景が俺の心を揺さぶった。
「やっぱ船旅も良いよな、こうなんていうか風情あって」
「ご主人様~ここ征服して次はアジュナで来ましょうよ~」
とことんまでダメな奴が何かほざいてるが無視。
海運が発達してるだけあり、きちんとした桟橋がある。
小舟でやって来た水先案内人の先導で船は王族専用の桟橋に着いた。
桟橋の先には恰幅の良い役人風の男を中心に出迎えの一団が待ち受けていた。
「俺さぁ、今までカゼホだのパハラだの出迎えられてロクな待遇うけてないんだよね。今度は大丈夫かなぁ」
「あら、私がいるのですから、問題ありませんわ」
エルメリアがにこやかに言う。
「まぁそうなんだけどね」
確かに今回はエルメリアの公式訪問だ。
粗相があれば困るのは向こうの方だし。
桟橋に接岸し木製の舷梯が渡される。
上の船員と桟橋の作業員がそれを縄で固定していく。
と、出迎えの人がいきなり平伏しだした。
あらま。
エルメリアの手を取り、俺達は舷梯を降りていく。
「偉大なるボーガベル王国女王エルメリア・ボーガベル様におかれましては、遠路はるばるようこそこのガラフデ王国にお越し下さり、まこと感謝の念に堪えません!某、内大臣を努めまするシャムラと申します」
良かった。腰の低そうな人だ。
だが、まだわからん。
エルメリアにはこうでも俺達にはああん?貴様らはそこらで野宿でもしてろとか言うかもしれん。
「シャムラ大臣、出迎えご苦労です。暫くの間お世話になる故、どうか良しなに」
「はははあああああああっ、このシャムラ、女王陛下にお声掛け頂きまこと感激の念に堪えません!」
シャムラ大臣、今にも感激で泣きそうだ。
大丈夫なんかい。
「それでこちらが……」
「おお、こちらが彼のバッフェの救世主、ガラノッサ候ですな! お会いできてまこと感激でございます!」
…………ちげーよ。
「い、いえ、我が国の参与である。ダイゴ・マキシマ候ですわ」
「……はぁ、さようでございますか。ダイゴ殿、宜しくお願いいたします」
……何だよその温度差はよ。
後ろで侍女姿のメルシャとセイミアが笑いを堪えてやがる。
今回彼女達とクフュラ、ワン子はエルメリア付き侍女と言う事になっている。
「では皆さま、馬車を用意してありますのでぜひとも迎賓館の方へ」
馬車は俺達を乗せ、桟橋を離れた。
ケイドル達が爆笑しながら手を振ってる。
チキショーメ!
「あっはははは、まさかご主人様がガラノッサ候に間違われるとはなぁ」
メアリアすら盛大に笑ってやがる。
「うっせーよ」
メアリアさんも丸くなったもんだ。
昔ならすぐくっ殺とか言ってくれたのに……。
まぁそれはそれで面倒くさいんだが。
「まぁ仕方ありませんね~、ガラノッサ候は今や時の人ですし~」
「ああ、俺ってどうしてこうオッサンと相性悪いんだろ、モウヤダオッサンキライ……」
自分も中身がオッサンだからだろうか……。
「まぁまぁ、拗ねないでくださいな。ご主人様の偉大さはこれから広まっていくのですから」
沿道はエルメリアを一目見ようと大勢の群衆が集まっていて、エルメリアは手を振って応えながら俺を慰める。
「……洗脳してくる?」
「あ~、そこまでせんでもいいわ。言っただけだし」
まだ一人面倒くさいのが残ってた。
シェアリアは本当にやりそうで怖いわ。
馬車の隊列は街中を進んでいった。





