第四話 王都パラスマヤ
「さてと」
王都パラスマヤへの夜道を歩きながらつぶやいた。
スキルのお陰で命の危険はほぼ無くなったが、立場とか別な危険は依然として付きまとっている。
お尋ね者にでもされれば色々と面倒にまきこまれるだろう。
本来なら王都からさっさと離れた方が得策と言えた。
それにグルフェスとやらにあんな理不尽な扱いを受けて収まらない気持ちがあるのも確かだ。
勿論侍女を頂き損なった割り切れなさもあるけどな。
「……」
一番はエルメリアという姫様の縋るような目が脳裏に焼き付いて離れずにいた事だ。
グルフェスの物言いから察すれば、あの姫様たちが加担してるのは考えにくい。
「よし」
折角死なない身体とインチキ能力を貰ったんだ。
危ない橋を敢えて渡ってみよう。
これで以前と変わらない生活じゃ、何の為に異世界に来たのか分からない。
しかし、現状はあまりにも状況が分からなさ過ぎた。
真夜中に異世界の知らない土地に放り出されたんだ。
ゲームならスライムだの出てきてもおかしくはない。
まあ最初に出てきたのは山賊だったが。
何処か近隣の街に潜伏という手もあったが、取り敢えず王都に潜り込めば色々判る筈だ。
何にしても持っている短剣一本では野宿するにも心許無さ過ぎた。
トラックドライバーの頃は運動不足が祟って少し歩いてもヒィヒィ言ってたが、今の身体は疲れを知らない。
元の世界とは違う赤い月の明りの下、のんびり短剣をぶらぶらと振りながらひたすら夜道を歩いていく。
いつも眠気覚ましに聞いてたFMラジオが恋しくなるな。
『叡智』で検索してみると、ボーガベル王国は九州とほぼ同じ面積の小国で人口は約十万人。
十三の州に分かれている。
隣国は北西に人口五十万の大国エドラキム帝国。
南西には人口四十万の古の大国と言われるバッフェ王国があり、北東は海岸線、西部は中央山脈と呼ばれる大陸を横に走る山々に囲まれている。
しかし十万人とか大国で五十万ってちょっと人が少なすぎないか……。
そんな事を考えていた時、真上からいきなり何かが覆いかぶさってきた。
だが次の瞬間、パッシブスキルの絶対物理防御が働きそいつは弾き飛ばされた。
ギャアン!!
赤い月の夜空に悲鳴がこだました。
「なんだぁ?」
見れば大型の犬、というよりは狼みたいな生き物だ。
目が暗闇なのに赤黒く光っている。
すぐに『叡智』で調べると、
――グノフェレ
――魔獣
――魔犬種
――夜目が利き、群れで人や家畜を襲う。
と出てきた。
成程、魔獣なんてカテゴリーがあるのか……。
更に調べてみると、魔素を取り込み身体能力を向上させる能力を持った動物種を魔獣というらしい。
魔素を取り込むと凶暴になるともあった。
ふと見れば、街道の脇の森に同じような赤黒い目がいくつも光っている。
即座に短剣を構えた。
『究極剣技』の試しどきだ。
グノフェレの群れは一斉に襲い掛かって来た。
一匹目の首を即座に斬り飛ばすが、すぐに二匹目、三匹目が覆いかぶさるように飛び掛かってくる。
いわゆる飽和攻撃だ。
だがすかさず一振りで二匹を斬る。
斬り飛ばされたグノフェレを掻い潜り、次から次へと新手のグノフェレが牙を剥き出して襲ってくる。
なるほどこれは普通じゃ堪らんな……。
内臓の生臭さに嫌悪感を抱きつつ、次々と襲い掛かるグノフェレ達を斬り飛ばし、殴り殺し、蹴り殺す。
ああ、魔法使えるようにしとけばよかった……。
激しく後悔しながらも、五分後には三十匹ほどいた群れを壊滅させた。
凶暴化のせいか仲間の死をものともせず襲い掛かってくるところは実に魔獣らしい。
そんな感想を抱いていると、森の奥に気配を感じた。
「どうやら群れの長がいるようだな」
そう言った瞬間、並みのグノフェレの倍はあろうかという巨体が躍り出てきた。
正確に俺の喉笛を狙ってくるが寸でで躱す。
着地してすぐに切り返し今度は背後を狙う。
「成程頭も良いってか」
それも躱しながら抜き打ちを放つ。
スパァン!
群れの長の首が高々と跳ね上がり、胴体だけが勢いよく森に突っ込んでいった。
「ふう」
一息ついて羽織っていた外套にさほど返り血が飛んでいないのを確認すると、再び王都へ向かって歩き始める。
二時間ほど歩いたところで朝日が昇り始め、やがて王城の尖塔が見えてきた。
流石に……この顔のまんまじゃ不味いか。
グルフェス宰相をはじめ何人かに顔を見られてるので『容姿変更』のスキルを創造し、髪がフサフサになっている以外は元の世界と同じ姿で城門に向かう。
『叡智』によると、この世界の居住区は大きな街から小さな村まで殆どが壁に囲まれた城塞都市のようになっているらしい。
敵国のみならず、魔獣の侵入を阻止する目的もあるようだ。
入り口の門には衛兵が数人詰めていた。
「お早うございます」
「おう、良く魔獣や山賊に襲われなかったな。小銀貨一枚だ」
衛兵の一人がゴツイ手を差し出し、すかさず小さいほうの銀貨を渡した。
「ん? 早く行け」
衛兵が顎で行けと合図したので愛想よく頭を下げながら城門をくぐる。
もう少し詮索されると思ったんだけど拍子抜けだったな。
夜中に荷馬車に詰め込まれた所為で見る事の出来なかったパラスマヤの街並みを改めて見る。
街の建物は殆どが木造で土壁、板葺きの屋根の平屋建て。
二階建て以上の建物は見当たらない。
採光の為の窓はやはり板で塞がれるようだ。
道の脇に少々臭いを放つドブ川が走り、衛生面はそこそこ良さそうな印象を受けた。
元の世界の昔の西洋の世界に似てはいるが、やはりどこか違う印象を受けている。
王族があんな質素な暮らしをしてるだけあって、街中もシャッター商店街のようになってると思ってたが、意外に人通りは多い。
雑貨屋や服屋らしき店は早朝だが既に開いてるし、市場らしき所では数は多くないものの食材がそれなりに並んでる。
ただ、男、それも働き盛りの若めの男が殆どいない。
子供か老人の他はオバチャンばかりだ。
まずは情報集めだな……。
「こんちゃ。これいくらよ?」
麻を編んだ雑嚢、というよりはズタ袋を手に取って店のオバチャンに尋ねる。
「大銅貨三枚。あら、この辺じゃ見ないね? 傭兵さんかい?」
「いんや、旅をしてて今朝着いたばかりなんだ」
大銅貨を渡しながら答える。
余り人と話すのが得意ではない俺だが、トラック運転手の仕事での配送先の倉庫などで鍛えられたせいか、オバチャン相手には弁舌が立った。
「へぇ、じゃあお上りさんなんだ。この時世に物好きだねぇ」
「まぁね、食いっぱぐれたら傭兵でもなろうかと思ってさ」
そんな調子で市場を回り、雑嚢に取り敢えず必要そうなものを納めては店のオバチャンに聞いて回る。
話を総合すると、確かに主食の小麦は西が帝国に抑えられて供給が滞っているが、他の地域は順調で飢え死にするほどではないらしい。
小麦は城が備蓄を出しているのでこの冬はどうにか越せそうだが、その先は分からないそうだ。
この辺の戦争は、ありがちな占領地を略奪しまくったり撤退時に火をかける焦土作戦的な行いは滅多なことがない限り行われない。
国にとって戦争は領土と付随する作物や資源を奪い合うゲームのようなもので、街の人間も戦争が差し迫ってる割にのんびりとしている。
しかし王侯貴族は負けた時に過酷な運命が待ち構えて、一族は皆殺しか美人の女性は戦利品代わりの奴隷にさせられたりするそうだ。
世間話にまぎれて王都の話を聞き、最後にオバチャンに宿屋を教えてもらい市場を後にした。
教えられた宿屋は平屋建ての建物で、
『銀の翼竜館』
と結構仰々しい名前がついていた。
宿はランク毎にそれぞれ金銀銅の名前が頭に付く。
金宿は貴族とかが泊まる要は超高級ホテルらしいので、その下の商人等が利用する銀宿を紹介してもらった。
受付のやはりオバチャンに暫く滞在するつもりだったのでその旨を告げると、
「一月大銀貨五枚前払い」
愛想のないオバチャンはそう言ってデカイ錠前を渡した。
これが部屋の鍵らしい。脇に書いてある注意書きを見ると部屋にいるときは中に、外出の時は外に掛けるそうだ。
その他厠の壺交換を含む掃除とか風呂代わりの大甕のお湯一杯は大銅貨一枚、貸し燭灯は一個小銅貨五枚等々が書いてある。
商人が利用する宿だけあって要はビジネスホテルみたいなものだった。
部屋は各戸独立したアメリカのモーテルスタイルだ。
錠前に書いてある名前と同じ部屋に入って辺りを見回す。
二人掛けの卓とダブルサイズの寝台だけのシンプルな部屋だ。
流石に城の迎賓館に比べるとかなり落ちるがそれなりに清潔。
荷物を放り出し、寝台に倒れこむとドッと眠気が襲ってきた。
体力は減らずと言ってもやはり精神は疲れるようで、逆にそういった普通の人らしさがありがたいと思いつつすぐに寝入ってしまった。
日も暮れかかったころに腹が減って目が覚めた。
不老不死になったらしいが普通に腹も減るし眠くもなるんだな……。
俺にしてみれば、寧ろそのような生理現象が残っていることは有難かった。
受付の脇が食堂になってるのを思い出して飯を食いにいく。
食堂はそこそこの広さの部屋に八つばかしの四人掛け卓が置かれ、半分が埋まってた。
開いてる席に座ると、
「何にする?」
受付とは別のやはり無愛想なオバチャンが聞いてきた。
異世界だからみんな美少女というのは甘い考えだったか……。
「着いたばかりで良く判らん。お任せするよ」
壁の品書きは異世界の文字で『言語変換』で読むことはできるが固有名詞が何なのかは分からないのでお任せにした。
「あいよ」
オバチャンは愛想も無く手馴れた風に奥へ引っ込むと、すぐさま料理を持ってきた。
「お待ちどう」
みると盆の上に皿が二枚。
城で食べた芋と肉の煮込みと、米に似た何かが入った粥のようなものだった。
量がやたら多く、煮込みは王城のモノの三倍は入ってる。
「これは?」
オバチャンに尋ねる。
「ブレア芋とケチャルの煮物とバンゲさ。王都の定番料理だよ」
煮込みはそんな名前だったのか……。
木の匙で掬って口に運ぶ。
「うまっ」
王城で食べたのよりコクがあって味が濃い。
なんとなく郷土料理という感じだ。
多分王城で食べたのは味が薄めの王侯貴族向けなんだろうな……。
続いてバンゲを食べる。
こっちは普通に麦粥だが、肉の味がほんのり付いている。
ここの人々は小麦をこうやって食べているのか……。
あっという間に平らげると、薄い柑橘のような酒を頼み、腹を満たす。
一息ついて見回すと、周りはいずれも旅の商人といった連中ばかり。
大概は中年のむさ苦しい男だが一人だけ女がいた。
少し毛色の変わった服装が目を引いたのは勿論だが、その女の食事してるテーブルの下に粗末な服を着たやはり女が床に座りながら食事を取っていた。
首輪と手枷をしてる所を見るとどうやら奴隷のようだ。
年齢は十代後半って所でボサボサの長髪が前まで掛かって表情は窺い知れない。
特徴的なのはその髪の色で蒼み掛かった銀髪といった感じだ。
枷のせいで匙が使えないので、皿を持って直接犬食いしている。
これアレか? 獣人とかそういう奴か? でもケモミミに見えないしなぁ。
耳は人間と同じ位置にあるタイプなんだろうか。
それともただ単に狼っぽい人間なだけか。
しかし、こんなあからさまな奴隷なんて漫画位でしかお目にかかった事は無いが、一目でわかる辺り、異世界でも発想は同じなんだなぁ。
などと思いながら横目で見ていると、女商人がこちらに視線を移しそうになった。
慌てて目を逸らす。
「さ、何時までも食べてないで行くよ」
女商人の声に奴隷はノロノロと起き上がり、皿をテーブルに置くと女商人に付いて出て行った。
すると他の商人が忽ち噂を始める。
「あれはゴラフの商人ですな。蒼狼族の奴隷とは珍しい」
「恐らく特注専門なのでしょうな」
やはり獣人のようだ。なるほど希少種か何かなのか……。
商人の話題はすぐ別な物に移り、聞き耳を立ててた俺も腹が膨れたので食堂を後にした。
部屋係のオバチャンに大甕にぬるいお湯を張ってもらい、入浴と言うよりは行水してさっぱりした後、いよいよ魔法の創造に取り掛かる事にした。
まず魔導士であるシェアリアに昨日聞いた魔法に関する知識をおさらいする。
一般に使える魔法とは火、水、風、雷の四元素を元にし、それで大気中に充満する魔素を変質させ術を形成する。
この世界では生涯で使える魔法は多くて二属性、大概の人は単属性しか扱えない。
また火や水を産み出す程度は属性素質があれば比較的簡単な修練で出来るが、飛ばしたり壁にしたりなどは相当な修練を積まないと出来ない。
「シェアリアは火、水、風の三属性を使いこなせるんだ」
昨晩の食事の席でメアリアが言ったので、
「それじゃ天才じゃないか」
そう言って褒めると、
「……そんな事はない」
と少し顔を赤くしてソッポを向かれたっけ。
じゃあその天才様も驚く魔法使いになりますか。
『叡智』の力を借りて『魔法行使』のスキルを作る。
その上で四元素を組み合わせた魔法を創り始める。
魔法を創ると言っても難しい事は特にない。
『叡智』による対話式で作りたい魔法の希望を思い浮かべる。
――属性を指定してください。
まぁ火、水、風、雷の四つ。
あと聖と光、それに闇かな……。
――聖属性はこの世界では土魔法に分類されますが宜しいでしょうか?
あれ? 確かエルメリアは司祭で聖魔法が使えるって言ってたが……。
聖魔法は神官が行使できる癒し系の魔法で、他の魔法とは体系的に別種に分類される。
その属性を持つ者はごく少数で、属性を持った子供は早くから教会から教えを受け司祭やその高位職である神官職に就ける。
まぁ、いいか……。
そのまま設定を続行する。
――魔法体系の設定完了、続いて魔法の能力設定に移ります。
おおう、この世界で未だに存在してないであろう魔法すら創造できたのだ。
おもわず顔がニンマリと綻んでしまう。
すっかり荒んだ仕事の毎日で、忘れていた子供の頃の漫画やテレビ番組の魔法や必殺技が脳裏に蘇ってくる。
よし、あんな感じの技をどんどん作っていこう。
そう思いベースとなった七属性に種類や威力、範囲別に増やし、一種につき二十程の魔法を作っていく。
行使方法には無詠唱の他に光魔法で魔法陣を展開しての行使も付け足した。
無詠唱で行使できる以上、その魔法陣は意味は無いのだが、俺的にはやはり魔法陣が出た方が何となくカッコいいと思ったからだった。
魔法自体はポンポンと作り出せたが難儀したのは名前だった。
最初はカッコいいネーミングと意気込んでみたが、俺自身に余り豊富な語彙力が無いせいもあって最後はかなり適当な名前になっていった。
こうして実に七属性百四十種もの魔法を創造し、さて何処で実証しようかと思ったところでドアを叩く音が聞こえた。
「衛兵である! 宿改めだ! 扉を開けよ!」
宿改めとはまた古風だな……。
探しているのが何となく自分の事と察しがついたので顔を今一度確かめると扉を開いた。
扉の外には軽装鎧を着込んだ兵士が四人。
『状態表示』で見ると後の二人は昨夜俺を拘束して荷馬車に押し込んだ奴等だ。
前の二人が振り返ると後ろの二人は違うという素振りで首を振る。
「違うな。髪の色は同じだがもっと若造だ」
「ふむ、お前一人か?」
「勿論ですとも、宿に聞いて下さいよ」
一人が確かめに行き、程なく戻って俺が一人で投宿した事を告げる。
「そうか、邪魔したな」
そう言って前の兵士は乱暴に扉を閉めた。
錠前を掛けると深いため息をついて寝台に倒れこんだ。
やっぱり俺が逃げた事が流石にグルフェスには伝わったようだ……。
元の姿にしておいて良かった。
まぁ親子とか疑われる線も消えてはいないだろうから、用心に越したことは無いな。
取りあえず明日、何処か人目に付かない処で出来た魔法を試してみよう。
そう思いながら眠りに落ちていった。





