第三十八話 再会
目が覚めると隣にいつものようにワン子とエルメリアがこちらを見ていた。
「お早うございます、ご主人様」
「お早うございます、ご主人様」
「ああ、お早う」
いつもの朝のいつもの光景だ。
だが
「うふ、お早うございます、ご主人様」
首を少し起こした先にいたセイミアが言った。
なんか重いと思ったら……。
「ああ、セイミアおはよう。どうだ? 眷属になった気分は」
「はい、まさに生まれ変わった、というより新しく産まれた様な気分ですわ」
「やっぱクフュラの姉妹だけあって同じようだったなぁ」
昨日の眷属化の時のセイミアの姿を思い出して言った。
「え? クフュラもですの?」
「ふあ、わらひ……あんなんじゃありましぇん……」
寝ぼけ眼のクフュラが反論する。
「あんなんとはご挨拶ね。まずご主人様へのご挨拶が先ではなくて?」
「あふぅ、おはようございます、ごしゅじんさま……」
そう言ってクフュラはぽすんと倒れる。
「くふ~」
「ちょ、ちょっとクフュラ! また寝ちゃ駄目でしょ! あなた、こんなに寝起き悪かったの?」
セイミアがクフュラを揺さぶる。
頭脳明晰なクフュラも一度寝たらなかなか起きず、また寝起きがメアリアの次に悪いという微妙な欠点がある。
一番の奴は隣で幸せそうな顔でまだ寝たままだ。
「さあ、起きた起きた。今日は合併式典だからのんびりできないぞ」
「……ご主人様おはよう」
「ふわ~い、お早うございます~ご主人様~」
「ひゃ、あ、おは? ご、ご主人様おはよう……」
やっとの事で全員が起きた。
なんか学校の先生にでもなった気分だ。
ご主人様はつらいよ。
隣接する小浴場で皆に洗ってもらいさっぱりと汗を流し、食堂に行くと侍女達によって食事が準備されている。
メニューは麦粥に温野菜。ラッサ鳥のハムと卵を焼いた物。
大陸二位の大国になっても質素な食事は変わらない。
「では、ご主人様」
「うん、いただきます」
「いただきます」
俺の掛け声で皆一斉に食事をとり始める。
こういう習慣はこちらの世界には無かった。
だがエルメリアがなるべく俺がいた世界の習慣を取り入れたいというので徐々に色々な物を取り入れている。これもその一環だ。
それにしても俺を含めて総勢八名、随分と賑やかになった物だ。
「バッフェって平野が多いんだろ?」
「そうですね。農作物の収穫量はボーガベルの十倍はあると思います」
クフュラが聞きたい事に即答する。
「例のカマネ牛をこっちで育ててみたいんだがどうだろ?」
「ボーガベル地方よりはバッフェ地方の方が生育には適していると思います。魔獣対策も容易ですし」
カマネ牛というのは西大陸に生息する牛で脂が乗って美味いとメルシャから聞き、現在送ってもらっている品種だ。
東大陸では魔獣被害もありあまり牛を食べる習慣は無いようなので試験的に生育することにした。
「牛は帝国でもたまに食べましたが、硬くて臭くてあまり美味しいとはいえませんでしたわ」
セイミアが渋い顔で言う。
クフュラも頷いている。
「むふふ~、カマネ牛は一味もふた味も違いますから楽しみにしててください~」
メルシャは食べ慣れているのか自信たっぷりだ。
そういえば俺もこっちに来てから牛は食べてない。
ステーキ、焼肉、すき焼き……ああ、楽しみだ。
やっぱ眷属でバーベキューとかやるか。
オフにはみんなで仲良くBBQもやってます。
……いかんそれは胡散臭い求人広告だ。
食事が終わると侍女達が着替えを持ってくる。
歯を磨いたのちに慌ただしく一同着替えを始める。
ただしセイミアとクフュラは留守番だ。
まだモシャ商会は帝国の諜報、工作機関として機能しており、現在セイミアは工作活動中という事になってるらしい。
迂闊に公の場所に出すわけにはいかない。
それはクフュラも同じだ。
セイミアの話ではモシャ商会の者がボーガベルでクフュラを確認し、その報告は既に帝国に伝わってるという。
まぁ帝国的にはクフュラは戦死扱いになってるそうなのですぐにどうこうなるとは思えんが念の為に留まってもらうことにした。
「畏まりました、大人しくお留守をお預かりしますわ」
セイミアは何事も無く言い、クフュラも同意した。
「やっぱ俺も出なきゃ駄目かね」
俺は侍女から渡されたいかにも貴族です~って服を広げながら言った。
いかにも~ってのは胸に刺繍の入った燕尾服みたいな奴だ。
どうにも馬子にもナントカ感が拭えない気がする。
「当然です。今回の併合劇の主役はご主人様とガラノッサ殿です。本当ならその場で王位移譲の宣言をしたい所ですわ」
エルメリアがお胸を張って言った。
「いや、流石にそれは不味いだろ。バッフェ国民大混乱だわ」
「でしたらちゃんとそばにいて頂かないと困ります」
「わ~かったよ。礼服とか苦手なんだよなぁ……」
「慣れですよ、慣れ。ご主人様も公式の場にどんどんお出になれば慣れますわ」
「その公式の場ってのも苦手なんだよ」
「それは贅沢というものです、さ、ワン子さん」
「畏まりました」
そう言ってワン子が準備してあった礼服を俺に着せていく。
「まさかと思うがガラノッサより目立つのは駄目だぞ。今日の主役はあくまでエルメリアとガラノッサなんだから」
「承知してますわ。ちゃんと事前にガラノッサ殿に着る礼服について尋ねてありますので」
「用意がいいなぁ」
ちなみにエルメリアは最近作った白の木綿の礼装だ。
メアリアは赤、シェアリアは緑、メルシャは黄色。
そしてワン子は例のガラノッサに貰った青の礼装を着ている。
ワン子はやはり着るのを断っていたがガラノッサにどうにも着てくれと頼まれた。
やはり満更でもないようだ。
中央広場のカーペットを飾った舞台でボーガベルとバッフェの合併式典が始まった。
この模様は事前にボーガベル、バッフェ各地に配備した音声通信放送機能搭載型ゴーレム、通称「トーカー」によって各地に中継されている。
まず、転送でグルフェスと一緒に連れて来たエフォニア女王が女王退位と王家廃絶の書面に署名。
これにより最古の王朝として東大陸に君臨していたバッフェ王朝は消滅した。
「義兄上がもっとしっかりしておれば妾もこの様な重荷を背負わず済んだのにな。何にせよ清々しい気分じゃ」
去り際に元女王はそう言って笑った。
続いて臨時宰相になったガラノッサにより、バッフェ王国とボーガベル王国の合併、それによって『新生ボーガベル王国』の誕生が宣言された。
「新生ってずっと付いてるのか? 百年後も新生じゃおかしくないか?」
『勿論正式名称はボーガベル王国です。新生は対外的な誇示で付けるだけです』
念話でクフュラが説明する。
要は生まれ変わりましたってアピールな訳ね。
そして女王エルメリアの演説だ。
「皆さん、今日この良き日にボーガベルとバッフェ、二つの国が一つになり、新生ボーガベル王国となった事を私は皆さんと共に喜びたいと思います。古来よりバッフェはボーガベルにとって多くを受け継ぐ父であり母でありました。その思いを真摯に、誠実に受け止め、そして今、新生ボーガベルとなった我々は共に手を取り両国の魂を受け継ぎ明日へ向かって生きていきましょう。私はここに改めて皆さんの幸せのために身をささげる事を誓います」
湧き上がる大歓声。
その後はお決まりの市内行進。
これはエルメリアの戴冠式とは違いバッフェ正規兵を動員しての盛大な行進になった。
八頭立ての馬車で手を振るガラノッサとエルメリア。
傍から見ればお似合いのロイヤルカップルだ。
多分この二人が結婚すると信じてる民衆も多いだろう。
このまま年内に婚約発表なんて流れにならねぇだろうなぁ……。
などと考えてたらシェアリアが見透かした様に俺を見て
「……大丈夫、ご主人様には私がいる」
などとのたまった。
いや、心配してねーし。
いや、そういうのがちょっとでもエルメリアの耳に入るとその場で王位移譲とか言い出しかねないからマジ止めてください。
急な式典だったためとガラノッサの意向もあり、晩さん会とかは行われず、式典は行進だけで終了となった。
「ご主人様、宜しいでしょうか?」
アジュナでワン子から差し出しされた冷たい茶を飲んでる俺の所に平時の礼装に着替えたエルメリアがやって来た。
「ん? なんだエルメリア」
「ガラノッサ殿の事なんですが……」
「ああ、大体わかってる」
「それでお願いがあります」
「ん?」
エルメリアは俺に耳打ちした。
掛かる吐息が実にくすぐったい。
「大将、連れて行って欲しい所があるんだが……」
式典会場でいつもの服に着替えて撤収作業を指揮している俺にガラノッサが近寄って来た。
「……ああ、いいぞ」
なんとなく見当はついていた俺は即答した。
俺、ガラノッサ、そしてワン子の三人はカスディアンの州都デグデオに転送した。
ガラノッサが向かったのはやはり墓地だった。
ガラノッサの屋敷から少し歩いた所にある墓地。
その入口にある小さな花屋で花束をいくつか買う。
「いつもはもう閉まってるんだけどな。今日は開けておいてくれって前から頼んでたんだよ」
いつもの飄々とした口調でガラノッサは言った。
小高い丘を上がると柵で覆われた一画が見えてきた。
どうやらマルコビア家の区画らしい。
中央に大きな霊廟があり、マルコビアはそこでまず献花し、俺達もそれに倣う。
恐らく彼の両親が眠っているのだろう。
そして霊廟の裏手に向かうと小さな墓石が二つ並んでいた。
「レキュアとサルシャだ」
小さな墓石はきちんと手入れが為されており、こっちの文字で名前だけが彫られていた。
「ひょっとして今日か?」
「ああ、彼女達が見つかったのが今日だ。だからどうしても今日来たくてな。無理をいってすまなかった」
「構わんよ」
俺は手を振った。
「レキュアは議長の権力を恐れた大公に引き取りを断られたよ。結局大公達も後で殺されて彼女の家は断絶したけどな」
花束を手向け、墓石を撫でながらガラノッサは言った。
「二人ともいい女だった。だが……」
それ以上の言葉は出なかった。
多分ガラノッサは泣いていただろう。
俺も持っていた花束を手向ける。
「何で二人の事、判決の後に言ったんだ?」
「……私怨より国を優先させた。兵を挙げたのは確かに復讐の気持ちもあった。だがそれ以上に二人に約束したんだ。民が笑って暮らせる国にするって」
「そうか。ならしようじゃないか。俺達で」
「ああ……」
ややあって、
「私達もお花、宜しいかしら」
不意に声がして振り向くとエルメリア達眷属が花束を持って立っていた。
「女王陛下……どうして」
「あなたが多分ここに来ると思ってご主人様に先に連れてきて貰ったのです」
「参ったな……どうぞ。あいつらも喜んでくれるでしょう」
ガラノッサは頭を掻いてはにかむ。
エルメリア達も花束を手向け、二つの小さな墓石は花で埋め尽くされた。
「ご主人様、あれを使っても宜しいでしょうか」
エルメリアが尋ねた。
「ああ、構わんよ」
エルメリアの両手から紫の魔法陣が展開される。
「『残留思念』」
更に墓石の上に紫の魔方陣を展開させたエルメリアがそう唱えた。
「!!!」
ガラノッサが驚愕の顔を浮かべた。
魔法陣の上にボンヤリと二人の影が浮かび、半透明な人の形になった。
一人は紺色の髪の美女、もう一人はガラノッサと同じ赤茶色の髪の女の子だ。
「レ、レキュア……サルシャ……」
それはガラノッサの館の肖像画、そしてデグデオの街の画廊の奥にひっそり飾ってあった肖像画に描かれた人物達、ガラノッサの恋人レキュア姫と彼の妹サルシャだった。
二人の影はそれぞれ笑顔で「ありがとう」「頑張って」と口が動いた後、同時に「愛してる」と動いてすぅっと消えた。
「お、驚いたな……これは幻か……」
「いいえ、大地に還った二人の心ですわ。残念ですが日が経ち過ぎて復活は出来ませんですし、この魔法でもこれが精一杯です。ごめんなさい」
普通なら再構成された思念は姿を形作るだけのはずだった。声は出なくてもあれだけ言葉を伝えられたのは二人のガラノッサに対する思いの深さ故なのだろう。
「いえ、十分すぎるほどです。ありがとう御座います陛下」
そう言うやガラノッサはエルメリアの前に跪いた。
「今の御技で決心が付きました。ただいまよりこのガラノッサ・マルコビアはエルメリア女王陛下に絶対の忠誠を誓います」
ガラノッサはエルメリアの膝に口づけをした。
エルメリアが俺にしたのと同じ忠誠の誓いだ。
「分かりました、ガラノッサ候。その忠誠、私と私の主であるダイゴ様に等しく捧げるように」
ガラノッサを見るエルメリアの眼は何処までも優しい。
「畏まりました」
立ち上がったガラノッサは俺に向いて言った。
「これからもよろしくな大将。いや、ご主人様と言った方がいいか?」
「やめい、今まで通りで良いよ。気持ちだけで十分だ」
流石に膝とは言え男に口づけされるのは勘弁願いたい。
「ははっ。やっぱ大将は大将だな。さて戻るか。まだまだやる事が残ってるし」
「その前にお二人が出会ったという酒場でご飯を食べましょうか。その後はガラノッサ候のお屋敷にお泊まりですわ」
「畏まりました女王陛下、狭苦しいところですが」
「ワン子、その店、何が美味いんだ?」
「そうですねぇ……」
「……既に調査済み」
「お腹ペコペコです~」
「ずっと皆さん働きづめでしたものね」
「私は甘いものが食べたいですわ」
賑やかな面々は墓地を後にしていった。





