第三十七話 公開裁判
バッフェ王国王都クルトワ。
ガラノッサ軍、いや今や新生王国軍になった彼等によって解放されたこの街は早くも往時の賑わいを取り戻しつつあった。
各地に散らばった避難民が戻り、それに呼応するかのように現れた魔導輸送船は市民の度肝を抜いた。
積み荷はオラシャントからの穀物を初めとする物資で、早速抜け目のないバッフェの商人達によって市が開かれ活気を呈していた。
「こうやって見ればクルトワも悪くは無いよなぁ」
俺はオッサン姿でワン子とメルシャを連れ市街を回っていた。
初めて来た時のクルトワは寂れた薄寒い感がしていた物だが、今はまるで別の街の様だ。
「そうですね~、古き良き都って感じですわ~」
「メルシャ様も古い物の良さがお分かりになられたようで」
「むふふ~ ご主人様はどちらも良いですよね~」
何の話やら。
既に市街地のあちこちで作業用ゴーレムが破壊された女王像の瓦礫の撤去や光魔導回路の街灯などの設置に当たっている。
「北側の貧民街とかはどうするのですか~?」
「うーん、ガラノッサとも相談したんだがいきなり取り壊しってのも乱暴だから徐々に直して行くとは言ってたな」
「大きい都ですから大変ですよね~ それで新生王国の王都はここにするのですか~」
「それなんだが一応王都はパラスマヤのままにしておくつもりだ」
「でも~クルトワの方が帝国の侵攻や行政に関して利があるのでは~?」
「確かにそうなんだけどね。一応クルトワには行政府を置いて旧バッフェの管理に当たらせるつもりだ。パラスマヤは一応名目上の首都って事になるかな」
「なるほど~ 先々何回も遷都するのも大変ですしね~」
「そういう事。メルシャ分かってるじゃないか」
「むふふ~ ご主人様のお考えはホント凄いです~」
そんな会話をしていると、疑似人間のアーノルドからの念話が入った。
『どうしたアーノルド』
『パハラ議長達が到着しました』
『分かった、すぐ行く』
「議長達が着いたようだ。行ってみよう」
「畏まりました」
「はいな~」
「なんだこのバッチぃのは」
「うっわ~、くっさいです~」
「…………」
東門に着いた俺達が見たのは荷車に積んである大量の馬糞の山。
だがよく見るとその後ろに同じく馬糞まみれの何かが蠢いており、
「うああああ……」
だの
「うげぇぇ……」
だの言って、かろうじて人間である事を示していた。
「まさかアーノルドが馬糞収集の荷馬車と間違えるはずは無いし、曳いてるのロシナンテだし間違いないよな」
「ですよね~」
「そこの衛兵、ちょっといいか」
「なんだおま……はっ! こ、これはダイゴ候! 何でありましょうか!」
「あ~、これ、パハラ議長達だよね」
「そうであります!」
「なんでこんな有様になってんの?」
「はっ、道中で民から道端の馬糞をぶつけられました!」
「そっか~、諸君も大変だったね。ゆっくり休んでくれ」
「はっ、ありがとうございますダイゴ候!」
言うや衛兵たちはそそくさと下がって行った。
まぁこの臭いじゃ無理もない。
運ばれてきた議長達は馬糞の山に埋もれて息も絶え絶えだったのでまず『水鉄砲』でキレイに馬糞を流し落とす事にした。
高圧の水流が馬糞の山を崩していく。
「ゴボガッ! ガボッ! ゴブベガっ!」
やがて山から声がしてきた。
「何言ってるか分からんが綺麗にしてやってるんだ。この位は我慢しろよ」
「ヤベボォ! ヤベデグベェ!!」
やがて馬糞が洗い流され、中から議長達が現れた。
「グ、グウウ、ダ……ダイゴ……貴様……許さんぞ……」
「馬糞は別に俺のせいじゃないし、むしろ洗い流して感謝して欲しいんだがなぁ。まぁそんだけ悪態がつけるんじゃ回復魔法は要らんか」
「な……ま、待て……」
「待たない。じゃあな、法廷で会おう」
「ま、待ってくれ! ダイゴ候!」
だから待たないって。
そもそもここ臭いんだから。
俺はそばのゴーレム兵とロシナンテに念で指示を出す。
ゴーレム兵は荷馬車につながれてた議長の護衛達を連行していき、ロシナンテは荷馬車を曳き始めた。
パハラ議長達を荷馬車ごと中央にある広場に引き出し、公開裁判を行う為だ。
「よう、久しぶりだなパハラ議長閣下。随分見ない間に男前が上がって良い香りになったじゃぁないか」
ガラノッサがパハラ議長に向かって悪態をつく。
「マ、マルコビア……き、貴様……このままで済むと思うな……今に……」
中央広場に入って来た裁判員たちを見たパハラ議長の言葉が途切れた。
「な、なんだ? ハベルオ裁判長はどうした? 裁判員も知らぬ顔ばかりだ……」
「ああ、ハベルオは過去の不正裁判の罪で投獄された。他のアンタの息が掛かった連中も同じだ」
ガラノッサの言葉に激しく動揺する議長。
「そんな!」
「まぁ後任はこちらで選んだが公平な裁判なのは約束するぜ。ちゃんと弁護人も募ったからな」
「ふ、ふざけるな! 貴様らが選んだ裁判長など信用できるか!」
「ああ? じゃぁ「はい」以外の言葉を喋ったら即死刑なんて脅して適当に罪をでっち上げてた誰かさん達みたいな裁判の方が良いのかい?」
「ぐ、ぐううっ」
この世界の裁判は基本広場などで行う公開裁判が殆どだそうだ。
市民に広く公開し公平性を開示する意味があるらしいが、枢密院の行う裁判はお世辞にも公平とは言い難いものだったのは想像に固くない。
そして即判決、死罪ならば即執行。
要は裁判という名の見世物だ。
娯楽の少ないこの世界では処刑も市民の娯楽に過ぎない。
帝国ではわざわざ闘技場なるものを作って罪人を様々な方法で処刑しているらしい。
「さて始めるか。裁判長!」
「では開廷します」
裁判の様式自体は元の世界とほぼ同じだ。
議長達がいる荷馬車を中心に正面に裁判長と裁判官。
両側に弁護人と検事に当たる告発人。
告発人にはガラノッサと俺も連なっている。
それらを市民がぐるりと囲む。
クルトワの全市民が集まったかの如く広場は民衆で埋め尽くされた。
パハラ議長時代には衛兵でぐるりと取り囲まれていたらしいが、今回は最前列にまばらに配置してあるだけだ。
「あの裁判長は大丈夫なんだろうな」
「まぁ人選は難航したが、何処にでも気骨のある奴はいるからな」
俺の隣の椅子にドッカと腰を下ろしたガラノッサが言う。
「被告人スルブアン候パハラ・モハラ枢密院議長、バラテ候セロワ・トニル、スナガリ候ジョバ・グリソロ、デリコブ候ガナソ・ボフノ、ソドレゲン候ボレス・ビノワ、ガミノレ候ジギソスデ・ケムファ。以上六名には国家反逆罪以下公金横領、贈収賄、職権濫用、奴隷の不法売買、殺人教唆等の嫌疑が掛けられております」
告発人が議長たちの罪状を読み上げていく。
「これらの罪状について弁護人、反論は?」
「えー、それに関しては証拠の提出を求める次第であります」
案の定議長の弁護などするものはおらず、議長派の罪の軽い奴の中でとりあえず学がありそうなのを減刑を条件に弁護人にさせた。
自分達がやってきた不公平極まる裁判ではないと判って議長たちの顔に幾らかの希望の光が差した。
だが、
「モシャ商会のサショラ・シマホルと申します。ここにあるのはモハラ議長以下の面々へ当商会が収めた物品の納付書です。この額は明らかに議長以下の面々の収入を超えております。こちらには議長以下の面々が支払いを王国の国庫より支払っている証文でございます」
「サ、サショラぁ、貴様ぁ……」
次々と議長たちの不正の証拠を開示するサショラことセイミアを、議長達は歯噛みしながらにらみつける。
「クルトワで孤児院を運営しているハムネと申します。議長に十歳になった見目麗しい女子は必ず奉公に出すようにと、断れば即閉鎖と言われやむなく……奉公に出した孤児の中には行方知れずの者も……」
「お約束の少女姦趣味か。反吐が出るな」
「ぐ、ぐぐう……し、知らん……」
聞こえるように言った俺の言葉に、パハラ議長は歯噛みするばかりだ。
こうして次々と議長達の罪を暴く証人や証拠が上げられていく。
「私は国庫管理の係をしていましたが議長から突如身に覚えのない罪で投獄されました。裁判で罪を認めないと家族に危害が及ぶと脅されて……今回マルコビア候に救い出されましたが家族は既に……ううう……」
「し、知らん! 儂はお前の事など知らん!」
「あー被告人は無暗に発言しないように」
およそ三十人程の証人が次々と議長達の罪を告発していく。
だが議長も必死にシラを切りまくり、決して認めようとはしない。
俺はちらとガラノッサを見る。
一見何時もの飄々としたガラノッサだが、何かが違った。
そう、何かを堪えている。
俺には分かっていた。
だが何も言わない。
言えないな。
証人の告発は二アルワにも及んだ。
その後半アルワの協議の後、判決の時が来た。
「では判決を言い渡します」
議長達が息を飲んだ。
「全員死罪」
その瞬間周囲の観衆から大歓声が沸き起こる。
「ま、待て! 待ってくれ! これは罠だ! 陰謀だ! こんな裁判が認められるか! 儂を誰だと思っとる! この国をここまで栄えさせ! 帝国からの侵略から護ってきたのは儂だぞ! それを! 貴様らは!」
議長が喚いた。
他の貴族たちは己の運命をあきらめたのかがっくり首を項垂れているが、議長だけは往生際が悪い。
「カスディアン領を帝国に売り渡そうとした癖によく言うぜ」
「そ、それは! じょ、女王だ! 全部女王が言い出したことだ! 儂では無い!」
「エフォニア女王陛下はお前達のお陰で女王になる事は出来たがそのせいでお前達のやりたい放題を止めることができなかったのを非常に悔いておられたそうだ。その為今回の廃位と施政権譲渡をご決断為されたそうだ。私はこのご英断を感謝を持って受け入れたい」
白々しく語るガラノッサに民衆は大拍手を送る。
ガラノッサの役者スキルが一つ上がったんじゃないか?
まぁ女王の英断ってのも本当かどうかは分からんけどな。
「ぐうう、あの女狐め……よくも……よくも……」
パハラ議長が血を噴出さんばかりに歯噛みする。
「まぁどの道他の罪状だけでも万死に値するからな。同じことだ」
「待て! 待ってくれマルコビア候! ダイゴ候! お願い! お願いです! 命だけは! これからは心を入れ替え誠心誠意バッフェ王国の、いや新生ボーガベル王国のために粉骨砕身働きます! だから御慈悲を! どうか!」
ガラノッサの表情が厳しくなり、議長の前にズイッと立った。
「お前に同じ様に命乞いした罪も無い人々をお前は何十人、いや、何百人も笑いながら殺してきた。その中にはバッフェの王族だった俺の恋人レキュア、それに妹のサルシャもいた。お前が俺への当てつけの為に、親友だった二人を掠い! 犯し! 嬲り殺しにして俺の家の門に捨てた! 掠った衛兵隊隊長のシュトバが今回キレイに吐いたぞ。二人を犯しながら散々互いの命乞いをさせ、無理矢理俺を貶める言葉を言わせ、その上でお前自ら殺したとな!」
「し、知らん。何の……」
『自白』
俺は誘拐犯にも使った自白魔法を発動させた。
「ぐがっ!? そ、そうダ。儂自らが殺しタ……レキュア姫と婚約したお前のせいで、議長の座が危うくなったので、お前を追い落とす為にナ!?」
議長は自分が喋ったことが信じられないと言う顔をしている。
「カスディアンを帝国に売り渡そうとしたのは?」
「ゴベェ!? カスディアンの占拠を引き換えニお前達を背後から叩く事を帝国ニ依頼しタ!?」
「…………そうかい。他の罪状はどうなんだ?」
「ゴゲッ!? あ、アレも全て我々がやっタ。女王はただ頷くだけだ。我々がその座に上げてやった人形だからナ」
「ふう、良く分かったよ。素直に白状してくれた礼に苦しまずに処刑してやる。衛兵、執行しろ」
議長達の前に並んだ衛兵達が槍を構える。
「ま、待て! 待ってくれ! 違う! 今のは違う! 違うんがあああっ!!!!」
議長達の身体に何本もの槍が刺さり、呆気なく死んだ。
湧き上がる民衆の歓声に応えるガラノッサの顔は何時もの飄々とした伊達振りは消え物悲しい顔をしていた。
その夜、アジュナ・ボーガベルはクルトワ王城の中庭に停泊していた。
明日は早々にボーガベル王国とバッフェ王国の合併式典が開催される。
ついさっきまで皆その準備と打ち合わせに追われ、やっとひと段落ついた所だ。
煌々と光魔導回路の街灯に浮かび上がるクルトワ市街は夜になってもお祭り騒ぎが続いている。
俺は一人展望デッキでその喧騒を眺めていた。
「ダイゴ様、よろしいかしら?」
「ああ、セイミア、今日はご苦労だったな。ありがとう」
セイミアの持っていたモシャ商会の帳簿や証文のお陰で裁判は実に有利に進んだ。
「あの位は造作もありません事ですわ。何時でも使えるように準備してありましたもの」
「成程ねぇ。で、セイミアはこれからどうするんだ?」
自称捕虜とは言えセイミアは帝国の人間だ。
自身の兄グラセノフから俺を帝国に引き入れろという密命を帯びて俺に接触して来た。
「あら、もう決まっていますわ」
そう言うやセイミアは俺の首に手を回し唇を重ねた。
「もし、ダイゴ様が私の事を敵とお思いでしたらこの場で殺してくださいまし」
そう言うセイミアの顔は何処か物悲しく、だが自信に満ち溢れた顔だ。
「そしてもしダイゴ様のご寵愛を頂けるのでしたら、ご眷属の末席に加えさせて頂きたいのです」
まぁ、ここに一人で来てるって事はエルメリアのお眼鏡に叶ったって事なんだろうけどなぁ……。
「良いのか? 眷属になったらもう人には戻れないし、子供も産めなくなる」
毎度お馴染みだが一応聞く。まぁ結果は分かってはいるが。
「ダイゴ様にはそれだけの価値があるお方。セイミアは全てを捨てても何の悔いもありませんわ」
そう真剣に語るセイミアに負けた。結局最後は負けた。
この日新たに眷属が一人誕生した。





