第三十六話 捕縛
クルトワ陥落から数日後の朝。
ボーガベルとバッフェのボーガベル側の国境の街ブルーヤには夥しい数の難民が押し寄せていた。
一万人以上はいるだろう。
皆着の身着のまま最低限の荷物を持っているだけだ。
「叛乱軍が押し寄せれば女子供も残らず皆殺しにされる」
そんなデマが広まった結果、隣国のボーガベルへ逃げ込もうとやって来たらしい。
だが現在国境は閉鎖中だ。
国境の門から難民が長い列を作っていた。
衛兵を疑似人間で増員して門を固め、不測の事態に備えてゴーレム兵も待機させてある。
「さてどうした物かなぁ」
門の上の物見台から平原に埋め尽くさんばかりの難民を見ながら俺は言った。
「流石にこれだけの難民を受け入れる余裕は無いですね。国境閉鎖は正解でした」
資料を見ながらクフュラが溜息混じりに言った。
「まぁ正確な情報が伝われば彼らも国に戻ってくれるだろうけど、下手に暴動とか起こされてもな」
「一応炊き出しの糧食は準備してありますが、これだけの人数では持って数日かと」
「そっか、ん? なんだあれ?」
俺が指さした先には並んでいた難民たちを掻き分けるというか押しのけて進んでくる一団が見えた。
「ああ、いよいよ来たか」
俺はそう言うと門番をしている疑似人間アーノルドに指示を出す。
アーノルドは戦闘用疑似人間でゴーレムでは難しい案件を処理するために創造した。
モデルはもはや言うまでもない。
第三次世界大戦だ。
一団は馬車が四台。それに馬に乗った護衛らしき者たちが二十人ほどだ。
クルトワから消えた馬車の台数と一致している。
街道自体には兵に開けさせるよう触れを出していたので避難民達は街道脇に並んでいた。
それを良いことに馬車の一団は遠慮無しに進んでくる。
てっきり商人にでも扮装してこっそり潜り込もうとすると思ってたのだが、ここまで堂々とやって来るとは何処までも舐めた連中だ。
「こちらはさる高貴なお方が乗っている。至急通されよ」
門前で一団は止まり、先頭の護衛がアーノルドに言った。
アーノルドの視界はそのまま感覚共有で俺に送られてくる。
「国境は現在閉鎖中です。何人たりともお通しするわけにはいきません」
「聞こえなかったのか? さる高貴なお方が乗っていると言った。すぐに通せ」
上から目線丸出しの護衛が繰り返す。
「繰り返しますが何人もお通しするわけには参りません」
「ああ!? 何だ貴様その態度は! このお方に失礼が有れば貴様の首などいとも簡単に飛ぶんだぞ! さっさと通せ!」
「出来ません」
「貴様ぁ! それが我々に対する態度か! 謝れ! 手をついて謝らんか!」
「何処の誰とも素性を明かさぬ方を通すことも、ましてや謝罪する事もありませんが」
「……はぁ、貴様、今抜け抜けと言ったことをすぐ後悔させてやるからな」
護衛はそう吐き捨てると馬車に向かい中に話しかけた。
やがて中から見知った禿頭の巨漢が降りてきた。
「ああ、お前か? 融通の効かん石頭は。儂の名はパハラ・モハラ。それで分かるだろう。さぁ今すぐ手をついて謝罪し我々を通せ」
「先程そちらの方にも申し上げましたが、現在国境は閉鎖中です。何人もお通しするわけには参りません」
「き、貴様ァ! 儂が誰か知らぬのか! これだから田舎国家は! いいか! 儂はお前達の将軍であるダイゴ候の知己だぞ! 儂がダイゴ候に言えば貴様の首などいとも簡単に飛ばせるのだ! 分かったらさっさと通せ! ああ、もういい。通るぞ」
いや、お前の知己になった覚えは全くないんだが……。
「そのダイゴ候からの命令です。何人もお通しできませんし、無理に通るのであれば捕縛の後処罰します」
「ぐぐう! いいか! あの馬車には貴様らが足元にも及ばぬ高貴なお方が乗っているのだ! そのお方に少しでも無礼が有ってみろ! バッフェはたちまちボーガベルなど滅ぼしてくれるぞ! さぁ! 早く門を開けろ! さぁ!」
面白い、何処にそんな兵力があるのだろう。
お前ら皆置いて逃げてきたくせに。
「出来ません」
「き、き、き、きぃさぁまあああああ!」
まるっきり素行の悪さで出禁を喰らった飲み屋の悪客だ。
さてと
俺は門から何食わぬ顔で出て、議長達の方へ向かった。
「おや、何やら騒がしいと思えばパハラ議長ではありませんか」
「おお、ダイゴ候! ちょうど良かった。今すぐこの無礼な分からず屋の首を飛ばしたまえ」
「いきなり物騒な話ですな。何がどうしたのですか?」
「こ奴、我々を頑として通さんのだ。さぁ我々は国賓だ。さっさと通したまえ。今なら数々の無礼を水に流してやろう」
何時からこいつ国賓になったんだよ。そもそも呼んだ覚え無いし。
「出来ませんな」
「な!? ダイゴ候! き、貴様まで!」
「我々が撤退した際のいきさつをお忘れですか? バッフェはボーガベルに対して敵対行動をお取りになった」
「あ、あれは貴様が勝手にやった事では無いか!」
「そうですか? 兵をけしかけ殺せと言ったのはお忘れか。で、その敵対行動を取っている国にノコノコやってきて通れると思いますか?」
「い、いいか? あちらには女王陛下がおられるのだぞ。貴様如きがどうこうできる問題では無いのだ! そちらの女王、エルメリア女王を呼んで来い! 貴様では話にならん!」
出た。
社長を呼んでこい。
「私に何か御用かしら」
後ろに控えている衛兵たちの間からエルメリアが顔を出した。
「え、エルメリア女王!?」
「この件に関しては全てダイゴ将軍に一任してありますので。では失礼」
「そ、そんな! ま、待て! 待たんか!」
そう言い捨ててエルメリアはそそくさと門の中に引っ込んだ。
「おい、我が国の女王に向かって呼んで来いだの待てとは何だ。散々無礼無礼言ってるがそれこそ無礼じゃ無いのか?」
「ぐっ……」
「そういう訳で議長、アンタにはバッフェ新政府から手配が回っている。覚悟してもらおうか」
「な!? ま、待て、待ってくれ! ダイゴ候! 話せば! そう話せば分かる!」
「人に『はい』しか言わせないような人間の話など分からないし話をしたくない。衛兵!」
衛兵が一斉に動きパハラ議長と護衛を制圧する。
馬車を覗くと中には議長の家族と側妾達、議長派の貴族数名、そして運び出せるだけ詰め込んだ財産、そしてお付きに護られた妙齢の女王がいた。
「そなた、何者じゃ?」
「失礼、ボーガベル王国軍参与ダイゴ・マキシマと申します。バッフェ王国のエフォニア女王陛下であらせられますな」
「いかにも。妾がエフォニアじゃ。出迎えご苦労じゃ」
「お話は新政府のガラノッサ候から伺っております。エフォニア様に置かれましては心憂う事なく、我がボーガベルにご滞在頂きたいと存じます」
俺は散々エルメリアに教わった通り、思いっきり丁寧に言った。
「うむ、世話になるぞえ」
「おい! ダイゴ候! さっさとこいつらをどけろ! 何故我々だけ拘束されねばならんのだ!」
「駄目だ。バッフェ新政府への議長達の引き渡しが女王陛下亡命の条件だからな」
「は? な、何だそれは? 誰がいつその様な……ま、まさか……」
「そのまさかだ。女王陛下とマルコビア候の間でアンタの引き渡しと身の安全の保障を引き換えにバッフェを引き渡す密約がとっくに出来てたのさ」
ガラノッサが持っていた封書はエフォニア女王からの物だった。
スナガリ出身の侍女に持たせて暇を出し、スナガリにガラノッサ軍が来たら渡すように申しつけていたそうだ。
内容は、バッフェ陥落の折には自身の身の安全の保証を議長達首謀者の身柄と自身の廃位、それにバッフェの施政権の譲渡を引き換えるという物だった。
「そ、そんな……陛下ぁ! この者になにとぞお取り成しを!」
「何を言うとる。そなたの身柄一つで妾の身の安全が保証されるのじゃ。君臣としてはこれ以上の誉はあるまい?」
「こぉ! こぉ! こぉおお! こぉの女狐がぁああ!」
ついに議長が女王にキレた。
「ボーガベルに亡命して亡命政権を立て、こいつらにバッフェを取り戻させるという絵図面を書いたのはお前だろうが! それをよくも! それが! それが貴様を女王にしてやり散々贅沢三昧の暮らしをさせてやった恩人に言う言葉かぁああ!!!」
「何の話じゃ? ボーガベルへ行けばすぐに臣下の礼を取り喜んで王都奪回を買って出るでしょうなどと夢物語を吹いておったのはお前ではないかえ? まぁああでも言わねばお前は妾を連れてここまでは来なかったであろうしなぁ」
ああ、これもありそうな話だな、やっぱこの女王様は食えないお方だわ。
「よ、よくも抜け抜けと! ダイゴ候! この女狐の言う事を聞いてはなりませんぞ! こ奴を国に入れれば必ずや災いとなりますぞ!」
「あー、その辺に関してはアンタが心配することじゃないから。衛兵。はやくこいつらを連れてけ」
「待て! 待ってくれ! ダイゴ候! いや、ダイゴ様! どうか! どうかご慈悲を! 頼む! お願いします! この通りじゃ!」
「衛兵、見苦しいからさっさと連れてけ」
「きっきききききっさあああああああああまぁあああああああああ!」
衛兵が押さえてた腕を振りほどいた議長が俺に掴みかかる。
「ぎゃん!」
次の瞬間議長の体が高々と舞い上がった。
ワン子の蹴りをまともに喰らったせいだ。
議長は無様に転落し、
「あぎゃああ! ぴぎゃああ!」
と変な悲鳴を上げながら他の貴族達としょっ引かれて行った。
女王とそのお付きは馬車ごと城内に入る。
そこでエルメリアが待っていた。
「ボーガベル王国女王エルメリア・ボーガベルで御座います」
「おお、そなたが。幼き頃一度会ったことがあるが美しくなったのう」
「ありがとう御座います。陛下に置かれましてはこの後然るべき所にてご滞在頂きたいと」
「うむ、世話になるぞえ」
馬車は取り敢えずの滞在場所である金宿に向かっていった。
その後物見台に俺とエルメリアは上がり、
「避難してきたバッフェの皆さん!」
エルメリアは拡声魔導回路で避難民に告げた。
約一万の群衆が彼女を見る。
「皆さんのご心労、このエルメリア、切に身に染みております。しかしご安心下さい。奸賊パハラ・モハラ一党の捕縛を条件に新政府軍のガラノッサ・マルコビア、カスディアン候との間に皆様の安全を保障する約束が交わされております」
民衆がざわついている。
「信用できるのか……」
「戻ってもまた苦しい生活じゃぁ……」
エルメリアが続ける。
「皆様の不安な気持ちもよく分かります。そこでこの方をお招きしました」
するとガラノッサが顔を出した。
「あれは、ガラノッサ様だ。以前お会いしたことがあるぞ」
「なんでここに」
民衆が更にざわつく。
「諸君、ガラノッサ・マルコビアだ。王国に蔓延る腐敗の根源パハラ一党を捕縛するため予めここに来ていたのだ」
本当は転送で今さっき連れてきたのだが。
「諸君の安全はエルメリア女王とダイゴ将軍、そして私が保障する。安心して帰路に就き、故郷の復興に尽力して欲しい」
「ガラノッサ候! バッフェはどうなるので? 以前と同じならこのままボーガベルに移りたいのです」
民衆の中から声が挙がった。周りが同意の言葉を上げる。
「その心配は無い。この度バッフェとボーガベルが一つの国になり、ボーガベルの進んだ制度を取り入れることになった」
民衆から驚きの声が上がる。
「マルコビア候が王位に就くのではないのですか?」
「諸君も知っているだろうが、エルメリア女王が即位したボーガベルは急速な発展を遂げた。行政、商業、魔法。全てが我が国を軽く追い越し、今や帝国に引けを取らない、いやそれ以上の先進国だ。私は議長達によって荒廃したバッフェを立て直し、民に安寧の日々を送ってもらうにはボーガベルと合併し、その進んだ文化を取り入れることが最良と思い至った。それにはエルメリア様を我が国の新たな女王となっていただくのが最善の道だ」
「し、しかしそれでは……」
「確かにバッフェという名前は消える。だが私の望みはあくまで皆の幸せだ。その為にバッフェの名を捨てることに何のためらいがあろうか!」
民衆は押し黙った。
元々国の概念が薄いこの世界でも最古の大国であるバッフェの名はそれなりの重みがあるのだろう。
「全てが生まれ変わる。税も大幅に引き下げられ、帝国の略奪に恐れることも無い。皆が豊かな生活を営めることを約束しよう」
ざわめきがやがて歓声に変わった。
この間の恥ずかしい降伏勧告とは打って変わって堂に入った演説だ。
「まずはボーガベルの厚意で糧食をたっぷり用意した。腹一杯食べて故郷に戻ってくれ。病人や怪我人は申し出てくれ。エルメリア女王自ら治癒魔法を施してくださるそうだ」
歓声がひと際高くなる。
門が開き何台ものカーペットが粥や肉、そして水樽を積んで出てきた。
兵士達が食事を配り周り、門前の陣幕ではエルメリアやシェアリアが聖魔法で病人や怪我人を治療していく。女王自らの治療に涙を流して感謝する者が後を絶たなかった。
こうして昼過ぎには避難民達は続々とバッフェへ戻っていった。
街道は要所要所を兵士やゴーレムで固めてある。
パハラ議長達の家族も馬車の財産没収だけで放免した。
主を失って打ちひしがれてはいたがやむを得まい。
空になった馬車で戻っていった。
「で、議長達はやっぱあれをやるのか」
「そう嫌そうな顔をするな。人々に事実を知らしめるのはこれしかないんだからな」
ガラノッサが俺を宥めるように言った。
議長達はこの後荷馬車に括り付けられ王都まで引き回される。
いわゆる市中引き回しの刑だ。
確かに新聞もテレビもラジオもましてやインターネットも無い世界ではそうなるのだろう。
最も俺の国になればそういう習慣は無くして行くつもりだ。
その方策も既に考えてある。
「まぁ今回はやむを得んか」
「俺だってこんな真似は好まんが」
「まぁこいつの初仕事が議長の処刑ってのも嫌だしなぁ」
「ん、なんだこりゃ」
ガラノッサが俺が指さした風変わりな姿のゴーレムを見て言った。
普通のゴーレムに比べずんぐりむっくりした愛嬌のある姿をしている。
「こいつはさっきの拡声魔導装置の応用でな。誰でも遠く離れた人の声を伝えられるんだ」
「え、おい、それって……」
「そう。例えばパラスマヤとクルトワの間で会話が出来る。もっとも主に使うのは勅令などを公布したり日々の各地の出来事を伝えたりとかだな」
要は電話、そして街頭ラジオの様な使い方もできる代物だ。
「そ、そいつは凄いな」
「これを各町や村に一台ずつ配備する。それだけでも利便性は飛躍的に向上するはずだ。そしてボーガベルとバッフェの合併を大々的に放送するんだ」
「確かに最初が議長の処刑じゃあなぁ」
俺達は笑った。
「ご主人様、ガラノッサ様。夕食の支度が整いました」
ワン子が言った。
「よし、今夜は大いに飲もう。新生ボーガベル王国のために」
「よしきた」
翌日、バッフェの王都クルトワに向かう街道を、一台の荷馬車とそれを護衛する兵が向かっていた。
荷馬車を引いているのはテオリアをカナレへ運んでいった疑似生物のロバ、「ロシナンテ」だ。
荷馬車に立つ六本の柱にはパハラ議長と彼の派閥の貴族が縛られ、その後ろには議長の護衛の兵達が手を繋がれて歩かされている。
荷馬車の横には彼等の罪状を記した板が打ち付けられそれには、
「この者共、私利私欲により国を転覆せしめんとした重罪人也」
と書かれていた。
「誰かぁ……儂を助けろぉ…望むだけ褒美をやるぞぉ……」
パハラ議長が息も絶え絶えに言うが沿道の人々は誰も耳を貸さない。
それどころか石をぶつける始末だ。
「お前達のせいでウチの母ちゃんは……」
「子供を……ウリンカを返してよ!」
「散々俺達から絞った金で贅沢しやがって!」
石だけではなく馬糞をぶつける者もいる。
最早議長達の姿は酷い有様だ。
「あー罪人に物を投げないように~」
とばっちりを恐れて先頭と最後尾にいる兵士が注意はするがそれ以上咎めたりはしない。
事実上の黙認だ。
「や、やめぇ、うぶっ、グエエエ」
議長の顔面に馬糞がもろヒットした。
民衆がドッと笑う。
馬糞は法令で道端に避けてあるので豊富にある。
やがて皆石では無く馬糞を投げるようになった。
「やめ、グェ、げえぇ」
議長が蛙のような悲鳴を上げる。
クルトワに着く頃には議長達は馬糞の塊と化していた。





