第三十五話 城攻め
『……ご主人様、帝国軍の殲滅、完了した』
シェアリアからの念話が入った。
『ご苦労さん。損害は?』
『……勿論無い。ゴーレム兵の収容も終わった』
『分かった。じゃ今迎えに行く』
俺は転送でセイミアと待ち合わせ場所に移動する。
大きな木の下に二人は待っていた。
「二人とも良くやったぞ」
「……ご褒美のちゅう」
そう言ってシェアリアが目を瞑る。
それに応えてやると、赤い顔をしたメアリアがやっぱり目を瞑っている。
暫く見てたらクネクネした挙げ句、
「ああもう!」
と自分から唇を吸いに来た。
「全くご主人様は意地悪だ」
「ああ、すまん、つい可愛くて……ん?」
そう言われてまたクネクネしだしたメアリアを余所に、袖を引かれて振り返るとセイミアまでおねだりをしてるので応えてやると、
「あぁ! お前、帝国の人間だろうが!」
気が付いたメアリアが文句を言う。
「あら、私、今はこの方の捕虜ですもの。この位は問題ないですわ」
そう言ってセイミアは俺に引っ付いた。
「むうう、捕虜って違うと思うが……」
そうぼやくメアリア等と共に俺は『転送』でガラノッサの陣に戻る。
天幕に入るとガラノッサ達は軍議の真っ最中だ。
「お、どうだった大将?」
「ああ、帝国軍は壊滅した。もう後ろの憂いは無いぞ」
「! 本当か!?」
「ああ、何なら確かめるか?」
「いや、それには及ばんさ。大将……いや、ダイゴ。本当に礼を言う」
そう言ってガラノッサは頭を下げた。
そんな日本的な風習があるのが少し嬉しい。
「おいおい、まだ残ってることがあるだろ? それを片付けてからにしろよ」
「ああ、だが今の感謝の気持ちは本当だぞ」
「分かった。受け取っとくよ」
「さて、そうと分かれば一気に攻めるか。全軍に総攻撃の指示を!」
配下が慌ただしく出て行く。
あちこちで全軍進撃の合図の太鼓が打ち鳴らされる。
広大な平原を埋め尽くすような人の波が王国軍に襲い掛かって行く。
「う~ん、スペクタクルだなぁ」
「すぺくたくる? なんだそれ」
メアリアが聞いてきた。
「壮大な眺めとかそういう意味だな。都合四万の合戦なんて俺の世界じゃ昔話だし」
膠着状態は破れた。
時間稼ぎの防御に徹しようとする王国正規軍に対し、バッフェの傭兵を中核とするガラノッサ軍は果敢な攻めを敢行し徐々に押し込んでいく。
「ううん、じれったいな。ご主人様、行ってきてもいいか?」
ウズウズとした顔でメアリアが懇願する。
「だ~め~だ。お前が出てったら台無しだろうが。大人しく見てろ」
「ちえ~、畏まりました~」
「……負傷者救護は?」
「それは頼む、ただし無魔法陣でな」
「……畏まりました。メアリア、護衛についてきて」
「! さっすがシェアリア。これならいいよな?」
「仕方ないな、ボーガベルって分からないように。あと派手にやるなよ」
「分かってるって。愛してるぞ、ご主人様」
そう言って借り物の鎧に着替えたメアリアはシェアリアの後を付いていった。
その直後から戦場のあちこちで敵兵が吹き飛ぶ姿が見られた。
「まっっったく自重してねぇ」
「あはは、これでは確かに策も無意味ですわ」
セイミアが可笑しそうに笑う。
「ん? 何かセイミア様には策があったのか?」
「当然ですわ。事前に王国軍でもガラノッサ候の軍でも攻めるのに良い箇所、城内の構造の欠陥、各部隊の不得手、指揮官の癖。その様な事は皆調べてありますわ」
おお、流石だ。
「おいおい、何でそれを教えてくれなかったんだよ」
脇からガラノッサが突っ込む。
「それも当然ですわ。教えたら共倒れにならないですもの」
「まぁ、そりゃそうだが、今はお前、大将の捕虜だろ? それは吐かなかったのか?」
「私の望みはこの方のお力を知る事ですし、私が力をお貸しするのは本意ではありませんわ」
「まぁいいじゃん、こちら側が押してるんだし」
「全く、つまりませんわ。こんな力押し」
「悪かったな。俺はこういうのが性に合ってるんだよ」
ガラノッサが不貞腐れた様に言う。
メアリア達のせいかは不明だが完全に均衡は崩れ、形勢は完全にガラノッサ軍が優勢となった。
各個で撃破され、寸断された王国正規兵達はある者は逃げ去り、またある者は降伏し、残りは屍になっていく。
夕刻までには王国側はほぼ壊滅し、ガラノッサ軍は城門前へ兵を進めた。
門は固く閉ざされ、こちらの兵が近づこうとすると矢や投石で攻撃してくる。
完全に籠城だ。
「案の定中の兵は出てこないなぁ」
「どうしますの? 門を破って市街戦ですか?」
「お前、暗にそれをするなって言ってるだろ?」
「いいえ、でもどの様なお手並みなのか見たいだけですわ」
「出来れば中の連中は降伏させたいんだよなぁ」
「果たして上手くいくでしょうか?」
「それを上手くいかせろってんだろ? まぁ見てな」
市街戦になれば当然市民にも犠牲が出る。
なるべくそれは避けたい。
そんな時俺は自由の女神よろしく城内にでかでかと立ってる像を見つけた。
そう言えば似た像が市街地のあちこちにあったっけ。
「あれって神様の像か? それとも……」
「それともの方だ。全く悪趣味だよな」
ガラノッサが苦笑いする。
案の定女王の像らしい。
「よし、目標は決まった」
俺はその場で中型のゴーレムを作成した。右腕が太く長いゴーレムだ。
周囲の兵たちから驚きの声が漏れる。
三体の全高十メートルほどのゴーレムは輸送船着地の時の整地で出た岩をつかむと遥か彼方にある女王像めがけて投げつけた。
少し間をおいて他の二体も投げつける。
最初の一発は見事女王像の顔面に直撃し、これを粉々に粉砕した。
次の岩が二発胸の部分、そして股間に直撃し、女王像は跡形もなく砕け散った。
やや間があって城内からは悲鳴が上がり、場外からは歓声が沸き起こった。
その間にもゴーレム達はクルトワ王城にある悪趣味な像を次々に粉砕していく。
だがその勢いはまるで空爆だ。
像をあらかた破壊したところで俺は爆撃をやめさせた。
脇を見ればセイミアがアングリと口を開けている。
「まぁこんなもんだ。戦闘には加担してないぜ」
「……凄いわ。あれじゃ女王や貴族たちは震えあがってるでしょうね」
「俺の世界で昔あった戦争でこういう事やったのがいてね。真似しただけさ」
暫くすると城内からの抵抗が止んだ。
「どうする。一気に攻めるか」
「いや、本格的な攻城戦だとこちらの被害も馬鹿にならんだろう」
俺は少し大きめの魔導回路を創造した。
「こいつは声を大きくする回路だ。こいつで一晩待ってやるから降伏しろって言ってみ」
そう言ってガラノッサに回路を渡す。
「あ、ああ、こうか?」
ガラノッサが回路に向けて声を出す。
「あ~、うおぁっ!」
自分の声にびびってやんの。
「あー、あー、バッフェ王国の兵の諸君、私はガラノッサ・マルコビア、カスディアン侯爵だ。お前達の敗北は決定的だ、これ以上の無益な死を望まないのであれば明朝日の出と共に城門を開けて降伏しろ。命だけは助けてやる。さもなければ明日、先程の攻撃をお前達に行う。以上だ。……あれ、これどうやっておわるんでゅ……」
やべぇ、腹が痛い。
なんか最後がグダグダだったがまぁいいだろ。
「おい、どうだったよ?」
「あ、ああ、良かったぞ。名演説だ、泣きそうになったわ」
笑い泣きだけどな。
「そ、そうか。しかし驚いたぜ」
「向こうはそれ以上に驚いてるだろ。まぁこれで御膳立ては揃った。兵を下げてゆっくり休ませてやれよ」
「そうだな。よし、全軍下がらせろ」
ガラノッサの指令を伝令が伝えに散らばっていく。
「じゃあ、俺達もアジュナ・ボーガベルに戻ってる。何かあったらネズミに話しかけてくれ」
「ああ、ゆっくり休んでくれ」
俺達は拳を合わせて別れた。
「……ご主人様」
「ん、なんだシェアリア?」
「……良いことを思いついた」
「残念だが却下」
「……まだ何も言って無い」
「大方拡声魔導回路でメアリアの歌声を一晩中流すとかそういうのだろう」
図星だったらしくシェアリアは目を丸くしている。
「あのね、世の中には絶対やっちゃいけないことがあるんだから。可哀相でしょ第一」
「……クルトワの兵士や住民が?」
「容赦無さすぎだなお前……」
「ん? 何の話をしてたんだ?」
当のメアリアが聞いてきた。
「あら、貴方の歌の素晴らしさについてよ」
「おお、セイミア、クフュラの親友だけあって良い所あるな。よし。アジュナに戻って一緒に歌おう」
「え? ちょ、へ?」
「はい、転送するぞー」
困惑するセイミアごと俺と眷属達はアジュナに転送する。
セイミアはそのままメアリアに引き摺られていった。
「意外と馬鹿だな、あいつ」
俺がそう言うとクフュラが苦笑いをした。
「メアリアにああいう言い回しは効きませんよね~」
オラシャントからの帰りにケイドル達を再起不能寸前にまでされた苦い経験を持つメルシャが言う。
「ご主人様、お風呂の準備が整いました」
「ああ、分かった。じゃ汗を流すかね」
アジュナ・ボーガベルの浴場はブリッジ二層にあり、中の大風呂と外の展望露天風呂に分かれている。
俺達はその露天風呂の方に入っていた。
「ご主人様、遅れてすまない」
「あれ、メアリア、セイミアは?」
「ああ、疲れていたのか私の歌を一曲聴いてる間に寝てしまったから、担いできた」
そう言って指さした先に、すっかり身包み剥がされた状態で気絶したまま内風呂の湯船に浸かっているセイミアがいた。
何が疲れて寝てるだ。
尻が浮かんでるとかじゃ無くて良かったわ。
「ちょ、ちょっとセイミア、しっかりして」
慌ててクフュラが頬を叩くと、
「あ、悪魔の……」
と変なうわごとを言ってたセイミアが目を覚ます。
「はっ、こ、ここは!?」
「あー、アジュナ・ボーガベルの風呂だ」
「ふ、ろ? あ、それより私一体?」
「ああ、無理に考えない方がいいぞ」
「そ、そうですわね」
そう言うや気分を落ち着かせるように、
「……それにしても何度入っても凄いですわ、このお風呂って」
と感心しながら言う。
自称捕虜になって数日、セイミアはここに寝起きしてるが一番気に入ったのが風呂のようだった。
「ああ、よーく隅々まできれいに洗っておけよ」
「そ、それって……」
たちまち茹でたように赤くなるセイミア。
「じゃあ私がセイミアをきれいきれいにしてあげるね」
「ちょ、ちょっとクフュラ……何よその手つきは……」
「あ~ウチもやる~。へっへっへ~ネエちゃん覚悟しぃや~うへへへへ~」
「め、メルシャさん、か、顔がイヤらしいですわ……」
たちまち捕獲されたセイミアは泡まみれにされていく。
「は~い、こことここは念入りに洗いましょうね~」
「ちょ、ちょっと……クフュラやめてぇ」
「うっはっは~ネエちゃん泡でぬるぬるじゃ~」
メルシャがオッサン臭い。
人のオッサン姿をオッサンオッサン言っておきながら……。
「もうすっかりセイミアさんも仲良しですわね」
隣にピッタリ張り付いたエルメリアが囁く。
「そうだな~、ある種の拷問にも見えなくもないが」
目の前で繰り広げられてる眼福な光景に見とれながら俺は呟いた。
翌朝アジュナから再びガラノッサ軍の陣に俺達は転送した。
「よう、大将。まだ、門は開いてないぜ」
「その様だな」
だが暫くすると、鈍い音を立てて門がゆっくりと開き、三人程の兵士が手を挙げながら出て来た。
何れも武装はしていない。
こちらも騎士が三人出向き、一人がガラノッサの元にやって来た。
「降伏するそうです」
「よし、兵は武器を持たずに場外に出るように伝えろ。不審な動きをした者はその場で誅すると言っておけ」
騎士は再び三人の元に向かい、兵の一人が城内に入って行く。
やがて中からぞろぞろと丸腰の兵士が出て来た。
武装したガラノッサ軍の兵士が数カ所に分散させる。
「指揮官がいれば連れてこい。事情を聞きたい」
やがて指揮官らしき男が一人連れてこられた。
「パハラ候の元で指揮官をしておりました、スディオと申します」
「うん、スディオとやら、貴官が降伏を決めたのか?」
「はい、昨日女王像が破壊され、ガラノッサ候の声が鳴り響いた後、パハラ様からの指示が一切無くなりました」
「ああ、要するに議長達逃げたのね」
「……はい。方々探しましたが……そこで残された諸侯の兵の代表が話し合い、降伏を決めた次第です」
「女王は?」
「はぁ、女王陛下の奥宮の方にも灯りも人の気配もありませんので恐らくは……」
「まぁ、そうだろうな」
分かった風にガラノッサが頷く。
「そ、それでガラノッサ様、我々の処遇は……」
「ああ、昨日言った通りだ。命はちゃんと助けてやる。というか俺の指揮下に入るのなら身分も保証してやる」
「分かりました。他の者に伝えて協議いたします故……」
「ああ、今日は野宿だがきちんと飯は出してやる」
「ガラノッサ様の寛大な処遇に感謝いたします」
そう言ってスディオは下がって行った。
「約一万の兵力だからなぁ。組み入れられればデカいからな」
ガラノッサが笑いながら言う。
やがて全ての兵が場外に出たとの報告が入った。
「よし、枢密院と王宮の占拠に向かうぞ」
ガラノッサと俺、メアリア、ワン子、そしてアラモス麾下の傭兵たちが城内に入る。
クルトワの街中は誰も歩いていない。皆家の中にいるのだろう。
あちこちに建っていた女王像は全て粉砕されて瓦礫と化している。
「某、傭兵組合本部を抑えてまいります」
そう言ってアラモスは部下数人と共に離れた。
まず枢密院を押さえる。
中はやはり無人だ。ガランとして人っ子一人居ない。
そこに警備の傭兵を置き、俺達は王宮に入る。
まるで人の気配の無い王宮は寒々しく感じられた。
謁見の間もやはり無人だ。
「メアリア、ワン子」
二人が玉座の後ろ、奥宮に繋がる部屋に入って行く。
暫くしてメアリアから
『やはり女王はいない。残っていた侍女も何時居なくなったか知らないと言っている』
そう念話が来た。
「やっぱ女王もいない。もぬけの殻だそうだ」
「そうか。やはり昨日の内に女王と議長達は逃げ出したな」
「場所はやはりスルブアンか……」
スルブアンは議長の領地でありボーガベルの隣にある。
調査の結果女王専用の行幸用馬車とパハラ議長達貴族用の馬車三台が消えている事が判明した。
「じゃあ俺はブルーヤに行ってるわ。クルトワの事は任せたぜ」
「ああ、いよいよ仕上げだな。準備はきっちりしておく」
俺達はガラノッサ軍の兵士が慌ただしく駆け回るクルトワ王城を後にした。
こうしてクルトワ王城は開城した。
だが、まだバッフェの動乱は終わっていない。





