第三十四話 魔導砲
翌日の早朝。
バッフェとエドラキムの国境地帯の平原に帝国の国境の街センデニオを進発した帝国第七軍と第九軍が集結していた。
総数約二万の大軍である。
第七軍指揮官である第五皇子バルデロ・エ・デ・エドラキムと第九軍指揮官である第六皇子ガモラス・エ・デ・エドラキムの両名は天幕の中にいた。
「さて兄上、カスディアン領侵攻の準備は整いましたが如何いたしましょうや?」
細面で身長の高いガモラスが、自分より身長が低く小太りな兄バルデロに尋ねる。
「ボーガベルの部隊がクルトワから退去したのは間違い無いのだな」
「ええ、今しがたカスディアンにいるモシャ商会の者から伝書鳥の知らせがございました。数日前にボーガベルの支援はクルトワを退去し、カスディアン候率いる反乱軍約二万はクルトワに迫っていると」
「ふむ。ならば今が攻め入る絶好の好機だな」
「予定通り兄上がカスディアン領を占拠後、東進を続けながらカスディアン候の軍を背後から強襲。これを殲滅すると」
「その勢いでクルトワ攻略と行きたい所だな」
「当初の計画通りにボーガベルを占領し第六、第八軍が東から挟撃できれば良かったのですが……」
「まぁ仕方あるまい。それでもこの戦力なら王国の西側は大分切り取れる。王国側が数を減らしてくれればこの兵力でも十分クルトワも落とせよう」
「ですな。では出発いたしましょう」
こうして帝国の第七、第九の連合軍は国境を越え、カスディアン領に侵攻した。
バルデロ、ガモラス両名の乗る大型馬車が刈り取りの終わった畑が広がる平原に差し掛かった矢先に伝令が駆けてきた。
「陛下! 斥候より連絡! この先に軍勢が待ち構えております!」
「何! そんな馬鹿な! 何処の軍か!? 数は!?」
「所属は不明! 一名の指揮官らしき騎士以外は歩兵のみの模様! 数およそ二千!」
「兄上、これは一体……」
「ううむ、カスディアン候が我々の存在に気付いて兵を割いておったのだろうか……」
「しかしたかが歩兵二千では我々の相手にはなりますまい」
「そうだな、よし! 下命する! このまま進撃し蹴散らせ!」
「はっ!」
銅鑼の音が響き渡り、先頭を行く第九軍が歩を早め敵軍に向かっていく。
「来たぞ、シェアリア」
パトラッシュと名前を付けた疑似生物の馬の上でメアリアは後の浮遊台座にいるシェアリアに言った。
「……問題ない」
「じゃ始めてくれ」
メアリアがそう言うとシェアリアは浮遊台座を上昇させた。
鍋の蓋を裏返したような本体に四本の角状の突起が出ており、上部には手摺りがついている。
これもやはりゴーレムで、魔導艦やカーペットに使う浮遊魔法の検証用に試作した物だ。シェアリアが思いの他気に入って、そのまま使っている。
「な、何だあれは!?」
「人が空に浮かんでるだと!?」
帝国の兵士達から驚きの声が漏れる。
シェアリアの右手に紫、左手に赤く光る魔法陣が展開された。
「殲滅魔法! 『遊星爆撃』!」
その刹那、兵士達の遥か頭上に紫と赤の巨大魔法陣が重なって出現し、そこから無数の岩が絞り出されるように湧き出した。
続いて岩は突如真っ赤に燃え盛り兵士達目掛けて降り注いでいく。
「!!!!!!」
兵士達が気が付いたときにはもう手遅れだった。
ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガアアアアアアン!!!!
「ぎゃあああああ!!」
「ひっ、ひぎいいいいい!」
「うああああああああああ!」
灼熱の隕石が兵士達に降り注ぎ、地上で大爆発を起こす。
直撃を受ける者、爆発に巻き込まれる者。
何れも何が起こったのか分からずに粉々になっていく。
大型馬車の上にいた二皇子は彼方に繰り広げられた光景に絶句した。
濛々たる爆炎が巻き起こった後、そこにいたはずの第九軍の姿は殆ど見当たらない。
「な、何が起きたのだ……」
「わ、分かりません……一体これは……」
混乱する中、しばらくして報告が来た。
「報告! 先頭の……第九軍、ほぼ消滅しました……」
「な、なん……だと……」
別の伝令が駆け込んでくる。
「報告! 敵陣にボーガベルの旗!」
「ぼ、ボーガベルだと? 奴等は撤退したはずだ……しかもなぜここに?」
「あ、兄上! これはいけません! 撤退を! 撤退の指示を!」
「馬鹿を言うな! 逃げ帰った所でテオリアと同じになるぞ!」
「しかし、このままでも、テオリアの部隊と同じになります!」
「構わん! あんな魔法がそうそうすぐ撃てるか! 次を放つ前に奴等を踏み潰すんだ!」
「し、しかし!」
「こちらはまだ一万はいるのだ! これが逃げ帰れる訳無かろう! 進むしかないのだ!」
「わ、分かりました……全軍突撃!」
狂ったように全軍突撃の合図の銅鑼が打ち鳴らされる。
まだ、地面には燃えたままの兵士達だった物が散乱し、吐き気を催す焼け焦げた匂いが充満する中を兵士達は駆けていく。
「散開しろ! 密集するな!」
臭いを吸う事を堪えながら指揮官が叫ぶ。
この状況下で魔法攻撃と判断したバルデロや、散開を指示した指揮官の判断を見れば彼等は決して凡庸な軍では無い。
だが。
彼等に巨大な白馬に乗った騎士が単騎で突っ込んでくる。
白の鎧に赤地に金の模様細工を施し、その下には赤の戦闘礼装。
手に持つは黒く長大な王国の宝剣バルクボーラ。
無粋な兜など被らずに、半冠のような装飾をあしらった額当てを付け、後だけ伸びた金髪を風になびかせている。
凜々しさと美しさが合わさったその姿に最前線の兵達は一瞬見とれた。
だが次の瞬間、黒い猛風が襲い掛かり兵士達の意識は途切れていった。
騎士はバルクボーラを軽々と振るい、当るを幸いに敵兵を斬り殺していく。
テオリアの第六軍を壊滅させた時と同じ、メアリアの一騎駆けだ。
「な、なんだあれは!? 弓兵は何をしていた!」
「射かける前にあの騎士がこちらに突っ込んできたのです、尋常な速さではありません!」
「ええい、あやつは良い、弓兵には後方の兵を射掛けるように伝えよ!」
直ちにゴーレム兵達に矢が雨のように降りかかる。
だがゴーレム兵は平然と矢の雨の中を突き進んでいく。
その間にメアリアは錐のように敵陣に食い込んでいく。
ある者はバルクボーラに両断され、ある者はパトラッシュに跳ね飛ばされ、踏み潰されていった。
少し遅れて散開したゴーレム兵が敵軍の先頭に食い込む。
眼だけを赤く輝かせた歩兵がその図体に似合わぬ俊敏さで次々と帝国兵を斬り殺していく。
「これがテオリアを破った連中か……」
バルデロが歯噛みする。
報告は受けていた。
だが俄かに信じる事は出来なかった。
だがその信じがたいことが眼前で起こっている。
「兄上、ここは私が殿を務めます、一刻も早く国境まで撤退してください」
「し、しかし……」
「良いですか、元々兄上は国境を越えていなかった。そこで我が九軍が先行中、ボーガベル軍と交戦し壊滅したのでやむなく撤退した。それならば皇帝陛下もお許しになるでしょう」
「だがお前は……」
「我が九軍は既に大半を失い残るは親衛隊のみ、とても皇帝陛下に申し開きできません。ならばここで殿を務める事が国に対する忠義と思います」
「ガモラス……お前……」
「何、私もむざむざ死ぬつもりはありません、無事カーンデリオに戻り、皇帝陛下にお詫び申し上げてから死にましょう」
ガモラスは泣き笑いの様な顔を見せた。
「分かった、頼むぞ」
「それから兄上、これは必ず陛下にお伝え願いたいのですが、我らの動き、何者かがボーガベルに漏らしていると思われます」
「何! い、一体誰が……」
「恐らくはモシャ商会の者、しかしグラセノフ兄の関与とは思えません……」
グラセノフは良くも悪くも真っ直ぐな男だ。
陰謀や策略とは無縁という事はこの兄弟達も認めていた。
「するとセイミアか……あやつめ!」
「だから必ず生き延びて我々を陥れた者に鉄槌を下さねばなりません」
「分かった、必ず裏切り者を暴き、死んで行った者達への手向けにしてくれる」
「さぁ早く撤退の合図を」
戦場に撤退を知らせる鐘が鳴り響く。
バルデロとその親衛隊を先頭に弓兵達が続々と撤退していく中、ガモラスとその親衛隊は撤退の流れに逆らうように進んでいく。
そして驀進してくるメアリアの進路上に立ち、有らん限りの声を上げた。
「待たれよ! ボーガベルの騎士よ!」
その声に気が付いたメアリアがパトラッシュを止める。
「我が名はエドラキム帝国第九軍の将軍ガモラス・エ・デ・エドラキムである! ここから先罷り通るのはご遠慮願おう」
メアリアは怪訝そうな顔でガモラスを見ていたが、
「我が名はボーガベル王国近衛騎士団、メアリア・ボーガベルである。貴君の殿の役目、誠に恐れ入る。が、敢えて罷り通させてもらおう」
「ほう、貴君が噂に名高い三宝姫のメアリア殿か。確かにその美しさと戦いぶり、真に宝と呼ぶにふさわしい。これは是非打ち勝って我が隷下に置きたいモノだ」
ボーガベルの三宝姫の一人を捉え、皇帝に差し出せばバルデロ共々今回の失態を挽回出来るかもしれないという考えがガモラスの頭をよぎった。
「申し訳ないが我が貞操は主の物ゆえ貴君らが味わうことは叶わんよ」
「ほう、エルメリア女王はそのような趣向の持ち主であったか」
「興を削ぐようだが我が主はエルメリアではないよ」
そう言って鼻を鳴らしたメアリアは再びパトラッシュを走らせる。
メアリアにはガモラスが撤退の為の時間稼ぎをしているのは十分に分かっていた。
だが大将自ら名乗りを上げてくれば応じずにはいられない。
帝国にもひとかどの武人はいるのだな。
てっきり将軍が真っ先に逃げ去るものと思っていたメアリアは少しだけ感心した。
「長盾! 馬を止めよ!」
十人ほどの男達が二メートル近くある巨大な鉄製の盾を構えパトラッシュにぶつかる。彼等は何れも二メルテ近い身長を持つ大男だ。
更に親衛隊も後で彼等を支える。
パトラッシュの動きが止まった。
「今だ! 一斉に……」
言いかけたガモラスはメアリアが馬上にいない事に気付いた。
「上だ! 剣!」
すぐにメアリアが上に飛んだのに気付き剣を突き出すように指示を出す。
文字通りの剣山がメアリアを待ち受ける。
盾を持たなければこのまま串刺しは免れない。
だがメアリアは蹴りの姿勢のまま突っ込んで来た。
突き出した剣が弾け飛ぶ。
「何ぃ……」
ガモラスが絶句する。
土煙の中、地に立ったメアリアは傷一つ負ってない。
逆に直撃を受けた兵達は血を流す者、手足を折った者、いずれも地面に這いつくばっている。
すぐさまメアリアはバルクボーラを振るい始め、鎧で武装した精鋭たる親衛隊がその一薙で真っ二つになり吹き飛んでいく。
その剣技はまるで舞を舞っているかの如く優美でともすれば見とれてしまいそうになる。
だが魅入った瞬間、その舞は黒い風となって命を刈り取っていくのだ。
ガモラスは剣を構えた。剣先がカタカタと震える。
目の前にいるのは美しい女の姿をした怪物だ。
先程我が主と言っていたが、現女王エルメリアでは無いのか……怪物が仕える主とは……。
そこでガモラスは脳天から斬られた。
最後の視界に映ったのがメアリアの美しい顔だったのは彼に取って幸せだったのだろうか。
直後追いついたゴーレム兵達の剣の波に親衛隊達は飲み込まれていった。
交戦地から国境を示す標識までおよそ三キルレの距離だが、バルデロ達には無限の長さに感じられた。親衛隊は皆騎馬だが弓兵や歩兵は次々と落伍していく。
だが後を振り返る余裕はバルデロには無い。
何としても生き延びて、裏切り者が帝国にいる事実を皇帝陛下にお知らせしなければ……。
自分の為に命を捨てて殿を買って出た弟との約束を果たさねば……。
「バルデロ様! 国境が見えて来ました!」
親衛隊の一人が喜びの声を上げた。
しかし。
「!」
国境の標識の脇に女が一人立っていた。セイミアだ。
姿は商人の姿だが、髪をほどき、風に靡いている。
特徴のある髪型が遠目にもセイミアであることをバルデロに教えていた。
彼らを見つめるその瞳は何の感情も感じられなかった。謝罪の念も、そして哀れみすらも。
その姿を見てバルデロが激高する。
「突っ切れ! あの売女を跳ね飛ばせ!」
バルデロは叫んだ。
その時、セイミアの横に漆黒の装束に身を包んだ男が一人まさに湧いて出るように現れた。
何だ今のは……
「殿下!」
護るように親衛隊の騎士達が前に出る。
ダイゴの両手から白い魔法陣が展開される。
その先に新たな魔法陣が連なるように十ほど産み出された。
魔法陣はやがて高速で回転し、中央に光の渦が集まっていく。
「『魔導砲』」
途端に先頭の魔法陣から出た眩いばかりの光がバルデロ達を襲う。
「なぁっ!」
何が……。
バルデロがそう思ったのは一瞬だった。
何が起こったのかすら理解する間もなくバルデロと親衛隊は蒸発して消えた。
「…………」
セイミアは目の前で起こったことに呆然としていた。
「これが俺の力の一部だ」
「凄い……これで一部なんて……」
「しかし、良かったのか? 異母とは言え兄弟なんだろ?」
「あら、私が泣いたり吐いたりするのを見る為に連れて来た訳では無いでしょう? 私が描いた絵図ですもの、覚悟などとうに出来てますわ」
セイミアが笑った。
彼女らしい勝気な笑いだ。
「そうか、そうだな」
ダイゴは一息突くとメアリア達に念話を送る。
『メアリア、シェアリア、こっちは終わった。残存兵力の掃討は任せる』
『分かった』
『……了解』
カスディアンの地に帝国兵たちの断末魔がこだまし、やがて風の音の彼方に消えていく。
帝国軍第七、第九軍総数約二万は本来の目的を何も果たせずに壊滅していった。





