第三十二話 決別
「本当か? その話」
ガラノッサが呆然とした顔をしてこちらを見ている。
ここはガラノッサ軍の本陣だ。
王都攻略前の慌ただしさで殺気立った喧騒に包まれているが、既に俺は顔パスで通れる。
ワン子ともう一人のゲストを連れていても、誰も何も言わない。
まぁそのゲストも見知った顔なんだろうが。
「ああ、ボーガベルの部隊は明日、バッフェから撤退する」
「そうか。ありがたい」
「あと幾らか援軍を出すつもりだ」
「援軍? だがお前……」
「ああ。確かに自分達でやれとは言った。ただし相手はバッフェ軍じゃ無い」
「バッフェじゃない?」
ガラノッサが気色ばむ。
「相手は帝国軍だ。帝国とバッフェの国境で既に七軍と九軍、合計二万が待機している。お前達が首都に攻め入った頃合でバッフェ国内に侵攻する」
「何だって! だが帝国は……」
事前にガラノッサはサショラことセイミアから、帝国は六、八軍を失い、他所へ出兵する余裕が無いとの情報を受けていた。そこで事を起こすのは今しかないと判断した訳だが……。
「帝国は二軍失ったところで問題は無いさ。お前らが首都攻めでがら空きになった領地を切り取りつつ、反乱軍を壊滅させて王国と手打ちにする腹積もりだ。いや、もしかしたらそのまま王都に乗り込むかもしれんな」
「くっそう、帝国の連中……」
「その為にお前達に武器や情報を流してたり、目くらましに女王側に俺達に支援を要請するように仕向けたり、下ごしらえに余念が無かったのさ」
「しかし、なんでお前そこまで判ってるんだ……っていうか武器や情報ってまさか……」
「そのまさかさ」
手を挙げるとワン子に伴われてセイミアが俯き加減で入って来た。
「サショラ……お前まさか……」
「ああ、サショラ・シマホルは仮の名前、その正体はエドラキム帝国第十三皇女、セイミア・エドラキムさ」
「な、なんだと!」
腰の剣に手を掛けたガラノッサを俺は制した。
「おっと、乱暴ごとはよしてくれよ。今のこいつは全部洗いざらい話してくれた協力者なんだから」
昨日、俺に果敢に挑み、甘い尋問で呆気なく返り討ちにされたセイミアだったが、目が覚めた途端、尋問のおかわりを要求した挙句、自ら捕虜になると言い出して俺とクフュラを唖然とさせた。
「むう……」
立ち上がりかけたガラノッサはそのまま椅子に戻った。
「騙して、ごめんなさい。ガラノッサ候……」
「まぁまだ被害は出てないし、これからも出すつもりは無い。だからコイツは俺に預からせてくれ」
「……判った。お前がそう言うならコイツはお前に任せるよ」
「すまんな」
本当は元からあったバッフェ制圧のシナリオを流用して、セイミアは俺の能力を知りたいが為にこのバッフェ動乱を仕掛けてきた。
流石にそこまでガラノッサに言う訳にはいかないが。
「で、ここからは俺の描いた絵図だが、予定通りお前達にはクルトワを攻略してもらう。それに呼応して侵攻してくる帝国軍は俺が責任を持って引き受ける」
「だが帝国二軍団じゃ二万だぞ? どうやって退けるんだ? 何処にそんな兵力が?」
「これを見てくれ」
俺は魔道核を生成する。
「!」
「! お前、それは!?」
魔道核から徐々に体が生成され、一体のゴーレム兵が完成する。
「これが俺の力だ。コイツ千体で一万の軍勢を撃破する能力がある。帝国第六軍で実証済みだ」
「あ、あれは、これの……」
セイミアが絶句する。
「しかし、二千の兵をどうやって? これから作るのか?」
「心配要らん。既に部隊を搭載した魔道輸送船が国境付近に待機している」
「ん? なんだ、その魔道輸送船って?」
「ああ、説明してなかったか。丁度いい、二人とも俺の手を握ってくれ」
「?」
ガラノッサとセイミアが俺の手を握る。ワン子は俺の首に手を回す。
ちょっとセイミアがムッとした。
その状態で『転送』を発動させる。
「な!」
「ここは!?」
「ボーガベルが誇る空中魔導船、アジュナ・ボーガベルだ」
目の前に広がるパノラマを見て二人は驚愕の表情のままだ。
「空に浮かんでる……だと?」
「空飛ぶ……船?」
「同じような船を既にカスディアンとエドラキムの国境沿いに配置してある」
「あら、お客様? ようこそ、アジュナ・ボーガベルへ」
エルメリアがにっこりと微笑みながら言う。
「え、エルメリア女王!? ……様……」
流石にセイミアはすぐ判ったようだ。
「まぁ、貴方がセイミア様ね。お会いできて嬉しいわ」
「そ、そんな! 様だなんて! セイミアで良いです!」
「わかりましたわ、セイミアさん。そしてこちらがガラノッサ候ですね、どうぞ宜しく」
「は、はっ、こちらこそ、お会いできて光栄です、女王陛下」
ガラノッサは貴族の礼に則り片膝で跪いて手に口付けをする。
普段は貴族らしからぬが、こういう所はきちんとしているな。
「貴方のバッフェとボーガベルの統合のお話、ぜひお受けしたいと思います。でもそれには……」
「承知しております。先程ダイゴ候が仰られてたように、自分達でまず片を付けよという事ですね」
「期待しておりますよ」
「有り難きお言葉。万の勇気が湧く思いです」
「ウチの女王サマの方が忠誠の尽くし甲斐がありそうだろ?」
「そうだなぁ、だがまだ早いぞダイゴ」
「ああ、まずはしっかりと大掃除をしないとだからな」
古の大国に蔓延る腐敗と退廃、その象徴であり権化である女王とパハラ・モハラ議長派の貴族達を一掃する。
セイミアが好みそうな策に策を重ねるやり方も良いが、俺はどちらかと言うと力押しで罠すら食い破るガラノッサのやり方の方が好みだ。
帝国が発案し、それにセイミアが策を重ねた王国侵攻のシナリオはこちらでも有効に利用させてもらうが、カスディアンの地に土足で踏み入ることは許さない。
「さぁさ、皆さんお茶が入りましたわ」
エルメリアがそう言うと、ワン子がお茶を配って回る。
「しっかし、サショラが帝国の姫様だったとはねぇ」
茶杯を持ちながらアゴに反対側の手をあて、しげしげとセイミアを見つめるガラノッサ。
セイミアはぷいっとそっぽを向く。
「どうやって白状させたんだ?」
途端にセイミアの顔が赤くなる。
「ど、どうでもいいでしょ! そんなこと……」
そう言うと下を向いてしまった。
稀代の策略家もこうなると可愛らしい。
「まぁ、あんまり突いてやるなよ」
「ん~ん? 判った。突かんよ」
とニマニマ笑いながら茶を一飲みで飲み干した。
何が判ったんだか。
「帝国の迎撃にはメアリアとシェアリアを当てる。彼女等とゴーレム兵二千。攻城戦には俺も参加する、こっちにもそれなりの援軍は用意する。ボーガベル国境の閉鎖は、撤収した部隊二百で十分だ。どうだこれで? まだ不足か?」
「い、いや十分だ。しかし驚いたな。ダイゴ、お前一体……」
「ちょっとお節介が過ぎるお前の酒飲み友達……じゃ不満かね?」
「ははは! いいさ! 十分だ!」
ガラノッサは豪快に笑った。
「よし、じゃ俺はガラノッサを本陣まで送ってくる。セイミアはここでのんびりしててくれ」
一服終えた俺はセイミアに言った。
「え、あ、あの……」
「エルメリア、相手してやってくれ。丁重にな」
「畏まりました、いってらっしゃいませ」
「お、おま………」
エルメリアが俺に頭を下げるのを見たガラノッサが何か言おうとしたが、構わず転送する。
俺達はガラノッサ軍の本陣まで来た。
「はぁ~、お前には何から何まで驚かされっぱなしだぜ、あのエルメリア女王が頭を下げるとは」
「しっかりしてくれよ。これからが正念場だぜ」
「ああ、判ってる。またとない好機だ。逃す積もりはない」
「じゃあ取りあえず観戦させて貰うぞ」
「ああ、じっくり見ててくれや」
俺とガラノッサは拳を合わせ、ガラノッサは天幕に入って行く。
その時、クルトワ王城に居たハイブリッドのピーターから念話が来た。
『マスター、城からの呼び出しです』
『判った。すぐ行く』
恐らくガラノッサ軍の動きが議長側に伝わったのだろう。
大方俺の部隊だけをまずぶつけて様子を見るつもりか。
俺はすぐさま転送し、容姿を変えて王城へ向かった。
謁見の間には相変わらず偉そうな貴族の面々が並ぶ。しかし玉座の間に女王の姿は見えない。
『探知』で探ってみたが、今日は反応がない。
「ダイゴ・マキシマ、お呼びにより参内いたしました」
片膝をついて挨拶をする。
「随分と待たせてくれたな。田舎国家は時間ものんびりしすぎでないかね? いいんだぞ? 国境を閉鎖しても」
周囲で失笑が起こる。
俺は敢えて何も言わない。
「どうした? 何故返事をしないのかね? その口は何の為についてる」
「別に応える必要もないからです」
「誰がハイ以外の……何ぃ?」
予想外の反発の言葉に、パハラ議長は驚きの表情を浮かべる。
「正直、あなた方の同盟国を属国か何かと勘違いした言葉遊びには嫌気が差しました故、我が部隊はこれにて撤収させて頂きたく、お暇のご挨拶に参上した次第です」
俺は立ち上がって静かに言う。
「な、何を勝手な! ならば国境を閉鎖するがよろしいか!? ああん?」
「どうぞ、ご自由に。寧ろこちらから国境を閉鎖させて頂きます」
「むうう。田舎国家の一陪臣の分際で勝手な事を……古の盟約はどうなる! 反故にするつもりか!」
「それもご自由に。自分達は平気で無視しておきながら反故もへったくれもないでしょう」
「全く、調子に乗りおって! 衛兵!」
忽ち衛兵が二十人ほど出てきて俺を囲った。
「貴様を反逆罪で捕縛しても良いのだぞ? どうだ、今すぐ先の非礼を詫びて出陣するかね?」
パハラ議長の顔に少し余裕が戻ったようだ。
粘っこいニヤケ顔が浮かぶ。
「他国の将軍を反逆罪とは、どういう了見ですかな?」
「はぁ、まだ貴様には理解できていないようだから教えてやろう。ボーガベルなど所詮は我がバッフェにへばりついたダニだ。我が国が無ければすぐに干からびて死んでしまうような惰弱な存在なのだ。そのダニが宿主に物を申す事自体が間違い。その気になればすぐに潰される運命。それがボーガベルなのだ。そのダニをバッフェがどうしようと自由だろう。分かったか?」
「全く持って理解できませんな」
「ふう、これだけ言っても分からんとはやはり田舎者は知性すら持ち合わせていないという事か。まぁいい、貴様は牢獄に一生ぶち込んでおく」
「いえ、これでお暇させて頂きます」
「なっ!?」
「アンタの言ってることは勿論分かってるが、理解する気はこれっぽっちも無い。そして現状を認識出来ていないアンタ達にそれを一々説明してやるほど、俺も人間が出来ている訳でも無いのでね」
「ぬうう、捕らえ、いや構わん! 殺せ!!」
パハラ議長が怒鳴る。
兵士達が抜剣して迫る。
先頭の兵士の剣が俺に振り下ろされる。
だが。
首の所で剣は止まり、弾き飛ばされた。
「な!?」
兵士が驚愕の表情でこちらを見ている。
「一発目は敢えて打たせてやった」
一応防衛行動だからな。
続いて無詠唱、無魔法陣で魔法を発動させる。
「『頭脳衝撃』」
「ゴゲ!?」
「がぁ!?」
「ゲキッ!?」
抜剣した兵士全てが脳に衝撃を受け、その場で悶絶して倒れた。
全員泡を吹いて倒れている。
「な、なんだ!? どうしたんだ?」
一体何が起こったのか分からず、パハラ議長達貴族共は呆然としている。
「これでバッフェ王国はボーガベルに対して敵対行動を取りました。ボーガベルは相応の対応を取ります。では失礼」
そう言って俺は一礼すると、パハラ議長達を尻目に謁見の間を後にした。
『ピーター、撤収開始しろ』
『畏まりました、マスター』
遠くで怒声と無数の足音が響く。増援の兵士達が俺達に向かっているのだろう。
俺はすばやく転送でアジュナ・ボーガベルに戻った。
リビングで眷属達とセイミアがお茶を飲んでる所だ。
「お帰りなさいませ、ご主人様。首尾は如何でした?」
茶杯を手にエルメリアが尋ねた。
「ああ、ばっちりだ。あの議長の目を白黒させる様は愉快だったぞ」
「でもあのムカつく議長達もあそこで殲滅した方が良かったのでは~」
焼き菓子を頬張りながらメルシャが言った。
「それじゃガラノッサ達の頑張りが無駄になるだろ。あの連中はガラノッサ達によって裁かれないと」
「なるほど~、でも単にご主人様が面白くならないと思ったからでは~?」
「うーん、それは……あるかもな」
あそこまで人を虚仮にした連中だ。後は精々踊って貰おうか。
「ご主人様、ガラノッサ様の軍が進軍を開始しました」
ガラノッサの軍に貼り付けていた偵察疑似生物からの報告を受けたクフュラが告げた。
総勢二万の軍が隊列を成してデグデオを出発していく。
「よし、こっちも出撃だ。メアリア、シェアリア、準備は?」
「ああ、万事抜かりない」
「……問題ない」
二人をカスディアンの国境付近に、夜の内に移動して待機している魔導輸送船に送る。
既に国境付近に展開している帝国軍を偵察疑似生物が補足している。
「二人はここで部隊を展開して待機。帝国が国境を超えてきたら即迎撃してくれ」
「分かった。しかし、あの女良いのか?」
メアリアが言ってるのはセイミアの事だ。
「大丈夫だ。俺がよく手綱を握っておくから」
「それが心配なんだが……」
何の心配なのやら。
「ご主人様、アレ使っていい?」
「アレって?」
「……遊星爆撃」
「ああ、構わんぞ。派手にぶちかましてやれ。ただカスディアンの土地はなるべく荒らさないでくれな」
「……分かった。ありがとう」
シェアリアの目がギラギラと輝く。
多分帝国兵は骨も残らんな。
二人にキスをしてからアジュナ・ボーガベルに戻る。
「おかえりなさいませ」
エルメリア達眷属が笑顔で迎える。
「ああ、ただいま。さぁて、セイミアには暫く付き合ってもらうか」
「一体何をするつもりかしら」
一緒に茶を飲んでいたセイミアが聞いてきた。
「俺の力が見たいんだろ。たっぷり見せてやるよ」
「相手は帝国軍ね」
「そうだ。駄目かね?」
「いいえ、相手が王国だろうと帝国だろうと、貴方の力が見られるのなら全然構わないわ」
セイミアは屈託なく笑いながら首を振った。





