第二十九話 刺客
転送を発動すると松明が並ぶ街の外れに出た。
夕刻でも人の通りは多く賑わっている。昼でも人通りの寂しかった王都と対照的だ。
『叡智』で調べたカスディアンは人口約五万と州ながらボーガベル一国に匹敵する規模を持っていた。
「取りあえず宿と飯だな」
「畏まりました」
デグデオの宿もエドラキムとムルタブス神皇国と国境を接する街らしく金銀銅全ての宿が揃っている。
一応商人組合に登録してあるので俺達は『銀の石熊亭』に投宿し、そこで流行ってる酒場を教えてもらい向かった。
酒場に入ると中で陽気に飲んで騒いでる大勢の客達の視線が一瞬集中したがすぐに元に戻る。
俺とワン子は隅の席に座り、ワン子が酒とつまみを頼みに向かう。
店の雰囲気は戦争を目前に控えているというのに全くの暗さが無い。
対角の席の若者達を中心に盛り上がっている光景は元の世界でも似たようなのを見たなぁと思ってるとワン子が酒とつまみと飯を持ってきた。
つまみは干し肉に香辛料をまぶした物でビーフジャーキーに似ている。
飯は牛肉に似た何かの煮込みと豆を煮た物だ。
濃い味付けだが美味い。
あっという間に平らげる。
「こうやってワン子と二人で飯を食うのって久しぶりだな」
「一年……ぶりぐらいですか」
一年前、この世界に来てすぐにワン子と出会い、ほんの短い間だが二人だけで過ごした。
「あの時は話が続かなくて参ったよ」
「あ……申し訳ありません……その……」
「良いんだ、あれがあって今がある。それで十分だし」
「はいっ」
心なしかワン子も嬉しそうだ。
だが、それもつかの間、
「失礼、旅のお方で?」
初老の男が話しかけてきた。
町人風の格好をしてるが腕回りは太く、袖を捲くれば刀傷の何本かはありそうな雰囲気だ。
「ああ、ボーガベルからだ」
「左様ですか、いや獣人をお連れとは珍しいので」
そう言いながら男は俺達の隣のテーブルに座った。
「ここは随分、賑やかだな。きな臭いと聞いてたんだが」
俺はワン子の話は敢えてスルーした。
下卑た感を装ってはいるが眼がいやらしさを感じさせない。
ワン子は両手で酒を飲んでるが既に警戒態勢に入っている。
「ここの領主様の人柄でしょうな。あの方は貴族ですが全く貴族らしくない」
「へぇ……」
酒を飲みながら適当に相槌を打つ。
「ボーガベルからでは当然王都に寄られましたか?」
「ああ、なんか活気が無くてな。商いも今一だった。それでこっちに流れてきたんだ」
「王都の有様は今のバッフェそのものです。貴族の不正、女王の悪政、それらが蔓延って活気が失われています」
「おいおい、そんな事言って良いのかい」
古今東西多分この世界でも施政者と言うものは庶民の評が気になるもので、そこら中に密偵を放って評判を集めたり不穏分子を探ったりするものだ。
今の事態は当然俺がその密偵と思われているんだろう。あるいは……。
周囲の客達が俺に気付かれないように囲んできているが、探知によってその動きは丸わかりだ。
何気に澄ましてつまみを齧ってるワン子もすぐに隠し持ってる双短刀を引き抜ける体勢になっている。
「それは……」
男が何かを言おうとした瞬間
「やめときな」
向こうの方から声が掛かった。
絶妙に間を外す声が。
「し、しかし……この者は」
男が話す相手はさっきまで盛り上がってた席の中心にいた若い男だ。
齢はまだ三十前後いや、もしかしたら二十代か。
赤に近い茶髪を油でオールバックにしてるが後ろ髪も長い。
身長はゆうに百八十を超えてガタイも良い。
太い眉毛と頑丈そうな下あごが印象的だ。
俺はステータスで確認すると、
ガラノッサ・マルコビア 二十八歳
と出てきた。
いきなり本命の登場だ。
だが領主にしては随分と若い。
もっとも十六で立派な大人の仲間入りの世界だ。
二十代の領主様がいてもおかしくはないか。
俺だって中身は五十過ぎだが外見は二十代だし。
「どうだい旅の人、一緒に飲まないかい?」
そう言ってガラノッサは小酒樽と酒杯を見せた。
「ああ、構わんよ」
俺はワン子に目配せするとワン子は無言で隣の席に移り初老の男の前に座った。
「スマンね、酒を不味くするような事をさせて」
ガラノッサは俺と自分が持ってきた酒杯に酒を注いだ。
「別に、ただ世間話をしてたつもりだったんだがな」
「ああ、コイツは自分の仕事に忠実なんだ。勘弁してやってくれ」
見ると初老の男は下を向いて汗を垂らしている。
反対側のワン子は何食わぬ顔でつまみを齧っているが男が何か不穏な動きをした瞬間に斬り殺すようにプレッシャーを掛けているのだ。
「アイツも一角の傭兵なんだがそれを押さえつけるとはアンタの獣人チャンも相当だね」
「まぁね」
「じゃ、乾杯だ。ボーガベル王国に」
ガラノッサが酒盃を出した。
「カスディアンに」
俺が酒盃を当て、二人で一気に飲み干す。
「バッフェじゃなくカスディアンにか、嬉しいね」
屈託も無くガラノッサは笑った。
「俺が誰か知ってそうだな」
「ああ、つまらん腹の探りあいは無しだ。俺はガラノッサ・マルコビア。って言えばまぁ後は説明いらんだろ?」
「俺はダイゴ・マキシマ。ボーガベルのカイゼワラ州の領主で王国参与をやっている」
「へぇ、アンタも領主様だったのか。そんだけ若いと苦労も多いだろ?」
「そりゃそっちも同じだろ、現にキナ臭くなってるじゃないか」
「ははっ、違いない。そうか、アンタがボーガベルの例の部隊の指揮官か」
「例の部隊の例が何なのかは知らんけどね」
「千人の部隊で五千の帝国軍を壊滅させたそうじゃないか」
やはり帝国経由で情報が漏れているか。
「まぁ色々運が良かったんだよ」
「で、今度は俺たちが相手って事で敵情視察に来たと?」
「まぁそんなトコだな」
「随分図太いんだねアンタ」
「アンタも似たようなもんだろ」
「違いない」
そう言うやお互いニヤリと笑った。
その時に俺の中で何かが決まった気がした。
「で、もう女王たちには会ったんだろ?」
「女王には会えなかった。議長達だけだ」
「女王は滅多に人前には出てこんよ。もう良いお歳だし政ごとはみんな議長達に丸投げだ」
「みたいだな」
「駄目だったろ?」
ガラノッサが言っているのは女王と貴族達の事だろう。
「まあね」
「あれでは遅かれ早かれ国は駄目になる。まぁ帝国に飲まれるのがオチだろうがな」
「あれは最初っからああだったのか?」
「十年も前に今の女王とその兄君との間に王位継承を巡った内紛があったんだ。兄君は絵に描いたような暗愚でね。俺の親父や議長は女王側に付いて戦い、結果女王が即位したが、たった数年で女王も議長も兄君以上の暗愚に成り果ててしまった」
ありがちな話だ。
「だから事を起こしたのか」
「そうだ。このままでは遠からずバッフェは帝国に蹂躙される。女王達の浪費の所為で国庫は破綻寸前、税率はどんどん上がり地方農村は既に酷い有様だ。兵の士気も練度も低く、帝国に攻め入られればひとたまりもないだろうな」
「バッフェには有名な傭兵がいるだろうが」
「ああ、だが枢密院は金の掛かる傭兵局を解体して自分の手ごまにしようとした。それに反発して今はこちら側についている」
「でもどう決着を付けるんだ?替わりの王族でも囲っているのか?」
そう言われたガラノッサの目が一瞬険しくなったように見えた。
「……そんなのはとっくの昔に女王達に殺されちまってるよ。今王族と呼べるのは女王唯一人だ」
「は?それでどうやって王家を存続させるんだ」
「決まってる。議長の今十歳になる長子が婿入りするんだよ」
「はぁ、絵に描いたような話だな」
「で、決着の話なんだがアンタはボーガベルのエルメリア女王に話を通せられるかい?」
「ああ」
通すも何もエルメリアは俺の眷属だし。
そこでガラノッサはさっきまでの陽気な顔を一変させた。
「簡単に言えばエフォニア女王達を倒した後、俺はバッフェをボーガベルに併合させたいと思ってる」
「な!!!!!!!」
あまりの突拍子も無い提案に俺はおろかワン子も口を開けて固まってしまった。
「ちょ、ちょ待てよ。随分飛躍しすぎじゃないか」
国力や規模で言えば逆だろ、それ。
「いや、結局の所俺やバッフェの貴族の誰かが女王の後釜に納まっても行く行くは女王と同じ道を辿るだろう。その後の世代までになれば尚更だ。だがボーガベルの今の執政官制、あれなら上手くやっていけるんじゃないかと思ってな」
確かに地方行政から貴族を切り離した今のボーガベルの国家経営は順調に進んでいる。
だがそれは地方行政を預かる執政官が俺の産み出した擬似人間で不正や汚職に全く関与しないからだ。
もしガラノッサが自前で執政官制を導入しても結局は同じ事になるだろう。
だがコイツはそこまで判っているのだろうか。
「ウチのアレは執政官になれる人間が特別でね、他が真似しても上手くいかないぜ」
「分かってるさ、だからこそボーガベルと併合してその執政官をバッフェに回してもらいたいのさ」
分かってないだろうなぁ、なんせ執政官は人間じゃないから。
おそらく英才教育を受けた国に忠誠厚いエリートとかそんな認識だろう。
確かにウチのグルフェスみたいなのならそうなるだろうし、実際執政官はグルフェスのコピーだし。
「帝国に帰順するって考えは無いのか?」
「それも考えたが残念ながら帝国に差し出せるような物が何も無い。ボーガベルのような美人で若い姫がいる訳でもないしな。そうなれば帝国の代官が赴任して好き勝手やるだけだ。今と何も変わらんよ」
「お前、たった今知り合ったばかりの人間によくそんな大それた事言えるな?」
「帝国を殲滅したボーガベルの部隊を女王側が呼び寄せたって話は前々から知ってたからな。もしその部隊が来たら俺が王都まで行って直談判する積もりだったんだ。まさかそっちから出向いてくれるとは思わなかったんだが」
『転送』で来ましたとは今の時点では言えんな。
まぁ気付かれる事は無いだろうけど。
「じゃぁ逆にボーガベルの得はなんだ?」
「まずは国力が飛躍的に上がるだろう。穀物、鉱物、人員、優にボーガベルの十倍以上だ。今でこそガタガタだがコレを立て直せば帝国も迂闊に侵攻できない大国になれる。今のボーガベルなら不可能じゃないはずだ」
「うーん」
俺は考えるフリをしてエルメリアに念話で事のいきさつを説明した。
『ご主人様のお考えのままなさって下さいませ』
エルメリアの答えは簡潔だった。
「判った、女王には俺から話をつけておく」
「そうか、乗ってくれるか」
ガラノッサが破顔した。
何となく子供っぽいが良い顔だ。
「で、俺達は具体的に何をすれば良い?」
「何もしないでくれ、というか当然の話だが兵を動かさないで欲しいんだ」
「加勢しないでいいのか?」
「そうしてくれればありがたいが、そこは自分達でやらないとな」
「まぁそうだな」
「よし、話は決まった。それじゃ難しい話はここまでだ。とことん呑もう」
ガラノッサが右手を出し、俺はそれを握った。
「ああ、分かった。もういいぞワン子」
「畏まりました」
そう言った途端ワン子の前に座っていた男が机に突っ伏した。
それからは飲めや歌えの大騒ぎになった。
ワン子はひたすら店の給仕を手伝い、俺とガラノッサは肩を組んで歌を歌った。
日本のポップスは意味は通じなかったろうが異世界でも受けたのは嬉しかった。
やがて店が閉まり俺達はガラノッサの屋敷に向かっていた。
どうしても泊まって行けと聞かないので宿に話すと侯爵様のお誘いならと快諾してくれた。
「ああ、ここまで呑んだのも久しぶりだ」
「相当なもんだぞ。普段もどんだけ呑んでるんだ」
「しかし、ダイゴも強いな。全く酔ってる風に見えんぞ」
「まぁ体質だよ」
本当は状態異常無効スキルのお陰なんだが。
『ご主人様』
ワン子が念話を飛ばしてきた。探知が、周囲に追随してる複数の人影を捉えていた。
『わかっている』
「お前……いや、やっぱ狙われるよなぁ」
「ん? また来たか。全く無粋な連中だ」
「議長の息の掛かった輩か」
「それ以外とかは勘弁して欲しいな」
そう言った途端、総勢三十名もの男達が俺達を取り囲んだ。
「何処の誰かって聞いても、まぁ名乗らないんだろうな」
「……」
刺客達は剣を抜いた。
ガラノッサも腰の剣を抜く。
「すまんな、巻き込んじまって、護衛が皆酔いつぶれちまって」
ガラノッサが剣を構えながら申し訳なさそうに言った。
まぁ俺と挨拶代わりに飲み比べとかしたせいなんだが……。
「全然、構わんよ、なぁワン子」
「はい。ガラノッサ様、この場はお任せを」
ワン子は何も言わなくてもガラノッサの護衛に回る。
「いや、いくら何でも全部って訳にゃいかんだろ、ご主人を守ってやんなよ」
まぁそのご主人様は全く守る必要無いんだけどね。
そう言った途端刺客達が動いた。十人がワン子とガラノッサに突進する。
俺は対象外らしい。
こいつら見る目無いな。
ワン子は自分に向かってきた先頭の男に蹴りを見舞って吹き飛ばし、その反動でガラノッサに向かってきた連中に突っ込む。
既に双刀は引き抜かれ、瞬時に二人の喉を掻き斬り旋回してもう二人を斬り、残りの一人を斬り上げる。
その隙を突くかのように六人目が斬りかかるが左手の短剣を回りながら相手の剣に添うように突き出しそのまま首を切り裂く。
そのままそいつを引き倒し、しゃがんだ状態からの回し蹴りで二人を転倒させる。
すぐさま後続の二人を喉を掻き切り、反転しながら起き上がろうとした二人も仕留める。
あっという間に十人の死体が転がった。
刺客達の動揺が伝わって来た。
大方十人で十分だと思って舐めてたんだろう。
頭目らしき男が手を上げると、全員が広がって俺達を囲む格好になる。
だが狙いは全員ガラノッサに絞っているみたいだ。
ワン子の届かない範囲の奴がガラノッサを襲うつもりだろう。
ワン子が次に二人を斬ろうとしたその横を一人が抜けた。
「!」
だが、次の瞬間、踏み込んだガラノッサの剣が刺客の首を飛ばす。
「ほお」
俺は感心した。
刺客が振り下ろした剣を薙ぎ払いそのまま首を撥ねた。
膂力、腕前共に貴族の剣じゃない。実戦で鍛え上げられた剣だ。
「どうだ、心配いらんだろ?」
二人目を肩口から斬り下ろし、ガラノッサが笑う。
その瞬間ワン子の足が高々と上がり、頭目がガラノッサ目掛けて投げた短剣が弾き飛ばされる。
「おおっとすまねぇな」
ガラノッサがそう言う間にもワン子は全身をバネの様にしならせての不規則な動きをする。
刺客たちはその動きを捉えられず、次々と首筋を斬られ、頸椎を足蹴りで折られ、倒れていく。
二人の刺客が俺の方に向かってきた。
人質にでもするつもりかな。
一人が俺の服を掴んだ瞬間。
「『雷撃大王』」
眩い閃光に包まれた二人は体中から煙を吹いて倒れた。
やはり骸骨は見えなかったな。
ただ一人残った頭目は即座に逃げ出していた。
「聞きたい事がある。捕まえられるか?」
ガラノッサの問いに
「任せろ。『重力縛』」
途端に力場に圧し潰され、頭目はその場に崩れ落ちた。
「驚いたなあ。アンタ魔導士だったのか」
ガラノッサが手巾で拭った剣を鞘に納めながら聞いた。
「まぁな。それより」
「ああ、おい」
ピクリとも動けない刺客の頭目に近寄ったガラノッサが聞く。
「三年前の事件、知ってるだろ?お前関わってたか?」
「……」
「『自白』」
俺が魔法を発動させると頭目の様子が変わる。
「ゴギッ!? あれは…シュトバ達がやったと聞いていル…?」
「シュトバ? そいつはまだ生きてるのか!?」
「ゲギぃッ!? 王都の衛兵隊隊長ダ…あの件の功績で抜擢されタ?」
そこまで言って刺客の頭目は口から泡を吹き失神した。
「で、知りたいことは分かったのか?」
ワン子が手早く頭目を持っていた紐で拘束している。
まぁ多分目が覚めても再起不能だろうけど。
「ああ、礼を言うぜ。なおさらもてなさないとだな」
俺達は近くの茂みに刺客達を放り込んだ。
「朝になったら片付けに誰か寄こさせるよ」
ガラノッサは事も無げに言って歩き出した。





