第二十八話 バッフェ王国
「てっきりアジュナ・ボーガベルでクルトワまで行くのかと思ってましたわ」
侍女服姿のエルメリアが言った。
侍女らしく流れるような金髪は後で結ってまとめてある。
俺達は馬車に揺られて移動している。
飲み食い要らずの兵士達とはいえ、一応は糧食とか持って行かないと怪しまれるので荷馬車をかき集め、それで移動しているのだ。
俺達の乗っている八人乗りの大型馬車には簡単な仕組みながら板バネのサスペンションを付けてある。
パラスマヤの鍛冶師に技術指導し、試行錯誤の末完成した試作品を組み込んだ。
もっともその部分に予算をつぎ込んだせいでその他の部分に手が回らず、外見はパッとしない。
元の世界の王室専用馬車とかに比べると随分地味だ。
「今回は一部隊だからな。それにアジュナは勿論、カーペットも持って行けば献上しろだの最悪没収される可能性が高いし」
あの手の騒動はオラシャントで経験している。
今回は他国の道中なので途中何があるか分からない。
検問に停められ中がもぬけのカラでは不味いので、向こうに着いたら転送という手段は取らないことにした。
「しかし、カーペットに慣れると馬車は揺れるし遅いし不便ですね~」
くじ引きで俺の隣を引き当てた、同じく侍女姿のメルシャが言う。
こちらは髪を二つに分けて縛ってある。
いくらサスペンションを付けてあるとしても、流石に浮遊するカーペットと乗り心地は比べるべくもない。
「なんならアジュナにいてもいいんだぞ? 着いたら転送で戻すから」
「いえいえ~ご主人様と一緒に旅をするのが良いのですよ~、むふふ~」
すっと俺の腕に抱きついたメルシャが笑いながら言う。
確かに旅は楽しいものだ。
しかも今は可愛い眷属が一緒に居てくれる。
ふと昔家族で行った温泉ホテル、あそこに皆で行きたいななんて思った。
「…………」
「なんだシェアリア、ずーっと黙ってるが……」
「……ぎぼぢう゛ぁるい」
「うわ、お前! 待て! 停めろ!」
馬車はすぐ止まった。
それに合わせて全体の行軍も停止する。
「ほれ『回復』」
「……ありがとう」
すぐにシェアリアの青かった顔が元に戻る。
「やっぱ状態異常無効着けた方が良いんじゃないか?」
「……大丈夫」
「まだまだ改良の余地があるかぁ」
ダンパーとか開発の目処すら立ってない現状じゃエアサスとか夢のまた夢だな。
途中三つの街を経由して俺達一行はバッフェ王国王都クルトワに到着した。
「あれがクルトワか」
「ああ、子供の頃一度父上の用事に同行して来た事がある」
メアリアが自慢げに言う。
壮大な街並みが丘の上から一望できた。
これを見るとパラスマヤが何ともこじんまり見える。
例えれば近所のスーパーとショッピングモール。
「さてと」
クルトワ直前で一度部隊を止めた俺は自分の容姿を元の年齢の姿に戻した。
「ええええ!?」
メルシャが素っ頓狂な声を出す。
「ご、ご主人様がオ、オッサンに~!?」
微妙に傷つく言い回しだな、オイ。
「ああ、メルシャには見せたことが無かったか。俺の特技でこう言う事も出来るんだ」
「はああ~凄いですわ~、しかしなんでその姿に?」
「まぁ用心と舐められない為だな」
大体において若い奴が将軍なんて肩書きで行こう物なら、有力貴族の馬鹿ボンとか女王の男妾とかロクなイメージを持たれそうもない。
「メルシャ様、ご主人様のこの容貌もまた良いものだとは思いませんか?」
静かにワン子が言った。
「え、あ、いやまぁ~、渋いと言うか~味が有るというか~」
「はい、素敵だと思います」
クフュラが言うと
「ですよね」
そう相槌を打つワン子の声はなぜか力が入ってる風に聞こえる。
「う~ん、ワン子ってそっちの方も好みなのかぁ~」
メルシャがニマニマしながら言う。
「何の事です? ご主人様はどの様なお姿でも素晴らしいお方ですよ?」
「ん~、まぁそうなんだけどね~、力の入れどころがね~?」
そんな会話を脇で聞きつつ生成した擬似生物の馬に鞍をつけ乗った俺は部隊の先頭に立つ。
王都の正門の前に着くと衛兵がやってきた。
「どちらの部隊か?」
「我々はボーガベルより支援要請を受けて参った総勢二百余名です。場内入場の許可を戴きたい」
「しばし待たれよ」
そう言って衛兵は中に入る。
半アルワ程して、再び衛兵が出てきて
「部隊はそこの馬場にて待機するように」
パラスマヤにも馬を繋ぎ、馬車を停めておく馬場があったが、クルトワの馬場は優にその十倍の広さだ。
兵だけなら千人は優に駐屯できそうな広さを持っている。
「ほう、女王陛下に参内のご挨拶をと思ったのですが」
「待機するように」
にべも無い。
「……承知した」
俺はピーター達に指示をし城門脇の広場に部隊を整列させた。
「何か他国の支援に対する扱いじゃないですね」
クフュラが憮然と言う。
「俺のいた世界じゃ自分の方が大物と思ってる奴が良くやる手だよ。散々待たせてやっとお会いになりますとかな。まぁ王族とかの公式訪問じゃ無いし我慢だな」
「王族勢揃いしてるんですけどねぇ」
エルメリアがぼやく。
「まぁ皆はアジュナで待機しててくれよ。俺は一応隊長だから馬に乗ってるが」
「畏まりました」
一旦眷属をアジュナに転送し、俺は疑似生物の馬に乗って待つことにした。
待ってる時間は大量に放した偵察疑似生物を通して王城内の観察をする。
大国だけあって王都の広さもパラスマヤの十倍はあるだろう。
だが何となく活気が無い。西側の商店街も閉まっているのが大半で人通りもそれほど無い。俺が転移した頃のパラスマヤだってもっと活気があった。
奇妙なのは街のあちこちに自由の女神のような像が立っている事だ。
しかも北側はスラム同然になっており、南側の恐らくは貴族の館であろう建物が整然と並ぶ街並みとは対称に崩れた家やボロ布や木の板で木の枝で組んだ骨組みで覆ったような粗末な小屋が並び、裸、または裸同然のボロ布を纏ったやせ細った老人や子供達が何をするでもなく横たわっている。
想像以上の酷さに唖然としていると衛兵がやってきた。
「陛下への面会の許可が降りた故、代表の者一名のみ付いてくるように」
「分かった」
俺は馬を降りると苦々しい表情を浮かべる衛兵の後を歩いていく。
ここでも像がやたら立っている。
と言うか像だらけだ。
歩く事約三十分で宮殿に着いた。
歴史を感じさせる宮殿は壮麗で、これぞ宮殿ですと言う造りだ。
元の世界で言えばベルサイユ宮殿がイメージ的に近い。
バッフェの国力の大きさを伺わせる。
謁見の間にて跪いて待つように指示されその通りにしてると、やがて人々が入ってくる気配がし、壮年の男の声がした。
「遠路はるばるご苦労であった、ボーガベルの……ああ……何と言ったかな?」
見れば中央に体格の良い禿頭の中年親父、その両側にはいかにも貴族でございと言う服装の男たちが二十名ほど席についていた。
玉座には女王らしき人物の姿は無い。
だが『探知』には玉座の後方、布が天井から垂れ下がってるところの奥に人の反応を捉えていた。
微かに酒の匂いが漂ってくる。
こいつ等真昼間から酒を飲んでるのか。
「は、ボーガベル第一兵士団団長、ダイゴ・マキシマでございます」
元々第一兵士団はバルジエの部隊だったがシェアリアの魔法の餌食になって全滅した。
便宜上今回派遣した部隊は第一兵団と言うことにして俺はその指揮官と言うわけだ。
「ああ、そうそう、ダイゴ候ね。私はこの場を預かる、枢密院議長パハラ・モハラだ」
「は、パハラ議長、この度支援の話を……」
「ああダイゴ候、誰が余計な話をしろと言ったかね?」
「は?」
「全くボーガベルの田舎者は礼儀もよく知らんようだな」
あちこちでクスクスと笑い声が起こる。
「これは、大変……」
「だから誰が勝手に話して良いと言ったのかね! ふざけた真似をしてると国境を閉めるぞ!」
「いえ、決して……」
「だから勝手に話すなといっとろうが! 貴様は猿か! そんなに国境を閉めて欲しいのか!?」
パハラが声を荒げた。
「……」
「はぁ。全く。本来、貴様の様な田舎者がこの宮殿に足を踏み入れる事ですら異例なのだ。貴様は言われた事には『はい』とだけ答えれば良いのだ! わかったか!」
「はい」
「そうそう、それで良い。全く田舎者は躾からしなければならんとは。もう良い。下がって待機したまえ。指示は追って使いに出させる。国境を閉められたく無ければ大人しくしていることだ。分かったな」
「はい」
「ほら、いつまでも居るな。さっさと下がれ。儂らは忙しいんだ。しっ!」
パハラ議長は犬を追い払うかのように手を動かす。
俺は一礼すると侮蔑の笑いが響く謁見の間を後にした。
歩きながら謁見の間に残した偵察疑似生物のネズミの画像を呼び出す。
パハラ議長は後ろに垂れる幕の前に跪いていた。
「あれが件の部隊の隊長かえ。とてもその様な強者には見えなんだが」
幕の中から女性の声がした。
あの声の主がバッフェの女王エフォニアか。
ネズミを幕の向こうに潜り込ませるとお付きの女官に囲まれた胸元の開いた白い礼服を着た女が見えた。
年の頃三十半ばだが肌の張り、艶共に年齢を感じさせず、切れ長の目が狡猾な印象を与える。
女王は柔らかなクッション状の椅子で煙草を燻らせながら今の一部始終を聞いていた。
「は、私めも同じ意見でございます。そのあたりの事情は手の者に調べさせておりますゆえ……」
「いや、ボーガベルごときの兵など端から当てにはしておらぬ。要は彼奴等の目が向いておれば良いのだ。『あちら』の手筈は?」
「は、万事滞りなく」
「うむ、良しなに頼むぞ、パハラ」
「は、女王陛下に置かれましては万事憂う事無くお過ごしくだされ」
「うむ」
そう言うや女王は女官と共に下がっていった。
何だ? 女王は何の話をしていたんだ?
どうも俺達の存在は囮のようだ。
だとしたら本命は何だ。
調べてみる必要はあるな。
王城から宿営地に戻った俺達は天幕に入るとすぐさま転送でアジュナ・ボーガベルに移動した。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
眷属一同が出迎える。
だがなんとなく雰囲気がおかしい。
ピリピリとした空気が伝わってくる。
「ふいーっ」
構わずに俺が伸びをするとメルシャが俺の着けていた軽装鎧を脱がせながら
「しかし、なんですかあの貴族達は~偉そうに~」
と怒り出した。
感覚共有で宮殿での出来事を眷属全員が見ていた。
「……全くもって不快」
シェアリアが冷えた茶を持ってきながら言う。
確かに女王の脇に居並ぶ貴族達の俺たちに向けた言葉はとても同盟国の物とは思えない。完全に属国、いやそれ以下の扱いだ。
「まぁ大国の小国に対する扱いなんてあんなもんさ」
似たような事は元の世界でもよくあった。
若い頃にスナックでボーイのアルバイトをしていた時、散々質の悪い酔客に似た様な扱いを受けたものだ。
その後トラックの運転手になっても所謂上から目線でマウントを取りたがる奴は沢山いた。
まぁ平然としてられるのはその時の経験が活きているからあまり腹を立てないのか精神平衝のスキルのせいなのかは分からないが。
「だってあいつら単なる貴族ですよね~、それをえっらそうに二言目には国境を閉める国境を閉めるって~」
汗で湿気ったシャツを脱がせて、熱い蒸した拭布でメルシャが怒りながら俺の身体を拭っている。
「メルシャが怒るのも分かるが、一々気にしてたら商人やってけないぞ?」
「勿論私の商売なら幾らでも我慢できます~。でも私が許せないのはご主人様を侮辱する事なのです~」
眷属一同頷いている。
「メアリア様なんかバルクボーラで斬り込むって」
「場所が離れていたのが残念だ……」
「……魔法撃ち込みたかった」
「お前らここに置いてきて正解だったな……」
とは言え全く腹が立たないというわけではない。
むしろ耐え難い不快感が後頭部辺りを這いまわってる気分だ。
やっぱり支援になんか来るんじゃなかったと言う後悔の念。
俺の中でバッフェ王国に対する気持ちが急速に萎んでいくのが分かる。
そうなると俄然相手方に興味が出てくる。
ガラノッサ・マルコビア。
パラスマヤの商人組合でバッフェに出入りしている商人に話を聞いたが、「カスディアンの暴れん坊侯爵」と、どこぞの上様みたいなあだ名が付いている。
是非一度拝んでみたくなった。
「まぁメルシャ達の気持ちは十分有り難いし、俺もあんな事言う連中にはそれなりのお返しをしないと気がすまない性分だからな」
「ですよね~。はい、キレイサッパリ~」
拭き終わった仕上げとばかりにメルシャが俺の首筋にチュッと口を付ける。
「まぁ、下らない歓迎式典とかも無いし、駐屯地で待機ってのはこっちにしてみれば好都合だ。さし当って相手のマルコビア候ってのがどんな人物かも気になるんで、これからちょっとそいつの領地に行ってくるわ」
もしこいつもあの貴族共と同じならさっさと撤収して国境をこちらから閉めてしまおう。
後は野となれ山となれだ。
「あ、でしたら……」
「いんや、こればかりは俺とワン子だけで行く」
「うう、畏まりましたわ……」
エルメリアがうなだれる。
流石に敵地に物見遊山気分で眷属をぞろぞろつれて行く訳には行かないだろ。
「ご主人様、お支度が整いました」
既に商人体の服に着替えていたワン子が俺の着替えを持ってきた。
俺も何時も仕事着と外套に着替える。
「マルコビア候の領地カスディアンの州都デグデオにはもう擬似生物の鳥を送ってある。一気に『転送』で行くぞ」
「畏まりました」
「では、行ってくる。留守番を頼むぞ」
「お気をつけてぇ、よよよ」
これ見よがしに手巾を噛みながらエルメリアが手を振る。
いつの間にあんな仕草覚えたんだ?





