第二十七話 援軍要請
――バッフェ王国王都クルトワ。
人口約三十万のバッフェにおいて最大の人口約六万を擁する都市である。
エドラキム帝国の帝都カーンデリオ程ではないが大国に相応しい立派な街並みだ。
そんな街の外れに「モシャ商会」と言う小さな商会がある。
そのモシャ商会に旅装した商人の少女が入って行く。
「誰かいるの?」
それはセイミア・エドラキムだった。
今はバッフェの商人サショラ・シマホルと名前を変えている。
「これはこれはサショラ様、お久しぶりでございます」
店の奥から出てきた男がにこやかに言う。
「久しぶりねゴレロ。頼んでおいた調べはついた?」
「サショラ様のご満足いく位には揃ったかと」
モシャ商会の実体はエドラキムの諜報、工作拠点である。
管轄は第一軍、このゴレロと言う男以下、勤めてる老若男女は全て第一軍の軍人だ。
椅子に腰掛けたセイミアが
「流石ね、じゃあゆっくり聞くとして……」
と言ってる最中には茶杯に入った熱い茶が出てきた。
「あら、これは……見た事無い柄ね」
精緻な柄の入った茶杯は東大陸産では無いことを示している。
「最近、ボーガベルより買い付けた、オラシャントからの陶器でございます」
「ボーガベルから、オラシャント?」
突然ありえない国名が出てきた。オラシャントの名は勿論セイミアも知っている。
西大陸の貿易国でエドラキムにも年に数隻の船が出入りしている。
「左様でございます」
ゴレロがセイミアに試すような視線を送る。
セイミアの頭脳が唸りを上げて回り出す。
ボーガベルにオラシャントの船が寄港できる港は無い……。
カイゼワラと言う地方に入り江はあるが大型船の停泊できる深さでは無かった筈……。
それ以前にあの海域を渡る事が不可能……。
一体……。
「そして朗報でございます。これを買い付けた者がクフュラ様を確認しました」
「クフュラが!? 生きていてくれたのね!」
帝国皇学院時代の唯一の友人だったクフュラの無事を知り、セイミアの顔がほころんだ。
「はい、とてもお元気そうなご様子でオラシャントの商人と一緒に商品を卸していたそうです」
「え? クフュラが? 何でそんな事をしてるの?」
セイミアの中で商売をするクフュラというイメージは湧いてこなかった。
「残念ながらそこまでの確認は出来ませんでした」
うかつに話せば正体がボーガベル側に露見する恐れがある。
捕えられて奴隷姫に堕とされた線が濃厚だけど、それにしても商人の真似事とは……。
考えてみれば自分も今は商人の姿だ。
親友のことをとやかく言えた義理では無い。
「まぁ仕方ないわね。無事でいてくれたのが判っただけでも良いわ」
オラシャントの商人がいたと言うことは難破船の積荷が流れ着いた、あるいは『そう言う事にした』と言う線も無さそうだ。
「そして、これが件の魔導士と思しき人物に接触したガラフデの奴隷商人の証言でございます」
「っ! それを先に言ってよ!」
セイミアは差し出された羊皮紙の束を奪い取り、食い入るように読み出す。
それはワン子を連れていた女奴隷商人がバッフェの宿で他の商人と話をしているのを偶然聞いたゴレロ自身が、探し人がいるからと大枚を差し出し聞き出したものだ。
女商人は喜んで一部始終を話してくれた。
「雷魔法? そんな高度な魔法を瞬時に使った……黒眼黒髪の若い男……」
雷魔法は他の火、水、風と違い詠唱に長い時間を要する高度な魔法である。
扱える素質を持つ者も極めて少なく、現在のエドラキムですら一人も存在しない。
「間違いない……やっぱり実在したんだ……」
セイミアの全身が喜びで震えた。
「彼の者が連れている獣人奴隷の特徴も把握してあります。なんでも……」
「それはどうでも良いわ、どの道その男がボーガベルに組しているのは確かなんだから」
少し考えてセイミアは、
「ボーガベルに直接行こうと思ったけど、クフュラがいるんじゃちょっとやり難いわね。折角だから向こうに来て貰いましょう」
「と、申しますと件の計画を?」
「ええ、組み換えた上で前倒しで始めるわ。私は侯爵に話を付けて来るから、ゴレロは女王の方をお願い」
「セイミア様が行かれないので?」
「私、あの女王嫌いなの知ってるでしょ? とにかくすぐに侯爵に会ってくるわ。この報告は符丁文にしてお兄様に届けて。オラシャントの件もね」
「畏まりました」
さて、餌はバッフェ王国。お膳立ては総て整いつつありますわ。是非その神の如き力を私にお見せくださいましね、魔導士様。
そんな思いを胸に秘め、セイミアは店を後にした。
オラシャントの一件から季節は秋に変わり、俺がこの世界に転移して一年が経った。
秋は戦争の季節だが帝国側にも目立った動きは無い。
カナレに軍団が駐屯してるがこちらに侵攻する気配も皆無だ。
恐らくはこちらが侵攻した時の為の備えだろう。
弱小辺境国家ボーガベルも一目置かれるようになったか。
国内も戸籍の整備や税制改革が完了、またオラシャントとの貿易が始まり、経済もようやく上向きの兆しを見せ始めた。
穏やかな日々が……そう簡単には続いてくれそうも無く、いつもの様にエルメリア庭園で茶を飲んでいた俺達の元にグルフェスがやって来た。
「バッフェ王国から書状が届いた?」
「はい、要約すれば援軍の要請ですな」
グルフェスが仰々しい装飾の施された箱に入っていた羊皮紙の文面を読む。
「だってバッフェってエドラキムに次ぐ大国だろ? それが何で援軍なんか欲しがるんだ? しかもボーガベルに」
今の勢力図は北にエドラキム帝国、その東端にボーガベル、東南にバッフェ王国。
そして南西にはムルタブス神皇国他幾つかの国家となっている。
「かねてより叛乱の兆しがあったカスディアン候ガラノッサ・マルコビアなる者が領地にて大規模な叛乱軍の編成を整えており、近日中にも王都への侵攻を開始するとか。ダイゴ殿は古の盟約はご存知で?」
「ああ、前に聞いた事がある」
まだエドラキムが北の中規模国家だった頃に東南に位置する諸国家が対エドラキムを主目的として結んだ相互支援の盟約だ。
もっとも内容は所属国家がそれ以外の国からの侵略を受けた場合の支援の供出のみで、罰則等は無い、至極簡単なものだ。
だがボーガベルはエドラキムの侵攻の際にその古の盟約に則りバッフェに援軍を求めたが断られた。
「こちらも断っちまえばいいだろ。まだエドラキムとの戦争も終わってないし、よそに支援を出す余裕なんかないぞ」
ボーガベルの正規軍は未だに再編途中で今訓練しているのを含めてもやっと千人程度。
底を打ったとは言えまだ糧秣などに余剰を割く余裕は無い。
「ところが、先だってのシャプアでの戦いのことを知っているようで、その精兵を二百で良いから寄越して欲しいと」
「そいつは妙だな。なんでバッフェがあの戦いを知ってるんだ?」
「街にバッフェの手の者がいたか、あるいは……」
「裏でエドラキムが噛んでるかだな」
敵対してるとは言え、エドラキムとバッフェの間では交易は普通に行われている。
「そうなると益々行かない方が良い。カナレには一軍団が駐屯してるんだろ?」
「はい、恐らくは第七皇子レノクロマの第十軍、約三千ですね」
脇に座っていたクフュラが即座に答える。
クフュラは先日から部屋付き侍女から俺の専属秘書官に配置換えした。
色々考えた末、彼女の才とエドラキムに関する知識などを活かすにはこれが適材だと思ったからだ。
だが否応無く彼女の嫌いな戦争に加担させる事にもなるのでそれを彼女に聞くと、
「ご主人様のなさる事のお力になれない事の方が嫌です。是非やらせてください」
と真顔で言われたので決定した。
それに併せて、衣装も侍女服からブレザー風の服をオーダーして着せてある。
「私もそれが最善と思いますが、問題が一つ」
ブレザー姿のクフュラに見惚れていた俺にグルフェスが言った。
「ん?」
「もし支援無き場合は国境を閉鎖するとあります」
「国境を?」
「バッフェの何時ものやり口なのですが、国境を閉めれば交易商人の出入りが出来なくなります。そうなるとバッフェより食糧その他を買い付けている我が国としては……」
「要は経済封鎖を盾に言うことを聞かせようって訳か。大国ってのは何処も似たようなモンだな」
「まぁ~、今はオラシャントの航路が軌道に乗ってきたので正直国境を閉められても然程影響は無いとは思いますが~」
チュレア特製の焼き菓子を頬張りながらメルシャが言う。
オラシャント首都ハルメンデルを襲撃していた蛮族を撃退した俺は正式に条約を結び、メルシャを譲り受けた。
現在は五百トナン積載の定期輸送船が四隻行き交っている。
こちらからはゴーレムを使って掘り出した鉄や銅の鉱石が主な輸出品だ。
山脈は魔石をはじめ鉱物の宝庫なのだが今までは人手不足もあり細々と採掘されてきた。
パラスマヤ近隣の鉱山の街ドデルスを直轄地として整備し、大量の作業用ゴーレムと輸送用カーペットを投入して採掘量の飛躍的な増大に成功した。
精錬用の魔導高炉はいまだ建造中なのだが鉱石のままでも高値で売れるのでそのまま輸出している。
対してオラシャントからは西大陸各国より集められた小麦を初めとする穀類、衣類、香辛料、黒糖、そして陶磁器等を輸入、一部はバッフェ経由で大陸全土に流れている。
今ではバッフェの方に流れている物資の方が多いはずなのだが、そこまで把握してないのか、或いは途中で横流ししてる奴がいるのか。
「まぁバッフェと取り引きしてる商人もまだまだ多いからな。二百で良ければ派兵しよう」
「宜しいので?」
「二百ぐらいならすぐ作れるしな。戦力の影響は無いよ。俺としてはエドラキムが噛んでるかどうか確かめたい」
その気になれば一万ぐらい作れそうだが、はっきり言えば置き場が無い。
「そうですな。長年覇を競っている二国が手を組むなどあり得ないとは思いますが」
「ボーガベルが脅威になるならあり得なくも無いだろ」
敵の敵は味方ではないが流石にエドラキムとバッフェで二面から総力で来られたら国土に相当な被害を覚悟しなくてはならないだろう。
「では出立は何時になさいますか」
「ブルーヤまではアジュナ・ボーガベルで行くが余り早くても不味いだろうから五日後だな」
「ではブルーヤの執政官に伝えておきます」
クフュラがすぐに念話でブルーヤに駐在している擬似人間の執政官に伝える。
ただちに使者がバッフェへと向かうだろう。
「さて……」
と振り向くと眷属全員が手を挙げていた。
「えーっと、女王サマ? 何で手を挙げてるんですか?」
「え? だってバッフェに行くのでしょう? ああ、楽しみですわ」
「いやいやいや、この前の自国での防衛戦と違って今度は他国への派兵ですよ? そこへ国家元首がノコノコ出てっちゃ不味いでしょ」
「でもオラシャントのようにこれを機にバッフェの女王陛下とも御友誼を深められたらと」
「いやいやいや、向こうは内戦勃発前夜でとても友誼を深めるとかって雰囲気じゃないのよ? 自重しましょ?」
「では、女王としてではなくダイゴ将軍の御付きの侍女と言う事にしましょう」
「はああ? なんだよそのダイゴ将軍って?」
「あら、勿論ご主人様の肩書きですわ。特別遊撃兵団団長、ダイゴ・マキシマ将軍。まあ! 素敵ですわ!」
「なんじゃそりゃ、あと侍女ならワン子いるから」
「いえ、将軍と言う者は御付きを沢山抱えているものなのです」
そんな話初めて聞いた。
「説得力無いぞ、それ」
「とにかく私も同行いたします! 女王の決定です!」
と腕をバタバタさせる駄々っ娘女王。
「ダイゴ殿、留守はお任せください、陛下を良しなに」
グルフェスめ、助け舟だしやがって。
「ああもう、分かったよ」
「では、ラデンナーヤ!」
「は、ここに」
いつの間にかラデンナーヤが脇にいた。
この世界の侍従とか侍女は忍者の素養でもあるのだろうか。
「早速私達用の侍女服の用意を」
「畏まりました、では採寸致しますので皆様こちらへ」
こうして元々侍女服を着てるワン子と既に持っているクフュラ以外の四人が迎賓館に隣接する侍女詰所に行った。
「まぁ仕方ない、俺はサクサクとゴーレムを作ろう」
「でもご主人様、今度は他国に駐留する事になりますが、今の骸骨顔のゴーレムでは差し障りがあるのではないでしょうか?」
クフュラの言う事はもっともだ。
他国で活動するという事は他国の人間とも少なからず交流があると言う事だ。
戦場で顔が髑髏でもまぁ幻覚だの何だので済まされそうだが駐留するとなるとパニックの元になりかねない。
「そうだな、じゃあハイブリッドで行こう」
「はいぶりっど? ですか?」
俺は『創造』で「混合生成―ゴーレム―ホムンクルス」を作成した。
生成した魔導核から、いつものようにゴーレムが生成されていく。
「あ、顔が……」
そう、このゴーレムは顔の部分が疑似人間になっている。
イメージとしては昔映画であったロボット警官みたいな感じだ。
「よし、お前の名前はピーターにしよう」
「ありがとうございます、マスター」
ピーターは紳士的にお辞儀をする。
「あと百九十九体作るからお前が指揮しろ」
「畏まりました」
『叡智』から適当に百九十九人分の顔データを抜き出し、魔導核を生成する。
魔導核は次々とハイブリッドゴーレムになり、中庭の方に歩いて行く。
「ご主人様のゴーレム作成速度、最初の頃から比べると随分速くなりましたね」
ワン子がお茶を淹れながら言った。
最初の頃は一日で三十体造るのが精一杯だったが、今は百体を作成するのに五分と掛からない。
ゴーレムの構造や構成素材を見直したのとスキルに経験値のようなものがあるらしくそれが上がったせいだろう。
「まあアジュナとか輸送船とか色々デカいもんも作ってるからなぁ。慣れだろ慣れ」
そう言って茶杯のお茶を飲み干した。
五日後の深夜、俺と眷属達とハイブリッドゴーレム二百を乗せたアジュナ・ボーガベルはブルーヤの街外れにある専用の格納庫へ到着した。





