第二十六話 災害支援
「とにかく中に入ろう、メルシャ、何処に降りたらいい?」
「は、はい、王宮の庭園で…… あそこです」
「よし、ウイリアム、行ってくれ」
アジュナ・ボーガベルはメルシャの指さした王宮の中庭に着陸する。
タラップを下げるとすぐさま十人ばかりの白い帽子を被った兵士が抜刀して駆けて来た。
「下がれ! 第二十三王女メルシャである!」
「こ、これはメルシャ様! い、一体これは?」
「国王陛下にお目通りしたい! これは異国の客人だ! 無礼はならんぞ!」
「ははっ!」
兵士は跪き、掌を額に当てた。
これがここでの礼らしい。
メルシャを先頭に俺と眷属達、そしてケイドルら船員が続く。
アジュナ・ボーガベルはタラップを上げ少し高度を取って静止しているので侵入される恐れはない。
道中を見回せばけが人が溢れさながら戦場のようだ。
『ご主人様……』
エルメリアが念を送って来た。
彼女にとってはこの光景は耐え難い物だろう。
特に怪我をして道に横たわっている子供達を見ては何度も足を止めそうになっている。
『気持ちは分かるが後だ、まずは国王に会わないとな』
『畏まりました……』
苦い気持ちを抑え、俺達は王宮に入った。
城と言うよりは文字通り宮殿だ。
さらに進むと玉座に恰幅の良い男が座っている。
これが王様か。
なんとなく街で看板の絵になってるようなオッサンっぽい。
メルシャと同じく西洋と中東がミックスしたような服を着ている。
「父上、第二十三王女メルシャ、只今戻りました」
「おお、メルシャ、この様な状況で良く戻ってきてくれた。して、そちらの者たちは?」
「はい、東大陸のボーガベル王国の女王陛下エルメリア様とそのご一行でございます。彼の大陸にて大変お世話になりました。外の蛮族どもを撃退したのも彼等です」
「何と! あのクナボどもをか! それにしても女王陛下自らお越しとは……」
「お初にお目に掛かります、国王陛下。私はボーガベル王国の女王、エルメリア・ラ・ボーガベルと申します」
エルメリアが片膝立ちで挨拶をする。
「これはこれは女王陛下、オラシャント国王デルメティオ・ソミ・オラシャントであります」
国王はやはり跪き掌を額に当てて礼をした。
「して、陛下自ら如何な御用でこの国へ? 生憎と今は立て込んでおりまして、満足なおもてなしが出来るかどうか……」
「はい、メルシャ殿のおとりなしで貴国との間に条約を結びに参りました」
「じょう…… やくですか? それは一体いかなるもので?」
「貴国との間に定期航路を開設し、交易を行う取り決めを結ぶという事です」
「ふうむ、しかし東大陸は屈指の海の難所、しかも港があるのはエドラキムという帝国とムルタブスという東の神皇国、そしてガラフデ王国という半島の国のみと聞き及んでおりますが」
「ご心配なく、我々は空を飛ぶ船を所有しております」
「何と! 空を飛ぶ船!? そんなものが?」
「はい、今回私どもはそれに乗ってやって参りました。後ほど陛下にも是非ご乗船頂きたいかと」
「う、うむ、そうか…… 空飛ぶ船……」
「父上、王都のこの有様は一体……」
「うむ、大嵐よ、儂も今までこの様な大嵐には会った事がない」
つまり台風か。
「しかし、なぜクナボが市街にまで入り込んでいたのです。兵たちは一体……」
「それよ、大嵐の間に大門の閂が外れたらしく、嵐が過ぎるのと同時に襲われたのよ。兵舎も倒壊して死傷者が多数出た。そのせいで奴らの侵入を許してしまったのだ」
災害時の火事場泥棒か。どこでもやる奴はいるんだな。
しかし、あの頭目の話では手引きした奴がいるらしいが……。
「お待ちくだされ国王陛下!」
脇から声がした。
「なんだカゼホよ」
カゼホと呼ばれた長身の男がズカズカと入りメルシャと俺達を一瞥した。
こいつがメルシャが言ってたカゼホ大臣か。
「この国家危急の大事の時にこの様な不逞の輩を易々と王宮内に入れるとは何事ですか」
あ、これは面倒くさい奴だ。
話が良い方向に進んでる時に何だこれはって言って掻き回す奴だ。
「不逞とは失礼だぞ、カゼホ大臣! こちらは……」
「メルシャ様には尋ねておりません! 私は陛下とお話をしているのです」
「っ!」
「カゼホ、こちらは遥々東大陸のボーガベル王国からお越し頂いたエルメリア女王だ、失礼はいかんぞ」
「ふん、ボーガベル王国? 知りませんな。それが何用で?」
失礼はいかんぞと言われたそばからこの失礼。
「我が国との条約を結びたいと、交易の約束をしに来たのだ」
「条約? 必要ありませんな、我が国は現在彼の大嵐で大半の船が沈み、その様な国に割く余裕はありません」
「ああ、別に船を割り当てて貰う必要はありません」
俺が口を挟んだ。
「何だ貴様は?」
カゼホ大臣がジロリと俺を睨む。
「王国参与ダイゴ・マキシマと申します。我が国は空を飛ぶ船を所有しております故、その必要はございません」
「なぁ? 空を飛ぶ船だとぉ? そんなばかげた話を誰が信じるか!」
「では皆様にご覧入れましょう」
俺は小型のカーペットを一台呼び寄せた。
カーペットは音もなく入ってくる。
「これが船か? にしては随分小さいようだが? 大したものは乗せられんではないか」
驚きつつ皮肉を言うカゼホ大臣。
「これは移動用のカーペットと言う乗り物です、これでご案内しますのでどうぞお乗りください」
「ふん、このような怪しい物に乗れるか!」
そう言うカゼホを尻目に国王はさっさとカーペットに乗り込んだ。
「へ、陛下!?」
「ほほう、これは面白い。荷を運ぶのが目的だな?」
「左様で」
「お待ちください陛下!」
慌ててカゼホ大臣も乗り込む。
俺達の案内でアジュナ・ボーガベルを見た国王は驚きを隠せない。
広大な格納庫ではどれ位の荷物が積載できるかを聞いてきた。
どちらかと言うと船の装備より貨物の運搬能力に興味があるようだ。
カゼホ大臣も苦々しい表情は崩さないが、抜け目なく船内に目を走らせている。
「よろしければ市街の負傷者の救護や瓦礫の撤去のお手伝いをしたいのですが」
王宮に戻り国王が去った後俺はカゼホ大臣に言った。
市街地は大風の被害でかなり悲惨な状況だ。
倒壊した家屋も多く、あちこちで救援作業が続けられていた。
蛮族は俺達が退治したのでもう来る事は無いだろうが、この状況を見過ごす気にはなれなかった。
「ふん、何も他国の者の力を借りる必要は無い。わが国だけで出来ることだ。余計な口出しはしないで頂こう」
「カゼホ! ダイゴ殿は厚意で申してるのです。それを」
メルシャが咎めた。
「後々になって費用の請求などされてはたまりません、無償でよいのなら審議に懸ける故しばし待たれよ」
そういってカゼホ大臣は去って行った。
「ああ、これは審議も何もしないでずっと待たせておくつもりだな」
「でしょうね~。構いません、行きましょう」
メルシャが言った。
「そうだな」
俺達は市街に出た。
街はあちこちが崩れ死者やけが人が放置されている。
兵士達が救助にはあたっているがお世辞にも事足りてる様には見えない。
このままでは死者は益々増えていくだろう。
「けが人はカーペットでアジュナに搬送だ。炊き出しの準備もしておけ。ゴーレム兵は探知で生存者情報を送るから捜索活動と瓦礫撤去。掛かれ!」
俺の指示で眷属とゴーレム達が一斉に動く。
『エルメリア、『蘇生』第一位。魔法陣無しで蛮族共は除外な』
『畏まりました』
エルメリアが両手を広げる。
一瞬の淡い光の後、赤バンダナを巻いた蛮族と損壊の激しい者以外の死者が次々と息を吹き返す。
選別蘇生は『叡智』を使ってこそ出来る技だ。
大事にならないよう第一位にしたので完治はしていない。
迅速な救護が必要だ。
アジュナ・ボーガベルのある中庭周辺は俺やメアリア率いるゴーレム兵によって次々と負傷者が運び込まれ、野戦病院の如きだ。
エルメリアとシェアリアは治癒魔法を施し、ワン子、クフュラ、メルシャ、そして侍女達が見本も兼ねて持ってきた小麦や食料品を全て使った炊き出しの食事を配って回る。
その場で作成した岩ゴーレム達が瓦礫を掘り起こし、圧死したり、損壊の激しい死者に俺がこっそり『蘇生』を掛けて生き返らせていく。
「誰が勝手にこの様な行いをして良いと言ったのか!」
血相を変えたカゼホが兵士を引き連れアジュナ・ボーガベルにやって来た。
「すぐ作業を中止しろ! さもなくば!」
「儂が許可を出した」
振り返ると国王がメルシャと一緒に立っていた。
「困りますな国王陛下! 私に何の相談も無く勝手な真似を!」
「はて、国の危急存亡の時に何故儂がお前にお伺いを立てねばならんのだ?」
「くっ……、今回は仕方ありません。が! お前達! 次からは必ず私を通せ! いいな!」
カゼホは俺にそう捨て台詞を吐いて去って行った。
一応通した筈だったがなぁ。
「申し訳ありません国王陛下。わざわざお越し頂いて……」
こうなる事を予期したメルシャが事情を国王に話したところ、彼はわざわざ来てくれたのだ。
「いや、来たばかりの貴公らにこのような働きをさせて却って申し訳ない気持ちじゃ。だが非常にありがたい」
「そう言っていただければ励みになります」
「どれ、儂もせめて民を労う位はせんとな」
そう言って国王はけが人が並ぶ列に向かっていった。
「良い王様ですね」
クフュラが言った。
「そうだな、だが……」
「カゼホ大臣ですか……」
「ああ、多分仕掛けてくるな」
救助作業は夜まで続き、最後の負傷者を救助した所で作業は終了となり、俺達はアジュナ・ボーガベルに引き上げた。
深夜。
『マスター。お客様が来たようです』
ウイリアムからの念話が来た。
「っ、どうしましたの?」
上に乗っかってたエルメリアが尋ねる。
「ん? 予想通りお客さんだ。丁重にお出迎えせんとな」
俺が起き上がるとエルメリアがぱふんと倒れる。
ウェーブの掛かったシャンパンゴールドの髪が広がった。
「わざわざ接地してゲートを開けておいた甲斐がありましたわね」
「そういう事だ。ちょっと出迎えに行ってくるわ」
「良い所だったのに残念ですわ」
「続きはまた後でな」
そう言って名残惜しそうなエルメリアの唇を軽く塞いだ。
外に置いた疑似生物からの念画像ではかなりの数の兵士がこちらに向かっている様だ。
カゼホ大臣の姿もあった。
面倒が省けて実に良い。
開け放しにしておいた中央格納庫に大臣達が入ってくる。
「誰か!? 誰かおらんか!?」
カゼホ大臣が怒鳴る。
「これはカゼホ大臣、こんな夜更けに何用ですかな?」
「うむ、国王陛下の命でこの船を接収する! 貴殿らは速やかに下船されよ」
「はて、何故でしょうか?」
「国王陛下の命と言った! 貴殿らにそれを詮索する必要はない! 抵抗するなら実力で排除する! 直ちに下船せよ!」
「お断りします」
「ふう、愚かな奴だ。構わん、抵抗するものは殺せ」
随分物騒な奴だな。
俺は右手を出して魔法陣を展開した。
土魔法を表す紫の魔法陣だ。
「『重力縛』」
途端に格納庫にいる全員が床に崩れ落ちる。
「ぐ、ぐあ…… なんだ…… いったい……」
カゼホが呻く。
「悪いが朝までそうしててもらうよ、お休み」
「ま…… まて…… まってくれ……」
身動きが取れず呻くカゼホ達を置いて俺は格納庫を後にした。
エルメリアを待たせる訳にはいかんのだ。
翌朝、メルシャと共に俺は国王に謁見に向かった。
「おお、ダイゴ候! 昨日の貴公らの働き、まっこと感謝の念に堪えんぞ」
「ありがとうございます陛下。実は昨晩、我等が船に侵入者がありまして」
「何と! 何者が?」
「はい、カゼホ大臣です」
「何!? カゼホが!? 何故?」
「は、本人の談では陛下の命により船を接収に来たと」
「なんと! 儂はそんな事を一言も言っておらんぞ!」
「でしょうな。カゼホ大臣の独断と言う事でしょう」
「むうう、あのたわけ者が……」
「こちらで拘束してありますので引き取って頂きたいのですが」
「うむ、良かろう。儂が出向いて確かめる」
俺は用意したカーペットに国王を乗せてアジュナ・ボーガベルに向かった。
格納庫でカゼホ大臣や兵士は昨晩と同じ姿のままだった。
耐え切れず小便を漏らしている者も何人かいて、カゼホもその一人だ。
「カゼホ! なんだその醜態は!?」
「へ、陛下!? こ、これは違うのです!?」
「儂の命を騙ってこの船を接収しようとしたのだと?」
「し、知りません! 私はやってません!」
いや、この状態でここまであからさまに知りませんは無いだろうが、こう言う奴は動かぬ証拠を突きつけられてもしらを切るんだよなぁ。
『自白』
「コキィ!? そうです、アナタの名を使ってこの船を手に入れようとしましタ?」
「むうう、何故だ、何故そんな真似を」
「クケェ!? この船があればアンタを追い落として私が国王になれるからダ?」
「ぬ、ぬうう! この奸物がぁ! よくも抜け抜けと!」
「蛮族の侵入もあなたの手引きですね?」
「ポキィ!? そうダ。部下に大門の閂を外させタァ!?」」
「カゼホ! 貴様ぁ!」
「ち、ちがう! ちがうんでしゅ!! こ、これは! 何かの間違いでしゅ!!」
怒れる国王の背後に捕縛の為の兵士が揃ったところで俺は『重力縛』を解いた。
「がはぁあっ!」
大きく息をしたカゼホだったが直後兵士に拘束され連れていかれた。
「ダイゴ殿、愚臣が迷惑を掛けた。これこの通りじゃ」
国王が頭を下げた。
流石商人の王様だけあって理があれば目下の者に頭を下げるのも厭わないのだろう。
「頭をお上げください国王陛下、この程度の事で我が国が貴国と友誼を結ぶ気持ちにいささかの揺るぎもございません。全てはメルシャ殿の陛下を、そして国を思う気持ちの賜物です」
「そうか。ふふ、どうやら貴殿が真の王と見た儂の目に狂いはなかったようじゃな」
「え? そんな事思ってたんですか?」
なんかメルシャも同じ事言ってたよな。
「儂も商売眼で成り上がった男じゃからな」
「ええ? じゃカゼホの事説明してくださいよ」
「うむ、国王も人の子。間違える事はあるのじゃ!」
素が只の人の良いオッサンと言う感じでガッハッハと国王が豪快に笑い、この一件は終結した。
オラシャント自体の被害は決して軽いものではなかったが、大半の船を沖に逃がしていた事、王宮内の倉庫が殆ど被害を受けなかったことが幸いし、遠くない内に元の勢いを取り戻せるそうだ。
ボーガベル王国とオラシャント王国は修好通商条約を締結。
定期便の就航とオラシャント側に二隻の輸送船の貸与。
オラシャント、ボーガベル双方に領事館を置き、領事を常駐させる事。
その他細かな取り決めで合意した。
「メルシャ殿を献上されると? この私に?」
「うむ、本人の立っての希望もあってな。是非献上姫として受け取ってほしい」
「メルシャはそれでいいのかい? 国で大きな成果を上げるのが悲願だったのだろ?」
そしてその悲願は、二国の条約締結と言う形で成就した訳だ。
船を失ってもなお余りある成果をメルシャは得た。
オラシャントでの地位も名誉もグンと上がり、次期女王の目すら出て来た訳だ。
「良いんです~、悲願は達成できましたし、東大陸で商売すると言う新しい目標ができましたし~何よりダイゴ様にお仕えしたいと言うのが今の悲願なんです~」
「うむ、ダイゴ候、このメルシャ、四十人いる王女のなかでも一番のお転婆だが人を見る目だけは確かな子じゃ。何卒よしなに頼む」
「父上~お転婆だけは要りません~」
「分かりました、有難く頂戴いたします」
「……メルシャよ、流石儂の娘だけあって、素晴らしい主に巡り合えたようだな」
「はい~、父上」
「一生懸命………… 儲けるのだぞ」
なんじゃそりゃ。
感動が台無しだ。
「わかってます~いつかオラシャント丸ごと買い取りに来ますわ~」
「うははははは。楽しみにしておるぞ!」
「むふふふふ~」
ああ、分かった。
こいつら似た者親子だ。
絶対。
被災を免れた倉庫にあった様々な品を満載し、アジュナ・ボーガベルはパラスマヤへの帰途に着いた。
ケイドルは在ボーガベル領事として、サラナと船員たちはパラスマヤで新たに商会を興す為に同行。
結局帰りの道中も行きと同じ面子だ。
夜は祝賀会と言う名の壮絶な宴会になった。
飛び交う食い物、巻き上がる酒の嵐。
「わらひの歌をきけええっ! ボエエエエエエ!」
泥酔したメアリアの調子っ外れの歌が響く中、展望デッキにこっそり抜け出した俺とメルシャは月を見ていた。
「なぁメルシャ」
「なんでしょう~、ダイ…… いえ、ご主人様~」
「クフュラから聞いてると思うし、まぁ大体答えは分かってるんだが……」
「眷属の事でしょ~、勿論お願いします~」
「一応聞くけどいいのか?」
「クフュラもそうですけど、女王様始め皆さんとても幸せそうじゃないですか~」
「そっか」
「そうですよ~、ウチも是非入れてください~」
「分かったよ」
頭をくしゃっと撫でると
「むふふ~」
そう言ってメルシャは凭れ掛ってきた。
また一人俺の眷属が誕生した。





