第二十四話 アジュナ・ボーガベル
テーブルから身を乗り出さんばかりのメルシャに一同少し驚いたが、
「あ」
当のメルシャが自分の姿に気がついて縮こまった。
「す、すみません~、つい……」
「構いませんよ、確かにメルシャ様が考えてる物はあります。まだ就航前ですが、空を飛ぶ船が」
「空を飛ぶ船! 本当ですか……ダイゴ様、この国…いえ、貴方は一体……」
どうやらメルシャは魔導装置やカーペット、空飛ぶ船を主導してるのが俺だという事に気付いたようだ。
「我々がその船でメルシャ様達をオラシャントにお送りしますよ」
メルシャの問いには答えずに俺はそう言ってカップのお茶を飲み干す。
「それじゃ早速メルシャ姫様ご待望の物を見に行きますか」
「え、本当にいいんですか~?」
メルシャの眼が輝く。
「まぁまだ細かい仕上げが残ってはいますが、随分王宮が買った分を安くしてもらったお礼です」
「ダイゴ様……」
俺とメルシャと眷属一行はカーペットに乗り、パラスマヤ近郊の大森林にある隠し工廠に向かった。
隠し工廠とはご立派な名前だが、以前バルジエが潜伏していた場所が森の中且つゴーレムで拡張してそれなりの広さがあるのでそこに隠してあるだけだ。
建造と言っても新たに作ったスキル『魔導回路付きゴーレム作成』でほぼ全体の九割は一日で作成されるのだが、細かいものが作成できない俺自身の制約の為にその後の内装とかをボーガベルの大工職人等にやらせているので時間が掛かっている訳だ。
デザインは試しに眷属にコンペをさせてみたが、エルメリア、メアリア、ワン子は画伯級の絵心で脱落。
例を挙げればメアリアはただの長方形を描いてきた。
ただの長方形の上にまた小さい箱が乗ってるだけの絵面でこの上の箱は何だと聞いたら。
「城」
と答えられた。
結局絵が得意なクフュラとシェアリアの案を三人でまとめた姿になった。
二人にはこの後建造する予定の魔導『艦』のデザインも頼んでいる。
森を切り開いた道を抜けると白い船体が見えてきた。
「あれが……」
メルシャが絶句した。
全長百六十メルテ、最大全幅七十メルテ、全高六十メルテ。
全体のフォルムはイルカの様な滑らかな曲線で構成されている。
先端上部はボーガベルの紋章、下部にはメインブリッジ。
上方のデッキと下方の最大積載量五百トナン(約五百トン)、『カーペット』二十四台分積載可能な貨物室は直線的に構成され、後方には左右一基ずつエアインテイク状のジェットエンジンのような円筒が続く。
ちょっと見には宇宙船の様でも一応はゴーレムだ。
俺か眷属か疑似人間の命令のみを聞いて動く。
「これが、ボーガベルの誇る魔導船『アジュナ・ボーガベル』です。どうぞお乗りください、女王陛下並びに姫様方」
俺は恭しく礼をし、皆を船内に案内する。
メルシャは勿論シェアリア以外の眷属も船内に入るのは初めてだ。
SFチックな外観に反し、船内は隠し街道を拡張時に切り出した木材を豊富に使った古きよき客船の趣をしている。
これは造船をしたことの無いシェアリア達が『叡智』から元の世界の豪華客船の内装の資料を参照し図面にしたものを木工職人達に作らせた物で、その分手間が掛かっている。
この『アジュナ・ボーガベル』はお召し船として使用する予定で外装、内装も手の込んだものになった。
特に上部甲板上にある元の世界の船で言う所のブリッジの部分は王族専用スペースで、俺と眷属用の寝室や正真正銘の浴場等が相当入れ込んで造ってある。
責任者のシェアリア曰く、
「……今の迎賓館はもう手狭、新しいのが出来るまでの仮住まいも兼ねてる」
との事だった。
この船の完成後はもっと簡素化した文字通りの「輸送船」を量産する予定だ。
船首部分にあるブリッジに入るとダンディな男性が待ち受けていた。
「ようこそ、アジュナ・ボーガベルへ。私は船長を務めるウイリアムと申します」
そう言って礼をする彼は勿論疑似人間だ。船のコントロールは彼一人で行う。ちなみに外観はアメリカの古典SFドラマの宇宙船の船長をモチーフにした。
「ウイリアム、飛ばしてみたいが大丈夫か?」
俺が聞くと、
「先程シェアリア様から荷重試験のデータを受け取りましたので問題ありません」
「よし、じゃぁエルメリア、教えたとおりに」
「畏まりましたわ」
そう言って一瞬眼を瞑ったエルメリアが公務時の威厳のある女王の顔に変わる。
右手を開いた状態で前へ突き出し、
「魔導船アジュナ・ボーガベル、発進せよ!」
うおおー、決まった! 俺は心の中で随喜の涙を流した。
これほどこのポーズと台詞が決まる女がいるだろうか。
そんな俺の密かな感動を他所にアジュナ・ボーガベルは音も無く上昇する。
「うっわー」
メルシャとクフュラから出てくる声は同じだった。シェアリアは何度か試験で飛ばしてるので普通だ。エルメリアは「まぁ、素晴らしい景色ですわ」と景色に感動し、ワン子はそのパノラマに少し口が開いている。
「あひゃあ! た、高い!」
膝を突いて悲鳴を上げたのはやっぱりメアリアだった。
「なんだメアリア高所恐怖症か?」
カーペットの時は騒がなかったのだが余り高いのは駄目なのか。
「な、なんだそれは、そ、そんな事は無いぞ、けけけ、決して怖いなんて……」
いや怖がってるだろ。
「でもなぁこれからこれに乗ってもらう事も増えてくるだろうし、慣れてもらわないとだぞ」
「も、勿論大丈夫だ!」
ぐっと胸を張ったがその胸から何からがブルブル震えている。
仕方ないので手を差し出したらしっかと抱きつかれ、それを見たエルメリアが、
「私も……」
と言いながら同じように抱きつこうとしたので、
『メルシャがいるから止めとけ』
と念話で制止した。
『あうう、ずるいですわ』
そんな恨み節の念が返ってきたが無視だ。
まぁメアリアには徐々に慣れるよう頑張ってもらおう。
その後は山脈に沿って海に出、なるべく人目につかないルートを一回りして元の隠し工廠に戻った。
シェアリアによると、通常は夜間に試験飛行をしているらしい。
「どうだウイリアム」
「全く問題ありません。何時でも就航できます」
「よし、明後日に就航だ。目的地はオラシャント王国」
「え!?」
メルシャが声を上げた。
「メルシャ様達を送り届けるついでに親善使節として訪問したい。よろしいでしょうか」
「え、ええ、喜んで……」
なんか戸惑ったようなメルシャらしからぬ返事だ。
「ん、何か問題でも」
「い、いや、あんまり早く帰れるんで驚いただけです」
明らかに何か動揺してる。
「ん~、そうですか。船員たちにも知らせて帰国の準備をさせておいてくださいね」
「……分かりました」
メルシャの表情には明らかに戸惑いが見て取れた。
「はああああああ」
深い深いため息を吐きながらメルシャはベッドに倒れこんだ。
「どうされたので?」
お付きのサラナがメルシャが脱ぎ散らかした礼装をまとめながら聞いた。
「予定より早すぎるわ~、明後日に出発して明々後日にはオラシャントなんて~」
「その魔導船……ですか? 確かにその様な素晴らしい船があればオラシャントの将来に大きな利を産み出す事になりますね」
「そうなんや~、ウチとしてはぜひ一隻でも良いから譲って欲しいんだけど。そうすればあの分からず屋の大臣共を黙らせられるのに……」
「でも荷物は殆ど売れましたし、問題は無いのでは?」
「サラナ、ウチは新航路を見つけるくらいはするって言うて許可をもらったんよ~。それがただ荷物売りましただけじゃ大臣達は納得しないわ~」
今の航路は東の荒れた海域を大きく迂回する為日数が掛かりすぎる。
当然食料、真水も余分に積まなければならない。
水魔法の使い手の魔導士を乗せる手もあるが、あまり効率は良くない。
メルシャは初の航海にあたって東大陸北東の荒れた海域を横断するルートを取った。
だがそれは自殺行為に等しい物であるが、もし航路を開拓できれば東大陸への日数は大幅に短縮できる。
「まぁ~、このままここで商売するのも悪くなかったんだけどな~」
「ダイゴ候ですね」
サラナがズバリと言う。
「はぁ~、サラナには敵わないわ~」
メルシャが枕に顔をうずめた。
「まぁ、姫様のお話しぶりでは相当なお方みたいですし、姫様の人を見る目は確かですからねえ」
「はああああ~、どうしよう~」
「なるようにしかなりませんよ。今まで通りご自身の思う通りに進まれるのが一番です」
「そうかな~」
「そうですよ。では姫様おやすみなさいませ」
サラナは一礼すると自分の部屋に戻っていった。
扉を開けるとそこには船長のケイドルが待っていた。
彼ら船員はパラスマヤでも銀等級の宿住まいだったが、船長の彼だけは連絡の為に迎賓館への短時間の立ち入りを許されている。
「姫様の様子は?」
「今日ボーガベルの空飛ぶ船を見てきたそうよ」
「空飛ぶ船? あのカーペットとかいうのよりでかいのか!?」
「ええ。こんな荒れ狂った海を命がけで渡らず、安全且つ大量に荷物も人も運べるそうよ」
「おいおい、それがあれば……」
「ええ、姫様もここで荷を売った代金全て支払うので一隻譲って欲しいってダイゴ候に頼んだみたいだけど断られたそうよ」
「まぁ当然だろうなぁ」
「姫様のお気持ちは痛いほど判るわ。あれだけカゼホ大臣達の反対を押し切って出てきた以上単に荷を売りさばく以上の成果を見せなければならない。新航路を開拓する積もりだったけどあの有様だったから」
「うむ、予想以上だったからな。あの海は」
「その船で明後日には私達をオラシャントまで送ってくれるそうよ」
「なんだって! そりゃすげぇな。あ、でもそうしたら」
「そう、姫様の航海は何の成果もなく終わるってことよ、ボーガベルの空飛ぶ船はあくまでボーガベルの物。姫様が乗って来たところで姫様の功績とは認められないでしょうね」
「それじゃカゼホ大臣達相手にあれだけ派手にやらかしたのが全く無駄になっちまうじゃないか」
「なんとかならないかしら」
「…………よし、じゃぁその船を奪うとするか」
「え! ちょっと止めてよ! それで姫様の身に危険が及んだらどうするのよ!」
「なに、姫様は関係ない。俺たちが勝手にやったって事にすれば良い」
「第一空飛ぶ船なんてどうやって奪うっての」
「空を飛ぼうが所詮船は船だ。動かせる奴を脅して奪えば良い」
「そんな……それだけは止めて。姫様が悲しむわ……」
「だがこのまま国に帰ったらそれこそ姫様が肩身の狭い思いをするだろ。俺達は姫様に大恩のある身の奴ばかりだ。姫様には行く行くはオラシャントの女王になって欲しい。そのためなら……」
元々ケイドルとサラナはオラシャント近海を荒らし回る海賊だった。
ケイドルとその持ち船、今はカイゼワラで座礁した船は堅牢な造りで暴風の中でも自在に進めるのが自慢だった。
それがオラシャントや周辺諸国の一斉摘発で捕縛され死罪になる所をメルシャに助けられた。
無暗に殺生をしなかったこともあったが、ケイドル達の面構えをメルシャがいたく気に入ったのが一番の理由だった。
『ウチの夢を実現させるにはアンタ達みたいな面構えの船員が必要なの』
真顔で語るメルシャにケイドルもサラナも部下達も惚れた。
だがボーガベル付近の海域はそんな彼らをも阻んだ。
あの局面で岩礁を乗り越えられたのはケイドルの必死の操船と船の堅牢性が起こした奇跡だった。
だが結果的にメルシャの航海は失敗した。
これで帰国してもカゼホ大臣たちにそら見た事かと嘲笑われるのがオチだ。
国王にも見離され、二度と大海原に出ることも出来なくなるだろう。
「……分かったわ。でも姫様は絶対巻き込まないで」
「ああ、任せておけ。ただその船が何処にあるかだけ知りたい。出来れば船の構造もだ」
「それは私が姫様にさりげなく聞いてみるわ」
「頼むぜ」
そう言ってケイドルはサラナの唇を吸って部屋を出て行った。
海賊稼業の頃から夫婦同然の二人だが、今は逢瀬を楽しむ時間も余裕も無い。
「はぁ……」
一人になってサラナは深いため息をついた。
航海の成功はオラシャントの姫であるメルシャの悲願だ。
だがその為に自分たちを助けてくれたボーガベルの人々に砂を掛けるような真似をして良いのだろうか。
何よりダイゴ候に想いを寄せる彼女がそれを喜ぶだろうか……。
サラナの心は痛んだ。
翌日の晩
隠し街道をひた走るケイドル達の姿があった。
「驚いたな、こんな道があるなんて」
ダイゴのゴーレムによって再整備された隠し街道は道幅も拡幅されている。
「これなら道に迷う事はありませんぜ」
部下が言う。
丁度良い具合に今日は満月だ。
「ああ、明日出航ならもう準備は出来ているはずだ」
出航してから奪う手もあったがケイドルもダイゴに恩義は感じている。
一同を巻き込まない為には今強奪するのが最善と考えた。
やがて魔導回路の明かりに照らされたアジュナ・ボーガベルが見えて来た。
「いいか、誰も殺すなよ。殺してしまったらそれだけで姫様はお終いだ」
「分かってますって」
ケイドル達はアジュナ・ボーガベルのタラップを上がって行く。
「はぁ~凄いなこいつは」
「どういう仕組みかさっぱり分からん」
感心する部下を手で制し、
「姫の話では操舵室はこの先だ」
場所と大まかな構造は朝一番でサラナにメルシャから詳しく聞き出させた。
そしてブリッジの扉を開ける。
中央の椅子にウイリアムが座っていた。
「おや、この様な夜更けにお客様とは。どの様なご用件で?」
「すまんがこの船を頂きたい。手荒な真似はしたくないんで大人しく協力してくれないか」
「なるほど、しかし申し訳ありませんがその申し出はお受けできかねます」
そうウイリアムが言った途端、部屋にゴーレム兵がなだれ込んできた。
「!」
慌ててケイドル達は短剣を構える。
だがゴーレム兵は何をする訳でも無く次々と入って来る。
やがて部屋はゴーレム兵で寿司詰め状態になった。
まるで朝のラッシュアワーの電車の様だ。
「ぐ、ぐお、う、動けん……」
ブリッジの中で完全にケイドル達は身動きが取れない。
「申し訳ありませんが朝までこうして頂きます。おやすみなさいませ」
どこかでウイリアムの声が響き、灯りが消えた。
『マスター、アジュナ・ボーガベルに侵入した不審者を拘束しました』
ウイリアムから念話が来た。
『ご苦労、朝一番でカーペットに乗せて王城に送ってくれ』
『畏まりました』
「? ……どうしました?」
上のクフュラが尋ねた。
「ああ、アジュナに侵入者だが拘束したそうだ」
「え? それって……」
「まぁ、メルシャの船の船員達だろうな」
「そ、それじゃ……」
「ああ、だがメルシャが関わってるかどうかは明日だな」
「あ、あの……」
「分かってるよ。せっかく仲良くなったんだ。手荒な真似はしないさ」
「あ、ありがとうございます、ご主人様」
「折角のパイプだしな」
そう言って俺はクフュラの髪を撫でた。
勿論、それだけじゃないんだが……。





