第二十一話 戴冠式
エドラキム帝国第六軍の侵攻を退けて、季節は春になった。
前国王の喪が明けるのを待って、新女王エルメリア・ラ・ボーガベルの戴冠式が王都パラスマヤで盛大に行われた。
盛大とは言っても貧乏国家のボーガベルだけあって派手派手しくやれないので、市内の行進と戴冠式のみだ。
本来は近隣各国の王や諸侯を招いてやるらしいが、エドラキムとは交戦状態、バッフェ以下諸国はそれに配慮してか祝辞のみになった。
戴冠式は本来前国王もしくは王妃が王冠と王杖を手渡しするのが慣例だが、国王以下主だった王族は戦死してしまったので代理としてグルフェス宰相が執り行った。
「汝、エルメリア・ラ・ファルファ・ボーガベルはこれよりファルファの家名を捨て、エルメリア・ラ・ボーガベルとしてボーガベルの長と成りこれを司る者也」
そう言ってグルフェスが跪くエルメリアの頭に新調したティアラを乗せ、王杖を渡す。
エルメリアが両手で王杖を受け取り、作法に則って回し、最後に目の前でトンと突いて立ち上がる。
ボーガベル王国女王エルメリアの誕生だ。
続いて市街を一周するパレードが行われる。
ゴーレム兵と近衛騎士団の勇壮な行進の後に四頭立て馬車に乗ったエルメリア、メアリア、シェアリア達の姿に人々は祝福の歓声を送っていた。
「エルメリア女王様に栄光を!」
「ボーガベル王国に栄光を!」
市民の歓声がこだまする。
終点の王城正門で見張り台に立ったエルメリアが、集まった多くの市民の前で良く通る声で女王即位の挨拶を述べる。
「皆さん、新たに女王に即位したエルメリア・ラ・ボーガベルです。この数ヶ月、我がボーガベルは最大の国難を迎え危急存亡の瀬戸際にありました。しかし、近衛騎士団長メアリア、宮廷筆頭魔導士シェアリアを始めとして多くの者達の力でこの国難を乗り越えてきました。しかし、未だに危機は去っておりません。父王陛下や王弟殿下達を酷たらしく死に至らしめた卑劣な帝国は未だに我が国を虎視眈々と狙っています」
会場が静まり返り、中には啜り泣きも聞こえてくる。
「私はここに父王陛下を始め、国を守るために命を捧げた多くの人々に誓います。卑劣な帝国を打ち破り、ボーガベルの地に平和と安寧をもたらすことを」
歓声が湧き上がり、止むのを待ってエルメリアが続ける。
「皆さん、今の日々が苦しいことは女王として心苦しく思っております。しかし! この国難を乗り切るためには皆さんの力が必要です! どうぞ私に国民の皆さんのお力をお貸し下さい!」
そう言って頭を下げた。
脇にいたメアリア、シェアリアも一緒に頭を下げる。
王族、しかも女王自ら平民に頭を下げるという前代未聞の行為。
だがそれは大歓声をもって受け入れられた。
巻き起こるエルメリアコール。
「うーん、流石エルメリア」
市民に紛れてワン子とクフュラと一緒に演説を聴いていた俺はひたすら感心した。
演説自体はありがちな内容でも語る人間によってこうも説得力を持つのか。
これがカリスマ性って奴なんだろうなぁ。
「ご主人様、どうしてここで聞こうと思ったのです?」
クフュラが聞いてきた。
二人はいつもの侍女服ではなく普通の麻の上下を着ている。
「脇で聞くよりこういう所で聞いた方が盛り上がれると思ってさ」
「はぁ」
「それに街では祭りをやるって聞いたから見てみたくて」
ちなみに俺は街での定番、オッサン姿だ。
この姿を初めて見たクフュラは当初たいそう驚いていたが、
「お祭りですか。それは私も見たいです」
「だろ、折角だから三人で楽しもうかと」
「ああ、嬉しいです、大好き。おじさま」
うっはー! 死ぬわー! 死んでまうわー!
思わず、
「おじさんはね。おじさんはね」
とか言いそうになっちまうわー!
それを聞いたワン子が何故か同志を見る目でクフュラを見てるのが謎だ。
「あ、おじさん、また会ったねぇ」
見ると茶店で焼き菓子を売っているチュレアだ。
今日も籠いっぱいの焼き菓子が入っている。
「ああ、久しぶりだね。今日もお仕事かい?」
「ううん、女王様にお菓子を食べて欲しくて作って来たんだけどぉ、これじゃ無理だよぅ」
「どれ、おじさんに売ってくれないか」
「いいけどぉ、一個ずつだけだよぅ。あれぇ? お姉さんが増えてるよぉ」
……増えてるとか言わんでくれ。
「こんにちは。私はクフュラ。あなたは?」
「私ぃチュレア。はい」
そう言ってチュレアは俺達に焼き菓子を渡す。
「まぁ、甘くて香ばしくて美味しい」
クフュラが一口齧って言った。
「だろ? このサクサク具合が良いんだ」
「でも女王様には渡せそうもないよぉ」
そう言ってチュレアは群衆の彼方で演説を終え手を振ってるエルメリアを見てため息をついた。
「よし、おじさんがその望みを叶えてあげよう」
「え? でもいいよぉ、もう女王様お城に入っちゃうし……」
「任せておけって」
俺はエルメリアに念を送って指示を出す。
晩さん会にはまだしばらく時間がある。
すぐにエルメリアから、
『まぁ、楽しそう。すぐ支度いたしますわ』
と念が返ってきた。
俺達は前と同じ茶店で茶を飲んで休むことにした。
広場は祭りだけあって様々な出店や大道芸などをやっている。
クフュラもワン子も祭りは初めてらしく、チュレアと三人で大道芸を見物している。
「お待たせしましたわ」
聞きなれた声がして振り返ると庭園弄りの農民服に帽子を被ったエルメリア達がいた。
これでサングラスでも掛ければ芸能人だがさすがにこの時分に女王がここにいるとは誰も思わないだろう。
「良く分かったな。誰かに連れてきてもらったのか?」
「ええ、ルファに案内してもらいました」
「ルファは?」
「先に帰りましたが」
「なんだ。一緒に居れば良かったのに」
「いえ、ルファには私達が部屋で休んでいる証人になって貰わないとなので」
要はアリバイ作りか。
「でも私、お祭りの城下を見るのは初めてですの。とても楽しいですわ」
「私達は昔学院生の時に一度だけ見たんだ。久しぶりだな」
「……あの時は彼女を連れていけなくて残念」
そう言ってシェアリアはエルメリアを指さした。
「そうでしたわね。それでその子は?」
「あ、そうだった」
俺はワン子達に念を送る。
二人がチュレアを連れて戻って来た。
「おじさん、お猿さんの芸面白かったよぉ、あれぇ? またお姉さんがいっぱい増えてるよぉ?」
……だから増えてる言うなって。
「こんにちは、チュレアさん」
「え? ま、まさかエル……」
「しーっ、その名前をここで言ってはいけませんよ」
エルメリアがチュレアの唇に指を当てるとチュレアはコクコクと頷いた。
「でもぉ、どうして?」
「このおじさんは私の友人なのです。あなたの美味しいお菓子を頂けると聞いてね」
「え? でもぉ? どうして?」
「まぁいいじゃないか。さあ、渡してごらん」
「え、あ、うん、どうぞぉ」
チュレアが焼き菓子の入った籠を渡す。
「ありがとうチュレアさん。今頂いてもいいかしら」
「ど、どうぞ」
緊張してかいつもの間延びした口調が消えている。
エルメリアが焼き菓子を静々と口にする。
メアリアとシェアリアも一緒に、こちらは普通に口にする。
「本当、とても美味しいですわ」
「うん、美味いな」
「……とても美味」
「本当ですか? 良かったぁ」
「そうだ、これ今日の晩さん会にお出ししても良いかしら」
「え? そ、そんな、こんなの出したらだめですよぉ」
慌てるチュレアに、
「大丈夫、晩さん会の菓子に相応しいぞ」
俺は太鼓判を押した。
「おじさん、ありがとぉ」
チュレアが笑って言った。
こうして俺達は夕方までチュレアと一緒に祭りを楽しんだ。
王宮では本来行われる三日三晩続く祝いの宴も省略され、新女王と家臣一同での慎ましやかな晩餐で締められた。
メニューは生野菜のサラダ、コンソメスープ、そしてラッサ鳥の丸焼き。黒パン、そしてデザートがチュレアの焼き菓子だ。
焼き菓子はここでも好評だった。後で定期的に買いに行くか。
「もう少し盛大にやりたかったが残念だったなぁ」
寝台の上で俺はつぶやいた。
「あら、私はあれで十分ですわ」
俺の上にいたエルメリアがそう言って笑った。
「ドレスもさ、一張羅が木綿って、出来れば絹とか」
「あれは母上様の婚礼の時の物ですから」
「そうか、それは済まなかった」
「いえ、ご主人様のお気持ちも十分沁みておりますわ」
そう言ってエルメリアが唇を重ねる。
「まぁ、盛大にやるのはご主人様の時だな」
横にいたメアリアが口を挟んだ。
「俺の? 侯爵の祝いを女王より派手にやっちゃ不味いだろ」
「……それじゃなくて、国王としての」
更に反対側のシェアリアも口を挟む。
「いいよ、俺、あんまそう言うのは苦手だし」
「それはいけませんわ。ご主人様の時こそ盛大にやらないと」
「盛大って何すんだよ」
「国内全土での祝賀行進とか十日間の披露宴とか」
「アホか。そんな金があるわけなかろう」
「うう、世知辛いですわ……」
「まぁそれにはまず国力の増大だな」
山脈が大部分のボーガベルでは農地も限界がある。エドラキムかバッフェの平野を押さえて生産量を上げるしか現状打つ手が無い。
だがバッフェは疎遠とはいえ一応は友好国だ。攻める大義名分も無ければエドラキムと二国を相手にする国力も無い。
「あとは別に産業を興すしかないのかなぁ」
とは言え新たに産業を興すにしても初期投資がそれなりに掛かる上に軌道に乗るまで数年は掛かるだろう。
「そう言えばあの山脈は鉱物資源は採れるのかい?」
確か魔石の採掘が行われてるのは聞いたが。
魔石は魔導士の必需品である魔導杖に使われるがそれほど需要は無い。
稀に西方のガラフデ王国からまとまった注文があるが何に使われているのかは不明だそうだ。
「色々な物が出るようですわ。鉄とか銅とか。ただ採掘する人手が無いので……」
「じゃあ後で調査してみるか」
この世界でも銅や鉄の需要は高いらしい。
上手く産業として興せれば有力な収入源として期待できる。
採掘もゴーレムを使えば安全かつ高効率に行えそうだ。
後は貿易だがこれが一番難しい。
海路はほぼ絶望的。
陸路も今の所バッフェ宛に細々と行われているだけだ。
輸送手段も商人組合の乗合荷馬車では精々元の世界の軽貨物並みの輸送量しか確保できない。
もっと、こう海コン(海上コンテナ)みたいに一度に大量、かつ手軽に運べないものか……。
「ああ、もう難しい話は明日だ! エルメリア! まだなのか?」
順番待ちで焦れたメアリアがせっつく。
「っ、まだですわ、今日は女王就任祝いなので……」
「それとこれとは別だ! はやくはやくぅ」
そう言って足をパタパタしながら枕をポカポカ叩くメアリア。
丸っきり駄々っ子だ。
仕草は可愛らしいが迷惑この上ない。
『睡眠』
「くかぁ……」
枕を叩く姿勢のままでメアリアは寝てしまった。
「宜しいので?」
「順番来たら起こすから良い。何せ今の相手は女王様だからな。丁重におもてなししないと」
「うふふ、女王になった甲斐がありますわ」
そう笑って再びエルメリアが唇を重ねてきた。
翌日からは早速国内整備に取り掛かることにした。
まずは各州の領主の問題だ。
先の戦いで貴族が殆ど戦死した為、残っているのは老貴族が二人と未成年の為参戦しなかった嫡男等が七人。
後の五州は士爵から選抜し、いずれも戴冠式後にエルメリア女王の前で改めて忠誠を誓わせた後にこれから行う執政官制に同意させた。
執政官制は領主の代わりにこちらから派遣した執政官に行政を行わせる物だ。
執政官が領主に代わり統一の税率によって人頭税や地税などの徴収をし、直接王に収める。
領主は領民から徴税する権利を失うが、納税の免除と登録された特産品に関する特権を得られる。
そして国からは領地の規模に見合った給金が支払われる事になる。
「しかし、その執政官はどう選出するのですか」
クフュラが尋ねてきた。
「それはコイツを使うんだ」
俺は魔導核を一つ取り出した。
「ゴーレム? でもそれは……」
「ああ、これはゴーレムじゃない。あ、グルフェス」
「何でしょうか」
「一寸すまんな」
そう言って魔導核をグルフェスの後頭部に付けた。
「な、何を……」
グルフェスがそう言った途端に紫の魔法陣が展開し思考と記憶を吸い出し始めた。
「はひゃああああああああああああん」
あのクールでダンディなグルフェスが全身を痙攣させながらアヘ顔をして変な声を出している。
惜しむらくはダブルピースじゃないことだ。
やばい。
笑っちゃ不味いがやばい。
「アッハハハハ、何だグルフェス! その変な声は!?」
俺が必死に耐えてるのを尻目に遠慮も堪えも無いメアリアが大笑いしたのを皮切りにエルメリア、シェアリアが釣られて笑う。
「お、おい、笑っちゃ失礼、ブハッ」
「だ、だってご主人様だって笑ってるじゃないか、アハハハハハハ」
見ればクフュラも顔を隠してはいるものの明らかに笑ってる挙動をしている。
「み、みんな。見ろワン子を。こんな時でも常に冷静だ、うははは」
俺がそう言うと皆がワン子に注目した。
グルフェスがアヘ顔のまま救われたようにワン子を見る。
ワン子は何時もと変わらず憂いを帯びた目で佇んでいた。
が。
「ぷっ」
口元がそう言ったかと思うとダッシュで部屋の外へ出て行った。
それを見たグルフェスの表情が絶望に変わったのは言うまでも無い。
あくまでもアヘ顔だが。
三分ほどでグルフェスにとっての地獄のような仕打ちは終わった。
「いや、済まなかった。データ取りがあんな事になるとは」
「な、何なのですか、それは」
ガックリと膝を突いたまま恨みがましい目を向けてグルフェスが聞いてきた。
俺は魔導核に魔力を当てる。
すると光り始めた魔導核が魔素を取り込み一人の男の姿になった。
眷属一同裸の男の出現に赤くなったが、よく見ると付いてるはずの物が無い。
「……この人、疑似生物?」
シェアリアが股間を凝視して言った。
「ああ、疑似人間だ」
俺は出来上がった疑似人間に予め用意しておいた服を投げる。
瞑っていた目を開いた疑似人間は服を受け取るとすぐさま着始めた。
「グルフェスの記憶や思考をこいつには写してある。行政管理にグルフェス程の人材はそうそういないからな」
「……でも顔が違う」
顔は往年のスパイ映画に出ていた俳優をモデルにした。
「流石に顔も同じじゃ不味かろ? グルフェスもいきなり兄弟が増えても困るだろうし」
グルタミンとかグルコサミンとか……
「と、当然です!」
グルフェスが必死に否定している間に疑似人間が服を着終わった。
「じゃぁ自己紹介だ」
「皆様、ショーンと申します。以後お見知り置きを」
声も違うが仕草や態度はグルフェスそのものだ。
「な、何とも奇妙な物ですな……」
グルフェスがうわずった声で言った。
「さて、ここは良いとして後十一州分作るか」
「なぁっ!」
グルフェスが叫んだ。
「あ、ああ、あれを、あと……十一回もやれと?」
「あ~一体出来れば複製するだけだから必要ないが、して欲しかったのか?」
「い、いえ、滅相もありません!」
こうして全員顔の違うグルフェスコピーが十二人誕生し、早速各州にゴーレム兵二十体と共に赴任していった。
グルフェスはその後もしばらく落ち込んでいた。
可哀想な事をした気もするが仕様なのだからしょうが無い。
「あ、そうだ。今後何か必要になるだろうからお前達三人の……」
「必要ありませんわ」
「無用だな」
「……要らない」
俺が言い終わらないうちにそう言って断ると、次の瞬間にはもう会議場から居なくなっていた。
エルメリアに至っては三段格闘移動で一番に逃げて行きやがった。
残ったクフュラがあわあわとしてるので、
「いや、クフュラのコピー作っても仕方ないだろ」
そう言うとクフュラはホッとした様子で、
「そ、そうですよねぇ、ご主人様そんな酷いことしませんよね」
酷いことだったのか。グルフェスが更に落ち込んでいるぞ。





