第十九話 国境
なんとなく窮屈さを感じて目を覚ますと、俺の左にはメアリア、右にはシェアリアがぴったり張り付いて寝ている。
シェアリアの後にはクフュラ、その後にワン子が張り付き、メアリアの後にはエルメリアが張り付いている。
いつも通りエルメリアとワン子は俺が起きるのを待ってる状態だった。
「「お早うございます、ご主人様」」
エルメリアとワン子が揃って囁く。
昨日の二重の激闘で爆睡中の二人を気遣ってだ。
「おはよう、さすがに六人はきついなぁ」
この寝台もキングサイズ程の大きさなのだがやはり手狭に感じる。
「もう既に家具職人に新しいのを作らせておりますので一両日中には届くはずですわ」
エルメリアがにこやかに囁く。
こうなる事はとうに予測済みだったようだ。
すると残りの三人も起きてきた。
「ふあぁ、お早うございます、ご主人様」
「……お早う、ご主人様」
「ふおっ? あ、え、お、お早うダイ……じゃなかった、ご、ご主人様、あ、あれ、これはぁっ!」
自分が素っ裸なのに遅れて気付いて慌てるなど、本当に素のメアリアは可愛らしい。
普段の凛々しさと寝台の中の甘えん坊かつ慌て者なギャップが面白い。
「ああ、お早う、メアリアは本当はあんな甘えん坊さんだったとはねぇ」
昨夜の事を思い出してニヤニヤすると、
「え! あ!? な!! あれ、バルクボーラがない!」
抜くつもりだったのかよ。
「お前自室に置いてきたろうが。ここでは不要だとか言って」
「そ、そうだった……不覚……」
「さぁ、早く朝食を済ませて会議に出ないとだぞ。起きた起きた」
まだ眠そうなクフュラとシェアリアを追い立て、沐浴と朝食を済ませる。
二人が眷属になったのを期に、エルメリアは城中の者に自分達三人がここで寝起きする旨を周知させた。
もはや異を唱える者は皆無だったが。
沐浴場には火魔法と水魔法を組み合わせた魔導回路を設置し、いつでもお湯が出せるようにした。
今はまだ打たせ湯みたいな状態だがその内シャワー状になるように工夫するつもりだ。
「これは便利だなぁ。ご主人様、騎士団宿舎の沐浴場にも造ってくれないか」
ザバザバと流れるお湯で髪を流しながらメアリアが言う。
「まぁ城内から配備するつもりだからこの戦いが終わったら作ってやるよ」
「ありがとう、これであの汗臭いのが消えるといいな」
「やっぱ汗臭いのか」
「私は勿論宮殿の沐浴場があるから利用しないが、やはり男達ばかりだし、訓練後には汗すら拭かずにそのままの奴も結構いるしな」
「まぁ、いっそ大浴場を作って訓練後には強制的に入れるのも有りか。裸のお付き合いで親睦を深めるのもいいだろうな」
「……裸のお付き合い」
一瞬シェアリアの眼が光ったような気がした。
朝食は黒パンと生野菜のサラダ。ラッサ鳥のハムに目玉焼きと野菜のスープだ。
ラッサ鳥はパラスマヤ近郊の農家に頼んで飼育小屋を作って育て始めた物を送ってもらっている。
魔獣避けにゴーレムを一体、寝ずの番に付けてある。
この世界、特にこの東大陸では魔獣の類による被害が多く、余り大々的な酪農は行われていないそうだ。
その辺りも徐々に手を広げていくつもりだ。
会議場に入るとグルフェスをはじめ正式に衛兵隊に昇格したグルフェス麾下の兵隊長オルディム、騎士団副長カルメゾナ以下の面々が待っていた。
「お早うございます。早速ですが城下でバルジエ等の動きに呼応していた不審者五名を朝一番に捕縛してあります」
昨晩遅くまで痛飲したのがウソのようにいつもと変わらないグルフェスが報告を始める。
「一名は伝書鳥で連絡をする係、四名は城下に火を放つ準備をしておりました。いずれも第一兵団の縁者でした」
一昨日から城下に疑似生物を使って監視をしていたお陰で、外出禁止令の中怪しい動きをしていた者を捕捉しておいた。
縁者と言っても精々宿舎の清掃や厩番をしてた程度の小物で監視の対象から外れていたそうだ。
「処罰は任せます。それでダイゴ殿、今後の予定は?」
エルメリアが威厳たっぷりに俺に聞いてくる。こういう場ではきっちり『ダイゴ殿』だ。
「バルジエの奇襲が成功するしないに関わらず、帝国は仕掛けてくるだろう。ゴーレム兵団はもうシャプアに到着しているから国境で迎え撃つ」
通常の兵なら休息や野営も含め四日はかかる行程を不眠不休が可能なゴーレム兵は一日で走破できる。
相手がシャプアに攻め入るのは通常ではまだ増援が到着しない今日か明日と見た訳だ。
だが俺と俺のゴーレム兵団がいる限り、連中には国境線は絶対跨がせない。
本当なら帝国領まで攻め入りたい所だが、占領に必要な人員がいない現状では諦めざるを得ない。
細かな打ち合わせの後、軍議は終了し、俺達は準備に取り掛かる。
今回は眷属は皆連れて行くことにした。
「え、私も行ってもよろしいので?」
エルメリアが瞳を輝かせながら聞いてきた。
「国王だって国家存亡に自ら出陣したんだろ? 女王であるエルメリアも行った方が良いかと思ってね、まぁ危険は無いだろうしグルフェスも了承してるけどあくまで後方で控えるだけだからな」
「判りました、ああ、外出なんて何年振りでしょう。何着ていこうかしら」
なんか勘違いしてないか?
「お出掛けじゃないんだから一応軍装とかあるだろ? それでいいよ」
「あ、でもすぐ戦は終わるでしょうし、そうしたら少し街を散策などもしてみたいですし……」
「んなもん現地調達で良いよ。早く支度して来い」
「うぅ、畏まりましたわ……」
ちょっと不満げに頷くと侍女の待つ衣装室へと向かっていった。
女王であるエルメリアには絶対物理防御など防御系のスキルは皆付けてあるので暗殺とかの心配は無い。一応街の慰問と視察は予定に組み込んでおくつもりだ。
そうこうしてるうちにほかの眷属達が支度を終え集まってきた。
何時もの軽装鎧姿のメアリア。
何時もの魔導士服のシェアリア。
そして何時もの侍女服のワン子とクフュラだ。
そしてやや遅れて戦闘礼装に身を包んだエルメリアがやってきた。
赤地のメアリアと違い白地の戦闘礼装には少し手の込んだ刺繍が施されている。
揃った所で『転送』を発動させ、シャプアに移動する。
「まぁ、ここがシャプアですのね」
エルメリアが眼を輝かせる。
そうは言っても人口千人程の小さな町だ。まぁ百人程度の村が多いボーガベルでは十分大きいのだろうが。
それでもまだ国境の町として栄えてた頃の名残りだろうか金等級の宿はかなりの広さと豪華さで、そこを宿舎兼仮司令部として貸し切った。
国境の閉鎖から大分経ち、帝国占領時には無償で接収されていたため廃業の瀬戸際だった店主は大喜びで出迎えてきた。何より今までは考えられなかった女王自らの投宿に感激ひとしおの様子だ。
「この場合の侵攻ってどうするんだ?」
俺はメアリアに聞いた。
「国境の町は大概門前が国境になっている。普通門前まで兵を進め、使者が開門と占領を告げる。それで街の衛兵は退去する。交戦の意思があれば門前に事前に兵を配置しておくんだ。戦闘は近くの平野か田園地帯で行われるのがほとんどだ」
そういえばパラスマヤの門前も平野が広がっていた。
「それじゃ平野にゴーレムを配置するか」
「あれ、魔法を使わないのか?」
「今回はな。そろそろゴーレム兵も使わないとだし」
「……残念、是非使いたい魔法があったのに」
コイツ、すっかり魔法ジャンキーになってるな。まぁ無理も無いが。
「何使うつもりだったんだよ」
そう聞かれたシェアリアは目を輝かせながら言った。
「……『遊星爆撃』」
うわ、えげつなさ過ぎる。
「まぁ、出番があったらその時な」
「……分かった」
国境の街シャプアの西に広がる平野をアラムレ平原と言うらしい。
国境の門から五キルレ(約五キロ)の所に帝国兵が陣を構えている。
総数は約八千。対するわが軍はゴーレム兵千。
単純に数で比較すれば圧倒的にわが軍が不利だ。
門前の更に一キルレ程先にゴーレム兵を左右四百ずつ、中央二百で広めの間隔で配置する。数では圧倒的不利なので突破されない為の配慮だ。
「中央二百で良いのか?」
メアリアが不審そうに聞いてきた。通常は中央を厚くするのがセオリーらしい。
「左右から抜かれても面倒だからな。それに中央はメアリアで百体分の働きができるから」
俺がそう言うと
「ああ! 任せておいてくれ! 百どころか千ぐらいだ!」
と良い笑顔で答えた。
ゴーレムに設営させてた陣幕の準備が整ったので、俺達はそこへ転送で移動する。
事前に周辺に配備した疑似生物達の情報で側面及び後方に各々一、二名の帝国兵らしき者が総数五十名以上点在している。
「これってやっぱ監視役かね」
「そう思います。多分八軍の事は帝国内部でも把握しきれてないのでしょう」
その八軍を率いていたクフュラが言った。
「そうなると尚更魔法は使えないなぁ」
現段階ではなるべく手の内は秘匿しておきたい。
なんかツエー兵士にコテンパンにやられました程度が良いだろう。
「……大丈夫。全員殲滅すれば良い」
約一名、異を唱えたのがいた。
「辺り一面焼き払うつもりかよ、とにかく今回は駄目だ」
「……仕方ない」
渋々シェアリアは了承した。
「やはりあの旗はテオリア姉様の第六軍です」
「テオリア姉様ねぇ、どんな人物なんだい」
「戦の仕方自体は普通ですが謀略を良く好みます。多分今回のバルジエ将軍の件もテオリア姉様の差し金でしょう。あと……」
ちょっと言いよどんだクフュラだが、
「周りの親衛隊は皆端正な男子で固めてあります」
ちょっとムッとした言いっぷりにエルメリア達が眼を丸くした。
「『ご学友』みたいなもんか」
クフュラの親衛隊、通称『ご学友』は同い年の貴族の子女、しかも美少女ばかりで固められていた。
「あ、あれは母が取り巻きの貴族の中から選抜した、いわば『監視役』でした。でもテオリア姉様のは全くの自分の趣味です」
「うん、そうだな。すまない、クフュラ。変な事言って」
同列に見ないで欲しいと目で訴えるクフュラの頭を撫でると急に抱きついて耳元で
「おにいさまのいじわる」
と吐息交じりにこっそり言われた。
はい、私が間違ってました。
気を取り直して俺は鳥の疑似生物を敵の本陣に飛ばした。
「さて、テオリア姉様の御尊顔を拝んでみるか」
「あ、私も見てみたいですわ」
「私も是非敵将の顔を拝んでおきたいな」
そうエルメリア達が言うので『感覚共有』で眷属皆に映像を見れるようにした。
だが。
使い魔が映像を送信して五秒ほどで俺は念を打ち切った。
余りにもショッキングな映像だったからだ。
表現すれば蠢く巨大な肉塊に群がる全裸の美青年、美少年の群れ。
そんな暑苦しい光景に耐えられる趣向は残念ながら持っていない。
よくマンガとかである好色で大兵肥満な中年男が美女美少女を侍らしてる絵面を逆にした様なものだ。
見渡すと他の眷属も酷い船酔いをした様な顔をしている。
「……ご主人様、やっぱり覗き見は褒められた物ではない」
「いや、戦場でやるか?」
「あら、私はご主人様がお望みでしたら喜んで」
「で、あの真ん中にいたでかいのがテオリア姉様か?」
エルメリアの主張はクフュラに話を振って無視する。
「え、ええ。恥ずかしながら……」
クフュラは頭を抱えながら頷いた。
「いいよ、クフュラはもう俺の眷属なんだから」
「あ、ありがとうございます、でも、やっぱり恥ずかしいです」
まぁ元とはいえ身内の痴態は恥ずかしいものだよな。
「ご主人様、念の為に聞くが捕虜にして眷属に……」
「ナイナイ! 絶対無い!」
恐る恐る聞いたメアリアの言葉を即行打ち消した。
その様を見て眷属一同、当然クフュラも深い安堵のため息を付く。
正直ただちにあの本陣に『遊星爆撃』を撃ち込みたい衝動に駆られたが我慢して向こうが出てくるのを待つことにした。
「とは言えあの様子だとまだしばらく掛かるんじゃないか?」
そうメアリアが言った。
「構わんよ、どうせ最後のお楽しみだ。こっちも茶でも飲んでゆっくり待とう。ワン子」
「畏まりました」
そう言うとワン子が手際よくお茶の準備を始める。
「あら、ここで午睡いたしませんの?」
「向こうと張り合ってどうすんだよ」
エルメリアがそんなボケだかマジだか判らない事を言ってるうちにお茶の準備が整った。
「しかし、俺達も他人が見ればああいう風に見えるのかなぁ」
「あら、そんな事はございませんわ。例えばあの真ん中にいたのがクフュラだったら」
「美少年と美少女の組み合わせか、至って普通だな」
「ちょ、ちょっと、何言ってるんですか! 私はご主人様以外の殿方とはしたくありません!」
そう言って少し間を置いた後自分が何を言ってるのか理解したのか顔がボンと赤くなる。
「はううぅ」
「……あれからあのでかいのだけ取れば……」
「あー俺のいた世界にそう言うのが好きな女子がいたが、シェアリアもその口か?」
「! ……そんな訳無い、私もクフュラと同じでご主人様一筋」
そう言ってクフュラにへばりつき頭をナデナデしている。
だがまんざらでも無さそうだ。
「いや、じゃ真ん中に俺がいたらどうよ?」
「……男の中にご主人様?」
一瞬シェアリアの眼が煌いた気がする。
「違うわ、お前達の中心に俺の絵面よ」
「侍女達も何も言いませんし問題ありませんわ」
「……全く気にしない」
「問題ありません」
「考えたことも無いな」
「ご主人様は素敵な方ですので見られて困ることなどありません」
「そうかなぁ」
世の中にはいわゆるハーレムって奴が苦手な人もいるだろう。
まぁこの世界で俺と同じ方法で覗ける奴がいるとも思えんし、エルメリア達が良いって言うなら良いんだけど。
そんな会話で盛り上がっていると、向こうの陣から騎馬の使者がやってきた。





