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前職はトラック運転手でしたが今は神の代行者をやってます ~転生志願者を避けて自分が異世界転移し、神の代役を務める羽目になったトラック運転手の無双戦記~  作者: Ineji
第二章 シャプア迎撃戦編

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第十七話 黒騎士

 ダイゴが手を挙げると城門が開いた。


 中から現れたのはメアリアとシェアリアの二人。

 だが二人とも様子がいつもと明らかに違っていた。

 顔は上気し息も荒い。

 身体が小刻みに震えている。


「シェ……シェアリアは……へっ……兵士団をっ……わ、私は……バルジエを……や、やるっ……」


 搾り出すようにメアリアが言った。


「……わ、わかっ……判った……」


 シェアリアもやっとの事で返事をすると、よろよろと歩いていく。


「どうなされた、姫様? クラベス司祭に逃げられましたか?」


 バルジエが尋ねた。


 王族の病気や怪我であれば、ムルタブス神皇国から派遣されたクラベス司祭が聖魔法で治癒してくれる筈だ。

 その様子が無いということは、クラベス司祭もボーガベルを見捨てて国に帰ったのだろうか。


 運の傾いた国とは何とも哀れなものだ。皆逃げて行くか……。


 自分の判断は間違っていなかったという思いがバルジエの心を満足させていた。


 それにしても……。


 彼の心はすぐに、不甲斐ない姿を晒す嘗ての弟子への不満で満ちていった。




 バルジエ・ガルセルは平民から剣一本で王国第一兵団長にまで上り詰めた男だ。

 十代の頃より東大陸諸国を渡り歩き、これと思った師について学び、その剣技を遍く吸収してきた。


 三十代に差し掛かる頃にはエドラキム帝国の闘技場で前代未聞の百人抜きを成し遂げ、皇帝より召し抱えの勅を賜ったが、平民ゆえ貴族位を与えられない事を不満に思い、これを辞して帝国を出奔。ボーガベルに流れ着いた。


 そこで、まだ一貴族の嫡男でしかなかったグルフェスと出会う。

 当時からグルフェスは抜きん出た才で周囲の耳目を集めていたが、町の酒場に入り浸る一風変わった性格の男だった。

 本人にしてみれば貴族社会の堅苦しい酒より市井の人間と交わって飲む酒の方が何倍も美味い。

 街の人間もこの変わり者のブラバッハの若様を愛した。

 そんな享楽の日々の中にバルジエは現れた。


 酒場に入った途端、辺りが静まり返った。

 そうさせるだけの雰囲気をバルジエは振りまいていた。

 隅に座り酒だけを頼み黙々と呑む。

 周りの者は恐れ近寄ろうとしない。

 バルジエにとってはすっかり慣れた日常だ。


 だが、そこに割り込んできた男がいた。

 グルフェスだ。


「そんなおっかない雰囲気では酒の味も落ちよう、どうだ、一緒にやらんか?」


 そうにこやかに笑いながら隣に座った。

 ジロリと一瞥して無視していたバルジエに対してグルフェスも何も言わず酒を飲み始めた。

 二人は二アルワ何も言わず飲み続け、バルジエは無言で金を払い宿へ帰って行った。


 次の日もバルジエは店の片隅に座り、グルフェスと無言で酒を呑み、無言で宿に帰る。

 次の日も、その次の日も。


 バルジエは、いつの間にか酒場に溶け込んでいる自分に驚いていた。

 店の片隅で無言で飲んでいることには変わりは無い。

 だが、グルフェスといるだけで自分が発していた人を寄せ付けない何かが消え失せていったのだ。


 こうして二人は無二の親友となった。


 バルジエはブラバッハ家のお抱え剣士となり、後にエドラキムに滅ぼされた隣国グルボルカ王国との戦で幾多の戦功を上げ士爵、つまり騎士になった後、近衛騎士団長を勤め、侯爵に任ぜられ兵団長になった。

 グルフェスは王国官吏を経て大臣となり、宰相となった。

 この二人の体制は「ボーガベルの双頭」と呼ばれ、帝国の侵攻が始まるまでは磐石の体制であった。


 ある日、登城したバルジエは中庭に一人の少女がいるのを見た。

 まだ十歳になったばかりのメアリアが一生懸命剣を振っている。

 子供らしいが真剣な掛け声に思わず足を止めて見入っていた。

 すると、視線に気付いたメアリアがバルジエに駆け寄ってきた。


「どうだ将軍? 私の剣裁きは」


 自慢げに胸を張るメアリア。


「まるでなっておりません、剣が姫様を振っているようですな」


 バルジエは生来世辞が言えない男だ。この時も本当の事をずけりと言った。


「そうか、そうだろうな。では如何すればいい」


 メアリアは全く堪える風も無くケロリと聞いた。


「人には分相応のという物がございます、姫様に置かれましては剣を振るうより絵筆などを振るう方がよろしいかと」


 子供に言うにはきつい嫌味だった。ましてや相手は自分が仕える王族の娘である。不敬と指弾されてもおかしくは無かった。


「分かってはおらんな、将軍。私は剣を振るいたいのだ」


「それでは国王陛下や姫様をお守りするという我等騎士の役目が無くなってしまいます。姫様は我等にお暇を出されるおつもりか」


 あくまで穏やかに諭したつもりだったが、この姫様は梃子でも動かない。


「では聞くが何ゆえ姫だからと言って剣を振るってはいかんのか?」


「先程も申し上げた通りでございます。人には分相応と言う物があるのです」


「では将軍、将軍は剣を振るって平民より貴族になった男と聞いた、それは如何なのか?」


 確かにそうだ、自分は剣一本で立身出世を果たしてここまで登った男ではないか。


「己が分を超えた男が分を語るのはおかしかろう」


 バルジエは笑った。この小さい姫様に一本取られてしまった。


「これはしてやられましたな、して姫様は剣を振るって何におなりになりたいので?」


「私か? 私は、私自身がボーガベルを護る剣になりたいのだ!」


 真っ直ぐで真剣に語る眼差しにバルジエは心を打たれた。

 正確に言えば恋をしたのだ。


 勿論道ならぬ恋でもあるし、何よりバルジエ自身は妻を深く愛している。

 だがこの恋はそういった物とは別の次元の恋だった。


 その日からバルジエは付きっ切りでメアリアに剣技を教えていった。

 メアリアは素質も才能も抜きん出ており、バルジエの教えを瞬く間に吸収し研鑽していった。


 そして齢十五で御前試合を勝ち抜き、十六には最年少で近衛騎士団長の地位を得た。

 この歳で、しかも姫君がその地位に就くとなれば誰もが鼻白むものだが、メアリアは違った。

 誰もがバルジエの愛弟子の実力を認めていた。


 団長任官の式の後、真っ先にメアリアはバルジエに駆け寄った。


「バルジエ、お前のお陰で私はボーガベルを護る剣になることが出来そうだ、礼を言うぞ!」


 そう言って笑う少女を思い出し、また目の前で立っているのも辛い有様の少女を見てバルジエは言った。


「そのような体たらくでボーガベルを護る剣と成りうるのですか?」


「だ、……だまれ!」


 メアリアが烈火の如く言い放った。


「祖国を……こ、国王陛下を……父……上を……う、裏切って帝国に尻尾を振った貴様に、そ、そのような事を言う……し、資格は……無い!」


「そうですな。それがしはボーガベルを捨て、帝国に売り渡した。今更滅び行く国の心配をする必要は無いですな」


「ひ、一つ……だけ、教えろっ! な、何故こんな事を……」


「良いでしょう、某、元々帝国の出身ゆえかなり以前より帝国から誘いを受けておりました。姫様達を手土産に配下ごと帝国に組すれば然るべき地位を保証すると。辺境のボーガベルで生を終えるよりもなんと魅力的ではないですか。姫様は某の事を剣を振るって貴族になった男と仰られましたが、まだその先が帝国にはあるのです」


 そう嘯く彼の脳裏に浮かぶのは妻子の顔だ。


 剣の道、そしてその先を求めて各地を流浪したバルジエがボーガベルに根を下ろしたのは、グルフェスへの友誼でもなければましてや国王への忠義でもない。

 ひとえに妻子に対する愛情だけだった。


 それが無ければ彼はとうにボーガベルを捨て、エドラキムに再仕官を求めていた筈だった。

 グルフェスに紹介された貴族の娘、彼女はバルジエの最大の理解者だった。

 彼女は剣の道を究めんとする彼を愛した。その為に献身的に尽くし、バルジエ自身も理解者である彼女を愛し、彼女の為に更に栄達を極めんと欲した。


 そして、エドラキム帝国と繋ぎを持ち、今回の謀略を持ちかけたのもまた妻だった。

 全てはバルジエの為である。その話を聞かされたバルジエ自身も躊躇無くその話に乗った。


 どの道帝国が本腰でボーガベルを潰しに来れば、いくらバルジエが奮闘しようと滅亡は避けられない。

 その下拵えのため、第一兵団は陽動に乗って南北に駆け回され、無駄に浪費していった。

 そんな戦いにも厭気がさしてもいた。


 長年の友であり恩人でもあるグルフェスを裏切る事に心は痛んだが、グルフェス自身は国王と運命を共にする道を選ぶだろう。それに妻子を巻き込む訳にはいかなかった。


「そんな……それだけの……た、為に……」


 そしてメアリアには告げなかったが、帝国との密約にはもう一つ、然るべき頃合に奴隷姫となったメアリアを皇帝より下賜されるという条項も入っていた。

 皇帝の手垢が付くとはいえ、恋焦がれたメアリアが奴隷として手に入るのだ。

 一応は息子の嫁として家に迎えるが、その後は……。

 そんなどす黒い欲望がバルジエの本心であった。


「さぁ、お喋りの時間は終わりです。その御様子とて容赦はいたしませんぞ」


 バルジエが剣を抜いた。


 メアリアも剣を抜く。

 だが、抜いたのはバルジエ自身が贈った何時もの剣ではなく、恐ろしく長大かつ幅広な黒い剣だ。


 あれは……バルクボーラではないか……。


 ボーガベル二大宝剣の一つ、重剣バルクボーラ。

 通常の剣の三倍以上の重さで大の大人ですら振り回せない代物だ。

 当然華奢なメアリアが扱える代物では無い。


 一体何故あんな物を……。


 バルジエがそう思ったその刹那、


「あああああああああああああああああああああああああっ!」


 メアリアが獣のような叫びを上げた。

 全身がガクガクと震えているのがバルジエにも判った。


 姫様はどうしたというのだ、これではまるで……


 と、次の瞬間、黒騎士の眼前にメアリアが迫って来た。

 構え無しからの神速の突きが眉間に迫る。


「!」


 ほぼ反射だけで瞬時に受け流し、かろうじてかわすも、また次の瞬間には喉元、鳩尾、股間へ同時に突きが迫る。

 かろうじて剣で払ってこれもかわすが、今度は体重を乗せた連撃を息も付かせず打ち込んで来る。


 あのバルクボーラでこの様な連撃を繰り出せるのか!? 姫様が……!?


 大陸随一の剣技の持ち主と賞され、遍くその名を轟かせた彼が、防戦するのが手一杯の有様だ。


 大の大人が持つのもやっとと言う重さのバルクボーラを軽々と振り回す膂力、自分が教えてきた剣技とまるで違う技、とてもあのメアリアとは思えなかった。


 一体、何が……


 その戸惑いの一瞬の隙に、下段の死角から振り上げられたバルクボーラが黒い兜を吹き飛ばした。


「ぬうっ!」


 堪らず体当たりでメアリアを吹き飛ばすが、彼女は一回転して猫のようにしなやかに着地した。

 しかも回転の途中で何かをバルジエ目掛け投げつける。


「っ!」


 流星の如く飛んできたそれを、体勢を崩しながらもかろうじて剣で受けた。

 二つに折れて消し飛んだそれは、バルジエの贈った剣だ。


 彼女の近衛騎士団長就任の祝いに、それまで自分が長年使ってきた愛剣を綺麗に研ぎ直し、柄や鞘も姫に相応しいように作り直して贈ったものだ。


「ありがとう将軍! 最高の褒美だ!」


 そう言った時のメアリアの嬉しそうな笑顔は決して忘れられない。

 だがその笑顔と共に剣は呆気なく消し飛んだ。


 メアリアはバルクボーラを肩に担ぐと、そのままバルジエに向かって突進する。

 重剣と言われるバルクボーラの質量を乗せる構えというのはバルジエにも分かったが、勿論こんな戦い方を教えた事は無い。


 バルジエは知る由も無いが、今メアリアが使っている剣技は全てダイゴが教えた物だ。


 無拍子、霞、朧車、宵斬月、流星ながせ、神輿構え、雲雀の捌き。


 敢えて上級剣技を付けず、ダイゴに教わった剣だけでバルジエを倒す。

 それがメアリアの選んだ、かつての師バルジエに対する決別であり、決着だった。


「うおおおおおおおおおおぉっ!」


 また獣のような咆哮がメアリアから発せられる。

 そのまま不規則な動きで滑るように突進してくる。

 その足捌きで間合いを正確に取れない。


 もはやバルジエは何一つ動く事が叶わずに呆然としていた。


 至近距離に滑りこんできたメアリアは、彼の知っている少年のような凛々しさと、清廉な花のような清らかさを持った愛すべき弟子のかおでは無かった。


 これは……このかおは……


 あれからグルフェスと組んで無頼を気取っていた時期もあった。

 そんな中で街のあばずれ娘や娼婦と荒淫を貪ったりもした。

 その時に見た貌と同じだった。


 情欲に狂った女のかおだ……


 それが黒騎士バルジエの最後の思念だった。


 自分が愛してやまなかった物の無残な成れの果てを見せつけられたような表情を浮かべたまま、首を水平に真っ二つにされたバルジエは死んでいった。


「はあああああああああああっ!」


 二つに分かれ斃れたバルジエに目もくれず、天を仰いでメアリアが絶叫した。


 ひとしきり絶叫した後、がくりと膝をついたメアリアは、はふうと息を付いた。


 しばらくそのままでいた後、ノロノロと立ち上がり、シェアリアの歩いていった方を伺う。


「シェ……シェアリア……」


 上気した顔の先に突如轟音と共に閃光が走った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何とも苦い話、バルジエもNTRを目の当たりにして、無慈悲に死ぬと言うのは、やりきれないけど「自業自得」。 [気になる点] バルクボーラのサイズ、るろうに剣心の左之助の斬馬刀くらいはあります…
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