第十六話 夜襲
敵はカイゼワラの森林地帯に潜んでいたと見て間違いない。
そしてその正体も判明した。
元王国第一兵団長バルジエ率いる第一兵団約五百名。
王国の最精鋭部隊が丸ごと寝返り、帝国側についた。
エルメリア達は蒼白な顔をしている。
中でもメアリアの憔悴が酷かった。
とても昼間凛々しく訓練をしていたとは思えない程に。
俺はやはり顔色の悪いグルフェスに聞いた。
「この件、アンタは絡んでいるのか?」
エルメリア達がはっとグルフェスを見る。
彼とバルジエは昔からの親友だった。
一連の動きがグルフェスとバルジエの二人によって描かれた絵の可能性も高い。
グルフェスは少し俯いた後、こちらを見据えて言った。
「一度は姫様方やダイゴ殿に弓を引いた身故、お疑いになられるのはごもっとも。しかし誓って私は関与しておりませぬ」
「ならばバルジエの独断と言う事だな」
「左様で」
「分かった」
「よろしいので?」
どうせ拘束しろだの蟄居するだの言い出すだろうが、俺にはグルフェスがシロと言う確信があった。
勿論二人が呼応して内外でクーデターでも起こされればパラスマヤはひとたまりも無いが、グルフェスにはそのつもりが無い事はここひと月の付き合いで十分承知していた。
彼は本当に国と国王に対する忠義一筋の男だ。
そしてその忠義は遺児であるエルメリアに注がれている。
「ああ、それよりバルジエの家族は?」
「奥方と十三歳の嫡男がいますが、先だって夫の墓を建てるためにカイゼワラに……まさか……」
「そういう事だ、これはかなり前から準備されてた事だよ」
隠し街道と言い、妙に手際が良さ過ぎる。
計画自体はかなり前から準備されてた話だろう。
下手をすると五年以上前位からだ。
当然この企みにはバルジエ夫人もカイゼワラの代官も噛んでいる筈だ。
だが今更カイゼワラまで出向いた所でもはや夫人も代官も居ないだろう。
潜んでいた五百の兵は隠し街道をパラスマヤに向かって進んでいる。
結局水際で防ぐしかない。
しかも前と違って今回は身内が相手だ。
市内に内通者が居る可能性も考慮しなければならない。
騎士団が西へ向かったのを何らかの方法で伝えて手薄になったパラスマヤを占拠し、騎士団を東西で挟撃する。
十分あり得る作戦だ。
「ヘタすれば連中今夜にもここに来るだろう。メアリア達近衛騎士団は市内警護にあたってくれ。俺は出来るだけゴーレム兵を作ってそれで奴等を防ぐ」
今からフル稼働で作ればどうにか対抗は出来るはずだ。
「その事なんだがダイゴ殿……。バルジエ将軍……いやバルジエ達を討つのは私達にやらせてくれないか」
真っ赤な眼をしたメアリアが言った。
「なんでだ? 前にゴーレムじゃ不味いって言ったのはお前じゃないか」
市内警護には喋れない上にビジュアルが最悪なゴーレム兵が向かないのは事実だ。
だからこそ近衛騎士団達の役目だと思ってたのだが。
「分かっている。だが、これは、この件だけは別なんだ。これはボーガベル王室自身の手でやらなければならない事なんだ」
「……ダイゴ、私からもお願い。この不始末は私達が片付けなければならないの」
ワナワナと肩を震わせるメアリアを横で見ていたシェアリアが頭を下げた。
「この国では騎士による国への裏切り行為は一番の大罪です。そしてそれを糺すのは王室の責務なのです」
エルメリアが説明する。
「それは判ったが、実際お前達百五十と元第一兵団精鋭五百で勝負になるのか?」
「それは……」
メアリアが口ごもった。
彼我の実力差は彼女自身が一番知ってるはずだ。
「気持ちは十分判るが、むざむざお前達を死にに行かせるような真似は承服しかねるな」
そう言いつつエルメリアを見ると、俯きがちではあるが首を縦に振った。
「くっ!」
眼に涙を浮かべたメアリアが表に飛び出し、シェアリアがすまなそうに一瞥して後を追った。
「時間が無い。近衛の指揮は副長が取ってくれ、取り敢えず今晩は市街全域に外出禁止の触れを出して、警戒を厳にするように」
副長は了解の意を表すと表へ出て行った。
「じゃあ俺は迎賓館に戻ってゴーレムの作成に掛かるよ」
そう言ってワン子と共に会議室を後にした。
『私も本心ではメアリア達と同じ思いです、ですが現実はご主人様の仰る通りです。致し方ありません』
部屋に戻ると念話でエルメリアが告げてきた。
『仕方ないさ、メアリア達だって理解はしてるみたいだから』
迎賓館に戻り、さてゴーレムを作ろうとした時、
「……ダイゴ、入ってもいい?」
そうシェアリアの声がした。
その事をエルメリアに告げ、ワン子に目配せするとワン子はドアを開けた。
見ればメアリアも一緒に居る。
「さっきの続きなら……」
そう言いかけた時メアリアが
「ダイゴ殿! お願いだ! 私達を眷属にしてくれ!」
そう言って頭を下げた。
「は?」
「ダイゴ殿の眷属になればエルメリアみたいにダイゴ殿の力の一部が使えるのだろ? 頼む! 眷属にしてくれ!」
そう言っておもむろにメアリアが地に這いつくばった。
まさか土下座されるとは思わなかったが、そばにいたシェアリアまで土下座してきた。
「シェアリアもなのか」
「……お願いダイゴ」
「エルメリアから話を聞いたんだろうが、分かっているのか。眷属になれば……」
「構わない!」
「安易にただ力が欲しいってだけで眷属になれば絶対に後悔するぞ」
「……ダイゴ、誤解しないで。私もメアリアも単にあなたの力が欲しいだけじゃない。あなたに対する気持ちはエルメリアにも負けてない。ただ二人とも彼女ほどの勇気が無かっただけ」
確かにエルメリアの愛情は女王とか国とかを捨て去る程の実直さだ。ある意味病的なまでの其れは他人がおいそれと真似できる事では無い。
『ご主人様、私からもお願いします』
エルメリアが念を送ってきた。ワン子を見れば即座に頷く。
「はぁ……分かった。だが時間は余りないかもしれないぞ。敵が今夜襲ってくれば不完全な状態で戦うことになる」
「力が使えないのか?」
不安げにメアリアが聞く。
「いや、能力はすぐ使えるようになるが副作用がしばらく続くんだ」
「……それって一体」
「取り込む体液が血液なら凄まじい苦痛、精液なら凄まじい快感が一晩中だ」
二人は赤くなった顔を見合わせたがすぐに意を決して、
「大丈夫だ!」
「……問題ない」
そう言うとは思っていた。
流石に二人のここまでの覚悟を無下には出来ないな。
そんな時、カイゼワラ方面の森林に配備してた疑似生物から念が送られてきた。
黒ずくめの男達が五人ほど先行してるらしい。
おそらく斥候かもしくは門を開けに来た先発隊だろう。
あと一アルワ程で到着しそうだ。
「お客さんがおいでなすったようだ、ワン子、頼めるか?」
「お任せ下さい」
「夜戦だから視力強化を付ける。これならいいだろ?」
「……分かりました」
自分の戦闘能力には絶対の自信を持つワン子は、強化スキルを頑として拒んできたがさすがに夜戦では不安があったようだ。
ワン子は腰の二振りの短剣を抜いてサッと確認すると再び鞘に戻し、
「では行って参ります」
そうお辞儀をしながら言うと部屋を出て行った。
残ったのは俺とメアリア、シェアリアの三人だ。
「さて、始めるか」
そう言いながら服を脱ぎ始めると、顔を真っ赤にしたメアリアが
「あ、ああああにょ、その前に……沐浴してもいいだろうか?」
何だよ、あにょって、可愛いじゃないか。
だが、
「だめだ、呑気に湯に浸かってる時間は無い。なんなら沐浴場で湯を掛けて、そのままやろうか?」
「そ、そんにゃ、せっかくの初めてを、もう少し、なんだ、その雰囲気ってのが……」
そう言ってるメアリアの脇でシェアリアはさっさと服を脱ぎ捨てた。
「……まどろっこしい。私が先にしてるからメアリアは井戸の水でも被って来て」
なんか土壇場の思い切りの良さはシェアリアの方が上のようだ。
「わ、分かった」
渋々メアリアも軽装鎧を外し始めた。
俺の手を引き寝台に潜り込んだシェアリアは、
「……事態が事態だからなのは分かる、メアリアの気持ちも分かる。私も本当は同じ気持ち。だから後で改めてお願い」
俺は頷くとシェアリアに覆い被さろうとしたが、寝台脇でメアリアが指をくわえて所在なげにしてるのを腕を掴んで寝台に引っ張り込んだ。
五人の人影を疑似生物達は確実に追尾していた。
森を抜けた彼等はそのまま城壁の影に張り付き、石組みの一部を動かし始めた。
すぐに人一人が通れる穴が出来、そこへ潜っていく。
「こんな所にこんな抜け穴を作っていたなんて……」
俺との感覚共有で疑似生物からの映像を見ていたエルメリアが感嘆した。
「まぁ随分前から周到に準備していたみたいだが、徒労に終わるけどな」
連中は真っ直ぐ北の裏門へ向かっている。
だがその先には……。
『ワン子、見えてるな? もうじき着くから頼んだぞ』
『見えてます、ご主人様。お任せ下さい』
念話でワン子にそう言ってから、ワン子の近くにいる疑似生物の視界に繋げる。
夜の街はひっそりと静まり返っていた。事前に触れを出して今晩は外出を一切禁じてある。
魔導回路の街灯も消してあり、灯りは松明が石畳の道路沿いに等間隔で灯っているだけだ。
だがワン子にも視力強化が与えてあるので周囲の状況は鮮明に見えている。
やがて裏門前に五人がやって来た。
裏門の松明の灯りに夜番の衛兵ではなく場違いな侍女が居る事に一瞬戸惑った様だがすぐに短剣を抜いた。
対するワン子はまだ腰の双剣を抜きさえしない。
いつもと同じように憂いを帯びた目で五人を見ているだけだ。
音も立てず五人が一斉に斬りかかった。
一瞬で声をあげさせず即死させるつもりだろう。
だがワン子は少し腰を屈めてから先頭になった左端の男に近付き引き抜いた双剣の右手側で一人目の喉を掻き斬る。
そのまま体当たりで二人目の男にぶつけると動きが止まった二人目の喉を左の剣で刺し貫く。
引き抜く間も無く左右から三人目と四人目が斬りかかって来るのを右側の三人目の斬撃を半身で交わしつつ二人目を蹴り四人目にぶつけながら左手の剣を抜く。
バランスを崩した二人の喉を正確に掻き斬ると五人目の喉目掛け右手の剣を投げる。
剣は電光の速さで喉に吸い込まれ、男は悲鳴一つ上げずに倒れた。
ここまでおよそ十秒も掛かっていない。ワン子は軽く息を吐き出すと
『終わりました』
と短く念を送ってきた。
『良くやった。俺達が行くまでそこを確保しててくれ』
『畏まりました』
そこで念を切ると、俺は下で組み敷かれているメアリアと横で荒い息を吐いているシェアリアに言った。
「さて、もうじきお客さんが来るが、行けそうか?」
「あ、ああ、だ、大丈夫だ……」
「……わか……った」
二人ともまだ眷族化の影響で凄まじい快感がその身に荒れ狂っているのだが何しろ時間がない。
「本当に究極剣技を付けなくて良いのか?」
「だ、大丈夫だ………わ、私にはダ、ダイゴ殿に教えて貰った……技が……ある」
「そうか。じゃ付与するぞ」
俺は『神技付与』を発動する。
取り敢えず二人に念話と感覚共有、二人の要望でメアリアには身体能力向上、シェアリアには光魔法行使と幾つかの魔法を付与する。
光魔法行使は光魔法を直接行使でき、それによって作成された魔法陣で他の魔法を発動できる。
色々試した結果直接発動するより魔法陣を介した方が触媒効果があるのか魔素の変換効率が良いのでこの方式を主に使うことにした。
例えて言うなら魔法陣は過給機の役目をしている。
「こ、これ……は……」
「……す、ごい」
人を越えた力を手にいれた二人は今までに無い恍惚とした表情を浮かべた。
「さぁ素っ裸じゃお客さんに失礼だからな。ちゃんと服を着ろよ」
ここに新たに二人の眷族が誕生した。
「転送」で裏門に四人で移動するとワン子が死体を片付け終わった所だった。
裏切り者とは言え元はボーガベルの兵士だ。顔を見知っている者に見られては不都合なので麻袋に詰めてある。
疑似生物からの念が来た。
裏の林の隠し街道の終点に到着したようだ。
映像を送らせる。
月明かりの下、裏門の前の馬場に五百人近くの兵士がひっそりと集まっていた。
これだけの数が重装備にも関わらず物音一つ立てていない。恐ろしい程の練度だ。
三人程が進み出て何やら会話をしている。
付近の疑似生物に会話を拾わせる。
「まさか見つかったのでしょうか」
「いや、それにしては静かすぎる」
そう言った奴がバルジエだろう。変に勘づかれても面倒なのでボチボチ出て行こう。
俺は床に這いつくばって荒い息を吐いてる二人に言った。
「さあ、行くぞ。頑張れよ」
その言葉にメアリアとシェアリアはノロノロと立ち上がり、
「あ……ああ……」
「……わか……った」
絞り出すように返事をした。
二人を伴い門を開ける。
同時に配置しておいた光魔導回路を作動させ周囲を照らす。
眩い光に照らされた相手から警戒の気配が感じられた。
「今晩は、元ボーガベル第一兵団長バルジエさん。悪いがアンタの使いは皆死んで貰ったよ」
わざとのんびり言う。
剣を抜こうとする配下を手で制止し短く手を振ったバルジエが低い声で言った。
「はて、貴公は見覚えが無いがどなたかな」
「カイゼワラ候ダイゴ・マキシマ。アンタの後釜の領主だよ」
「ほう、それはそれは。入り江の魚はもう食べられたかな?」
「うんにゃ、前領主が余計なおイタをしてくれたおかげで食いそびれてるんだ」
「それは申し訳ない、だが残念だがもう食べて貰うことが出来ないな」
「いや、アンタの話を聞いて是非食いたくなった。引き継ぎを終わらせてゆっくり行ってくるさ」
そんな会話の最中に副官らしき男は後方に下がっていった。恐らくは部隊で門を破るつもりだろう。
「私もこの後予定が詰まっていてね、早く引き継ぎとやらを終わらせようじゃないか」
そう言ってバルジエは剣の柄に手を掛けた。
「まぁ俺が直接やっても良いんだがどうしてもアンタと戦いたいってのがいてね」
俺が手を挙げると再び門が開いた。





